認知症の基礎知識

1.認知症の診断基準
認知症の診断基準は、世界保健機関の「国際疾病分類第10版(ICD-10)」とアメリカ精神医学会の「精神障害診断基準第4版(DSM-W)」が広く使われていますが、後者の方が診断基準として相応しく汎用されています。もっともDSM-Wではアルツハイマー型認知症、血管性認知症などの診断基準が示され、共通する認知症の部分が認知症の診断基準として使われています。その概要は以下の5つの条件をすべて満たした状態を認知症とします。 

@記憶障害がある
A失行,失認,失語、実行機能障害のどれかある
B上記のため社会生活に支障をきたす
C上記の状態の脳などの身体的な原因があるか、あると推測できる
D意識障害はない

診断基準の説明
「記憶障害」は記憶の内容や程度は問いませんが、新しくて重要なことも覚えにくくなります。
「失行」とは、手足の運動麻痺や感覚麻痺がないにもかかわらす目的にかなった行動ができにくい状態です。
「失認」とは、対象が何ですかの認識が出来にくい状態のことです。
「失語」とは、自分から意味ある言葉が出にくい、言われた言葉を理解しにくい状態です。
「実行機能障害」とは、ある状況に置かれたときにその状況を総合的に観察し判断しそれに相応しい適切で的確な行動をとる機能が障害されている状態です。
「社会生活に支障をきたす」と上記の@とAののために日常生活、社会生活、集団生活を営むうえで支障が生じている状態のことです。
「身体的な原因がある」とは認知症は脳の器質的(注1)な原因による疾患群であり、その多くはアルツハイマー病と脳血管障害です。
「意識障害はない」とは意識がはっきりしている状態でのことで、軽度の意識障害もあると認知症とは判断できません。

追加の説明 
この診断基準には明記されていませんが、認知症は18歳以上で発症する成人の精神障害であることです。小児期に発症すると知的障害といい、この障害をもった人が成人して認知障害があっても認知症とはいいません。
認知症は進行性であるとは限りません。アルツハイマー病のように進行性の認知症もありますが、低酸素脳症のように進行しないものもあり、慢性硬膜下血腫のように治る認知症もあります。また認知症はあくまでも認知機能の障害であって人間の感情活動は保たれていることが多い。

2.検査と診断
認知症の診断には経過と日常生活の状態を知ることが最も重要です。どの程度の記憶障害があり、そのために日常生活でどのような支障をきたいしているかを知り、さらに神経学的な診察、血液検査、頭部のCTやMRIを行い認知症の有無とその原因について判断します。認知症の診断の補助として心理テストを行いますが、わが国で最も広く使われているのが改訂版長谷川式知能評価スケール(注2)とミニメンタルステート検査(注3)です。簡単な判定方法(注4)として「年齢」を聞くことでおおよそ判断できます。

3.認知症と区別すべき記憶関連障害と精神疾患
認知症の診断には、認知症に似た記憶関連障害と精神疾患と区別します。
@記憶関連障害
○生理的記憶障害:多くの健康な高齢者に認める生理的な記憶障害で年齢相応な記銘力障害はるが日常生活に大きな支障はありません。
○軽度認知障害:英語のMild Cognitive Impairment(略称:CMI)(注5)との訳語でおおよそ次の5つすべて満たす状態とされます。「もの忘れの自覚がある」「客観的に記憶障害がある」「認知機能全般に大きな障害はない」「日常生活に基本的な支障はない」「認知症ではない」
A精神疾患
○健忘症:頭部外傷などによる著しい記憶障害があり日常生活に支障はあるが、全般的な認知機能は保たれています。
○うつ状態:うつ状態は、抑うつ気分、食欲がないなどの身体的訴えが多い、不眠になりやすいなどの状態で、注意が散漫になり記憶障害がある印象を受けますが、日常生活で必要な基本的でかつ新しいことは正確に覚えています。
○せん妄:意識障害に幻覚や妄想を伴う不穏状態です。軽度の意識障害の場合、認知症と見間違うことがあります。
○妄想症:被害妄想が多く「お金が盗まれた」などの訴えがあり妄想は長期わたり変化しなくなります。妄想はあるが記憶障害はなく自立した生活は可能です。
○幻覚妄想状態:「布団の上に猫がいる」など通常ありえない物が見えたり、ありえないことを思い込んでいる状態です。薬剤の副作用として生じることもあります。

4.認知症の原因
認知症の原因は、アルツハイマー病や脳血管障害など脳の器質的変化(1次要因)が基本ですが、認知症の状態は身体状態、精神状態、生活環境状態(2次要因)によっても左右されます。
@1次要因
○アルツハイマー病(注6):脳の神経細胞そのものの機能が低下し死滅する進行性の神経疾患です。これによる認知症をアルツハイマー型認知症といいます。症状は、記憶障害がいつとはなしに発症しゆっくりと進みま、認知機能が全般的に低下します。さらに進行すると歩行障害や嚥下障害などの神経症状が現れます。感情活動も乏しくなり、無関心、無表情の状態になります。高齢になればなるほど有病率が高くなります。原因については、ベータアミロイド蛋白や異常タウ蛋白(注7)が関与していると考えていますが疾患の全体像は明らかになっていません。最近、わが国の認知症の原因としてアルツハイマー病が増え、認知症全体の約60%を占めているといわれています。
○脳血管障害:脳血管障害とは、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血の3疾患の総称です。これによる認知症を脳血管性痴呆または血管性認知症といいます。3疾患のうち脳梗塞による認知症が最も多い。脳血管障害は通常、急に発症し右側または左側の片麻痺などの運動障害が多く、初発から認知症の症状を認めることは比較的稀で、脳梗塞の再発を繰り返すなかで認知症を伴うことが多い。しかし脳血管障害の発症した初期から認知症を認めることもあります。この脳血管障害の危険因子といわれる高血圧、糖尿病、高脂血症、心房細動の治療をすることで脳血管性認知症が改善することも稀ではありません。もっとも脳梗塞のひとつである多発性脳梗塞は高齢者に多く、いつとはなしに認知症が現れ段階的に進行することがあります。脳血管性認知症は認知症全体の約30%を占めるといわれています。
○その他の疾患:アルツハイマー病や脳血管障害以外にも認知症の原因となる疾患は多種あり、このなかには治るもの、治らないが良くなるもの、変化しないもの、進行するものなど多様です()。   
A2次要因
○身体状態:身体状態は認知症の症状に影響します。発熱、脱水、貧血、甲状腺機能低下の身体状態は認知機能を低下させやすい。したがって脱水状態があると水分を経口で摂取や点滴で補うことで認知症が改善することがあります。
○精神状態:好ましくない精神状態は認知症を悪化させます。緊張、不安、焦燥、うつ状態、精神的動揺などは認知症を悪くします。例えば、入院しても病院という新しい環境に馴染めない認知症の人は緊張や不安から混乱し認知機能が低下し認知症が悪化することがあります。精神的な安定や安心が認知症の人には大切です。
○生活環境状態:生活環境状態とは人的環境と物的環境とに分けることができます。人的環境とは、認知症の人を直接介護している人のことです。介護者が認知症について理解があり、認知症をもった人間をよく知り、適切な介護の知識と技術をもち、認知症の人とよい人間関係にあることは認知症によい影響を与えます。物的環境とは認知症の人が生活する場のことです。馴染しみ安心できる家や和めるグループホームで生活することは認知症の人によい。

5.治療
認知症の治療とは1次要因と2次要因との治療のことですが、薬物療法、非薬物療法および外科的治療があります。
@ 薬物療法
アルツハイマー病の薬物療法としてアリセプト(一般名:ドネペジル)(注8)があります。アルツハイマー病では脳内の神経伝達物質のひとつであるアセチールコリンが減少して、アリセプトはこの物質を補なう働きがあり、認知機能が改善する例もあります。ただし効果は一時的でアルツハイマー病の進行そのものを変えるものではありません。副作用として嘔吐、下痢がありますが、比較的少なく使いやすい薬剤として広く使われています。血管性認知症では、脳血管障害の危険因子である高血圧、糖尿病、高脂血症、心房細動などがあれば治療を十分に行うことで脳血管性認知症の進行を抑えることは不可能ではありません。認知症の人の不穏、不安、緊張、うつ状態など認知症の人の精神症状に対して向精神薬を使われます。治療目的を明確にして副作用に注意しながら使用することは意義がありますが、認知症の人のいわゆる「問題行動」(注9)に対して向精神薬を使用することは避けたい。
非薬物療法

薬剤によらない認知症の治療として、回想法、音楽療法、リアリティー・オリエンテーションなどいろいろ試みられています。これらの療法の効果は科学的に裏付けられたものはありませんが、介護には活かせる方法です。 
○回想法:認知症の人は新しく覚えることはできにくくなっていますが、昔の古い記憶はかなり保持されています。この保持された記憶の世界のなかで語り合うことは認知症の人の精神的安定につながり、ひいては認知機能の維持改善を図ろうとするものです。
○音楽療法:音楽は人間の認知機能よりは感性に働きかけるものです。この保持された感性に働きかけて精神的安定を図ろうとするものです。
○リアリティ・オリエンテーション:見当識療法(注10)ともいいますが、見当識とは時、所、人間関係など状況に関する認識のことです。認知症の人は、見当識が低下して混乱することが多くなります。このためグループで所や時に関して見当識をつける学習としたり、介護施設のホールなどに日付、施設の名前などを書いた掲示板を架けて見当識をつける情報を提供します。日常の会話のなかに季節、月、施設名などを組み込んで話かける方法もあります。
B外科治療
認知症の原因となる慢性硬膜下血腫では早期に頭蓋内の血腫を除去する手術で、また正常圧水頭症では早期に脳室から腹腔まで細いカテーテルを皮下に埋め込み脳脊髄液を流出させる手術で認知症が治ることがあります。

6.認知症の人の心理
治癒しにいく認知症の人の心理を理解することは介護に役立ちます。
@ 記憶障害
認知症の人の基本的な障害は記憶障害です。この記憶障害は、新しくて大切なことが覚えにくくなります。しかも認知症の人も新しいことは覚えられなくなります。この記憶障害は、さらに粗大なことまで忘れてしまうようになります。夕食をすませたこと、子供たちに会ったこと、旅行に行ったこと、連れ合いが亡くなったことなどをすっかり忘れてしまうようになります。
A 判断の障害
記憶障害の伴い判断の能力も障害されます。この判断を時系列的判断、抽象的判断、総合的判断に分けることができます。
○時系列的判断の障害:時系列的判断とは時間の流れのなかで物事を判断することです。認知症の人は記憶障害があるので、この判断ができにくくなります。今食べているのが朝食なのか。昼食なのか、夕食なのかといった時間の流れのなかでの判断ができにくくなります。
○抽象的判断の障害:抽象的判断とは、通院の目的、介護施設への入所の理由、人間関係など抽象的な事柄に関する判断のことです。認知症の人はこの判断ができにくくなります。例えば、交差点の信号を見て赤や青が点滅しているのということはわかりますが、その色が何を意味するかが理解できにくくなり、赤でも渡ってしまうことがあります。
○総合的判断の障害:総合的判断とは、置かれている状況を総合的に且つ的確に判断することです。認知症の人がこれも難しくなります。例えば、排泄の場合、尿意をもようした時にどのくらい我慢できるか、トイレはどこにあり、どのくらいのスピードで歩いたらたどり着けるかなど総合的に判断しながらトイレに行って排泄するということができにくくなります。
B過去に生きる 
認知症の人、特にアルツハイマー病の人で発病以降の記憶がないだけでなく発病時から古いことへと遡って記憶が薄れたり失われることがあります。このため、例えば80才の認知症の人が過去30年の記憶を失われる状態になり、その人にとって過去30年はないに等しく30年前すなわち50才の過去に生きているような状態になります。このため、退職して20年以上になる男性は朝になると「会社に行く」とか、女性は夕方には「帰ってくる子供に夕食の用意をしなければ」と言うことがあります。あるいは鏡に写った自分の姿を見ても50才の過去に生きている世界のなかでは過去に生きる自分の姿と鏡に映った現実の自分の姿とが合わなく、他人に対して語りかけるような行為をすることがあります。
C感情,思い、プライド、性格は残る
認知症はあくまでも認知機能の低下する状態であって、人の精神活動の一部である感情は残っているものです。さらには人としての思いや期待あるいはプライドも残っていることが多い。認知症の人は記憶障害のため食べたことは忘れても、おいしいかったという感覚や満足感は残るものです。なお性格については、認知症になることでそのまま変わらない場合、より強くでる場合、あるいは性格が変化してしまうことがあります。

(詳しくは「認知症辞典」,または「認知症ケアのすすめ」をお読みください)


表 認知症の原因疾患(1次要因)

○アルツハイマー病
○脳血管障害(脳梗塞・脳出血・くも膜下出血)
○慢性硬膜下血腫(頭部打撲の後、頭蓋骨の内部にある硬膜の下に血腫が形成され意識障害、運動障害、認知障害などが生じる。早期に血腫を取り除けば認知症が治ることがある)
○頭部外傷(頭部を強く打つなどしたのち意識障害が生じ、その後回復してから認知症が現れることがある)
○正常脳圧水頭症(認知症、歩行障害、失禁を3症状とする脳脊髄液の循環障害による疾患で早期に脳室から腹腔までの皮下埋設型のカテーテルで循環障害を改善することで認知症が治癒することがある)
○脳腫瘍(良性でも腫瘍の部位によって認知症が現れる)
○低酸素脳症または無酸素脳症(窒息や一時的な心臓停止などにより脳の神経細胞が酸素欠乏になり慢性的に認知機能が障害される)
○ピック病(前頭葉型認知症あるいは前頭葉側頭葉認知症ともいう。生活や性格の変化が目立ち、その後認知症症状が現れる。若年期の典型的な認知症)
○レビー小体病(注11)(日内に変動する認知症、パーキンソン様症状、幻視を3症状とする。レビー小体を脳に広く認める)
○パーキンソン病(歩行障害などの神経症状が主な症状であるが、進行すると認知症が現れることがある)
○進行性核上麻痺(眼球の運動障害、歩行障害など神経症状に加え認知症が認める)
○大脳皮質基底核変性症(ぎこちない運動、左右差のある震戦を認め、進行すると認知症が現れる)
○クロイツフェルト・ヤコブ病(注12)(異常プリオンによる伝染性疾患で歩行障害などの神経障害と認知症が現れ、進行が早い)
○脳炎(ヘルペスウイルスなどによる脳炎の後遺症として認知症が出ることがある)
○エイズ(HIV感染症で末期に認知症になることがある)
○アルコール症(長期に大量の飲酒を続けているとアルコール性認知症になることがあり、早期に断酒すれば改善する)など


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注1器質的:英語でorganicといい、眼で確かめることができる変化を伴うという意味。アルツハイマー病では脳萎縮を認める。
注2改訂版長谷川式知能評価スケール:略称はHDS-R(Hasegawa Dementia Scale−Revised)で9項目の質問からなる簡便なテスト。
注3ミニメンタルステート検査:略称はMMSE(Mini Mental Sate Examination)で11項目の質問からなる簡便なテスト。
注4簡単な判定方法:年齢が正確に言えないと認知症とほぼ判定できる。
注5MCI:アメリカのPetersonが初めて提唱した障害。その後基準は改定されていうが異論もある。アルツハイマー病になりやすい障害として注目される。
注6アルツハイマー病:アルツハイマーAlzheimerはドイツの医師の名前。
注7ベータアミロイド蛋白・異常タウ蛋白:共に神経細胞の機能を低下し死滅さえる作用がある。これらの蛋白の産生を抑える薬剤が研究されている。
注8アリセプト:日本の製薬会社エーザイが開発して薬剤で世界で最もよく使われている。
注9問題行動:適切な用語でない。行動障害または認知症の行動・心理症状(英語でBehavioral and Psychological Symptoms of Dementia。略語はBPSD)の用語がよく使われる。
注10リアリティーオリエンテーション:英語のReality Orientationのこと。
注11レビー小体病:レビーLewyはドイツの医師の名前。
注12クロイツフェルト・ヤコブ病:クロイツフェルトCreutzfeldt、ヤコブJakobともにドイツの医師の名前。


認知症高齢者の疫学

★認知症高齢者の将来推計数(厚生省)

推計数(万人) 高齢者(65才以上)
に占める割合(%)
2000   156 7.1
2005   189  7.6
2010   226 
2015   262 8.1
2020   292
2025   315
2030   330
2035   337    10.1
2040   324 
2045   314 

追加情報:大塚俊男(東京武蔵野病院院長)は、国立社会保障・人口問題研究所の1997年1月の「日本の将来推計人口」をもとに新たに認知症高齢者の将来数を推計しました。それによると認知症高齢者は2011年に241万人、2036年がピークで355万人。この年に65才以上の10人に一人が認知症に、女性では12.5%が痴呆になると推計しています。(なおこの情報は京都保険医新聞のメディペーパー京都の2001年9月号によりますが、元の出典は不明です)

年齢階層別認知症の有病率(在宅・1987年)

年齢階層 (才) 65〜69 70〜74 75〜79 80〜84 85〜 
有病率%  1.2  2.7  4.9 11.7 19.9


認知症高齢者の原因疾患

(在宅・1987年)

アルツハイマー型痴呆 脳血管性認知症 鑑別困難  その他
男性   21.8% 54.7% 14.0%  9.5%
女性   38.7 35.0 14.6 11.7
合計   32.0 42.8 14.4 10.8

出典:「老年期痴呆診療マニュアル第2版」日本医師会発行 1999

(在宅・1987年/1995年)

アルツハイマー型認知症 脳血管性認知症 その他の認知症 不明の認知症
1987年      23.7%    31.4%    7.7%   37.2%
1995年      43.1%    30.1%    8.1%   18.7%

出典:1995年東京都社会福祉基礎調査高齢者の生活実態


エイジング総合研究センター「認知症・要介護高齢者の将来推計」(2009年)