夏休みの半ばに入ると、孝志はおばあちゃんの家へ泊まりに行く。 毎日家に居られて、そろそろとうっとおしくなって来た母親が「でっかいカブトムシがいるのよ」だの 「川には50センチもある鯉がいるの」だのと、好奇心を煽った。 初めておばあちゃんちへ泊まったのが、ニ年生の時。 過疎化した村には、子供は一人もいなかった。遊ぶとなると、一人で何かを見つけなければ、 退屈でどうしようもなくなるところだったが、孝志は今迄見た事もない自然に初日から興奮して、 一日中虫かごと虫採りアミをもって駆け回った。 昼間は元気いっぱいだったが、夜、いざ一人で寝ようと言う時になると、ふくろうの声に脅えて、 一晩中布団の中で丸まって泣いてしまった。 でも、朝になっておばあちゃんに、ふくろうの鳴き声だと教わったら、平気になった。 「ちょっと孝志ぃ、おばあちゃんちに行くのに、何をそんなにおめかししてんのぉ?」 一番お気に入りのジーンズを履いて、買ったばかりのシャツを着た孝志に、姉がからかうように言った。 「うるせえな。ほっとけよ」 「あっ!おかぁさぁん!孝志が暴力振るう!」 リュックで殴るふりをしたら、姉は階下に居る母親に叫んだ。 「ほら、何してんの。JR乗る時間に遅れるわよ」 母親の声が階下から帰って来た。 「いいわよねぇ、子供は。受験なんかなくてさぁ」 「自分のレベルの高校を狙わないからだよ〜だ」 階段を一段飛びに降る孝志の背後から、姉のきぃきぃ甲高い声が響いた。 小学校5年の今年の夏も、孝志はリュックに宿題とゲームと漫画の本と着替え少々を詰め込んで、 1年振りにおばあちゃんちに向かう。 今年、おばあちゃんちへ行くと言い出したのは、孝志の方からだった。 (宿題なんて持って行っても、やんないのにな。お母さんがうるさいから仕方ないか) 4年生の時に、わざと忘れていったら、速達で母親が送り付けて来てしまった。 「ありがとうございましたぁ」 降り際に孝志に挨拶をされたバスの運転手は、最初驚いたがすぐに笑顔になった。 「ああ。毎年来てるぼくか。今年も一人できたのかい」 「はい」 「そうか。気をつけてな」 ステップを弾むように降りると、小さなそのバスはギシッと揺れた。 ファーンと合図をするように大きなクラクションを鳴らして、バスは孝志の居る停留所を後にした。 「おばあちゃんの所って、不思議な匂いがする・・・」 深呼吸すると、緑の匂いがした。 身体中に、緑の匂いが染み込むようだ・・・ そこは山を切り開いて作った、この村の唯一の交通路だった。錆付いたバスの時刻表に、 葛の弦が巻き付いていた。 吸い込み過ぎて孝志は思いっきり咳き込んでしまった。 バス停のそばの、大雨が降ったらすぐに流される小さな橋も、去年と同じ。 橋を渡ると、ぎしぎし言いながら揺れる。最初に来た時は、怖くておばあちゃんに手を引かれて渡ったっけ。 魚の黒い影が、群れになって川の流れを登って行く。 橋の終わりは森の中の道に続いている。 森の中は、夏と思えないくらいひやりとした。 木々の重なりあった葉っぱの間から、陽の光がまるでたくさんの矢のように、湿った地面に刺さっている。 光の中で、目に見えないくらい小さな虫達が、きらきら光を反射しながら円舞していた。 (なんていう虫だろ) その居心地のいい森の中に、唯一孝志が気に入らないものがあった。 セミの大合唱。 こんなにたくさんのセミ、孝志の住む所にはいない。たまに街路樹や電柱に止まって弱々しく鳴くアブラゼミが いたけど・・・ 一体どれくらいの数が鳴いてるんだか判らないくらい、わんわん響いていた。 「うるさい!!」 孝志が背の高い木々に向かって怒鳴ったと同時に、ぴたりとセミの声がやんだ。 (でも、一瞬だけでまたうるさくくなるんだよね) 一瞬だけの静寂の後、再び耳が痛くなるほどの大合唱が始まった。 森の出口に、小さな古い祠があった。 亡くなった村人の魂を慰めてあると、おばあちゃんが言ってた。 (中に何が入ってるんだろう) それが毎年気になっている。 ほの暗い中でよく目をこらして見てみると・・・ ドキン 閉まってるところしか見た事の無い祠の扉が、開いていた。 中で、燭台すれすれまで溶けたろうそくが、炎を揺らしている。 炎は生き物のように大きくなったり小さくなったりしながら、ろうそくの身体を溶かして行く。 その炎が一瞬、ぼおっと音を立てて大きくなった。 急に怖くなった孝志は、ダッシュして森を一気に走りぬけた。 森を抜けると、真夏の日差しが孝志の目を刺した。 真っ青な空。 何処までも続く緑の田畑。 紺青の山々が、水墨画のようにその遥か遠くに見えた。 孝志の住む街の、あの、むっとするような蒸し暑さはここにはない。 かっと、照り付ける太陽の光さえも、ここでは澄みきってる気がした。 「目がちかちかする!」 目をつむると、まぶたの裏を赤く感じた。 石ころと雑草だらけのあぜ道の脇に、小さな小川がある。 (昨年ここででかいザリガニに指をはさまれたんだ・・・) まだちかちかする目をこすりながら水底を覗いたが、小さな魚しか居なかった。 道草を喰ってるうちに、リュックのストラップが肩に痛くなって来た。 (おばあちゃん、まってるだろな。お母さん、電話しておくって言ってたから) おばあちゃんちの畑には、大きなスイカが毎年実る。 一度、半分に切ったスイカを一人で食べて、おじいちゃんとおばあちゃんをびっくりさせたっけ。 その夜中にお腹が痛くなった。 おばあちゃんは笑いながら、酒のビンに入った怪しげな「自家製の腹薬」を飲ませてくれた。 (ほんとはあの薬、ちょっと怖かったけど・・・) くすくす思い出し笑いしながら、石ころを蹴った。 あぜ道は、竹に被われた小高い丘の脇へ添って続く。 丘の裏へ出ると川がある。バス停の近くを流れる川の上流だった。 ここにも、小さな橋がかかっている。 その、ちいさな橋の上にしゃがみこんでいる、小さな人影があった。 その人影が誰だか確認した孝志の顔が、みるみる上気した。 「あずさちゃん!!」 孝志の声に、その小さな人影がゆっくり立ち上がった。そして、ゆっくり振り返った。 白い帽子を被った女の子だった。 「孝志君」 その女の子・・・あずさは孝志に向かって笑って、細い手を振った。 花柄のピンクのワンピースと、あか抜けた色白の顔。 長いまっすぐの髪が肩で揺れた。 (可愛いなぁ・・・) あずさの父親は、この村の出身だった。 村を出て街で就職して結婚したが、夫婦の折り合いが良くないとかで、こうしてあずさを連れて 時々この村へ帰って来るのだった。 それに、病弱なあずさには、この地の澄んだ空気の方がいいせいもあった。 あずさに初めてあったのは去年。 相変わらず宿題そっちのけで虫を追ってた孝志が、橋の上で泣いてるあずさを見つけた。 あずさの視線の先には、今まさに川の流れに連れて行かれようとする白い帽子があった。 その帽子を川に入って拾ってあげたのが、二人の出会いだった。 お互い、今迄村には子供が一人も居ないと思ってたもんで、すぐに打ち解けて仲良しになった。 (お姫様みたいだ・・・) 会った瞬間にそう思ってしまった。 時々、ちらちらっとあずさの横顔を盗み見た。 事実、あずさは「美少女コンテスト」にでも出たら、国民的アイドルになれそうな程の美少女だった。 今迄孝志が見た事もないくらい、長い睫をしていた。 (俺のクラスに、こんなおとなしい女子いないよな・・・みんな、男子が悪いんですぅ〜とか、 学級会で、何でもかんでも先生にちチクルしさ) 孝志は自分が見つけた秘密の洞穴や、カブトムシやクワガタの宝庫へ、お姫様を案内した。 学校で女子とこんなに仲良くしたことは、全くと言っていいくらい、ない。 打ち解けるうちに、あずさは自分の複雑な家庭の話をしてくれた。 離婚話も持ち上がってるらしいが、反対してるのは母親の方だった。 どちらもあずさを手放したく無い為に、養育権でもめてるらしかった。 それが、去年の事・・・ また、夏休みなったら会おうね、と、二人は親に内緒の約束をしていた。 彼女は去年と同じ、つばの広い真っ白なお気に入りの帽子を被っていた。 お母さんが買ってくれたって、言ってたっけ・・・ 孝志が駆け寄ろうとすると、橋が大きく揺れた。 「きゃ・・・」 「あっ、ごめん!」 「大丈夫よ」 欄干にしがみついたまま、あずさがにっこり笑った。 孝志を見上げた鳶色の瞳が、夏の陽を反射してきらきらと輝いていた。 「孝志君、背がちょっと伸びた?」 あずさの右の頬にエクボが出来た。笑うと、いつも片方だけにエクボが出来る。 「うん。クラスでは後ろから5番目になった」 背筋を伸ばして、ちょっと得意そうな顔で言った。 「すご〜い!あたしは全然変らないのよ。あたしも5年生になったのに、また前から8番目なの」 笑うあずさの顔は、孝志には本当に眩しかった。 (あずさちゃんには悪いけど、あずさちゃんのお父さんとお母さんの仲が悪くて良かったかも・・・) そう思う度に良心がズキンと痛んだ。 (でも、そうでないなら会えなかったんだもんな・・・) 良心の痛みを振り切るように、孝志は自分の思いを正当化した。 あぜ道を歩きながら、会えなかった間の事をたくさん話した。 孝志の担任の、おもしろい癖の話や、学校で飼ってるニワトリがみんな脱走した時の話は、 あずさを喜ばせた。 そんなあずさに、つい、ないことまででっちあげて、面白おかしく話してしまう孝志だった。 去年、並んで座った河原の石の上に、今年もまた二人で並んで座る。 孝志は、リュックからタオルを出して、あずさが座る石の上に敷いてやった。 「ありがとう」 (こんな所、絶対クラスのの連中に見せらんないな・・・) ちょっとかっこつけてるかもしれないと、自分の行動が恥ずかしかったが、 あずさの笑顔に釣られて、孝志もへへっと笑ってしまった。 ドラマのワンシーンのように、水面に石を投げ込むと、さぁっと魚達が放射状に散る。 「お父さんとお母さんがね、おとといね、りこんしたの・・・」 川面を見つめたまま、不思議な位あずさは淡々と口にした。 はっとした孝志は、あることを訊ねようとしたけど、その言葉を飲み込んだ。 (あずさちゃん、おとうさんとおかあさん、どっちと暮らすの?) (もしあずさちゃんがお父さんとここに帰って来たら・・・夏休みだけでなくて、冬休みだって春休みだって 会えるかもしれない・・・) 子供っぽい、自分本位な思考だった。 また、良心が痛んだ。 はっと、視線を感じて頭を上げた孝志を、悲しそうな目であずさがみつめている。 自分の心の中を見透かされた気がした孝志は、目を逸らした。 「あたしね・・・何があっても、お父さんもお母さんも大好きなの・・・」 ぽつりと言ったあずさの言葉は、針のようにチクリと孝志の胸に刺さった。 二人の間に、しばらく沈黙が続いた。 「ザリガニ、まだいるかしら」 先に声を発したのはあずさだった。 「去年のザリガニ?」 「そう。あの、おっきな赤いザリガニ。ねぇ、見に行こうよ」 すっくと立ち上がったあずさのスカートの裾がヒラリとめくれて、真っ白な足が見えた。 思わず孝志の視線がその足に釘付けになった。 目の前で、素足に履いた白いサンダルがくるりと向きを変えた。 「置いてっちゃうよ」 いつになく、元気にあずさが駆け出した。茅に被われた岸を一気に駆け上がる。 今迄、走った事なんて無かったのに・・・ (大丈夫かな?) のろのろと立ち上がった孝志は、少し心配になった。 案の定、孝志の50Mくらい先で、あずさはうずくまってしまった。 「あずさちゃん!!」 ベン・ジョンションもカール・ルイスも青くなりそうな勢いで、孝志が駆け寄った。 「大丈夫?」 「大丈夫・・・」 弱々しく答えたあずさの手が孝志の方に伸びた。 ぎゅっと掴んだその手は、ひんやりしていた。 「手が冷たくなってる。大丈夫?」 「うん・・・やっぱり、だめなんだね・・・」 そういったあずさの目から、大きな涙がぼろぼろと零れた。 去年も、散々歩き回った後、胸を押さえてうずくまってしまったんだった。 孝志はリュックの中から、コットンのパーカーを出して、あずさの肩にかけてやった。 「ありがとう」 無理矢理笑を作ったその青い顔には、涙と冷や汗が流れていた。 「そんなに苦しいの?誰か呼んでこようか」 「ううん。大丈夫」 「俺、負ぶってやる」 リュックを前にかけ直し、くるっと後ろ向きに片膝を付いて座り込んだ。 自分自信の行動に、自分で驚いてしまった孝志だったが、苦しそうなあずさが本当に心配だったからだろう。 「ほら、乗れよ。おぶってってやるよ」 ようやく、あずさが孝志の肩に手を乗せて、ゆっくりと体重を預けた。 よいしょっ、と立ち上がって、ちょっとよろめいてしまった。 (か、かっちょわりぃ) あずさに判っちゃったかな?と、ちょっと恥ずかしかった。 「ごめんね、重くない?」 「ううん。全然」 そう。 あずさの身体は、ひやりとしていた。 悲しいくらい軽くて、そして・・・折れそうな位に細かった。 (病気だからなぁ) 二人ともだまったまま、あぜ道を行った。 去年、ザリガニが居た小川の脇を通る頃に、孝志の背中に小さな振動が伝わって来た。 あずさがすすり泣いていた。 声を殺すように・・・ ただ、細かな振動が伝わって来る・・・ 「今年も孝志君に会えて良かった」 「何言ってんだよ。来年も再来年も会えるよ」 「ううん・・・」 ふっと、孝志の胸に不安が広がった。 (もしかして、病気がすごく重くなってるんじゃ・・・) 「あたしね、最初に会った時からね、孝志君の事・・・・・・・・」 語尾が掠れて聞こえなかった。 孝志の胸がどきどき早鐘を打った。その動悸は・・・ 不安。 「あずさちゃん」 肩越しにあずさの顔を見ようとした孝志の背中から、彼女の重みがすっと消えた。 と、ふわりとパーカーが足元に落ちた。 彼女の身体を背負ったままの体勢で、孝志は強ばった。 消えた・・・ 今迄、彼女の身体を支えていた手をゆっくりと目の前にかざした。 身体が自然にぶるぶる震え出した。 確かに、彼女を背負ってたのに・・・ 「わあぁぁぁぁぁ!!」 孝志の声に驚いた鳥達が、木の葉を散らしていっせいに飛びたった。 木々がざわめいた。 叫びながら一目散に走った。 石ころにけつまづいて、つんのめりながら走った。 振り返りもせず、がむしゃらに走った。 前にしょったリュックが揺れてゴツゴツ顎に当たったが、それでもスピードを落とさなかった。 怖いんじゃない。 恐怖は、ひとかけらも孝志の中にはなかった。 怖いよりも、ある事実を認識して、叫びたいくらい悲しかった。 ある事実・・・ (あずさちゃんは・・・病気が重くなって死んじゃったんだ) (俺にさよならを言うためにやって来たんだ) 叫びながら家へ飛び込んで来た孝志に、おばあちゃんが腰を抜かしそうになってしまった。 「あれま、どうしたんだ?」 その声ではっと我に返った孝志の目の前に、おばあちゃんの驚いた顔があった。 何処をどう走って来たのか、すっぽり記憶が無くなっていた。 喋ろうとしているのに、言葉が出ない。息が詰まって激しく咳き込んだ。 身体中で呼吸をしてるのに、まだ、空気が足りない。 「ちょうどよがった。おまいも、ばあちゃんと一緒に行け」 奥から出て来たおじいちゃんが、何故か怒ったように言った。 いつもしわしわの顔でにこにこして、一度も怒った事の無いおじいちゃんなのに、孝志が見上げたその顔は 怒ってるようだった。 どこに行くのか・・・ 聞かなくても、わかる。 せまい村の事、あずさと孝志が仲良しなのは、村の誰もが知っていた。 おじいちゃんが行けと言ってるところは・・・ 「あずさ・・・」 孝志の言葉は後が続かなかった。 汗と一緒にどっと涙が出た。 「おまい、なして知っとる・・・誰がに聞いたか?」 おじいちゃんの顔もおばあちゃんの顔も、驚いていた。 「俺・・・あずさちゃんと会ったんだ」 汗と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、孝志はあずさと会った事を話した。 「あずさちゃん・・・病気が重くなっちゃったんだね・・・」 真新しいシャツの端っこで、顔をぬぐう孝志を見つめたまま、おじいちゃんとおばあちゃんは、 何も喋らなかった。 ただ黙ったまま、おじいちゃんはごつごつした大きな手で孝志の頭を撫でた・・・ ぐいぐいと、力一杯撫でた・・・ 何かの言葉のかわりに・・・ 薄暗い家の中に、ろうそくが揺れていた。 その炎は、あの森の中の祠を思い出させた。 村の人は。孝志を見てひそひそと何かを囁きあい、時々、「むごいねぇ」という言葉だけが聞こえた。 遺族席の一番上にあずさの父親が居た。 母親の姿はなかった。 黒い額の中のあずさは、満面の笑顔だった。 見覚えのある笑顔・・・ それは、去年孝志が持って来た使い捨てカメラで撮った写真・・・ 一緒にザリガニを捕まえに行ったんだ・・・写真には映っていない彼女の手には、怖々と握られた ザリガニが居た・・・ (あの後、かっこつけてザリガニを掴んだら、指を挟まれたんだ・・・) 楽しかった事を思い出していたら、涙であずさの遺影が曇ってしまった。 曇りが醒めた後、大粒の雫が正座した膝に落ちた。 (泣いたらかっちょわりい) 止まらない雫は、落ちる度にジーンズに吸い込まれていった。 おばあちゃんが、横からガーゼのハンカチを手渡してくれた。 そのハンカチで目を押さえてる孝志の姿が、村の人々の涙を誘っていた。 お坊さんがお経を上げてる時も、帰路についてからも孝志の涙は止まらなかった。 おばあちゃんは、黙ったまま孝志の手を引いてくれた。 初めてこの村に来た、2年生の時のように・・・ 孝志自信も気付かないまま、幼すぎる初恋は、あずさの命と一緒に消えた・・・ その3日後、孝志は偶然にあずさの死の「真実」を知った。 虫を追う元気もなく、ただぶらぶらと歩いている時に、村人の井戸端会議に出くわしたのだった。 「まだ夏休み、あるが?ゆっくりしていけや」 スニーカーを履く孝志の背中に、おばあちゃんが心配そうに声をかけた。その言葉にきっぱりと孝志は答えた。 「お世話になりました」 おじいちゃんとおばあちゃんに向かって、深々と頭を下げた。 その顔は、今迄見た事の無いくらいに、凛としていた・・・ 遠のく靴の音を聞きながら、おじいちゃんがふっと口を開いた。 「あの子、もう来ねえなぁ・・・」 おばあちゃんは、何も答えなかった。 帰りのバスに揺られながら、孝志は膝の上のリュックを抱きしめて村の人の話を反芻していた。 「孝志はもう、家についたが?」 お茶をすすりながら、古い柱時計を見上げた祖母が心配そうに呟いた。 「好きな子が無理心中で母親に殺されたんだがぁ・・・娘だげいんで、惨いが・・・」 眉間のしわをきつくして、湯呑みを見つめたまま祖父が独りごちた。 二人とも、また黙り込んでしまった。 少女の死の真実を知った瞬間に、少年の夏休みは終わった・・・ 良心の痛みを残して・・・ <<・・・完・・・>> |