高齢者の身体機能を理解する 

京都南病院老人保健施設ぬくもりの里 三宅貴夫

1.              はじめに

身体機能は、四肢の運動機能や聴力のように外部から把握しやすい「外部的な機能」と、心臓機能や腎臓機能のように諸検査を通して把握する「内部的な機能」とに分けることができます。また身体機能は、精神機能と比べ比較的把握しやすとはいえ、高齢者の身体機能の特徴についての知識と観察する技術が必要です。本論では、高齢者の身体機能の理解を深めるために、高齢者の身体機能の基本的な特徴、主な身体機能別の特徴、身体機能の観察方法について述べます。

2.              高齢者の身体機能の特徴

高齢者は、すべての身体機能が低下しているわけではなくさまざまな機能が混在しています。また身体機能は、高齢者の精神状態や生活・環境状態に影響を受けやすい。こうした傾向には個人差が大きいことも高齢者の特徴です(表1)。

1)身体の多機能が混在している

 高齢者は、一般的に加齢により身体機能が低下してはいますが、すべての身体機能が低下しているわけではありません。加齢に伴う機能の低下である老化をまぬがれ低下していない機能、老化による低下した機能,さらに疾患による低下している機能があり、実際の高齢者はこうした3つの機能が混在しています。例えば,下肢筋力は歩行に不自由がないほど若い頃と同じ程度によく維持され(低下していない機能)、しかし加齢に伴う聴力の低下があり(老化による機能の低下)、さらに心臓弁膜疾患のよる慢性心不全という心臓機能の低下している(疾患による機能の低下)と混在した身体機能をもっています。このように高齢者だからとそれぞれの人がもつすべての身体機能が低下しているとみなすのは避け、混在している多機能を見分けていくことが大切です。また高齢者の身体機能が低下しているとしてもそれが老化によるものか疾患によるものかも区別しておく必要があります.以下3つの機能についてより具体的に述べます.

(1)低下しない機能

 高齢者は,高齢であるにもかかわらず低下しない機能をもっています.通常の高齢者の肝臓機能はあまり低下していません.聴力はかなり維持され日常生活に支障のない高齢者もいます.こうした加齢にもかかわらず低下しない機能はできるだけ維持し,老化を遅くらせるような工夫をしたいものです.それまで続けてきた適度な運動、食生活、役割を持った負担の少ない仕事を続けることなどで身体機能の維持を図ります。

(2)老化による機能の低下

高齢者であるからには,当然のことながら加齢に伴う身体機能の低下である老化は避けられません。視力の低下,平衡感覚の低下,呼吸器系の換気機能の低下,腎臓機能の低下,前立腺肥大,骨粗鬆などがあります.

 この老化を「生理的老化」と「病的老化」とにわけることができます。言い換えると、生理的老化とは年齢相応の自然な老化であり、病的老化とは年齢不相応な不自然な老化のことです。例えば、同じ骨粗鬆でも90歳過ぎた高齢者の骨粗鬆は生理的老化ですが、70歳代で腰椎の骨折を伴うような骨粗鬆は病的老化といえます。生理的老化は人として遺伝的に決定付けられたものであり、病的老化とは風土、食事、タバコなどの嗜好品、住環境、労働、日々の日課など環境要因によります。病的老化とは「つくられた老化」と言うこともできます。すなわち老化の環境要因を少なくすることで老化の進行を遅くすることは不可能ではありません。

(3)疾患による機能の低下

 当然のことながら高齢者も疾患をもち、老化に加え疾患による機能の低下があります。高齢者の多い疾患による身体機能の低下は,脳梗塞による片側上下肢の運動痲痺,心臓弁膜疾患による慢性心不全,慢性閉塞性肺疾患により呼吸不全,慢性関節リウマチや変形性骨関節症による関節の運動制限などがあります。なお白内障や骨粗鬆症などは,老化によるかものか疾患によるかの判断は容易ではなく、通常は老化と疾患が混在した状態と言えます。

2)ホメオスターシスが低下している

 ホメオスターシス(恒常機能)とは,生理学の概念で生物の個体の内部環境を一定に維持しようとする機能のことです.人間も心臓機能、肺機能,腎臓機能,内分泌機能,自律神経機能等が合目的的に働き外部環境の変化に応じて生体の内部環境を一定に維持しようとしています。しかし高齢者ではこのホメオスターシスの機能が低下しています。例えば、高齢者では腎臓機能の低下と身体全体の水分量-特に細胞内の-が少ないため下痢が続くことで容易に脱水状態になりやすい。また高齢者では免疫機能の低下により細菌やウイルスの身体への侵入に対して肺炎などの感染症を容易に発病しやすい。ホメオスターシスが低下しているということは高齢者が自分自身の身体機能では疾患の予防や治癒する機能が低下していることであり、より早期に治療が必要となります。

3)身体機能が精神状態と生活状態の影響を受けやすい

 精神状態からの身体機能への影響と生活状態からの影響とにわけて述べます(図1)。

(1)精神状態から身体機能への影響

 高齢者の不安やうつ状態などの精神状態が身体機能へ影響します。例えば高齢者にも心身症としての胃潰瘍,過敏性腸症,発作性頻脈,筋緊張性頭痛などがあります.またうつ状態の高齢者は身体を動かすことを嫌い終日臥床していることにより四肢の筋力の低下や関節の拘縮が生じて運動機能が低下することがあります.うつ状態の改善し精神状態がよくなることで、身体機能が向上することはよく経験します。

(2)生活状態から身体機能への影響

 家庭内での仕事や役割がなく単純な生活を送っていると運動機能が低下しやすくなります。こうした高齢者がデイサービスセンターに通所するという生活状態の変化のよって歩行などの身体機能が改善することが少なくありません。また脳血管障害の高齢者が片麻痺という身体機能の障害にふさわしくない住居環境のなかで生活することで移動が制限され身体機能が一層低下し「ねたきり様状態」になることも稀ではありません。

3.              高齢者の身体疾患の特徴

 高齢者の身体機能を理解する上で高齢者の疾患の特徴の理解も欠かせません。その特徴を以下四つにまとめることができます(表2)。

(1)複数の疾患をもっていることが多い

 個々の高齢者が複数の疾病をもっていることが多い.例えば,白内障,虚血性心疾患,変形性膝関節症,便秘,不眠症を同時にもっている高齢者は稀ではありません.こうした複数の疾患のなかでどの疾患がより高齢者にとってより重要であるかを見分ける必要があります。ある高齢者にとっては虚血性心疾患としての狭心症が身体機能を低下させている最大の原因となっている疾患の場合があります。また複数の疾患をもっているため高齢者で服用している薬が多くなることが少なくありません。

(2)症状が非定型的であることが多い

 高齢者の疾患の症状が定型的でないことが多い.例えば、心筋梗塞は通常激しい胸痛を訴えるものですが,高齢者では「胸が重い」という程度の訴えからほとんど胸部症状がない場合もあります。また発熱のない肺炎も高齢者では稀ではありません.これは高齢者では疾患に対する固体の反応が若年者と異なっていることからくることもあり、高齢者自身が身体症状を適切に訴えないことにもよります。このため高齢者の症状や訴えだけでは、疾患の判断に間違うが生じかねません.従って高齢者では疑われる疾患に関係なく全身的な観察と基本的検査を行うことが欠かせません。

(3)精神症状が現れやすい

 疾患の症状が非定型的と関連しますが,高齢者では身体疾患に伴う精神症状が現れやすい.精神症状の多くは,意識障害,せん妄,幻覚妄想状態,痴呆です.例えば,肺炎の最初の症状が呼吸困難ではなくせん妄であることがあります。また慢性硬膜下血腫の症状が痴呆のこともあります。このため高齢者の精神症状を観たとき,その原因として身体疾患の有無を観察することも欠かせません。身体疾患を治療することで精神症状が消退することも稀ではありません。

(4)治療に反応しにくく,長期化し慢性化しやすく,障害を残しやすく,死に至りやすい.

 高齢者では薬物療法も効果的でなクリエイツかもがわ、治療が長期に及び、その間に身体機能が低下して障害の残しやすいく,死に至る例も稀ではありません.これは高齢者の身体機能の特徴の一つであるホメオスターシスの低下と関係しています。免疫機能の低下,心臓機能や腎臓機能の低下などが要因としてあります.このため高齢者にこそ身体状態を早期に把握し早期に的確な治療を開始することで必要であり効果的です。

4.              身体機能別の老化の特徴

 主な身体機能の老化-加齢による機能の低下-について概要を列記します。

@循環器系

 安静時の心臓の機能は低下しないが、運動などの負荷がかかるとそれに応じて心臓が反応しにくくなります。このため高齢者では運動時に動悸や息切れが生じやすくなります。また心室性期外収縮や洞不全症候群などの不整脈が多くなります.

 動脈硬化は高齢者の老化の基本と言えます。冠動脈,脳動脈,下肢動脈などに動脈硬化を認め、心筋梗塞,脳梗塞,閉塞性動脈硬化症などの疾患を発病しやすくなります.

A呼吸器系

 肺の弾性の低下,胸郭の運動制限により肺の換気機能が低下し、血液中の酸素濃度が低下します。これにより高齢者では運動時に息切れしやすくなります。気管内の線毛運動の低下や咳嗽反射の低下のために喀痰を排出しにくくなるため高齢者では気管支炎や肺炎を発病しやすくなります。

B消化器系

 老化による消化管の粘膜の萎縮は軽いが消化管の蠕動運動は低下し,胃の酸分泌も少なくなります.このため高齢者では食欲低下や便秘が多くなりやすい。

C泌尿器系

腎臓の血流量や排泄物をろ過する機能が低下します。このため高齢者では経口摂取の減少、嘔吐、下痢から脱水状態になりやすくなります。また腎臓から排泄される薬は血液中の濃度が高くなり副作用が生じやすくなります。

D内分泌系

インスリンの分泌低下により糖を代謝する機能が低下し糖尿病の状態になりやすい。また甲状腺機能の低下しますが身体機能に大きな影響はありません。

E水電解質系

 高齢者では全身の総水分量が減少します。この減少は細胞内の水分の減少によるものです.このため高齢者では脱水によって細胞内の水分量がより減少しやすく細胞の働きの低下を招きやすい。脱水状態は高齢者の身体機能への影響はきわめて重大です。

F免疫系

 細菌やウイルスへの侵入に対する免疫機能が低下しインフルエンザなど感染症を発症しやすく,また治癒しにくくなります.

G骨関節筋肉系

 骨中のカルシウムが減少し骨の総量も少なくなり、骨折しやすくなります。この傾向は女性高齢者に多く見受けられます.また関節の軟骨が摩滅しやすく関節の変形を生じ高齢者に多い変形性膝関節症の原因になります。また筋力が低下しやすくなりますが、高齢者の運動、仕事、日常生活による影響が大きく個人差が顕著です。

H感覚器系

 目の水晶体の混濁は65才以上の高齢者の85%以上に、75才以上では90%以上に認め視力の低下の原因となります.また高齢者の聴力低下は高音域が聞き取りにくいことによります。皮膚の感覚が鈍くなり高齢者の低温火傷の要因になります。

I運動機能

 歩く,走る,階段を昇る・降りる,物を避ける,跳び上がる,身体のバランスをとる,自転車や自動車を運転するといった運動機能は,中枢神経系,末梢神経系,感覚器系,骨関節筋肉系が複合的に関わる機能ですが,こうした諸機能の加齢による変化のため運動機能が低下しやすくなります.特に瞬発力や機敏性を必要とする運動機能は高齢者で早い時期から低下する.安定姿勢での体位に保持でも重心の動揺が大きくなる.このように動作が緩慢で不安定になり複雑な動作が迅速にできにくいため高齢者は転倒しやすく骨折等の外傷を招きやすい。

J口腔・歯

 加齢と共に口腔粘膜は萎縮し,唾液は漿液成分が減少し粘稠となり量も減少します.高齢者の歯は,摩耗と変形,位置の移動,歯数の減少が認められるが不適切な歯の管理や治療による結果によるものも少なくありません。

5.              高齢者のADLに関わる身体機能

高齢者の日常生活動作(ADL)には、さまざま身体機能が関与しています。

1)                            視力

高齢者の視力は、加齢に伴う焦点調節機能の低下に加え白内障による視力の低下が多い。また緑内障による視野狭窄も高齢者には少なくありません。学童期のトラコーマ、成人期の糖尿病により網膜疾患による視力障害をもった高齢者もいます。

2)                            聴力

高齢者の聴力の低下は主に聴神経系の老化に伴うことが多い。高音域が聞こえにくいため発語は聞こえても発語の理解が難しくなります。外耳道の垢による閉塞性の聴力低下も高齢者に多いことに注意したい。

3)                            発語

脳血管障害に伴う失語や構音障害による発語障害が高齢者に少なくない。また高齢者では歯や義歯の状態によって発語が不明瞭になることもあります。

4)                            咀嚼

咀嚼は経口摂取の第1歩であり、食べることの楽しみであり、歯や義歯が関係する。自分の歯がなく義歯もつけずに、歯肉だけで咀嚼している高齢者を見かけることがあります。

5)                            嚥下

嚥下は、口腔から胃にいたるまでの筋肉、神経などが関与します。脳血管障害による嚥下障害が多いが、食道癌や食道ヘルニアによる場合もあります。高齢者の嚥下には、身体機能の評価とその残存機能にあった食物の調理と食事介助技術が欠かせません。生活環境からの身体機能への影響の一例として食べる場所の雰囲気も咀嚼に関係することも銘記しておきたい。

6)                            四肢の運動

  四肢に運動は、歩行、移動、食事、排泄、更衣、入浴など高齢者のADLに大きく影響します。また四肢の運動は中枢神経から抹消神経までのすべての神経、筋肉、骨、関節などが複合的な状態によります。高齢者に最も多いのは神経系の疾患は脳血管障害であり、これによる片側片麻痺は高齢者に多い。また変形性脊椎症により四肢の運動麻痺もあります。筋肉系では長期の「ねたきり様状態」などによる廃用性の筋力低下からくる運動機能の低下があります。骨関節系では大腿骨頸部骨折など四肢の骨折の後遺症による運動障害があり、変形性膝関節症などによる関節の運動制限からくる四肢の運動障害もあります。四肢の運動には、知的機能、意欲などが関与します。うつ状態では運動機能は低下、痴呆による判断を伴う四肢の運動機能の低下があります。

7)                            排尿

尿の排泄には、中枢神経から膀胱筋肉さらには外尿道口に至るまでの神経、腎臓機能、膀胱の括約筋などの筋肉、尿道などが関与します。こ排尿にも知的機能も関わります。膀胱内に貯留する尿が意識的でなく排泄される失禁の原因は脳血管障害が多く、排尿をコントロールする神経の障害のよる場合と、脳血管性痴呆による知的機能の低下による場合があります。また男性では前立腺肥大症による尿道狭窄が排尿障害に原因として多く、女性では膀胱括約筋の機能低下のための失禁が多くなります。また頻尿としての排尿障害として膀胱炎があるりますが不安やうつ状態の精神症状としての心因性頻尿も高齢者には少なくありません。

6.              高齢者の身体機能の観察と評価

 これまで高齢者の身体機能について概要を述べましたが、高齢者の身体機能の理解には身体機能の知識に加え、状態とその要因について観察し評価する技術も欠かせません。

1)                            身体機能について知識と観察の技術をもつ

介護専門職として高齢者の身体機能を把握するには、身体機能についての知識とそれを観察する技術を持つことは欠かせません。知識も技術もなければ身体機能を見逃したり見間違ったりします。知識についてはこれまで述べたこを基礎により具体的に知識を蓄積しておきたい。これには自らの日々の実践のなかから得ることも大切です。外部的な機能については観察技術が必要であり、例えば視力をみる場合に「単に見えますか」ではなく、指を示したり壁の字をさして見えるかどうかを確認します。内部的な身体機能については医療職からの情報を得るようにする。

2)                            生活のなかで個別的に観察する

高齢者の身体状態は、一日のなかでも変化しやすく、日によっても変化します。従って、ある時点の身体機能を観察し固定的に把握するのではなく、日々の生活のなかで観察する視点をもつこちが大切です。ベッドの上で、居室で、廊下で、浴室で、施設のなかで、在宅で、外出先でといった生活のなかでの環境の変化によって高齢者の身体機能が変わりうることも念頭において個別的に観察します。

3)                            身体機能を身体面、精神面、生活面の相互作用のなかで評価する。

高齢者の身体機能の把握は身体機能だけの把握に止まらず、その要因まで含めて観察することが重要であり、その結果は介護に生かされるでしょう。

例えば、歩行障害の高齢者を見た場合、どのような歩行ができるのかを観察するなかで、身体面では脳梗塞による不完全片麻痺があるが、精神状態ではうつ情態があるために歩ることへの意慾が乏しいことから一層歩行障害が悪化しているかもしれない。環境状態では、廊下、使いにくい手すりのために歩くことを躊躇しているのかもしれません。単純な生活のなかで下肢を使うことが少なくなり、筋力の低下や関節の拘縮が進んできたためかもしれません。

4)                            観察と介護を連動する

   身体機能の観察と評価が介護に生かされ、介護の結果を新たな観察と評価につなげます。こした連動は介護には欠かせません。

5)バイタルサインを観察・把握する

   高齢者の身体機能の理解で忘れてならないことはバイタルサインの観察と把握でス。意識、呼吸、血圧、体温の4つの状態については常時把握に努める。高齢者が生命に関わる状態を見逃すことは介護の基本に関わることです。

6)            身体機能の理解を共有する

高齢者の身体機能の理解は個々の介護職が行うことであるが、同時こうした理解を共有しながら介護職が集団として高齢者に関わることは-入所施設でも通所施設でも通所介護でも-

重要です。

参考文献

三宅貴夫:介護のための老人医療入門 南山堂 2000

表1. 高齢者の身体機能の特徴

1.多機能が混在している

 @低下しない機能

 A老化による低下した機能

 B疾患による低下した機能 

 

2.ホメオスターシスが低下している

 

3.身体機能が精神状態と生活状態の影響を受けやすい

 

表2.高齢者の身体疾患の特徴

 

1.複数の疾患をもっていることが多い

2.症状が非定型的であることが多い

3.精神症状が現れやすい.

4.治療に反応しにくく,長期化し慢性化しやすく,障害を残しやすく,死に至りやすい.

 

図 高齢者の身体・精神・生活状態の相互影響性

楕円: 身体状態楕円: 精神状態楕円: 生活状態

(医歯薬出版発行「総合ケア」20015月号掲載)