2011年の介護保険の情報

2011年
「認知症の人と家族の会、要望書「再び、介護保険が危ない!」公表」(12月21日)
「4月から介護保険で新サービス」(12月20日)
「障害者と高齢者の共生施設開所」(12 月19 日)
「横浜のグループホーム、事故未報告相次ぐ 平均件数超え市が指導へ/神奈川」(12月19日)
「県作成の介護マーク、全国普及へ 厚労省が各都道府県に周知」(12月17日)
「みんなと離れるのがつらい 老健施設の避難入所者が福島帰郷 新潟・長岡市」(12月13日)
「介護大手、老人ホーム新設急ぐ 認知症専門施設など」(12月10日)
「村環境生かし介護施設 木島平村2014年度開設目指す」(11月28日)
「急増する老人ホームに供給過剰が生じないか?―介護を産業として捉える」(11月24日)
「改正介護保険法に現場の声を ホームヘルパーが集い」(11月24日)
「認知症高齢者に終の住み処…グループホーム計画 神戸市が認可 長田区に来年6月完成へ」(11月16日)
「安住の住み家どこに 県内老人施設の福島県避難者 163人いまだ「緊急避難」 正式入所のケースも」(11月13日)
「【ゆうゆうLife】在宅を支える「小規模多機能型」」(11月11日)
「大阪の認知症連携事例を紹介―都認知症キャリアパス部会(1)」(11月9日)
「東日本大震災:特養再開、望む住民 国の補助、見通し立たず−岩手・大船渡市三陸町」(11月4日)
「ストライキ:鹿児島市の介護老人保健施設で 労働条件改善など求め/鹿児島」(10月28日)
「「シングル親子」の苦境」(10月23日)
「幅広い年齢が共生「コレクティブハウス」」(10月20日)
「仮設のグループホームに入居」(10月12日)
「心想粋 心痛む「遺体放置事件」惣万佳代子NPO法人理事長」(10月8日)
「GHや小規模多機能で初の「標準モデル」- 福祉医療機構が黒字化の目安に」(9月21日)
「特養の居室定員は「4人以下」- 地方分権一括法で東京都が独自基準案」(9月20日)
「一体改革シナリオ、「慢性期の分類再考を」- 日慢協が将来病床を試算」(9月12日)
「震災半年 要介護の高齢者急増」(9月8日)
「大震災半年:高齢者の家族も疲弊 被災心労で症状悪化」(9月7日)
「県内介護職、新採4割が離職 10年度、給与など待遇悪化」(9月4日)
「被災3県、介護施設パンク…定員超過937人」(9月4日)
「特養部屋代に戸惑いの声「入院長引いたら高くなった」」(9月2日)
「東日本大震災 福祉避難所閉鎖めど立たず」(9月1日)
「老いの未来図:介護・医療の現場で第2部/9止 民家などを活用した…/千葉」(8月27日)
「認知症ケアめぐり与野党議員が意見交換- 介護1万人市民委シンポ」(8月22日 )
「社説:5大疾病 新時代の精神科医療へ」(8月21日)
「ケアラー:在宅で介護・看病、5世帯に1世帯−市民団体調査」(8月19日)
「大規模災害下での弱者 避難所や仮設住宅にも「災害弱者」の視点を」(8月18日)
「認知症、知るほど募る将来不安 制度不十分、県内からも指摘」(8月17日)
「「船岡寮」建て替え資金難 時代にそぐわぬ住環境」(8月1日)
「走島に初のデイサービス施設」(7月29日)
「証言/死者59人 気仙沼の老健/極限状態、救うすべなく」(7月22日)
「特養入所者の認知症、原因不明が4割- 全国老施協調査」(7月20日)
「介護フロンティア 小規模ケア」(7月5・12・19日)
「「何でも屋」化するケアマネ- 介護代行や近隣トラブル対応まで」(7月8日)
「介護大手、都市部で認知症サービス拡充 日帰り施設増設など」(7月4日)
「特養入所がすぐ必要、申込者の10分の1- 医療経済研究機構が調査」(7月1日)
「[読み得 医療&介護]介護タクシー、欠かせぬ足」(6月27日)
「施設も被災、高齢の被災者ケアは」(6月27日)
「サービス断られる認知症の人」(6月24日)
「夜間デイサービス登場、県内初の介護保険適用 徳島市の事業所「恵」」(6月23日)
「利用者の声反映を 介護現場改善に第三者の目」(6月21日)
「【大震災を生きる】第1部 高齢者と地域力(4)見過ごされた地域のニーズ」(6月16日)
「特養待機、県内で1万人超 施設整備が追い付かず」(6月15日)
「被災地の介護施設、3割で定員超過」(6月9日)
「姫島村に初の認知症対応施設が誕生」(6月7日)
「京都地域包括ケア推進機構:老後サービス一体化 府内関係機関を結集/京都」(6月2日)
「焦点/高齢者ケア、受け皿パンク/再建支援に遅れ」(5月30日)
「認知症グループホーム 被災者の食費・居住費 震災特別法で補助対象外」(5月27日)
「介護施設、入居者が自治会 生活の質高め、認知症ケアにも効用」(5月26日)
「燕市「グループホーム白ふじ」で燕市立つぼみ保育園の子どもたちがお年寄りと一緒にサツマイモの苗植え」 (5月25日) 
「東日本大震災:施設の高齢者3300人、避難生活余儀なく」(5月25日)
「要介護認定 有効期間1年延長」(5月21日)
「受給者数、費用額とも増加- 介護給付費実態調査・3月分」(5月20日)
「福祉・医療施設の2割626施設で被害」(5月19日
「空き店舗を活用し認知症をケア 通所介護事業所「ぶらい庵」開所」(5月13日)
「要介護認定の意見書、主治医以外も可- 被災地などに限り厚労省」(5月12日)
「要介護認定訴訟:「県保険審の見直し裁決不当」田辺市が県を提訴/和歌山」(5月11日)
「介護施設に避難で高額の請求」)(5月10日)
「ケアマネの相談支援に報酬を認めよ」と要望―認知症家族会」(5月10日)
「要介護申請2960件滞る 大震災で行政機能まひ」(5月9日)
「小規模特別養護老人ホーム(ミニ特養)」(5月8日)
「グループホーム:防火指導、自治体で差 改修負担で閉鎖も 本社調査」(5月4日)
「認知症なんの楽しく店番 松山の施設に「駄菓子店」」(5月4日)
「東日本大震災:福島のケアマネジャー・立川さん、那須町に永住決断/栃木」(5月3日)
「東日本大震災:避難先転々母死亡「長生きできた」長男無念」(4月28日)
「福島第1原発:特養ホームの入所者避難で議論 飯舘村」(4月27日)
「被災した高齢者施設は813カ所、トップは宮城県―民間調査」(4月26日)
「東日本大震災:あふれる高齢者施設 定員1000人超過」(4月25日)
「被災地にて 支援はこれからが本番」(4月20日)
「厚労省、仮設住宅地域に介護拠点を建設」(4月19日)
「このままでいいのか:介護/下 増えるショートステイ/秋田」(4月15日)
「このままでいいのか:介護/上「訪問」で深刻な人手不足/秋田」(4月14日)
「被災地の要介護者を受け入れ/弘前豊徳会」(4月12日)
「【東日本大震災・現地レポート】大津波に奪われた“穏やかな余生”は取り戻せるか牡鹿半島で“陸の孤島”となった「特養」の壮絶な闘い」 (4月5日)
「避難の高齢者の介護にも課題」(4月3日)
「東日本大震災:ヘリ搬送のお年寄り5人 行方不明に」(4月3日)
「東日本大震災:介護の手、足りない 被災職員もケア必要−岩手・陸前高田」(4月2日)
「介護を知らない介護事業者」(4月1日)
「避難者で定員超、損壊も 栃木県内特養ホーム運営難航」(3月31日)
「[震災・生活ドキュメント]介護現場過密、ケア窮地」(3月31日)
「ふんばる 3.11大震災/“戦場”でも守り抜く」(3月30日)
「介護施設の利用料公表 県初調査、HPで発信(3月30日)
「東日本大震災:津波がお年寄りをのみ込んだ/福島」(3月28日)
「栄村在宅介護再開めど立たず 在宅の要介護者、大半村外へ」(3月27日)
「避難所が臨時「特養」化…石巻」(3月26日)
「介護の家「戻りたいけど」 原発避難の施設、解体危機に」(3月26日)
「民間介護企業でも被災高齢者受け入れの動き」(3月23日)
「福島の介護施設が集団退避 移動後2人死亡」(3月22日)
「物資届けに被災地入り決断 中津の福祉施設」(3月20日)
「被災者の介護サービス利用料支払いを猶予- 東日本大震災と長野県北部の地震で厚労省」(3月18日)
「燃料不足で看護・介護も影響深刻」(3月18日)
「東日本大震災 ガソリン不足 介護に影響」(3月16日)
「輪番停電について介護保険施設等へ対応を指示―厚労省」(3月14日)
「ケアマネが利用者退院前に欲しかった情報ベスト3―会議レポート」(3月9日)
「GH見守りカメラ:入居者の人権、更に議論を 技術者、福祉専門家が研究会/石川」(3月6日)
「患者や入所者 避難準備着々 新燃岳噴火で霧島市の医療福祉施設」(2月16日)
「介護保険料滞納、自己負担1割から3割に「給付制限」県内で急増」(2月12日
「訪問、通所が高割合=介護保険の超過利用者−厚労省調査」(2月7日)
「老いの未来図:介護・医療の現場で 「医療難民」も流入/千葉」(1月24日)
「お年寄りの介護、どこに相談したら?」(1月11日)
「「24時間訪問ケア」を考える(2)―認知症―」( 1月2日)


「認知症の人と家族の会、要望書「再び、介護保険が危ない!」公表」(12月21日/ケアマネジメント)
認知症の人と家族の会は、12月5日、介護保険部会、介護給付費分科会の審議についての見解「再び、介護保険が危ない!」を発表した。
同会は昨年、介護保険部会の制度の見直しについて、「介護保険は危ない!」と題する見解を明らかにした。その内容は、介護サービスの充実なしに利用者の負担だけが増える方向を示唆することへの警鐘だった。
その後、法改正が行われて、「要支援・軽度の要介護者の利用負担」「ケアプラン作成の利用者負担」「一定所得者の利用負担の引き上げ」については実施されないものと思っていたところ、今年10月から急遽審議が再開された。
同会は、こうした経過を踏まえて、次の点を要望している。
1) 介護保険法改正に伴う、介護予防・日常生活支援総合事業の利用については、利用者が選択できるものとする。
2) 定期巡回・随時対応型サービスを新設後も、認知症の人に有効に対応するため従来の滞在型も強化する。
3) 従事者の処遇改善は、利用者の負担を増やすことなく行う。そのため処遇改善交付金は一般財源で継続する。
4) 総報酬割、給付に応じた自己負担割合、ケアプランの利用者負担、一定以上の所得者の負担、多床室利用者の負担、補足給付の資産の勘案など、利用者・被保険者の負担増につながる事項が目白押しであるが、これ以上負担が増えれば「高福祉応分の負担」の限界を超えるもので、認められない。
5)サービス提供体制の効率化・重点化として、要支援者への給付の検証なども記載されているが、自立支援の名目で認知症の人に対する給付が削減されることなどがあってはならない。
最後に、「困難な境遇に陥ることに対し大きな不安があっては、人は安心して暮らすことができない。困難の度が増すほど負担が増える制度の下で、どうして安心して暮らすことができるか。役目を果たせない介護保険制度では、保険の意味を成さない」と言明している。
ケアマネジメントオンライン 2011年12月21日 原文のまま
関連情報:「再び、介護保険が危ない! 介護保険部会、介護給付費分科会の審議を通しての見解」(2011年12月5日 公益社団法人 認知症の人と家族の会)


「障害者と高齢者の共生施設開所」(12 月19 日/北日本放送)
障害者と高齢者の福祉サービスを同じ敷地内で日中も夜間もトータルで請け負う県内初の共生施設が19日朝日町に開所しました。
朝日町に開所したのは富山型共生の里「あさひ」で、19日は開所式が行われました。
この富山型共生の里あさひは、年を取っても、障害があっても住み慣れた地域で支えあい住み続けることを目指して作られ、敷地内には、認知症の高齢者が日中通う介護通所施設と、暮らすことができる入所施設、そして知的障害者が入所する施設の3つが完成しました。
来年4月には身体・知的障害者の通所施設が完成する予定です。
社会福祉法人にいかわ苑、若林清彦理事長「障害者の高齢化、親の高齢化ですね、これが一番だとやはり皆さんのニーズが強いということでこれをつくったわけですけども」
県によりますと、障害者と高齢者が日中通う施設に加えて暮らす施設を備えた4つの機能を同じ敷地で運用するのは県内で初めてだということです。
この共生の里「あさひ」には今回、障害のある子どもを持つ高齢の保護者が親子で入所するケースもあるということです。
KNBWeb 2011年12月19日 原文のまま

「横浜のグループホーム、事故未報告相次ぐ 平均件数超え市が指導へ/神奈川」(12月19日/神奈川新聞)
横浜市神奈川区の認知症高齢者グループホームで、介護事故を行政に報告していないケースが相次いでいることが、18日までに分かった。利用者がけがなどをした場合、市町村への報告が省令で義務付けられているが、施設側は「基準を知らなかった」と釈明。未報告の5件を加えると、2006年度から5年間での介護事故は市平均の10・5件を大きく上回る計16件に上る。市は「利用者対応などに問題がある」として今後、指導する方針。
この施設は、医療法人社団「廣風会」(廣瀬隆史理事長(写真)が05年2月、神奈川区に開設したグループホーム(定員18人)。
ことし2月、入居女性=当時(91)=が、椅子からの立ち上がり介助中に転倒、骨盤部を挫傷するけがを負った。医療機関を受診したが、施設は事故報告書を提出しなかった。
女性はその後立ち上がれなくなり衰弱し、7月に死去。長男(64)が「亡くなったのは転倒事故で立ち上がれなくなったことが原因」と市に相談したことから、報告書の未提出が発覚した。この女性は入所中の09年2月と同3月にもけがを負ったが、どちらも報告書は出されていなかった。市はことし9月、適切に事故報告を行うよう文書で指導した。
ほかにも、ことし11月に実施された市の臨時監査で、06年度に他の入居者の事故2件が報告されていないことが判明している。
市の報告基準は「施設側の過失の有無を問わず、けがで医療機関を受診した場合」や食中毒などだが、施設長は「施設側に過失があったときだけだと認識していた」と釈明。その理由を「前任者から引き継ぎがなく、市の研修でも説明がなかった」と話す。
女性の死亡については、法人代理人の弁護士は「転倒は不可抗力で、衰弱や死亡との因果関係はない」と主張している。
グループホームの所管が県から市町村に移管された06年度以降、10年度までにこの施設で発生した介護事故は、未提出分も含め計16件。10年度は市平均2・3件に対し5件など、各年度とも市平均を上回る。内容も骨折が3件、頭部打撲3件(うち入院1件)など、重大な結果につながりかねない事故もあった。11年度も10月までに計3件起きている。
事故報告の提出義務化は、利用者の安全確保と再発防止が目的。市健康福祉局事業指導室は「この施設長も受講した管理者研修などで報告基準を説明している」と強調。施設に対しては「利用者側とトラブルになっており、対応に問題がある」として、家族への適切な説明を行うことなどを文書で指導する方針だ。
カナロコ 2011年12月19日 原文のまま

「県作成の介護マーク、全国普及へ 厚労省が各都道府県に周知」(12月17日/中日新聞)
認知症患者の介護者であることを示すために県が作成した「介護マーク」が全国に広まることとなった。県が厚生労働省に普及への協力を求めたところ、同省は直ちに全都道府県にマークの周知を呼び掛けた。県長寿政策局は「介護する人に優しい社会の構築に役立てば」と期待している。 (広瀬和実)
介護マークは、認知症の妻を介護する県内の男性が「妻の介護で女子トイレに付き添った際、周りに誤解されないようなマークを作ってほしい」と県に要望したのが作成のきっかけ。県は今年2月、「介護中」と示した首から下げるマークを作り、4月から市町を通じて介護者らに配り始めた。
これまでに県内で約1万2000個を配布。反響は県内にとどまらず、今月16日現在で全国54の自治体や議会のほか、介護者の家族などから問い合わせが相次いでいるという。
介護者からは「全国共通のマークで認知度を高めてほしい」との声も集まった。県は今月13日、大村慎一副知事が厚生労働省を訪れ、藤田一枝政務官に全国普及を要望。同省はその日のうちに、各都道府県の高齢者福祉担当部署に通知を出し、介護マークの電子データを送るとともに、市町村への紹介を呼び掛けた。
県長寿政策局の梶充伸局長は「早速、全国普及に協力してもらい、ありがたい。これからも一層の普及に努めたい」と話している。
中日新聞 2011年12月17日 原文のまま
編者:こんなに簡単に通知していいの?

「みんなと離れるのがつらい 老健施設の避難入所者が福島帰郷 新潟・長岡市」(12月13日/産経新聞)
東日本大震災後、福島県内の介護老人保健施設「長生院」(南相馬市)と「貴布袮(きふね)」(浪江町)から新潟県長岡市内の9施設に緊急避難していた入所者99人のうち、3施設に入っていた18人が13日、運営を再開した「長生院」に約9カ月ぶりに帰郷した。いずれも比較的体調がよい人たちで、避難中に友人になった他の入所者や世話をしてきた職員らと涙で別れを惜しんでいた。両施設の入所者のうち、施設の再開で帰郷したのは初めて。
長岡市寺泊下桐の介護老人保健施設「てらどまり」では、帰郷する62歳から91歳までの女性6人に渡辺貴幸事務長が「健康に気をつけ、健やかにお過ごしください」と1人ずつ花束を贈呈。介護度3〜5で、車いすを利用している女性たちは「みんなと離れるのがつらい」「ご飯がおいしくて、本当によくしていただきました」などと話し、職員らから「さようなら」「忘れないでね」と声をかけられると、目頭を押さえていた。
「長生院」から車で迎えに来た支援相談員の西山祐司さん(36)は「帰れば家族も面会にいらっしゃるので、安心なさるのでは。震災当時は食事も十分とれなかったが、早く通常の生活に戻れるようにお世話をしたい」と誓っていた。
女性たちの避難生活を支えてきた介護職員の長谷川由里さんは「別れは悲しいけれど、地元に帰って家族の近くで暮らせるならとてもうれしいこと。いつか会える日が楽しみ」と話していた。
入所者の受け入れは厚生労働省と福島県の要請に基づくもので、3月21、22の両日に「長生院」と「貴布袮」から長岡市の9施設に緊急避難。受け入れはピーク時に117人に達した。
帰郷は9月30日に原発事故の影響で出ていた緊急時避難準備区域が解除され、「長生院」が11月21日に運営を再開したことに伴うもの。今回の18人を含め約60人が順次数回に分けて「長生院」に戻る予定。原発に近い「貴布袮」は依然、運営再開のめどは立っていない。
長岡市介護保険課では「福島側でようやく受け入れ態勢ができてきて、私たちも安堵している。けれども、まだ帰郷のめどが立たない方もおり、今後も可能な限りお世話をしていきたい」としている。
産経ニュース 2011年12月13日 原文のまま

「介護大手、老人ホーム新設急ぐ 認知症専門施設など」(12月10日/日本経済新聞)
介護大手が有料老人ホームの展開を急ぎ始めた。ニチイ学館など大手4社は2012年3月末までに老人ホームを計104カ所新設し前期末比で14%増やす。認知症の老人にきめ細かく対応する施設や、これまでより入居負担を軽くした施設などに力を入れ、多様化するニーズに応える。
4社が運営する老人ホーム数は、来春時点で計846カ所に増える見通し。最大手のニチイ学館は1割増やし、333カ所とする。重点的に増やすのは、認知症専門の老人ホーム「グループホーム」で、20以上新設する。グループホームは全国的に不足気味で「開設してすぐに入居定員に達する」という。
ベネッセホールディングスも1割増やし、運営するホーム数を224に引き上げる。最近、注力している一時金の負担額が低い老人ホーム「ここち」は、入居に必要な一時金が約200万円と、最大で従来の10分の1に引き下げた。
首都圏を中心に展開していたワタミは今秋、愛知県に進出。今期中に3割増の81拠点まで増やす計画で、中部・関西圏でも本格展開を検討している。メッセージは入居金の負担がなく、ヘルパーなどが24時間待機する介護サービス付き賃貸住宅の新設を急ぐ。入居者の要介護レベルが上がってもきめ細かな対応ができるように、近隣の病院との連携に力を入れる。
厚生労働省によると国内の老人ホーム数は4144(10年10月末時点)。政府は老人ホームを増やし、25年までに現在の3倍近い33万人を受け入れる方針を掲げている。
日本経済新聞 2011年12月10日 原文のまま

「急増する老人ホームに供給過剰が生じないか?―介護を産業として捉える」(11月24日/ダイヤモンド)
現在の介護が抱えているさまざまな問題のうち、ここでは、つぎの3点を取り上げることとしたい。
第1は、施設とサービスのバランスがとれていないことである。
かつて「ハコモノ行政」ということが言われたことがある。施設や建造物の建設自体が目的になり、施設の有効活用がなされず、維持運営費が財政を圧迫するという問題である。地方公共団体が豪華な多目的ホールなどを作りながら、そこでの催し物が貧弱という現象だ。
これと同じことが介護でも起こる。具体的には、有料老人ホームの過剰供給が起こる可能性がある。多目的ホールの場合には、使われない施設が無駄になるだけだが、民間主体が運営する老人ホームが経営破たんすれば、入居者は路頭に迷ってしまう。
第2は、補助のあるなしによって、需要が大きく影響されることである。具体的には、有料老人ホームで超過供給が発生する半面で、補助があるために自己負担が少ない特別養護老人ホームには、超過需要が発生するようなことである。
介護は、厚生労働省に任せるにはあまりに重要
第3の問題は、これらすべてが、介護という狭い観点から考えられていることである。上記のように補助があれば自己負担が少なくなり、需要が集中するのは当然のことだ。
この問題に介護保険の枠内だけで対処しようとすれば、保険料を引き上げるか、国庫負担を増やすか、あるいは介護職員の給与を減らすしかない。どれも本質的解決ではなく、問題を悪化させて悪循環に陥る可能性もある。
こうなる基本的な原因は、「増加する介護需要にいかに対応するか」という問題意識しかないことだ。
もちろん、そうした観点からの検討は、必要である。しかし、これでは展望は開けない。介護問題を議論するのが介護の専門家ばかりであれば、議論はこれ以上に発展しない。
しかし、視野を広げて考えれば、可能性は開ける。費用負担の問題は、相続税や不動産の遺産制度とも絡んでいる。不動産を流動化できる金融制度を作れば、事態は大きく変わる。
通常の介護をめぐる議論では、経済全体との関係はあまり考慮されない。しかし、規模が大きいので、1つの産業としてとらえる必要がある。とくに、雇用の観点だ。製造業の雇用が今後急速に減少する可能性が高いことを考えると、これは重要な問題である。
また、戦後の日本の住宅政策は、都市に流入する若年者に対していかに住宅を供給するかが主要目的であった。しかし、今後の焦点は高齢者に変わる。ここでも、制度を変えれば日本経済に大きな影響を与えるし、従来の発想のままでは行き詰まりしかない。
以下では、こうした観点から問題を捉えてゆくこととしたい。
かつてクラウゼヴィッツは、「戦争は軍人に任せるにはあまりに重要だ」と言った。同じことがここでも言える。介護(さらには社会保障制度一般)は、厚生労働省に任せるにはあまりに重要な課題である。

高齢者向けの施設
まず最初に、高齢者向けの施設のストックが現在どうなっているかを見ておこう。【図表1】に示すように、大きく「介護保険3施設」と特定施設がある。

(1)「介護保険3施設」とは、介護保険が適用される入所施設である。つぎの3つのカテゴリーがある。
・「介護老人福祉施設」は、特別養護老人ホーム(略して「特養」)とも呼ばれる。
・「介護老人保健施設」(略して「老健」とも呼ばれる)には、家庭などから通ってサービスを利用できる。短期入所(ショートステイ)やデイケア(主にリハビリテーション)などのサービスを実施している。病院と特養の中間的な役割をもつ。
・「介護療養型医療施設」は、医療機関(病院や診療所)である。
(2)特定施設
一定の条件(看護職員または介護職員が要介護の利用者3人あたり1人以上いることなど)を満たす場合に、「特定施設入居者生活介護事業者」の指定が受けられる。
つぎのような種類がある。
・有料老人ホーム
・軽費老人ホーム
・養護老人ホーム
・適合高齢者専用賃貸住宅
【図表1】からわかるように、以上の対象となっているのは、合計で約140万人である。要介護の総数は前回示したように470万人だから、3分の1強がカバーされていることになる。

介護保険導入後急増した有料老人ホーム
2000年4月の介護保険制度導入前には、有料老人ホームは、高所得者向けの高級なものしかなかった。総数も、2000年にわずか350しかなかった(図表2)。
有料老人ホームは、社会福祉法人の他、民間でも運営できる。設置・運営に補助金は出ないが、2000年4月の介護保険制度導入によって、都道府県の事業者指定を受ければ、特定施設入所者生活介護として介護費用の一部を保険で賄えるようになった。このため低料金化が進んで、入居希望が増加した。
介護保険3施設に対しては以下で見るように超過需要が発生しているので、異業種から有料老人ホームへの新規参入が相次ぎ、供給が急速に拡大した。参入した業種として、建設、不動産デベロッパー、鉄道、ハウスメーカー、電力会社などがあげられる。とくに、建設、不動産デベロッパー、鉄道では、マンションや戸建て分譲で今後の成長が望めないので、従来路線から転換して高齢者ビジネスを狙う動きが始まっている。
2002年度においては、全国に494あり、33.700人が入居していた。それが2008年には3,569と10倍近くまでに急増した。東京都内の有料老人ホームの約60%は、2001年以降に開設した施設だ。
最近では、新設ホームが満室になるまでの期間が長くなるなどの供給過剰感が出始めている。2000年の介護保険施行直後は、作れば入居者が入るという状態であったのが、2002年ごろからは、1年たっても入居者が採算ラインの7割に達しないところも出始めた。今では1年たっても3割に満たないところもある。
入居率が伸び悩むと事業は破たんする。仮に施設が閉鎖されれば、入居者は路頭に迷いかねない。
行政の監視の目も厳しくなっている。経営基盤が脆弱な業者は、これから淘汰されるだろう。

特養は入所待ち
特別養護老人ホームには、つねに介護を必要とする要介護度1以上の高齢者が入居できる。事業主体は社会福祉法人である。
設置・運営に国から補助金が出るため、食事付きで毎月5万?10万円程度の費用で利用できる。このため入居希望者が多い。
重度の介護が必要ない人の入所希望が集中して、施設整備が追いつかない。入所待ち期間が2?3年というのが常態化している。
ダイヤモンド・オンライン 2011.11.24  原文のまま

★「改正介護保険法に現場の声を ホームヘルパーが集い」(11月24日/京都民報)
来年4月の改正介護保険法施行を控え、「第12回ホームヘルパーのつどい」(実行委員会主催)が20日、キャンパスプラザ(京都市下京区)で行われ、介護の現場で働くホームヘルパーや利用者など200人以上が参加しました。認知症の人と家族の会副代表の勝田登志子さん(写真右上)、大阪社保協介護保険対策委員の日下部雅喜さん(写真右下)が記念講演を行いました。
厚生労働省の介護給付費分科会委員も務める勝田さんは、国は重点化、効率化を優先し、分科会では訪問介護の時間短縮や一定以上所得者の利用者負担、ホームヘルパーの給与補助を介護報酬に組み込むなどの案が語られていると紹介。「税と社会保障の一体改革を社会保障の分野でも取り入れるため話し合いが持たれているが、現場の声が入らない中で進められている。分科会の委員、厚労大臣あてに現場の声を伝えて、声を上げ続けて日本中に広めてほしい」と呼びかけました。
日下部さんは、介護保険法の改正で要支援者のサービスが切り捨てられる危険性や介護予防・日常生活支援事業でサービスが市町村任せになるなどの問題を紹介し、「当事者、ヘルパーを抜きにして決めないで。介護保険の最大の功労者ヘルパーの声を厚労省に」と訴えました。
講演後、「本日のつどいを力に、つながりあい、ヘルパーがやりがいを持って安心して働き続けられるようみんなで声をあげていきましょう」と訴えるアピール文を採択しました。
講演後には分科会や実技講座、パレードも行われました。
京都民報 2011年11月24日  原文のまま

「認知症高齢者に終の住み処…グループホーム計画 神戸市が認可 長田区に来年6月完成へ」(11月16日/民団新聞)
【兵庫】特定非営利活動法人「神戸定住外国人支援センター」(金宣吉理事長(写真)、神戸市長田区)は、神戸市長田区に国籍や民族を超えた共生の認知症高齢者グループホーム「ハナの家」の建設に乗り出す。神戸市からこのほど、建設認可を得た。
建設地は民団兵庫県本部の駐車場スペースの一部、353平方b。土地を所有する学校法人韓国学園との間で35年間の賃貸借契約を結んでいる。鉄筋コンクリート造り3階建て。12年6月に完成し、7月から入居できる。
個室型、定員18人。利用料は無年金が多い在日同胞高齢者のために生活保護受給者でも入れるよう、低く抑えた。建設費1億2000万円のなかの8000万円は日本の福祉医療機構から借り入れ、残りをNPOの自己資金と一般からの設立寄付金でまかなう。
同センターは阪神・淡路大震災で被災し、困難な状況で暮らしていた在日同胞をはじめとする定住外国人に対するボランティア活動から生まれた。05年にはデイサービスセンター「ハナの会」を設立し、在日同胞高齢者を支えてきた。在日3世の金理事長は、「ハナの会を通して認知症で行き場のない同胞高齢者をたくさん見てきた。特養ホームに入るのにも、生活保護者が入れる相部屋では1、2年待ちの状態が続いている。NPOとしては背伸びをした事業だが、もう待てないという人たちのために決心した」と話している。
設立寄付金窓口は郵便振替口座00990‐4‐18945 神戸定住外国人支援センター。通信欄に「グループホーム建設寄付金」と記入のこと。問い合わせはグループホームハナ準備室(ハナ介護サービス気付 078・646・8670)。
民団新聞 2011.11.16 原文のまま
編者:在日韓国人が、国籍も民族を超えたグループホームの建設に進めていることは考えさせられる。日本人はできないのか。

「安住の住み家どこに 県内老人施設の福島県避難者 163人いまだ「緊急避難」 正式入所のケースも」(11月13日/下野新聞)
東日本大震災の影響で県内の老人施設には現在も、福島県の高齢者163人が「緊急避難」している。3月のピーク時の75%に当たり、福島、栃木両県ともいずれは「なじみの地に戻したい」というのが基本的な考え方だ。しかし福島第1原発の警戒区域内からの避難者を中心に「帰る見通しがたたない」(施設関係者)ため、避難先にそのまま正式入所するケースも出始めた。同区域内の施設の中には、域外での新設を模索する動きもあるが、資金や職員確保などの課題もあり、先行きは不透明だ。
本県のまとめ(8日現在)によると、避難者を受け入れているのは特別養護老人ホームなど56施設。ピークの3月には、49施設で215人を緊急に受け入れた。
福島県は基本的に避難者を元の施設に戻す方針。本県と県老人福祉施設協議会も、各施設で入所待機者が常態化する中、定員外で避難者を受け入れた事情もあり、いずれは帰郷することを基本として考えている。
だが被災した福島県内の施設の再建は、いまだ不透明だ。警戒区域内の浪江町の特養ホーム「オンフール双葉」は、区域外に仮設ホームを建てるかどうか結論が出ていない。
吉野和江施設長は「6年前に建てたばかりで、新たな借金が可能か。県外に出た若い職員を戻せるか。入所者の長距離移動の心配もある」と再建へ踏み出せない理由を話す。
そんな中、同施設をはじめ福島県から9人を受け入れた栃木市の特養ホーム「うづま荘」では、これまでに4人の避難者が正式入所に切り替えた。残る5人も希望しているという。
甲斐典子施設長は「帰る見通しが立たない中、認知症20+ 件などの症状も落ち着いている。家族も避難生活で大変な側面もあるようだ。できる限り希望をかなえてあげたい」と話す。
ただ本県の高齢対策課は「(定員外の避難者を)定員として受け入れることは不公平感を生むので注意を」とも指摘する。
一方、9月末で緊急時避難準備区域が解除された広野町などの特養ホームが、再開を目指し準備を始めるなど、避難者にとって明るい兆しも一部で出てきている。
SOON 2011年11月13日 原文のまま

「【ゆうゆうLife】在宅を支える「小規模多機能型」」(11月11日/産経新聞)
看護師常駐で認知症+医療ニーズに対応
重度要介護や認知症で医療の必要な人が、介護サービスを断られるケースが問題になっている。しかし、訪問介護、デイサービス(デイ)、泊まりなどを提供する「小規模多機能型」事業所の中には、看護師を手厚くして重度の利用者を受け入れる所もある。厚生労働省は来年度の介護報酬改定で、こうした事業所を「複合型サービス」と位置付ける方針。医療も介護も必要な人が使えるサービスが増えることが期待されている。(佐藤好美)
                 ◇
横浜市に住む中林隆子さん(50)=仮名=は今年6月、81歳の父親を自宅で看取(みと)った。父親はアルツハイマー型認知症でネフローゼがあり、要介護5。最後は訪問診療と、小規模多機能型ハウス「ふくふく寺前」(横浜市金沢区)の訪問看護や介護などを使って穏やかに逝った。
「ふくふく」に出合うまでは、在宅介護は限界だと思っていた。通っていたデイでは、大柄な父親の粗暴な行動や徘徊(はいかい)が手に負えなくなっていた。本人も嫌がり、とうとう事業所から「嫌なら、無理強いはできないですね」と言われてしまった。併設事業所のケアマネジャーも、他にサービスのあてがない。「また、いつでも声をかけてくださいね」と言われたが、アルツハイマーは進行する病気だ。使えるようにならないことは分かっていた。
在宅介護は高齢の母1人では無理だ。土日は会社員の妹が介護し、平日は中林さんが往復3時間かけて実家に通った。別の事業所も見に行ったが、「おとなしいおばあさんばかりで…。父は拘束されたり、大量に薬を使われたりするところしかないんだろうと思いました」と中林さん。
ある日、紹介を受けて「ふくふく」に通い始めた。当初は3〜4人がかりのケアだった。しかし、顔ぶれが変わらず、小ぢんまりした雰囲気に慣れたのか、父親はしばらくすると機嫌良く通ったり、泊まったりするようになった。
高齢で持病もあるから、入退院もある。家ではリハビリパンツなのに、病院では当たり前にオムツにされ、寝たきりで筋力も落ちた。だが、退院直後は「ふくふく」がショートステイを組んでくれ、介助でトイレに行けるようになって帰ってきた。「あのままなら、寝たきりになっていたと思います」と中林さん。
状態が悪くなり、先行きが見えてくると、「ふくふく」が往診する医師を紹介してくれた。中林さんは「ふくふくさんは必要なサービスをトータルで考えてアレンジしてくれた。最期まで家でみられたのはふくふくさんのおかげです」と話している。
横浜市の青木静子(せいこ)さん(59)は現在、ふくふくを利用中。7年前に腎臓がんを発症し、脳転移による認識の低下があり、要介護は5。今年6月に病院で余命告知を受け、「ふくふく」の訪問介護やデイ、泊まりなどを使い始めた。
夫の寿友(ひさとも)さん(58)は現役。演劇関係の不規則な仕事だが、「仕事が急に遅くなっても、夕食を頼んでデイを延長したり、ベッドが空いていれば、泊まりをお願いすることもある」という。
静子さんは食後の3回、鎮痛剤が必要だが、自分では管理が難しい。急な痛みに使う医療用モルヒネも、ふくふくの看護師が目配りする。
月に10日ほど泊まりを使っても、利用料は6万〜7万円。寿友さんは「看護師さんがいるから安心です。ふくふくさんがなければ、仕事は続けられなかった。辞めてしまえば経済的な負担も大きかったと思う」と話している。
厚労省 報酬改定で手厚い看護を支援
「小規模多機能型」は家での暮らしを支えるサービス。全国に約2700カ所あり、1事業所の登録定員は25人。利用者は自宅でケアを受けたり、事業所でデイや泊まりも利用できたりする。スタッフの顔ぶれが同じなので、認知症の人も落ち着くとされる。
「ふくふく寺前」が他の事業所と違うのは、常勤看護師が2人いること。このため、人工呼吸器や在宅酸素などの利用者も受け入れ、看取りまで対応できる。系列に訪問看護ステーションがあることも大きい。利用者は医師との連携が必要な人が3分の2で、平均要介護度は4・19(全国平均は2・63)に上る。
経営する「在宅ナースの会」の取締役、小菅清子さんは「病気でも寝たきりでも認知症でも、その人らしく在宅で暮らすことを支えたい」と言う。持病のある人が多いから入院も多いが、ふくふくでは退院後の人をショートで受け、トイレに誘うなど、家での生活を意識してリハビリに取り組む。「トイレに行けることは本人にも大切だし、家族の介護負担も格段に下がる。90代の人でもだいたい良くなります」と頼もしい。
一般に経営が厳しいといわれる小規模多機能型だが、小菅さんは「楽ではありませんが、平均要介護度が高く、23〜25人の利用者を維持しており、黒字です」という。
ただ、どこの小規模多機能型でも、医療の必要な人を受け入れるわけではない。みずほ情報総研の調査によると、小規模多機能型の利用終了後の居場所は、(1)入院(36・4%)(2)施設入所(34・8%)−が双璧。入院理由のトップは「事業所で対応困難な医療ニーズが発生した」(64・6%)だ。
厚生労働省は来年度の報酬改定で、看護の手厚い小規模多機能型を整備する意向。介護も医療も必要な人が使えるサービスが増えるかどうかが問われている。
産経ニュース 2011年11月11日 原文のまま

「大阪の認知症連携事例を紹介―都認知症キャリアパス部会(1)」(11月9日/ケアマネジメント)
東京都は10月31日、認知症対策推進会議認知症ケアパス部会(第2回)を開催した。
「認知症ケアパス部会」では、認知症にかかわる医療・介護関係者が地域で連携・協働する体制をつくるため、有効な情報共有の仕組みやツールについての検討を行っている。
会議の前半は、情報共有のシステムづくりに取り組んでいる数井裕光・大阪大学大学院教授(医学系研究科)を招き、大阪府内で行なった実験について語ってもらった。主な内容は以下の通り。
□連携システムの前提
認知症の患者は在宅生活を基本とし、かかりつけ医と在宅ケア施設が支え、認知症の専門医がサポートする。そのためには情報共有ツールが必要。同時に、家族やケアマネジャーに対する継続的で実践的な教育活動が必須である。
□情報共有ツールの特長
「心と認知症の連携ファイル」(情報共有ツール1)を患者ごとに作成し、診療やケアを受ける際には、介護者が常に携帯する。ファイルには「情報共有」と「診療情報」の2つの機能をもたせ「前者は、介護者・ケアマネジャー、ケアスタッフ、かかりつけ医、専門医が互いに連絡や質問・回答を書き込む、交換日記のようなイメージです」。後者は、母子手帳をイメージし、臨床経過や検査結果を記すものとなっている。
介護者に向けて、全10種類の「疾患別・重症度別 治療・ケアガイドブック」(情報共有ツール2)を作成。疾患別・重症度別にすることで、確実に目を通せる情報量に絞り、必要な情報を得やすくすることをねらった。ガイドブックは、専門医が診断時に適切なものを介護者に渡す。
□連携システムの試験運用
2011年2月から7月末まで、59患者(+家族)、かかりつけ医75名、介護サービス事業所84施設、ケアマネジャー48名が参加。月に1回連絡会(情報共有ツール3)を実施し、疑問点などを話し合い、よい提案はガイドブッグの改訂に生かした。
□情報共有ツールの効果
実験後、家族に情報共有ツールの感想を訊ねたところ、「BPSD対応を学べた」と答えた人は50%強。連携ファイルについては、「ケアマネ・施設に相談しやすくなった」「かかりつけ医に相談しやすくなった。医師の患者への理解が向上した」などが50〜60%の回答を得た。連携ファイルに関しては、介護サービス事業所から「かかりつけ医と連絡がとりやすくなった」、かかりつけ医からは「患者の日常や、利用している介護サービスがわかった」との肯定的な感想とともに、「カルテとの二重書きになる。電子化してほしい」という意見も出た。
その他、実験を通しての気づきとして、「連携ファイルは、いきなり渡されても書くのが難しい。記入の仕方を指導する人が必要」「連携ファイルの項目の設定では、ケアスタッフより、『患者のこれまでの人生の情報や趣味、好みを入れたい』『かかりつけ医に興味をもってもらえよう、介護保険の主治医意見書を書くための情報を入れたい』との意見が出て、採用した」などが報告された。
ケアマネジメントオンライン 2011年11月9日 原文のまま
編者:聞き慣れない用語「認知症ケアパス」の意味が不明でネットで調べると社会保障審議会介護保険部会「介護保険制度の見直しに関する意見 平成22 11月30日」(pdf365K)に「認知症ケアパス(認知症の状態経過等に応じた適切なサービスの選択・提供に資する道筋)」との簡単な説明がある。さらに調べるとイギリスのNHSでdementia care pathwayを推奨されている(一例:Older Adult Dementia - Care Pathway)ことを知る。

「東日本大震災:特養再開、望む住民 国の補助、見通し立たず−岩手・大船渡市三陸町」(11月4日/毎日新聞)
◇高齢化率33%
津波で利用者56人が死亡・行方不明となった岩手県大船渡市三陸町の高齢者施設「さんりくの園」(及川寛次郎施設長)。高台に拠点を移し、8月からデイサービスや訪問介護を再開したが、全壊した特別養護老人ホーム(特養)は国の建設補助の見通しが立たない。三陸町の高齢化率は33%に上るうえ、震災後に認知症が進んだお年寄りも目立ち、多くの住民が特養再開を望んでいる。【市川明代】
午前8時半。同園職員2人が三陸町吉浜地区にある新沼勝美さん(67)の母ハナさん(88)を迎えに来た。デイサービスに行くためハナさんが重い腰を上げると、新沼さんと妻光子さん(55)はホッとした表情を見せた。
要介護認定3のハナさんは震災当日も同園でデイサービスを受けていた。職員の誘導で避難し、翌朝帰宅したが、うなされたように声を上げるようになり、認知症が悪化した。おむつ替えを拒んで部屋を汚したり、伝い歩きで外へ出ようとしたりする。近くに住むハナさんの兄夫妻も認知症が見られ始めた。
新沼さんは光子さんの負担を軽くしようと畑仕事を半日で切り上げ、介護を手伝う。週2回のデイサービスを3回に増やしたが、特養の再開を待ち望む。
「できればもっと働きたい。限界です」
   ◇
「せめてショートステイが使えれば」。大船渡市越喜来(おきらい)地区の仮設住宅で母しつさん(92)と暮らす中嶋勝子さん(66)は話す。
7年前に夫を亡くし、1人でしつさんを介護する。しっかりしていたしつさんだったが、震災後、公民館に避難してから常に中嶋さんのそばにいたがるようになった。目を離したすきに首をくくろうとしたこともある。一時入院し、睡眠導入剤を服用しているが、深夜にベッドの手すりをコツコツたたき続ける。中嶋さんは「仮設住宅では音が響く。隣に申し訳なくて私も眠れない」と言う。
   ◇
同園の関係者によると、震災前に約100人いた同園の特養待機者はさらに増えた。震災のショックや環境変化で、認知症が進むなどしたお年寄りが増えたとみられる。デイサービスをこれまでの月〜土曜に加え8月から日曜も受け付けるなどしているが、ニーズに対応し切れない。
岩手県内では震災で九つの高齢者福祉施設が全壊したが、その多くが再建のめどが立たない。新沼さんは訴える。「介護が必要と気づかない独居・老老世帯も増え、地域が崩壊してしまう。一刻も早く、お年寄りを安心して預けられる場所を作ってほしい」
毎日jp 2011年11月4日 原文のまま

「ストライキ:鹿児島市の介護老人保健施設で 労働条件改善など求め/鹿児島」(10月28日/毎日新聞)
鹿児島市の介護老人保健施設「フェニックス」(同市谷山中央1)で26日、看護師や介護士らが労働条件の改善などを求めて無期限のストライキに入った。スト突入により、市は施設を運営する「医療法人紘淳会」に対し、利用者へ影響が出ないよう要請した。
県によると、00年の介護保険制度導入以来、県内の介護施設でのストライキは初。全労連・全国一般労働組合鹿児島地方本部谷山中央医療福祉分会(約60人)に所属する約40人の職員が参加し、退職を強要する配置転換、人事異動の中止▽タイムカード導入▽誠実な団体交渉の実施−−などを求めている。
ストには職員の約半数が参加。給食要員らは利用者への影響を考慮しストには参加していない。【黒澤敬太郎】
毎日jp 2011年10月28日 原文のまま
編者:介護労働者自ら労働組合を結成して労働条件改善を要求する動きは貴重だ。

「「シングル親子」の苦境」(10月23日/東京新聞)
要介護の老親とその息子や娘が同居する世帯の苦境が、深刻になっている。子がワーキングプアで経済状態が厳しく、介護サービスを削って親の健康を害しているケースが、埼玉県内でも目立つという。親の年金が頼りの世帯が多く、介護関係者は「介護分野の支援だけでは救えない。親子共倒れの恐れもある」と心配している。 (五十住和樹)
県西部にある訪問介護などの事業所によると、約百十件担当している世帯のほぼ一割に当たる十件が、要介護の親と収入が不安定な子の世帯という。
一人息子(53)と暮らす母親(86)はひざを手術して、七段階の四番目に重い要介護2。週一回のヘルパーによる家事援助を受けているが、入浴介助を受けると利用料の二百六十円が四百円になるため、シャワーで済ます。
世帯月収は、母の年金約八万円と息子のアルバイト十二万円。対人関係が苦手な息子はパートや期間従業員など職を転々とし、現在の仕事は雇用保険もないという。
家賃は七万円で、母は介護サービス利用を控えている。配食サービスの弁当を親子で二日に分けて食べることも。介護事業所の担当者は「息子が経済的に自立しない限り、母は十分なサービスを受けられない」と話す。
要介護3の認知症の八十代父親と暮らす四十代前半の息子。精神疾患のため荒れることがあり、ヘルパーは父の介護で暴力を受けた形跡を見つけた。介護保険では息子のケアまでできないが、週二、三回の家事援助では、こっそり二人分の食事をつくるという。
この介護事業所は「介護保険だけでは何ともならない深刻な事例が、ここ数年増えている」と指摘。「長引く不況で、独り立ちできる仕事を得られない子が、親の足を引っ張っている」とする。
介護分野では、独居高齢者のケアや、高齢の子が老親を介護する「老老介護」が支援の課題とされてきた。あるケアマネジャーは「要介護の親と子の同居世帯は、福祉制度の谷間に落ちている」と言っている。
◇介護保険制度にも問題
認知症の親を子が介護する同居世帯では、徘徊(はいかい)などで目が離せないと子は仕事を辞めざるを得ず、経済的苦境に陥るケースも多い。介護保険が細切れのサービスしか提供しないためで、働こうと思っても親が通所介護(デイサービス)に行っている間しか時間がない。立教大の服部万里子教授(高齢者福祉)(写真)は「家族の介護を前提にした制度設計が原因。常時見守りのような連続的なサービスを、盛り込む必要がある」と指摘している。
来年四月から二十四時間対応の訪問介護が始まるが、服部さんは「認知症の人が使えるようなサービスではない」とみている。
服部さんは「年金や健康保険に入らず親と暮らす子も多く、親の年金頼りとなる“予備軍”だ」と言う。「親が元気なうちに子を自立させる努力が必要。家族だけでは解決できない場合も多く、自治体は支援に入るべきだ」と話している。
Tokyo Web 2011年10月23日 原文のまま
編者:シングルチャイルドが在宅介護する場合、介護保険だけでは対応できないことが多いようだ。「介護者支援」と限定せず、所得、就労、住宅など社会保障のあり方が総合的に問われている。

★「幅広い年齢が共生「コレクティブハウス」」(10月20日/大分合同新聞)
高齢者の一人暮らしが増える中、幅広い年齢の人たちが共生する“未来の長屋”として広まっている「コレクティブハウス」を県内で実現させようとする取り組みが始まっている。
実現を目指す「明るいシニアライフをつくる会『結』」(古村久美子代表)は今月、大分市内でセミナーを開催。定員の60人を超える約100人が来場するなど、関心の高さがうかがわれた。
コレクティブハウスは、年齢や障害の有無にかかわらず数十人が、適度に助け合って暮らす新しい住まいの形。欧米などで広まっており、居住者が暮らしのルールを話し合い、個人の自由は守りながら、生活の一部を共同化したり共有スペースを設ける。
家事の負担軽減、見守りの安心感など、高齢者や子育て世代らそれぞれに利点がある。体が不自由な人が共有スペースの清掃などで介護保険を利用できた例もあるという。
同会は2009年に発足。定例会などを開き、15日は「元気なうちに考える老後の住まい方セミナー」を開催。
コレクティブハウスの実現や運営を支援するNPO法人コレクティブハウジング社(東京)の狩野三枝理事(写真右下)が「価値観が異なる人たちが主体的に活動して考えを共有することが重要。地域へのネットワークも広がり、一人暮らしにない合理的で安らぎのある暮らしができる」と話した。
参加者から「高齢になったが、子どもは遠方で頼れない。元気なうちに身の振り方を考えなければ」「共働きで子育てしており、見守り環境が魅力」「人間関係がうまくいくか不安」などの声が上がった。
同会は、先進地視察などを重ね、本年度中に、入居希望者や学識経験者、地主らと具体的なイメージ図を作成したい考え。ケアマネジャーとして、思うような老後を過ごせない高齢者に多く接してきた古村代表は「介護サービスだけでは支えきれない。自分らしく生き生きと暮らすためには、人に交わり、何らかの役割を担い続けることが大切ではないか」と話している。
同会の問い合わせは古村代表(TEL097・504・7858)へ
Oita-Press  2011年10月20日 原文のまま

「仮設のグループホームに入居」(10月12日/NHK)
認知症のお年寄りが共同で暮らせるグループホーム型の仮設住宅が新たに福島県大玉村に完成し、震災から7か月の11日、原発事故で避難している人たちが入居しました。
グループホーム型の仮設住宅は福島県内ではこれまでに3か所に作られ、11日は、新たに完成した大玉村の仮設住宅で入居が始まりました。入居したのは、東京電力福島第一原発から10キロ余りの場所にあった富岡町のグループホームのお年寄り13人です。原発事故のために避難所を転々としたあと、福島市のアパートで共同生活を続けてきました。完成した仮設住宅は2棟でそれぞれ9つの個室があり、介護しやすいよう風呂やトイレが広くなっているほか、段差をなくし、さまざまなところに手すりがついています。今回入居した富岡町のグループホームでは、避難生活のために体力が落ちたり、認知症が進行したりする人もいて、これまでに2人が体調の悪化で亡くなったということです。お年寄りたちは、「個室だと落ち着いて寝られて嬉しいです」と話していました。グループホームを管理する鈴木洋子さんは、「震災から7か月で仮設に移ることができ安心しました。必ず地元に戻るという気持ちでがんばりたい」と話していました。
NHKニュース 2011年10月12日 原文のまま

「GHや小規模多機能で初の「標準モデル」- 福祉医療機構が黒字化の目安に」(9月21日/キャリアブレイン)
認知症高齢者グループホーム(GH)や小規模多機能型居宅介護(小規模多機能)を整備する際の黒字化の目安となる「標準モデル」を、福祉医療機構が融資先の実態調査結果を基に初めてまとめた。同機構の担当者は、標準モデルがあくまで全国的な傾向を示したものだと断った上で、「目安として使えば(収支)計画を組みやすいのではないか」としている。
調査は、2006年度と07年度に同機構が融資したGHと小規模多機能合わせて97事業所を対象とした。このうち有効回答は46事業所で、有効回答の中央値を使って標準モデルをまとめた。
GHと小規模多機能の標準モデルでは、利用者1人当たりで、▽建築単価が約860万円▽借入単価が約580万円―の設備投資が行われているほか、延べ床面積はGHで34.8平方メートル、小規模多機能で41.5平方メートルある。
開設してからの稼働状況を見ると、GHは1か月の時点で51.7%、6か月時点で81.1%、1年時点で94.4%、2年時点で99.1%と推移している。
小規模多機能では、1か月の時点で20.0%、6か月時点で48.0%、1年時点で68.0%、2年時点で76.0%となっている。
また、GHにおける介護・看護職員の配置割合は、ケアマネジャーが9.8%、3年以上の勤務経験がある常勤の介護職員が36.0%、3年未満の常勤介護職員が33.1%、非常勤の介護職員が18.4%、看護職員は2.7%で、人員配置は1.2対1となっている。
小規模多機能では、ケアマネジャーなどが務める計画作成担当者が6.7%、勤務経験3年以上の常勤介護職員が28.9%、3年未満の常勤介護職員が35.2%、非常勤の介護職員が20.9%、看護職員は8.3%。人員配置は2.3対1で、GHよりも手薄になっている。
同機構の担当者は、施設整備のポイントとして、▽設備投資額▽介護サービスに対する需要▽職員の確保状況―を挙げた上で、特に設備投資額が重要だと指摘し、「事業主の経営感覚が問われる。過大投資になっていないか確認してほしい」と話している。
このほか、開設前に「標準モデル」よりも高いペースでの稼働状況を見積もっている場合には、「実現性があるのかという点が問題になってくる」としている
□ユニット型特養でも実態調査
また同機構では、ユニット型特別養護老人ホームについても、07年度に融資した160施設を対象に実態調査を行った。このうち83施設から有効回答を得て、標準モデルをまとめた。
ユニット型特養の標準モデルでは、利用者1人当たりで、▽建築単価が約1170万円▽借入単価が約800万円―の設備投資が行われているほか、延べ床面積が51.8平方メートルある。
た、開設後の稼働状況を見ると、1か月時点で57.0%、6か月時点で93.8%、1年時点で96.5%と推移し、2年時点までに99.2%を達成している。
介護・看護職員の配置割合は、勤務経験3年以上の常勤介護職員が42.3%、3年未満の常勤介護職員が36.3%、非常勤の介護職員が12.3%、看護職員は9.2%で、人員配置は1.9対1となっている。
調査結果では対象施設の事例として、会議室などの共用スペースを絞り込むなどして建築コストの削減を図った施設などを紹介しており、同機構の担当者は、「共用スペースが多過ぎると、入所者1人当たりの建築コストが上がる」と指摘している。
キャリアブレインニュース 2011年9月21日 原文のまま

「特養の居室定員は「4人以下」- 地方分権一括法で東京都が独自基準案」(9月20日/キャリアブレイン)
国が定めている介護保険施設などの指定基準を、来年度から都道府県が一定の範囲内で定めるようにする地方分権一括法の成立を受け、東京都はこのほど、特別養護老人ホームの従来型多床室の居室定員を「4人以下」とするなどの独自基準案を発表した。同案は、国が現行の「4人以下」から「1人」に基準を変更する方針である点などを踏まえつつ、大都市の特性を考慮に入れた独自の基準が必要として検討してきたもので、独自基準案の発表について都の担当者は、「全国(の都道府県)で初めてではないか」としている。
指定基準をめぐっては、今年4月に地方分権一括法が成立したことで、来年度から都道府県が国の定める基準を参酌するなどして、特養の居室定員といった指定基準を条例で定めるようになる。これを踏まえ、社会保障審議会の介護給付費分科会では、多床室の居室定員を、入所者の尊厳保持の観点から「1人」に変更する厚生労働省令の改正案を了承している。
東京都が発表したのは、「特別養護老人ホームの施設整備基準等に関する検討結果」。この中で示されているのは、▽多床室の居室定員を、国基準の「4人以下」と同様にする▽ユニット型特養の1ユニットの定員を、国基準の「おおむね10人以下」から「12人以下」に引き上げる―など。
多床室の居室定員について、東京都の担当者は、国が基準を「4人以下」から「1人」に変更する方針である点に対し、「ユニット型も(低所得者にも利用しやすい)多床室も足りていない」と指摘。5人以上にしなかった理由については、「(5人以上だと)利用者にとっても介護者にとっても窮屈なため」とした。
またユニット型個室については、検討結果の中で、1ユニットの定員を10人、12人、15人で試算した結果、12人の場合が、少ない職員数で必要な夜勤者を配置できる上に、日勤帯の各ユニットの職員配置が手厚くなると結論付けている。
東京都は今後、指定基準に関して厚労省が検討中の省令改正の内容を踏まえた上で、「独自基準案を織り込んだ条例」を制定したい考えだ。
キャリアブレインニュース  2011年09月20日 原文のまま
関連情報:「特別養護老人ホームの施設整備基準等に関する検討結果」(平成23年9月 東京都特別養護老人ホーム施設整備等のあり方に関する検討委員会)(pdf370K)

★「一体改革シナリオ、「慢性期の分類再考を」- 日慢協が将来病床を試算」(9月12日/キャリアブレイン)
社会保障と税の一体改革で政府・与党が示した2025年度の医療・介護サービスの病床シナリオに対し、日本慢性期医療協会(日慢協、武久洋三会長(写真))は、急性期病床では対応しきれない患者の受け皿として、より多くの慢性期病床が必要だとする試算をまとめた。急性期医療と長期入院の機能を併せ持つ病床として、日慢協が提言している「長期急性期病床」30万床を整備するなど、慢性期医療の機能分類を再考すべきだとしている。9月12日の「介護保険サービスに関する関係団体懇談会」で示した。
政府・与党の一体改革成案では、医療・介護サービス提供体制について、機能分化と連携強化による病床再編を進めることが大きな柱になっている。改革シナリオによると、現在の医療一般病床は25年度時点で、「高度急性期(22万床)」「一般急性期(46万床)」「亜急性期・回復期リハ等(35万床)」に再編。療養病床は、「長期療養(慢性期)」が28万床、介護療養病床を含む介護施設(特別養護老人ホーム、老人保健施設)が計131万人分と見込んでいる。
これに対し、日慢協の武久会長は、「現在の一般病床のうち30万床は実質、慢性期を担っている。亜急性期・回復期リハ病床も計7万2000床しかないのが実態で、35万床に増やすという案は無理がある」と指摘。さらに、人工呼吸器を外せないなど、重い症状のままで回復が難しい患者が急性期病床を出た後の受け入れ先が、シナリオでは十分に示されていないとした。
日慢協の試算では、こうした医療機能を担う「長期急性期」が30万床必要だと指摘。担い手として、現在の一般病床のうち13対1、15対1の病院や、医療療養病床の一部などが見込まれるとしている。このほかの慢性期医療の需給は、病状が安定した患者の長期入院を受け入れる「長期慢性期」30万床、ターミナルケアや認知症の身体合併症など、医療と介護サービスを同時に提供する「介護療養」15万床と見込んでいる。
 一方で、シナリオが描く急性期や亜急性期・回復期のニーズは、こうした慢性期に一部吸収されるため、試算では縮小されている。
武久会長は、「一般・療養病床の垣根を越えて、慢性期の境界線を引き直すべきだ」と主張。「行政に対し、医療ニーズの大半を占める慢性期医療への理解を求めたい」としている。
キャリアブレイン 2011年09月12日 原文のまま
編者:我が国の病床、介護床数の現状と予測がわかりやすい。精神病床は少し減る?



「震災半年 要介護の高齢者急増」(9月8日/ NHK)

東日本大震災のあと、岩手・宮城・福島の3つの県では、新たに介護が必要になった高齢者が急増し、被害が大きかった自治体だけでも1万人を超えていることが分かりました。長引く避難生活や、仮設住宅への入居といった環境の変化が主な要因とみられ、被災した高齢者をどのように介護していくかが課題となっています。
NHKが、宮城・岩手・福島の3県で被害の大きかった沿岸部にある34の自治体と広域連合に取材したところ、震災後の4月からこれまでに新たに介護が必要だと認定を受けた高齢者は、合わせて1万3374人で、前の年の同じ時期に比べて2802人、率にしておよそ30%増加していました。中でも福島県では、浪江町で前の年に比べて3.5倍、富岡町、大熊町では3倍と大幅に増加していました。介護が必要になった理由を複数回答で尋ねたところ、71%の自治体が長期化した避難所生活による体の機能の低下と答えたほか、38%の自治体が仮設住宅に移ったことで外出しなくなり、体の機能が低下したためと答えました。このほかに環境の変化で新たに認知症の症状が出たり、重くなったりしたという答えもありました。また、宮城県の南三陸町など5つの市と町は、介護が必要な高齢者が増えたことで、介護サービスの提供が十分にできなくなっていると答えました。仮設住宅などでの生活は、今後さらに長期化が予想され、高齢者一人一人を見守るなど、地域全体で支えていく態勢を整えることが求められています。
NHKニュース 2011年9月8日 原文のまま

★「大震災半年:高齢者の家族も疲弊 被災心労で症状悪化」(9月7日/毎日新聞)
東日本大震災から半年を迎える被災地で、新たに要介護認定を申請する高齢者が急増している実態が浮かんだ。津波で自宅を奪われたり、避難生活を強いられたりするなどの環境変化は、高齢者の体をむしばむ。一方、介護の担い手だった家族や受け皿の施設も被災で疲弊し、介護事情悪化に拍車をかけている。【鈴木梢、曽田拓】
「津波が来っと!」。8月19日、震度5弱の余震におびえた宮城県石巻市渡波(わたのは)の阿部良策さん(71)は、寝ていたベッド脇のふすまを不自由な足でけり破った。妻のマサコさん(65)は「津波で生死の境をさまよったので、黒い波が目に浮かぶのだと思う」と話す。
良策さんは震災時、自宅の屋根の雨どいにすがって何とか津波を耐えしのいだ。直後は水も口にできず、眠れない日が続いた。3月末には強度の貧血で入院した。
11年前、小脳梗塞(こうそく)で体のバランス感覚を失い、足元がふらつくようになっていた。それでも家庭菜園で草むしりをすることもできたが、震災で体調が悪化し、ほぼ歩けなくなった。
「この状態なら死んだ方がましだ」と口にするなど、精神的な落ち込みも激しい。メンタルクリニックでは、津波のショックが原因と診断された。マサコさんは勤めをやめ、介護に専念した。ただ、自らも高血圧で通院し、震災と介助のストレスに悩まされている。
全国の看護師が被災地での活動拠点とする「全国訪問ボランティアナースの会・キャンナス」の勧めで、マサコさんは8月中旬、良策さんの要介護認定を初めて申請した。認定されれば、介護保険を利用し歩行訓練もできる。マサコさんは「自分にも持病があり、夫を病院に連れていけなくなっては困る。申請しておけば少しは安心できる」と話す。
震災後の症状悪化は、既に介護認定を受けていた人たちでも目立つ。
石巻市元倉の介護施設「めだかグループ」は8月26日、事業再開を祝う盆踊り大会を開いた。通所、宿泊、訪問を組み合わせてサービスを提供する施設で、管理者の井上利枝さん(67)(写真の人)がボランティアで障害者らに自宅を開放したのが出発点。30年近く高齢者を支えてきたが、海岸から200メートルしかない同市南浜町にあった建物は津波にのまれ、別の場所に移転して再開にこぎつけた。
津波で1人暮らしの自宅を流された宍戸はなへさん(96)も再開を喜んだ一人だ。「おうちは流され、何にもねえ。めだかが助けてくれた。ここさ来たから、えがった」。宍戸さんは井上さんに向かい、「ありがとう」と両手を合わせる。
3月11日。宍戸さんは大腿(だいたい)骨骨折で市内の総合病院に入院中だった。歩けるまで回復していたが、県内陸部にある大崎市の病院に搬送された後に症状が悪化。寝たきりとなり、食事や排せつも介助が必要になった。津波で自宅を失い、身寄りもない宍戸さんを迎え入れたのが、めだかだった。
宍戸さんは改善しつつある。だが、井上さんは「症状悪化は宍戸さんだけではない。認知症が進んだ人が目立つ」と話す。
保健師でもある杏林大の大木幸子教授(地域看護学)は「家族関係が変化し、地域のつながりが薄れれば、認知症は進みがちになる。周囲の人が高齢者に声を掛けることが大事だ」と指摘する。
◇介護施設、再建困難 「訪問」は利用激減
国は震災直後、被災した施設の定員減少分をカバーするため、無事だった施設に定員超過を認める方針を打ち出した。「当面」の措置だが、半年近くたった今も定員超過が続く施設が少なくない。
震災前は定員通りの18人が暮らしていた宮城県岩沼市の「グループホーム朝日」は震災後、津波被害に遭った同じグループの特別養護老人ホームにいた入居者を受け入れた。現在も定員のほぼ倍の33人が暮らす。
同ホームは「被害に遭った施設を何とか再建してほしいが、この状況ではやむを得ない」と、1人部屋にベッドを二つ置いて対応している。長引く定員超過は事業者の負担が増すほか、入居者にとってもサービス低下を招く懸念がある。
国は被災した施設の復旧費用について、国や県の補助率を6分の5に引き上げた。
だが、朝日のグループ法人は「自己負担が6分の1でも、施設を再建するには億単位の資金が必要。とても負担できない」と説明する。
施設側で定員超過が続く一方、訪問介護などの在宅サービスを提供する事業者側では、利用者が減少して経営が悪化する例も起きている。在宅で介護可能だった高齢者が家を流されて居場所を失い、特養などに入居した例も少なくないからだ。
津波で被害を受けた石巻市の「めだかグループ」が別の場所で事業を再開したのは、住民が地域に戻る日に備え、市から「将来的には絶対に必要になる」と事業所存続を依頼されたからでもある。
ところが再開後、利用者は3分の1に減った。スタッフを解雇しないことを条件に補助金を受けているが、運営の維持に十分な額ではない。周囲の事業者の中には、経営悪化でスタッフを解雇したところもあるという。管理者の井上さんは「5年後どうなっているかと思うと不安で仕方ない。行政の経済的支えがないと事業者はもたない」と訴える。
毎日jp 2011年9月7日 原文のまま

「県内介護職、新採4割が離職 10年度、給与など待遇悪化」(9月4日/茨城新聞)
2010年度の県内介護職員の離職率は15・4%で、前年度比0・8ポイント減とやや改善したものの、依然として高い水準にあることが3日までに、財団法人「介護労働安定センター」の介護労働実態調査で分かった。特に採用から1年未満の職員は5人に2人が早期退職している。介護施設の関係者からは「給与などの待遇をもっと改善しないと、人材確保ができない」と切実な声が上がっている。
調査は全国の介護事業所の約4分の1に当たる約1万7千事業所を対象に実施。09、10年の9月末時点の職員数(非正規含む)を比較した。有効回収率は43・1%。 
本県の離職率は全国平均17・8%を2・4ポイント下回り、都道府県別で31番目。ただ、6・5人に1人が退職している計算で、採用1年未満が前年度比3・9ポイント増の41・6%、1?3年未満が3・6ポイント減の34・1%と高く、定着率の悪さは全国と同様に目立つ。
職員の平均月収(残業代除く)は全国平均より6378円低い21万116円。前年度との比較でも4458円下がり、給与面の待遇改善が進んでいないことも浮かび上がった。
職員アンケート(複数回答)によると、68・7%が「基本給の引き上げ」を求め、「賞与の導入・引き上げ」(58・3%)や「資格手当の導入・引き上げ」(35・8%)も高かった。
「能力や仕事ぶりに応じた評価の実施」(43・0%)や「勤務年数に応じた評価の実施」(33・4%)も高く、単なる賃金改善だけでなく、やりがいの促進や頑張りに応じた評価を求める介護職員の声は強い。
県介護保険室によると、県内事業所の約85%が09年度に導入された「介護職員処遇改善交付金」を活用しているが、依然として満足な待遇改善を図れていないのが現状という。
茨城県老人福祉施設協議会の古谷博会長(写真)は「離職率の高さは深刻な数字だ。今後、高齢社会が進み、一層必要とされるのが介護職員。働きやすい介護職場にするため、社会全体で考えてほしい」と呼び掛けた。
茨城新聞 2011年9月4日 原文のまま

「特養部屋代に戸惑いの声「入院長引いたら高くなった」」(9月2日/産経新聞)
特別養護老人ホーム(特養)で暮らす高齢者が、急な容体悪化で入院することは珍しくない。しかし、その間の「部屋代(居住費)」の扱いは施設によって異なる。「部屋代」は施設と利用者の契約だから、入院中も請求する施設もあれば、請求しないところもある。中には「入院が長引いたら高くなった」というケースもあり、利用者から困惑の声が上がっている。(佐藤好美)

昨年6月、この欄で紹介した大阪府の主婦、橋本幸子さん(79)=仮名=はこの夏、夫(81)を病院で看取(みと)った。夫は認知症で要介護5。特養で暮らしていたが、がん末期でもあり、入退院が絶えなかった。
今年春にも約20日間入院した。そのとき痛かったのが、留守にした間の特養の部屋代(居住費)だ。
入院前、特養からは「ご主人の入院中は、お部屋を他の方のショートステイ(ショート、短期入所生活介護)に使ってもいいですか」と聞かれ、橋本さんは「どうぞどうぞ」と答えた。他の利用者が入れば、橋本さんは部屋代を負担せずに済む。
しかし、利用者はなかったらしい。橋本さんは「もともと部屋代が高く、空きの出がちな特養だったようです」ともらす。
特養から後日請求された部屋代は、驚いたことに、入所中よりも“留守中”の方が高かった。橋本さんが払っていた部屋代はもともと1日1640円。入院が長引いたら、それが1日3千円超になった。橋本さんが市役所で聞くと、担当者から「入院すると、低所得者補助がなくなるためでしょう」と言われた。
橋本さんは「いないときの方が高いなんて…」と困惑気味。しかし、認知症でがんの夫の特養入所にあたっては、さまざまな施設から断られ通しだった。契約をチェックする余裕もなかったし、やっと入れてくれた特養に文句を言うつもりもない。ただ、介護も医療も必要だと、どこまでも苦労することにため息が出る。

施設看取りは断られ…
入院中に部屋代を取るか否かは、施設によって異なる。
◇部屋代取らない施設も
東京都内のある特養の相談員は「うちは取りません。入院中に部屋代を取るのは利用者の理解を得にくく、トラブルの元になる」と言う。
しかし、施設経営的には利用者の入院は大打撃だ。空床が続くと、部屋代どころか介護保険から介護報酬が入らないので、どこの施設もショートへの転用に努力する。だが、急な利用者確保は容易でない。この相談員は「入所者が重度化し、急な入院が出やすくなっている。空床が多いとショートで埋めきれない。大規模施設は経営ダメージを吸収できるが、小さいと難しい。部屋代をガッチリ取る施設や、経営にシビアな施設もあるので、入院中の部屋代を取るかどうかは判断の分かれるところです」と指摘する。
そのうえで、「入所時に契約を確認することが重要ですが、部屋代は自由契約なので、法外なら『もうちょっと何とかしてほしい』と、交渉してみてはどうでしょうか」とアドバイスする。
橋本さんのように“留守中の部屋代”が高くなるのは、介護保険の補助の仕組みにも一因がある。
◇高くなるのは…
特養の部屋代には、厚生労働省の定めた「基準額」がある。だが、施設はそれより高い値段設定もでき、大都市の新しい個室は日に3千円超もある。低所得者には所得ごとに負担限度額があり、基準額までは介護保険から施設に補助が出る。特養の設定額との差額は施設側の負担だ。介護保険の補助は空床から6日で切れる。
補助のない7日目以降の部屋代について、厚労省は「(施設側が)ショートステイを提供するのが望ましいが、利用者本人の希望などで部屋を確保する場合は、施設と利用者の契約で費用を決められる」としている。
このため、橋本さんの特養は7日目以降、施設が設定する正規の部屋代を請求したと見られる。
◇どこで最期を
そのときの悩みがこの夏、再び浮上した。橋本さんは夫を特養で看取ってもらうことを希望したが、夫は結局、病院で亡くなった。
夫が目に見えて弱ってきたころ、特養から「最期はどこで看取るおつもりですか」と聞かれた。橋本さんは「夫はここが自分の家だと思っているから、ここでお願いしたい」と答えた。
しかし、施設側は看取りに難色を示した。「ここは最期までみるところじゃありません。人手も足りないのに」
橋本さんは言う。「何かあれば、スタッフは深夜でも呼ばれる。それが困るんじゃないでしょうか。病院のようにいかないことは承知のうえなんですが…」
そんな折、夫は急性肺炎で入院した。入院先の医師から「あと2、3日でしょう。うちで看取りまでさせてもらいます」と言われたときは、“死に場所”を見つけたようで心底ほっとした。
看取りのできる特養は多くない。ある政令市で特養を所管する課長は「看取りができない施設は、入所者が危なくなると、あうんの呼吸で病院に運び、病院で看取ってもらうのが実情です」と打ち明ける。橋本さんの夫も似た状況だったかもしれない。
亡くなったのは、入院から29日後。橋本さんは「気が抜けました。特養にいた頃から長いこと、急変の連絡がいつ来るか分からず、気の休まる間がなかった」という。
残ったのはお金の心配だ。「春よりも入院が長かったので、また特養の部屋代がかかるのかと不安です」という。特養で看取ってもらえれば、そんな心配もせずに済んだはずだ。
産経ニュース 2011年9月2日 原文のまま

★「東日本大震災 福祉避難所閉鎖めど立たず」(9月1日/神戸新聞)
東日本大震災の発生から半年を前に多くの避難所が閉鎖される被災地で、高齢者や障害者らが身を寄せる「福祉避難所」は閉鎖できないままになっている。長引く避難生活で体調を崩すお年寄りらが増えニーズは高まる一方、本来、受け入れ先となる特別養護老人ホームなど民間施設は被災したり、満床が続いたりしているためだ。
宮城、岩手両県の最新データ(7月時点)によると、福祉避難所は計48カ所。徐々に減っているが、厚生労働省ガイドラインの開設期間「原則7日」はとっくに超えた。
原因は、転居先となるべき老人ホームなどの多くが被災し、復旧しても利用者が殺到し、満床が続いていることだ。また、家族も被災して介護しきれなくなったり、仮設住宅での介護が困難になったりしているケースも多い。
宮城県石巻市の福祉避難所「桃生農業者トレーニングセンター」。車いすの障害者や認知症62 件の高齢者ら19人が、看護師や保健師らスタッフ18人のもとで生活する。中が見えやすいように一般の避難所より低めの段ボールで仕切られた各スペースは、ベッドが置けるよう広め。ただ、クーラーはなく扇風機で涼を取る。
市は9月末で閉鎖する予定だが、8月以降も一般の避難所で体調を崩し移ってくる被災者がいる。スタッフの一人は「全員の行き先が決まればの話。本当に閉められるかどうか…」。
持病のため車いすで生活する男性(81)は、6月下旬から同センターにいる。介護しやすく改築した仮設住宅へ移る予定だが時期は未定。付き添う次男(45)は「せっかく助かった命なのに、暑くて父の体力は落ちる一方。住環境の良い場所へ優先的に移れる配慮があってもいいのだが」と憤る。
福祉避難所をめぐっては、兵庫県も30年以内の発生確率が60%程度とされる南海地震に備え、対応を強化。県災害対策課によると昨年3月時点で、県内41市町のうち18市町が福祉避難所を指定していない。具体的な運用を決めていない自治体もあり、同課は「大規模災害が起こると公的機関だけでは対応できない」とし、民間の介護施設との協定締結などを各自治体に呼び掛けるという。(災害特報班・斉藤絵美)
【福祉避難所】 阪神・淡路大震災を教訓に、国が1996年に打ち出した。車いす用のトイレやスロープを設け、健常者と同じ施設では生活が困難な障害者や高齢者、妊婦らを対象に開設する。2007年3月の能登半島地震(石川県)で初めて設けられた。同年7月の新潟県中越沖地震では9カ所46日間で延べ2335人が利用した。
神戸新聞 2011/09/01  原文のまま

「老いの未来図:介護・医療の現場で第2部/9止 民家などを活用した…/千葉」(8月27日/毎日新聞)
◇民家などを活用した「宅老所」
◇共に歩く道選び 嫌われても気力なくされても励まし
木更津市の住宅街。こぢんまりした2階建ての民家にあるデイサービス施設「井戸端げんき」(写真左上)の終了時刻は、利用者家族のそれぞれの事情に応え、特に定めていない。記者が訪問した8月中旬のこの日は残った6人は全員泊まりで、午後4時を回るころ、車で5分ほど離れた宿泊所「かっぱや」に向かうことになった。
ところが、70代の認知症の女性がなかなか立ち上がろうとしない。彼女は別の施設でも、次々と職員に話しかけ「業務に支障が出る」と利用を拒否された経験がある。
施設長の加藤正裕さんが動いた。「ねえ、僕と一緒に行こうよ。ねえ」。子どもを怖がらせるような声で手を引く。「いやだ!」。女性は声を上げ手を払う。すかさず、別の20代の男性スタッフが、さわやかな笑顔を浮かべ登場。「ほら、僕と行こう」。肩を抱かれた女性は、驚くほど素直に立ち上がり玄関へ向かった。
「なるほど」と記者が感心していると、加藤さんは「ばあちゃんは僕のことを嫌いだから、こういうこともできる。まあ、嫌われるのも人間の関係性ですし」と、やや寂しげに解説してくれた。
◇  ◇  ◇
「かっぱや」も「井戸端げんき」同様の2階建ての民家で、1階のリビングと各部屋が寝泊まりのスペース。この日は今年一番の混み具合で、15畳程度のリビングは、3台のベッドでかなり狭い。利用者は、椅子やベッドなどに腰かけ、夜が更けるまでテレビを見たり、スタッフと遊ぶなどし、時を過ごす。狭いが、のんびりムード。三々五々入浴し、湯上がりのさっぱりした姿が増えていく。
移動を嫌がっていた女性もソファでくつろいでいた。加藤さんは「ばあちゃん、おれのこと嫌いだもんな」とすねたように絡む。「ああー、うー」。女性はしばし言葉にならない返事を発し続けていたが、そのうち、はっきりと聞こえる声で、一度だけこう言った。
「あんたはよくやってるよ」
◇  ◇  ◇
現実は心温まる現場だけではない。
車いすに座る別の70代の女性利用者は、誰とも話さず、硬い表情で白髪頭を垂れたままで、伏し目がち。最近は食事を拒否することも少なくない。「ねえ、もしかして死にたいと思ってる?」。低い位置から加藤さんが静かに語りかける。「いいかげんあきらめなよ。そう簡単にはいかないものだって」。万一に備え、スタッフはできるだけ話しかけるようにしている。
翌朝6時過ぎ。皆が目を覚ますが、布団から起き上がらない男性がいる。昨晩、周囲の会話をにこにこ笑って聞いていた人だが、どうも、便を漏らしてしまったようだ。
その場でおむつを替えられた男性は、立ち上がる際、鬼のような形相で介助の手を振り払い、足をじたばたさせて抵抗した。
少し落ち着きが戻ると、別室でほかの利用者と一緒に朝の食卓へついたが、悲しそうにまなじりを下げ、食事も手につかない。結局、この日は笑顔は戻らなかった。
「年を取ると、生きる気力がなくなっちゃうんです」。両施設を運営するNPO「井戸端かいご」理事長の伊藤英樹さん(写真左下)は、こうした高齢者の状態についてこう説明する。「励ますことで、かろうじて本人に『生きてていいかな』と思ってもらえる。うつとか病気とかじゃなく、老化ってそういうことなんです」
夜が明けた。寝間着を着替え支度を終えると、午前8時。利用者は再び車でデイサービスへ戻っていった。
◇  ◇  ◇
深夜、記者はお年寄りたちと横になり、深い眠りに落ちてしまったが、その間、利用者たちはむくむくと起き上がり、独り言を言ったり、「ここはどこだい」と尋ねるなど、一騒ぎあったと後になって聞かされた。
加藤さんは「大変だったんですから」とこぼすが、その言葉に、重労働に取り組む悲愴(ひそう)感は感じない。「一番大事なのは、年をとってからまわりに人がいること。お互いの生き方に振り回されること」。施設長は介護にのぞむ考え方を力説する。
「振り回された」体験なら伊藤さんも負けない。妻のお産の連絡を受けたのは、施設を抜け出し、徘徊(はいかい)する男性に付き合っている最中。男性とそのまま病院に駆けつけた。
個人を大切にし、自分の生きたい人生を謳歌(おうか)する価値観の定着が、介護保険制度が生まれた背景にあると伊藤さんは考える。
「個」を追求する社会の中で、かつて地域にあった助け合いや、支え合う機能はむしろ低下している。
しかし、伊藤さんたちはあえて、振り回される道を選んだ。
「奥さんのお産に付き合ってもらったのは、一緒に外に散歩に出ていたから。一緒に外に出たのは、徘徊(はいかい)を防ぐため、多くの施設で行われているように、カギをかけたくないから。僕らはドアにカギはかけない。共に歩いていきたい」
老いの未来に向けた伊藤さんの決意だ。=おわり
(この企画は森有正と黒川晋史が担当しました)
==============
◇生活スタイルに合わせてケア
今回紹介した「井戸端げんき」のような介護事業所は「宅老所」と呼ばれる。利用者が同じ事業者から一律のサービスを受けたり、数あるメニューからサービスを選択するような従来の「定食型」の介護とは異なり、民家などを活用した家庭的な雰囲気の中で、利用者が従来送っていた生活スタイルに合わせた柔軟なケアに取り組んでいる。
デイサービスを中心に、宿泊、自宅訪問、住居(グループホーム)などさまざまなサービスを組み合わせる事業所が多い。井戸端げんきも、通所・宿泊のほか、個別訪問にも積極的で、本人や家族と交流を深めることで本当のニーズの把握に努力しているという。
起源は80年代半ばごろ、規模の大きい特別養護老人ホームでは受け入れられない厳しい状態の認知症高齢者も安心して過ごせる場を作ろう、という介護経験者らの草の根の取り組み。介護保険制度導入前の98年に宮城県が実施した全国調査では、当時すでに約600の事業所があったが、宅老所の定義があいまいなこともあり、現在の実数は定かではない。
06年の介護保険法改正は、通所・宿泊・訪問を組み合わせる小規模多機能型居宅介護などの「地域密着型サービス」に対し、市町村が介護保険からサービス費を給付する内容が盛り込まれ、国も「宅老所」的なサービスに一定の配慮をするようになった。新たな介護のあり方として関係者の期待も高い。
==============
高齢者をめぐる問題について体験談や情報、意見、記事への感想、要望をお寄せください。宛先は〒260−0026千葉市中央区千葉港7の3毎日新聞千葉支局「老いの未来図取材班」。ファクス043・247・0508、電子メールchiba@mainichi.co.jp
毎日jp 2011年8月27日 原文のまま

★「認知症ケアめぐり与野党議員が意見交換- 介護1万人市民委シンポ」(8月22日/キャリアブレイン )
「これからの認知症ケアを考える」をテーマにしたシンポジウム(主催=介護の社会化を進める1万人市民委員会2010)が8月22日に開かれ、認知症ケアの在り方をめぐって与野党の国会議員が意見交換した。
民主党の柚木道義衆院議員は、認知症ケアについて、「今の時代に合った、それぞれの家庭や地域に応じたモデルが大切」と指摘。地域全体で認知症の人を支えるため、既存の地域包括支援センターの役割を拡充した「地域生活支援センター」の創設を提言した。
自民党の阿部俊子衆院議員は、「日本は医師の育成方法を間違えてきた」と述べ、認知症を早期に発見する上で「総合診療医」の育成が必要と主張。「介護保険制度を、(同居の)家族がいることを前提としたモデルから、独居モデルに切り替えるべき」とも訴えた。
公明党の坂口力衆院議員は、認知症ケアを担う介護人材の養成をめぐり、「十分にやっていけるような対応を早く用意できるかどうか(が重要)」と、介護職員の処遇改善の必要性を指摘。その財源については、「(65歳以上の)介護保険料を今より上げるのは現実問題として難しい」として、税制改正による公費負担割合の引き上げなどを提案した。
社民党の福島瑞穂参院議員は、「認知症の人を精神科病院に送り込むのではなく、地域で暮らせるようにしたい」と強調。認知症の人が地域で暮らすための方策としては、認知症に対する正しい理解を広めることや、小規模多機能型居宅介護などの整備、相談・支援機関の充実などを挙げた。
訪問看護の再構築が必要―龍谷大・池田教授
コメンテーターとして登壇した龍谷大社会学部の池田省三教授は、認知症ケアをめぐる介護と医療の連携に関連して、「ケアマネジメントをきちんとやっていけるのは、訪問看護師ではないか」と述べ、訪問看護サービスの再構築が必要と指摘した。これに対し、阿部議員は「訪問看護がしっかりすれば、在宅で認知症ケアを受けることは可能だと思う」と述べる一方で、「(訪問看護事業所の報酬が)出来高払いでは、経営安定は望めない」と、包括的な報酬を提案。柚木議員は、「限られた(看護師の)人材をどのように配置するかを考えないといけない」と述べた。
「地域での認知症診療にインセンティブを」
同じくコメンテーターとして登壇した「社会福祉法人ロザリオの聖母会」海上寮療養所(千葉県旭市)の上野秀樹副院長は、「認知症の人に対して、精神科病院への入院はほとんど必要ない」と述べた上で、「(往診などで認知症の人を)地域で支える医師のインセンティブになるような制度をつくってほしい」と要望した。
これに対し柚木議員は、「往診によって、それぞれの家庭で暮らしながらケアできるのが望ましい」としながらも、「財源の問題を考えると、一定の効率性も求めないといけない」と指摘。「施設の中で、在宅に近い環境でサービスを提供できるような選択肢もあっていいのではないか」と述べた。また坂口議員は、「おしなべて在宅医療や在宅介護の点数は低過ぎる。上げないといけない」と訴えた。
キャリアブレイン 2011年8月23日 原文のまま
編者:記事を読む限り新しい発見、提言はない。現状に根差しかつ革新的提案がほしい。という編者も今の制度の部分改善を繰り返すしかなのか思う。精神科病院の入院状況が指標となろう。

★「社説:5大疾病 新時代の精神科医療へ」(8月21日/毎日新聞)
これだけ身近な病気で家庭や社会に深刻な影を落としているのに、取り組みが遅れてきたのはなぜだろう。うつ病や認知症などの精神疾患のことである。
がん、脳卒中、急性心筋梗塞(こうそく)、糖尿病は国民病とも言われ、医療法に基づいて「4大疾病」に指定されている。厚生労働省はこれに精神疾患を加えて「5大疾病」とすることを決めた。どこでも安心して治療を受けられるよう都道府県が医療計画に盛り込み、地域医療を整備していくことになる。これを機に精神疾患に対する正しい認識も広めていかねばならない。どこか話題にするのを避け、正面から見ようとしなかったことが対策の遅れを招いたのではなかったか。精神疾患は社会全体で取り組むべき国民病である。
精神疾患の患者数は323万人(08年調査)。がん患者の2倍以上もおり、4大疾病で最も多い糖尿病の237万人と比べても規模の大きさはずぬけている。治療を受けていない患者(潜在群)を加えればさらに膨れあがる。高齢化の進展で認知症の患者数が急増していくのも避けられない。
うつ病などは性格や精神面の弱さが原因のように言われることが多いが、年齢や性別、性格などに関係なく誰でも発症する可能性があることを知るべきだ。初めのころは本人に病気という認識がなく、周囲も気づかない。体の変調を感じても「仕事を怠けている」などと見られるのを恐れ、誤解や偏見もあって病院に行くのをためらっている人は多い。その結果、症状が悪化して社会復帰からも遠ざかっているのである。
経済活動への影響も大きい。従業員のメンタルヘルス対策に苦労していない会社はないと言われるほどだ。失業給付や医療保険の負担も年々重くなっている。3万人を超える年間自殺者の大多数は何らかの精神疾患が関係していると言われるが、国立社会保障・人口問題研究所の調査では「自殺やうつ病による社会的損失」は09年で約2・7兆円と推計されている。
現在の精神科医療の問題も指摘しないわけにはいかない。精神科の病床数は約35万床で全病院の2割、平均在院日数は300日を超え、世界的に突出している。精神科病床の医師数は一般診療科の3分の1でよいことが安易な長期入院の温床になってきた面は否定できない。近年は社会的入院が減る傾向もあるが、空いた病床は行き場のない認知症の高齢者が埋めている。人手をかけず薬を多剤大量投与する治療方法も相変わらず問題とされている。
弊害は大胆に取り除き、新時代の精神科医療を築かねばならない。
毎日jp 2011年8月21日 原文のまま
編者:やや常識的な社説だが、「空いた病床は行き場のない認知症の高齢者が埋めている」と正しく指摘しているので紹介した。「弊害は大胆に取り除き、新時代の精神科医療を築かねばならない。」と声高に叫んでも、変わらない。そのための具体的な提言がないことには訴えは弱い。しかし提言は容易ではない。精神科病院がなお収容所の役割を脱してきれていないからであり、心を癒すために気軽に入院できる病院ではないからだ。さらに30万床という恐ろしい数の精神科病床が温存されているが、圧倒的に民間病院が多くのだ。必要ないなら閉鎖しようという病院はなかろう。精神科病院の急増を推進したのが政府だから、いまさら政府も止めようとは言えない。この歪で悲しい状況が我が国で続くのだろう。認知症ケアの暗部かもしれない。いくら優れたグループホームが増えても片手落ちだ。

「ケアラー:在宅で介護・看病、5世帯に1世帯−市民団体調査」(8月19日/毎日新聞)
主に在宅で無償で家族を介護・看病する人を「ケアラー」と定義し、その実態を明らかにする市民団体の調査がまとまった。ケアラーは5世帯に1世帯の割合でおり、そのうち21%の介護者が複数の人の面倒をみる「多重介護」をしていたことがわかった。
調査したのは、無理なく介護を続ける環境整備を目的に昨年発足した市民団体「ケアラー連盟」と、NPO法人「介護者サポートネットワークセンター・アラジン」。厚生労働省の補助を受け北海道、東京、新潟、静岡、京都の5区市町で、昨年8〜12月に計約2万世帯を調べた。
回答のあった1万663人中、2075人が身体障害や認知症、精神疾患、がんなどで家族らを世話していた。ケアの対象者は1人が72・7%▽2人が18・0%▽3人が2・3%▽4人が0・6%。複数の病気や障害を抱える家族を介護しているケースもあった。また5人に1人の介護者が、障害に対する世間の理解のなさなどを理由に孤立を感じていた。
求められる支援について尋ねると、緊急時に介護を代わって頼めるサービスの充実や、在宅介護者手当など、経済的支援を期待する人が多かった。ケアラー連盟共同世話人の堀越栄子・日本女子大教授(写真)は「介護する人を支えないと家族関係をうまく保てない。国の支援が必要だ」と話している。【石川隆宣】
毎日jp 2011年8月19日 原文のまま
報告書:平成22年度老人保健事業推進費等補助金(老人保健健康増進等事業分)事業実績報告「家族(世帯)を中心とした多様な介護者の実態と介護者支援に関する調査研究事業」概要(word)
関連記事「発足2年目を迎えたケアラー連盟の堀越氏」(8・15/Yahoo ニュースnews)

「大規模災害下での弱者 避難所や仮設住宅にも「災害弱者」の視点を」(8月18日/東洋経済)
「福祉避難所」という制度がある。阪神・淡路大震災の際、小中学校などの通常の避難所(指定避難所)では介護が必要な高齢者や障害者への対応が困難だったことを教訓に、1997年に創設された。老人福祉センターや特別養護老人ホームなど、主に福祉施設を対象に指定し、地震などの際に「災害弱者」(災害時要援護者)を受け入れる。
福祉避難所ではおおむね10人の利用者に1人の割合で生活相談職員が配置され、災害救助法に基づき、ポータブルトイレや手すり、仮設スロープの設置、紙おむつなどの使用について、国が費用を負担する。
東日本大震災でも福祉避難所は重要な役目を果たした。仙台市では40カ所の福祉避難所で認知症を持つ高齢者など283人が生活を送り、現在までにほとんどの人が自宅に戻ったり、特養ホームなどに入所した。
仙台市内の福祉避難所の中でも、特に多くの災害弱者を受け入れたのが、高齢者福祉施設「宮城野の里」(宮城野区)だ。ケアハウス(軽費老人ホーム)、デイサービス(通所介護)、ショートステイ(短期入所生活介護)など多種類の事業を運営する同施設は、仙台市から新たに指定を取り付けて3月21日に福祉避難所を施設内に開設。「マルフク」の愛称で、認知症の高齢者や末期がんの患者、脳卒中の後遺症を持つ高齢者など30人を受け入れた。
福祉避難所の整備は不十分
本来であれば、小中学校などの指定避難所も、障害を持つ人が利用できる仮設トイレや男女別の更衣室などの設備を備えているべきだ。しかし、多くの指定避難所にはそうした設備はなかったか、混雑していてすぐには利用できなかった。
「マルフク」に入所した人の多くも、それまでは小中学校の体育館などの狭いスペースに寝かされていた。すし詰めの中でのおむつの交換に家族は疲労困憊(こんぱい)し、認知症高齢者をめぐるトラブルも絶えなかった。それだけに、福祉避難所での受け入れは家族の窮地をも救った。
仙台市宮城野区蒲生の自宅が津波に遭い、住む所を失った片桐幸夫さん(66、写真中央)も「マルフク」で3カ月近くを過ごした。片桐さんは宮城野の里のデイサービスを利用していたさなかに震災に遭い、津波で帰る家を失った。ケアハウスの食堂のスペースにベッドを置くことで急きょ開設された福祉避難所で、命からがら津波を生き延びた妻の光子さん(61、同左)とともに生活を送った。
脳卒中の後遺症で体が不自由な幸夫さんにとって指定避難所での生活は事実上不可能。しかし、デイサービスのさなかでなかったならば、いったんはすし詰めでの避難所生活を余儀なくされていた可能性が高い。現に多くの高齢者は小中学校などから「マルフク」に移ってきた。
福祉避難所の運営には、支援スタッフの確保も必須だ。宮城野の里の場合は、全日本民主医療機関連合会(全日本民医連)や「21世紀・老人福祉の向上をめざす施設連絡会」の呼びかけで200人近い支援者が全国から集まった。宮城野の里を運営する宮城厚生福祉会の海和隆樹法人事務局長は「全国からの支援があったからこそ、福祉避難所を維持することができた」と振り返る。3カ月の長期休職を認められて沖縄県から駆け付けた相馬由里さん(同右)は、片桐さん夫妻をはじめとする利用者にとって心の支えになった。
もっとも、仙台市のように多数の福祉施設をあらかじめ福祉避難所に指定していた自治体はまれだ。2010年3月末時点で福祉避難所を指定していた全国の市町村は34%にとどまる。今回の震災で被害が大きかった岩手県では指定率はわずか15%。福島県では19%、宮城県でも40%にすぎなかった。震災後、外部からの人的支援を受けることで、ようやく福祉避難所の開設にこぎ着けた自治体も少なくない。
仙台市の場合でも、指定していた52カ所の福祉避難所のうち、実際に開設できたのは25カ所にとどまった。そのため、認知症グループホームや老人保健施設などを新たに指定することで急場をしのいだ。ガソリン不足でスタッフが通勤できなかったことなどが、フル稼働できなかった理由として挙げられている。
もともと在宅生活が多い障害者へのフォローも十分とはいえず、「本来、福祉避難所に入所したほうがよかった人はもっといたはず」と仙台市の担当者は振り返る。
配慮不足の仮設住宅
災害弱者への配慮という点では、仮設住宅にも問題がある。多くの仮設住宅は障害を持つ人の入居を想定していない。スロープのある仮設住宅が散見される程度で、介護用ベッドを置ける造りにはなっていない場合がほとんどだ。そのため、福祉避難所で生活した高齢者のうちで仮設住宅に入居した人は非常に少ない。仙台市の場合、仮設住宅に家族とともに入居した人は283人のうち10人程度。宮城野の里ではわずか1人にとどまった。
前出の片桐さん夫妻は、知り合いのつてで木造平屋建ての住宅を借りることができたものの、物件を見つけるまでに長い時間を費やした。
仮設住宅への移行や運営のあり方についても再検討が必要だ。
多くの自治体は、避難所から仮設住宅への入居とともに、被災者への食事や食材の提供を打ち切った。だが、自宅や自家用車などの財産や仕事を失った被災者は「自立生活」にスムーズに移行できるとは限らず、節約のために仮設住宅に移らずに、今も避難所で暮らす人は少なくない。これでは、生活の再建は望めない。
そうした問題への対応策を打ち出したのが、福島県相馬市だ。同市では被災者が仮設住宅に入居する際、1人につきコメ30キログラムと食器や布団などの家財道具、そして1世帯当たり10万円の支度金を支給した。
家族を失って独りになった人や老老介護の高齢世帯110人については、孤立状態を防ぐことを目的に、集会所で一堂に会して夕食を食べるという方法を導入。そのほかの仮設住宅入居者については、食材を市で用意し、集会所で配っている。
このように自立生活への橋渡しとなる仕組みが必要だが、災害弱者に配慮した避難所や仮設住宅の運営を心掛けている自治体は少ない。
日本では、75歳以上の高齢者がすでに総人口の10%を超えている。障害者や妊婦、乳幼児などを加えると、災害弱者は2割近くになる。それだけに、「本来すべての避難所は福祉避難所のような運営をすべきだ」(前出の海和氏)という指摘は重要だ。
(本誌:岡田広行 =週刊東洋経済2011年7月30日号)
※記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
東洋経済 2011年8月18日 原文のまま

「認知症、知るほど募る将来不安 制度不十分、県内からも指摘」(8月17日/信濃毎日新聞)
認知症と介護保険制度に関する知識や関心を持っている人ほど、自分や家族が認知症になった場合に「不安がある」と考える人が多い―。公益社団法人「認知症の人と家族の会」(本部・京都市)がまとめた全国アンケートで、こんな傾向があることが16日、分かった。家族の会の高見国生代表理事は「制度としての認知症対策が不十分であることの表れではないか」と指摘している。
同会は昨年9月、「世界アルツハイマーデー」に合わせて啓発チラシにアンケート用紙を付け、長野県内を含む全国各地の街頭などで22万枚余を配布。受け取った人が記入して投函(とうかん)する形式で、3865人が回答し、ことし1月に集計した。
認知症と介護保険制度の内容について、ともに「知らない」と回答した計52人のうち、自分や家族が認知症になった場合に「不安がある」としたのは25人(48・1%)。一方、認知症と介護保険制度の内容をいずれも「知っている」と回答した計3384人のうち、「不安がある」としたのは3049人で9割を超えた。
認知症、介護保険制度を「知っている」「知らない」に関係なく、「不安がある」と回答した人の数は3366人(87・1%)。「不安がある」とした理由(自由記述)には、徘徊(はいかい)を防ぐ見守りは介護保険制度の対象外であることから「在宅ではサービスが不十分」「介護保険は認知症には使いにくい。(サービスが使える)限度額も足りない。(要介護)認定が軽い」といった声があった。
「家族で支えられなくなった時、安心して入所できる施設があるのかどうか」といった特別養護老人ホームなどの施設不足を指摘する声も多かった。「家で見られなくなった時の経済的な負担」など、金銭的な負担を挙げる人も目立った。
家族の会長野県支部の代表を務める飯田市の関靖さんは「認知症の人は、元気で体が動くときほど、火の不始末や徘徊などの心配で介護が大変」とした上で「認知症は病気と言われながらも、現行制度はそれに対応したものになっていない」と指摘。高見代表理事は「介護保険制度が安心につながる制度になることや、認知症に対する理解を多くの人に求めていきたい」と話している。
信毎WEB 2011年8月17日 原文のまま
編者:報告書を未だ見てないが、こうした調査方法では内容の解釈に間違いが生じやすい。認知症と介護保険をともに知っている人たちのうち不安に思う人が多く回答しやすいという傾向がないだろう。妻が認知症の私の場合、介護保険でかなり助かっているが、緊急時のショートステイが利用しにくいなど介護保険が十分とは言えない。


「走島に初のデイサービス施設」(7月29日/中国新聞)
広島県福山市の離島走島に8月1日、初のデイサービス施設が開所する。運営する市内の民間企業は、高齢者が質の高い介護サービスを受け、島での生活を楽しめる環境づくりを目指す。
「デイサービス樹(いつき)」と名付けた。訪問介護や治療院を運営する「DAI」が木造2階建ての空き家を改装した。利用定員は7人。ヘルパー4人と看護師1人は島外から通い、調理は地元女性2人が担当する。
走島は鞆町から約7キロ。6月末現在で住民687人のうち356人(約52%)を65歳以上が占める。要介護または要支援の認定者は計約60人。うち約10人が島外へデイサービスに通う。鞆町までは連絡船で約30分。往復運賃千〜1100円は自己負担だ。
同社の介護福祉士井本敬子さん(60)(写真の左端)は2005年ごろ、走島に訪問介護で通った。悪天候で船が欠航すれば訪問できず、町外に通う高齢者の負担も重い。「介護保険料は一律なのに、島内の住民がサービスを受けにくいのは不平等だ」と感じた。走島でのデイケアを島大樹社長(33)たちに相談して実現した。
中国新聞 2011年7月30日 原文のまま
編者:「介護過疎」への取り組みだが、公的というより個人の努力に頼っているようだ。

「証言/死者59人 気仙沼の老健/極限状態、救うすべなく」(7月22日/河北新報)
目の前に気仙沼湾を望む気仙沼市錦町の介護老人保健施設「リバーサイド春圃(しゅんぽ)」。東日本大震災の大津波は建物の2階まで押し寄せ、車いすの高齢者をのみ込んだ。生き残った人も寒さで次々に命を落とし、犠牲者は最終的に59人に上る。避難訓練の想定を上回る津波に、なすすべもなかった職員たち。「私たちに何ができて、何ができなかったのか」と自問自答する。(丹野綾子)
<眼前>
津波は、建物2階のデイルームに集まっていた車いすの高齢者たちに襲い掛かった。悲鳴を上げる間もなく、車いすごと流される。職員たちは無我夢中でテーブルやカウンターに引き上げた。
施設長の猪苗代盛光さん(63)も胸まで水に漬かりながら両腕で2人を抱え、固定したいすに上げた。別の高齢者を助けに行こうとすると、背後のカウンターの上にいた女性に「助けて」と襟首をつかまれた。身動きできないまま、目の前でお年寄りは沈んでいった。
 猪苗代さんは「1人を助けようとしたら、別の1人を離さなければならなかった」と振り返る。
<誤算>
震災当日、リバーサイドには入所者100人、通所の利用者33人がいた。平均年齢は83歳程度で、大半が車いすを利用。地震発生後、職員53人はすぐに2階デイルームに全員を避難させた。
建物は鉄筋コンクリート2階。2階床面の高さは土台が高いため7メートルを超す。隣には津波避難ビルでもある3階の市総合市民福祉センター「やすらぎ」がある。
市の防災計画では、建物の3階以上に避難することになっており、猪苗代さんらは訓練で、やすらぎの3階に避難することを検討した。だが、車いすの高齢者を移動させるには時間がかかった。リバーサイド2階ならすぐに移動できる。6メートルの津波にも耐えられるので、2階を災害時の避難所にしていた。
震災の津波は想定を大きく上回り、2階まであふれた。高齢者46人が水にのまれて亡くなり、1人が行方不明(後日、死亡を確認)になった。
<猛火>
波が引いてからも猪苗代さんは、第2波到来に備えて助かった86人を屋上に避難させるかどうか迷った。外は雪が降っている。「全員ずぶぬれの状態で、体力のない高齢者は低体温症でやられてしまう」と考え、四つの部屋に高齢者を集めた。
ふと窓の外を見ると、信じられない光景が広がっていた。建物の周りが火の海だった。破壊されたタンクから漏れ出た重油に引火するなどして、施設がある鹿折地区一帯は大火災に見舞われた。
爆発音が響く。「火が来たらどこにお年寄りを避難させようか、それだけを考えた」と猪苗代さんは言う。
極限状態の中、認知症のお年寄りが「何でこんな所にいるの」と繰り返す。別の高齢者が「何度言ったら分かるの。津波が来たんだよ」と声を荒らげた。
◎酷寒の避難所 犠牲拡大/「入所者帰宅」職員決断
延焼を免れた気仙沼市の介護老人保健施設「リバーサイド春圃」は3月12日朝、助かった高齢者86人を近くの鹿折中体育館に避難させる。施設長の猪苗代盛光さん(63)をはじめ職員たちは3人がかりで車いすを抱え、膝上まである泥の中を進んだ。たどり着けば、生命の危険は遠のくはずだった避難所。しかし、そこには別の悲劇が待っていた。
やっとの思いで避難した体育館に寝具はなく、津波でぬれた服を着替えさせることもできなかった。底冷えが高齢者の体力を奪った。
体調の悪化したお年寄り以外は、車いすに座らせたままにせざるを得ない。職員2人が脇で倒れないように支えた。
「バターンと大きな音がするたび、お年寄りが倒れ、亡くなったことが分かった」。猪苗代さんが、その光景を思い起こして唇をかむ。
その後も1日に1人、2人と亡くなる人は相次ぎ、市立病院に救急搬送されてから死亡した人も含めると、12人が津波で助かった命を失った。
「避難所は介護が必要な高齢者を置いておける場所ではない」。猪苗代さんたちは、できるだけ高齢者を家族に引き取ってもらった。身寄りのないお年寄りら32人は、市内や隣の一関市の高齢者福祉施設に受け入れてもらった。
看護師の千田淑子さん(61)は「やっと温かい食事や布団のある場所に移せて、ほっとした」と目を潤ませて振り返る。
避難所に向かう前、千田さんらは三つの部屋のベッドに寝かせた46人の遺体の顔を、タオルで丁寧にぬぐった。
皆、口や鼻の中まで泥が入っている。目を開いたまま亡くなり、死後硬直で閉じられなくなった高齢者もいた。
「助けられなくてごめんなさい」。謝りながら涙が止まらなかった。
4月上旬、猪苗代さんは亡くなった高齢者の遺族の家を回り、震災時の状況を説明した。
「老健施設は在宅復帰を目指す場所なのに、遺体で家に帰すことになり心苦しい」とわびた。
津波で亡くなった84歳の女性の三女(56)は「遺体の顔は息苦しそうにゆがみ、かわいそうだった」と声を震わせる。
施設の責任を問う気持ちはない。「自分たちを責めないでほしい。亡くなった母の分まで、他のお年寄りを大切にしてほしい」と気遣う。
現在、リバーサイド春圃は市内の病院の2階を借り、13人の高齢者を預かっている。市内の施設が被災して在宅の高齢者が増えたこともあり、6月に訪問看護ステーションも開設した。
リバーサイドの再建を目指す猪苗代さんは「震災時に何ができて何ができなかったか、職員と話し合いたい」と言う。
痛感したのは、災害時の高齢者の避難環境が整っていなかったことだ。
環境への適応能力がない高齢者は精神的なバランスを崩し、認知症やうつ病になりやすい。精神面でのかかわりも重要になる。
「一日も早く高齢者が安心して暮らせる環境を整えたい」。それが亡くなった高齢者に報いることにもなると、猪苗代さんは考えている。
KolNet 2011年07月22日 原文のまま
編者:恐ろしいフラッシュバックだ。「リバーサイド」も災いしたのだろう。

「特養入所者の認知症、原因不明が4割- 全国老施協調査」(7月20日/キャリアブレイン)
特別養護老人ホーム(特養)に入所している認知症の人のうち、原因疾患が特定されておらず「認知症」とだけ診断されている人が約4割に上っていることが、全国老人福祉施設協議会(全国老施協)の調査報告書で明らかになった。認知症はアルツハイマー型など複数の種類に分類されるが、それぞれで周辺症状(BPSD)や対応方法などが異なることから、全国老施協では正確な診断の必要性などを提言している。
調査は昨年11月から今年1月にかけて全国の特養600施設を対象に実施し、230施設(38.3%)が回答。昨年9月1日時点での入所者のうち、認知症日常生活自立度がU以上の計1143人分の情報を得た。
その結果、施設側が把握している診断名に関する質問では、原因疾患が特定されていない「認知症」との回答が38.8%で最も多かった=グラフ=。一方、特定された原因疾患では、「アルツハイマー型認知症」が32.5%、「脳血管性認知症」が11.6%、「レビー小体型認知症」が1.0%、「前頭側頭型認知症」が0.4%などとなった。「診断名なし、詳細不明」の人も4.4%見られた。
また、認知症と診断された時期が判明している人のうち、特養入所と同じ年に診断された人が13.5%、入所後に改めて診断を受けた人が3.7%と、入所前後のタイミングで医師の診断を受けていたのは17.2%にとどまった。一方で、「入所の5年以上前」の33.4%をはじめ、直近の診断が入所の1年以上前に行われていた人の割合は82.8%に上った。
この調査結果について全国老施協の担当者は、「認知症の初期に正確な診断が行われ、その情報が入所先まで伝達されるシステムや、入所直前に改めて診断を受けるようなシステムなどを構築する必要がある」としている。
□症状改善の8事例を掲載
また調査報告書には、認知症の再診断やカンファレンスによるケア計画の見直しなどを行った結果、BPSDの状況が改善された8事例を掲載。介護側がケアを通じて得た情報を医療側に提供して診断や投薬を見直すことになった例や、診断や薬の種類は変わらなかったものの、介護側がケアの方法を見直した例などを紹介している。
キャリアブレイン 2011年07月20日 原文のまま
関連情報:「特別養護老人ホームにおける認知症高齢者の原因疾患別アプローチとケアの在り方調査研究」報告書サマリ(2011年7月10日)(pdf6.7M)
編者:老施協に認識もレベルアップしたようだ。認知症だけでなく認知症の原因疾患まで求めるようになった。

「「何でも屋」化するケアマネ- 介護代行や近隣トラブル対応まで」(7月8日/キャリアブレイン)
ホームヘルパーがいなければ自分で介護までこなす上、利用者が起こしたトラブル処理のために謝罪にも出向く。それが本来の業務ではないと知っていながら−。そんなケアマネジャーの業務実態が、東京都介護支援専門員研究協議会の調査で明らかになった。同協議会では、関連職種間の業務分担の不明確さや成年後見制度の普及の遅れが、ケアマネの「何でも屋」化を招いたと分析している。
調査は今年3月に実施。東日本大震災の影響が小さいと考えられる近畿地方以西で特定事業所加算を取得している2873事業所から500事業所を抽出し、そこに勤めるケアマネを対象とした。このうち、38.4%に当たる192人から回答を得た。
質問では、利用者が起こしたトラブルへの対応など、担当が不明確な業務について実際に行うかどうかと、その業務が法的にケアマネの業務だと考えるかどうかについて聞いた。
その結果、利用者が近隣トラブルを起こして苦情が寄せられた際、自ら謝罪すると答えたケアマネは72.3%に上った。一方で、これを業務だと考えるケアマネは42.5%にとどまった。
また、利用者が無賃乗車などを起こした場合には「自ら費用を立て替える」ケアマネが19.9%いたのに対し、業務だと考えているのは2.9%だった。
金銭管理では、滞った公共料金の支払いを代わりに行うとする回答が22.4%(業務だとする回答は7.6%)、日常的な生活費を代わりに引き出すとする回答が5.2%(同0.6%)あった。
□申請書類の署名代筆も
介護保険の更新や要介護認定区分の変更の申請では、署名も含めて申請書類を代筆するケアマネは27.6%いたが、業務だと考えているのは11.7%だった。同様の傾向は介護保険関連だけでなく、障害福祉サービスや、健康保険の限度額適用認定証などの申請でも見られた。
□介護サービス提供、ヘルパーに断られれば代行も
一定の条件下で認められている利用者への軟膏の塗布については、「代わりに軟膏を塗布する」と答えた人が20.9%いる一方、業務だと考える人は2.3%だった。条件付きで行える一包化されていない内服薬のセッティングでも、「代わりに内服薬をセッティングする」と答えた人が25.0%に達したが、業務だと答えた人は6.9%だった。
□成年後見人の不足も原因
同協議会の担当者は、この状況について、「困っている利用者のために何でもしてあげる“いい人”が多い」と指摘する一方で、「介護サービスの提供では、ヘルパーがどの範囲まで行えるか明確に説明できない場合もあるのではないか」と分析。申請書類の代筆や金銭管理などについては、「(本来行うべき)成年後見人の担い手不足が原因にある」としている。
同協議会はこの調査結果を踏まえ、引き続きケアマネの業務範囲に関する検証を進めたい考えだ。
キャリアブレイン 2011年7月8日 原文のまま
編者:私の経験でも、ソーシャルワーカーであったり、カウンセラーであったり、お手伝さんだったりというケアマネを知った。利用者の全般に関わる立場にあり、ある程度の役割拡大はやむをえないが、そのための研修も必要だろうし、同時に業務の整理も必要だろう。

★「介護大手、都市部で認知症サービス拡充 日帰り施設増設など」(7月4日/日本経済新聞)
介護大手が都市部を中心に認知症の高齢者向けサービスを拡充する。ニチイ学館は2012年3月期、入居施設を前期より約6割多い23カ所に新設。セントケア・ホールディングは認知症対応の日帰り施設を今後2年間で現在の約2倍に増やす。都市部では高齢者が急増し認知症向けサービスの需要も増えているが、地価が高く受け入れ施設の開設が遅れている。各社は国や自治体の補助拡大も受けて施設を拡充する。
介護最大手のニチイ学館は12年3月期、少人数で共同生活するグループホームを地方の中核都市を中心に増やし、合計の拠点数を240にする。年内に4カ所ほどで1施設当たり3人程度の日帰り利用者の受け入れも始める予定。利用者は職員と一緒に菜園で野菜をつくるなど家庭的な雰囲気のなかで生活できる。
グループホーム大手のメディカル・ケア・サービスも11月以降、訪問介護や短期宿泊、グループホームなどから利用者の症状や家族の需要に応じサービスを選べる複合型介護施設を東京都と大阪府で2カ所ずつ開設。3年間で10カ所に増やす。
訪問介護大手のセントケア・ホールディングは13年3月期までに認知症向け日帰り施設を現在の8から17カ所に増やす。日帰りでは環境変化に戸惑う認知症高齢者への対応が難しく、参入業者は少ない。同社は12年3月期中に認知症の行動特性などに関する研修を約8000人の全職員に受講させて増設に備える。認知症対応型の日帰り施設の売上高は13年3月期で8億円と11年3月期の4倍を見込む。
認知症は徘徊(はいかい)などの症状があり、家族介護の負担が重い。環境変化でも症状が進みやすく、なるべく同じ場所で同じ介護職員が面倒を見るのが理想とされる。都内では開設費用を補助しグループホームなどの整備を後押しする区や市があるが、東京都も独自に補助を用意し、厚生労働省も今年度からグループホームなどの開設費補助を上積みした。これを受け、地価が高く施設が不足していた都市部に開設する動きが活発化している。
都市部でのグループホームの整備が全国的に遅れている東京都も09年度からの3年間で約2300人分のグループホーム供給を掲げている。都独自の補助金も用意しているが、地価の高い区部中心に開設が進まず、4月時点で約1100人分しか整備できていない。
日本経済新聞 2011年7月4日 原文のまま

「特養入所がすぐ必要、申込者の10分の1- 医療経済研究機構が調査」(7月1日/キャリアブレイン)
特別養護老人ホーム(特養)に入所を申し込んでいる人のうち、すぐに入所が必要と判断される人は10分の1程度であることが、医療経済研究機構の「特別養護老人ホームにおける入所申込の実態に関する調査研究」で分かった。また自由記述からは、施設にとって申込者の情報管理が負担になっている実態も明らかになった。
調査は今年2月、全国の特養1500施設を対象に実施。具体的には、▽施設の概況などについて施設長や事務責任者が回答した「施設調査」(回収数は592施設)▽入所申込者の個別の状況について施設の担当者が回答した「入所申込者調査」(同570施設、7998人分)―などを行った。
その結果、「施設調査」において、施設側が「ベッドの空き状況や待機状況に関係なく、優先して入所させるべき」と回答した申込者の数は、1施設当たり23.9人。1施設当たりの入所申込者数(220.0人)に占める割合は10.8%だった。また、「入所申込者調査」で、「現在の生活は困難であり、すぐにでも入所が必要」と判断された人の割合は11.3%となり、いずれの調査でも、特養への入所がすぐに必要と判断される人は、申込者全体の10分1程度との結果が出た=図=。
厚生労働省は2009年12月に、特養への入所申込者が全国で42.1万人に上るとの集計結果を発表した。昨年10月の社会保障審議会介護保険部会では、厚労省が入所申込者に占める実際の待機者の割合が平均で22.5%との調査結果を提示したが、サンプル数が少ないために追加の実態調査を行うことになり、同機構による今回の調査結果がまとまった。
□「入所申込者の情報管理が負担」との意見多く
施設調査では、施設や入所申込者の意識や行動に関する課題を自由記述形式で尋ね、181施設から回答を得た。その結果、施設が抱える課題については、「医療ニーズの増加に対応しきれない」(41施設)に次いで、「申込者が非協力的、人数が多いなどの理由により、現状確認業務の負担が大きい」(39施設)との意見が多く寄せられた。また、入所申込者をめぐる課題については、「将来への不安からとりあえず申し込む人や、順番が来ても入所しない人が多い」(37施設)、「本人や家族に、介護に関する知識不足、特養に対する理解不足がある」(27施設)、「本人・家族の状況が変わっても、変更の連絡をしない人が多い」(24施設)などの意見が多かった。調査担当者は、「施設は『入所するはず』の申込者を大きく上回る申込者を抱えており、情報の管理業務が負担となっている」と分析している。
キャリアブレイン  2011年07月01日 原文のまま


「施設も被災、高齢の被災者ケアは」(6月27日/TBS)
東日本大震災では、高齢者の福祉施設も大きな被害を受けました。復旧は思うように進まず、定員の2倍の人を受け入れている施設もあります。高齢の被災者を取り巻く厳しい現状を取材しました。
宮城県気仙沼市で避難所生活を続ける佐藤サヨ子さん(86)。震災前に夫を亡くし、気仙沼市で1人で暮らしてきました。
「(自宅は)津波かぶったらしいです。人の話だけで私は行ってみませんので、どういう状態か分かりませんけど、かなり被害があったのかね」(佐藤サヨ子さん)
「この前一緒に行ったんだけど、忘れた?」
何度も見に行ったはずの自宅の様子を繰り返し尋ねます。震災後、認知症とみられる症状が現れたと言う佐藤さん。今後、仮設住宅でひとり暮らしをするのは難しいといいます。
「仮設(住宅)で人間関係を、佐藤さんがこれから1人で人間関係を作っていくのかと思うと、本当にそれは厳しい。グループホームが適切ではないかと思う」(ケアマネージャー・熊谷正恵さん)
しかし、佐藤さんのようなお年寄りを受け入れる施設は全く足りていません。
「これが一番最初にやったグループホーム・・・」(「NPO法人なごみ」木村伸之さん)
木村さんの運営する認知症グループホームは津波で流されました。気仙沼の海をのぞむ建物は跡形もありません。被災した木村さんの施設に入所していたお年寄りは、気仙沼市内にある系列のグループホームに移りました。現在は定員9人に対し2倍の18人が入所。1人部屋に2人が入っても部屋は足りず、大広間の一角で寝泊まりするお年寄りもいます。
「本当にもったいないくらい、みんなに親切にしていただいています。ケアのお姉ちゃんたちにね、手取り足取り」(入居者)
3月の震災では高齢者福祉施設の多くが被災。気仙沼市のグループホームは、その実に6割近くが津波の被害を受けました。残った施設の多くは、定員を上回るお年寄りを受け入れています。定員オーバーは国の特例で認められていますが、この施設では震災前、2日に1回だった入浴が3日に1回になることも。
「この人数では、なかなか一人一人の思いまでくみ取るのは、正直できかねているところがある」(「グループホームぽらん気仙沼」乕岩敬子施設長)
このグループホームでは、お年寄りを取り巻く環境を少しでも改善しようと、新たな施設の建設を始めました。国の補助金を受けて建設される福祉施設では、震災からの復旧費用の6分の5を国が負担しますが、木村さんの施設は自費で建てたため対象外です。
「我々が手を貸さなければ、1日も生きていかれないような方々が大半。そういった方々を守っていくためにも施設を復旧していきたい」(「NPO法人なごみ」木村伸之さん)
行政支援のはざまと長引く避難生活の中で被災地の暮らしをどう守るのか。行き場を失ったお年寄りを支え、ともに歩む日々は続きます。
TBSニュース 2011年6月27日 原文のまま

「サービス断られる認知症の人」(6月24日/産経新聞)
□もめ事から短期入所先が「ノー」
介護サービスを使いたいが、事業所から利用を断られた−。重度認知症の人の家族から、そんな不満が上がっている。介護保険では、事業主がサービス提供を拒むことを禁じているが、事業主らは「まれだが(断ることは)ある」と漏らす。重度認知症の人がサービスからこぼれないようにするには、どうしたらいいのか。(佐藤好美)
東京都区部に住む太田卓治さん(71)=仮名=は、妻の恵美子さん(72)=同=と2人暮らし。妻はアルツハイマー型認知症。あちこち出歩きたがるが、転んだり、ぶつかったりするので目が離せない。食事は介助し、頃合いを見てトイレに誘う。要介護度は5だ。卓治さんは「息子が5年前にがんで死んだのがショックだったようで、以来ひどくなった。団地の9階から飛び降りるというので、目が離せなかった時期もある」と振り返る。
恵美子さんは週5日、精神科の診療所へ「重度認知症デイケア」に通う。診療報酬で提供される医療サービスだ。
加えて、昨年秋からは月1回、特別養護老人ホーム(特養)で2泊3日のショートステイ(短期入所)を使い始めた。こちらは介護保険のサービスだ。ケアマネジャーから「ご主人にもしものことがあると困る。施設に慣れておくのもいい」とアドバイスされたからだ。卓治さんも「月1回でも、ぐっすり眠れればと思って…」とショートに預けた。
しかし、2度預けた今年初め、施設側から「利用を遠慮してもらえないか」と言われた。
どうやら他の入所者とトラブルになったらしい。恵美子さんは息子を亡くした後、極端に人恋しくなり、人の後をついて歩く。卓治さんは「ちゃんと歩けないのに、他の入所者について歩いて、ぶつかって殴られたらしい。こっちも殴られっ放しって性格でもないから、もめたようで…」と言う。
しかし、断られるのは納得できない。卓治さんは区役所に文句を言った。「アルツハイマーなんて、いまどき特殊な病気じゃない。むしろ、そのための介護保険みたいなもんだよ。それなのに、ずっと保険料を払ってきて必要なときに断られるなら、保険料なんか払わないよ」
区役所で「いつか使えることもありますから」と言われた卓治さんはおさまらない。「70歳過ぎて要介護5で『いつか』って、いつ来るんだよ。重い人から保険料を取って、軽い人にサービスしてどうするんだよ」と憤っている。
                  ◇
□拒否は違反申し立ての道も 医療・介護・福祉の連携サービス必要
介護保険は省令で、事業所がサービスを断ることを禁じている。だから、利用者や家族は納得がいかなければ、都道府県に申し立てる道がある。
厚生労働省は「要介護度が重いとか、重度の認知症だというのは、サービス拒否の理由にならない。利用申し込みに応じきれないとか、利用者がサービス対象外の場所に住んでいるときでも、ケアマネジャーや他の事業所に連絡して、サービスを確保するのがルール。サービスを拒否したままで、都道府県に理由を明確に説明できなければ省令違反にあたる可能性は十分ある」(老健局振興課)と警告する。
                   ◇
しかし、実際には事業所がサービスを断るケースはあるようだ。
都内のある特養関係者は「つえを振り回すなど、他の入所者に危害を及ぼす人は困る。職員を増やし、夜勤を男性にかえるなどして受け入れるが、特養は精神科の病院と違って拘束もしないし、薬も出せない。年に2〜3人もいないが、よくよく説明してお断りすることはある」と漏らす。
重い認知症の人と家族がサービス利用で立ち往生するのは、「医療と介護のサービスが、うまく組み合わされて提供されていないから」という面もある。
神奈川県のある特養の施設長は「受け入れ前に、利用者の『本当の生活』が分かると、受け入れやすさはずいぶん違う。いつが難しい時間帯で、どんな行動があるのか。認知症の薬やそれ以外の薬をどう使っているのか、家族が薬を持たせてくれるのかどうかもある。医療機関と直接、やりとりできればいいが、医療と介護の連携が言われながら、近隣でも壁があるのは難しいところだ」。
                   ◇
6月の第3週。厚労省で、担当局が異なる3つの審議会や検討会が開かれ、そのいずれでも認知症が取り上げられた。
介護報酬を決める「介護給付費分科会」(老健局)、診療報酬にかかわる「慢性期入院医療の包括評価調査分科会」(保険局)、精神科医療の観点からアプローチする「新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム」(障害保健福祉部)。
くしくも、それぞれの会合で異なる識者が同じことを指摘した。「認知症の人を、どこがどう診断し、どういう人にどんなサービスを提供するかのモデルがない」
医療と介護と福祉が適切につながり、面としてサービスを提供する一部の地域では、認知症の人はかなり地域で暮らせそうだ。しかし、多くの地域では、サービスはバラバラに提供されている。認知症の重い人ほど、本人も家族もよりどころがないのが現実だ。
産経ニュース 2011年6月24日 原文のまま
編者:通所や短期で介護施設が認知症の人を断ることはやむをえないと思う。認知症の人の状態は10人10色であり、本人も介護職も当初は慣れなくて、混乱しやすい。こうしたことが通所や短期で起こりやすい。介護施設も介護職も万能ではない。しかし、介護職が1回の問題で一切断ることは避けてほしい。何度からの試行錯誤で互いに様子がわかり、相応しい介護ができるものである。週4回のデイサービスと月1泊2日のショートステイを利用している(私も利用している)認知症の妻の経験からも言える。

「夜間デイサービス登場、県内初の介護保険適用 徳島市の事業所「恵」」(6月23日/徳島新聞)
徳島市仲之町2のデイサービスセンター「恵(けい)」が5月から、県内で初めて介護保険適用の夜間デイサービスを始めた。核家族化や共働き世帯の増加で在宅介護の問題がクローズアップされる中、介護のために仕事をあきらめたり、外出できなかったりしていた家族から歓迎されている。
夜間デイサービスは火曜から土曜までの午後4〜10時半。要介護認定を受けた60代以上の男女10人が登録し、1日平均5人が利用している。恵は送迎付きで午前9時半から開所しており、ほとんどが朝から利用。夜間は職員の介護を受けて入浴を済ませた後、夕食や団らんを楽しんでいる。
週1、2回、認知症39 件の母が通っている徳島市内の60代の主婦は「農作業などで遅くまで家に帰れないこともあり困っていた。長時間預かってくれるので介護が随分楽になった」と話す。
入所型の介護施設を敬遠する高齢者や家族が多いにもかかわらず、県内のデイサービスセンターの利用時間はほとんどが午後4時ごろまで。在宅介護をする共働き世帯にとっては利用しづらく、介護疲れで体調を崩す人も少なくない。
そこで恵は、夜間の介護スタッフ3人を配置して県に夜間デイサービスを申請、認可を受けた。介護保険が適用されるため、負担はサービス費用の1割と食費のみ。
運営するイツモの和田文平社長(33)は「要介護者の家族の介護疲れは深刻。家族が働きやすい環境を整えることで少しでも負担軽減になれば」と話している。問い合わせは恵<電088(652)7920>。
徳島新聞 2011年6月23日 原文のまま
編者:夜間の通所介護サービスがあるとは知らなかった。サービスの多様化で望ましいと思うが、介護保険での扱いはどうなっているのだろう。それにしても、夜間デイとは言葉の矛盾だ。

「利用者の声反映を 介護現場改善に第三者の目」(6月21日/神戸新聞)
介護現場では利用者目線のチェックが欠かせず、第三者の視点による提言が、サービスの改善につながる。昨年で活動10年を迎えた大阪市東成区のNPO法人「介護保険市民オンブズマン機構大阪(O‐ネット)」は、兵庫や大阪などの特別養護老人ホーム(特養)を定期的に訪ね、サービスの改善に努めている。利用者は何を求め、施設側はどう応じているのか。神戸市内の特養での活動に同行した。(黒川裕生)
「こんにちは、オンブズマンですよ」。神戸・六甲アイランドの「協同の苑六甲アイランドにじの家」。入居者の女性(86)を訪ねたのは、O‐ネットメンバーの中島絢子さんと大塩昌子さん(50)だ。
「雨でなかなか散歩に行けないね」。話し掛けること数分。これまで10回以上訪問しており、2人とは顔見知りの女性はリラックスした様子で受け答え。「オンブズマンには、思っていることを気兼ねなく口にできる」と話す。
□月2回訪問
O‐ネットには78人のオンブズマンがおり、特定の施設を月に2回、1年間にわたり2人一組で訪ねる。現在45施設を対象に、利用者とのやり取りや設備面で気付いたことを施設側に伝える。にじの家には昨年11月から訪問。副施設長の野尻信一郎さん(53)は「運営する私たちは、知らず知らず業務や効率という視点が日常の介護の中に入り込んでしまう。そこに気付かせてくれるのがオンブズマン」と話す。
認知症の女性(99)の部屋のナースコールが壁に掛かっているのを見た中島さんと大塩さんから「何かあったときに届かないのでは」と伝えられ、設置場所を枕元に変えた。車いすの押し始めや、食事を下げるときに一声掛けることを徹底しているのも、オンブズマンから受けた指摘がきっかけという。
□対話に2時間
中島さんは母を特養でみとった経験があり、在宅と施設における介護や終末期への関心からO‐ネットに参加。ヘルパーの資格がある大塩さんは、介護をより深く学ぼうと活動に加わった。2人はオンブズマンになって1〜2年だが「建前以外のものが見えることもあり、介護について考えさせられる」と話す。
具体的な提言をすることだけがオンブズマンの役割ではないという。「施設の生活が長くなると、職員と利用者はなあなあの関係になりがち。オンブズマンという第三者の目が入ることで、緊張感や客観的な視点が生まれる」
この日は利用者との対話に2時間近くを費やした。野尻さんは「介護の質をどう上げていくかというのは、どの施設も抱えている喫緊の課題。オンブズマンの力を上手に利用したい」と話していた。O‐ネットでは、オンブズマン養成講座を開講中。TEL06・6975・5221
【介護保険サービスの第三者評価】市民への情報提供を目的とした、行政による介護サービスの評価システムもある。兵庫県は2004年度から介護保険サービスの第三者評価事業を開始。05年度から対象を福祉サービス全般に拡大。実際には10年度にサービス評価を受けた事業所は44で、全体(7750事業者)の1%にも満たない。2000年秋に全国に先駆けて第三者評価の取り組みを始めた神戸市も、訪問介護事業者などをチェックしたが、評価を望む事業者が少なく数年で打ち切られた。「介護保険法の改正で情報開示が義務づけられるようになり、あえて第三者評価までは不要と判断する施設が多い」と話す関係者もいる。
【取り組みと対応の例】
○認知症55 件の女性の部屋の前にいすが置かれ、ドアが開かないようにしてあった。「拘束ではないか」とオンブズ側が問題提起した結果、施設側はいすを撤去し、職員が十分注意することで、はいかいなどに対応するように改めた。
△柵で囲まれたベッドを使っている認知症の男性は、柵を揺するなど「出たい」という意思表示をしており、オンブズ側が危険性を指摘。後日、柵を乗り越えようとした男性が落ちてけがをしたため、寝床をベッドから畳に移した。
×フロアに職員が全くいない時間帯があり、認知症55 件の人が別の入居者の車いすを押そうとするなど、危険な場面も確認された。オンブズの指摘後、一時的に改善されたが、職員の絶対数が足りず、再び空白の時間帯が生じるようになった。
(神戸新聞 2011/06/21 原文のまま)

「【大震災を生きる】第1部 高齢者と地域力(4)見過ごされた地域のニーズ」(6月16日/産経新聞)
歩き慣れた散歩道、言葉を交わせる顔見知りの人−。住み慣れた「地域」は高齢者にはかけがえのないものだ。介護サービスでも、グループホームなど、ご近所とふれあって生活できる「地域密着型」サービスが認知症の人にはいいとされる。しかし、掛け声はかかるが、「地域の要望」は行政に届きにくい。復興の際もコミュニティーへの配慮は遅れがちだ。高齢者が住まう「地域」を、どう再興するかが問われている。
◇署名運動したが…
仙台市で認知症グループホームを経営する蓬田(よもぎだ)隆子さん(写真右)は、東日本大震災で同市若林区にあったグループホーム「なつぎ埜(の)」を失った。
震災前、「なつぎ埜」はご近所の付きあいを大切にしていた。地域で一緒に避難訓練をし、火事があったときにはお手伝いもした。町内会などが立ち上げた災害に関する勉強会にも参加した。
「大きな地震が30年以内に来る」と言われていた。「なつぎ埜」の近隣町内会などは津波被害に備え、指定避難場所を低地にある小学校から、小高い場所にある高速道「仙台東部道路」に移すよう署名運動を実施。蓬田さんらも署名に協力した。しかし、地元の要求は受け入れられなかった。「OKは出ませんでした」(蓬田さん)
3月11日、「なつぎ埜」のスタッフと入居者は訓練通り、指定避難場所の「市立東六郷小学校」に避難した。近隣住民らの中には、東部道路の法面(のりめん)をよじ登って避難した人もいた。しかし、介護の必要な高齢者には無理だ。
寒い日だった。津波は避難先の東六郷小学校にも押し寄せ、校庭に止めた自動車内で暖を取るなどしていた「なつぎ埜」のお年寄りら7人が犠牲になった。
東部道路は堤防のような役目を果たし、町の西側への津波の流入を防いだ。東部道路に避難した住民も助かった。蓬田さんは断腸の思いだ。「署名運動もしたのに…」
◇地域密着とは?
被災して住まいを失った人の中には高齢者もいれば、要介護の人も、家族を失って今まで通りに暮らせない人もいる。また、避難所や仮設住宅で孤立し、介護度が悪化することも予測される。
厚生労働省は4月半ば、仮設住宅に集団居住ができる「グループホーム型仮設住宅(福祉仮設住宅)」を設置するよう、被災各県に求めた。
「なつぎ埜」の残された入居者とスタッフらは今、同市宮城野区にあるグループホーム「よもぎ埜」に仮住まい。8月には、グループホーム型仮設住宅に入居できそうだ。蓬田さんは「今回、被災後の住まいや仮設住宅の仕様では、行政に意見を聞いてもらい、本当に感謝している」と言う。
しかし、仮設住宅の入居期間はおおむね2年。“その後”は見えない。関係を育ててきた地域に帰りたいが、流された「なつぎ埜」との二重ローンをどうするのか、元の地域に建物の建設が可能なのか。分からないことばかりだ。
蓬田さんは言う。「認知症の人には住みなれた『地域』がすごく大切で、『地域密着型』といわれるグループホームは、地域を財産とするサービス。けれど、住む期間に限りがある仮設住宅は『地域密着』の場所にはなりえない。お年寄りが地域の『家』で生活できるよう、早く再建の道筋を示してほしい」(佐藤好美)
                 ◇
介護や福祉サービスの拠点 グループホーム型仮設住宅
厚労省は、今年度第1次補正予算で被災地の「地域支え合い体制づくり」の基金を積み増し、被災各県に仮設住宅での介護や福祉サービスの拠点づくりを求めている。
「グループホーム型仮設住宅」はその一つ。キッチンやリビングなどがあり、既存の認知症グループホームと同様、顔見知りの関係が作れる9人で住むのが基本だ。
このほか、仮設住宅に、高齢者の生活を支える「サポートセンター」の併設も求められている。スタッフが総合相談にあたるほか、訪問介護や看護サービス、高齢者が集うデイサービスなどを提供する。居住者だけでなく、周辺住民へのサービス提供も行われる方向だ。
産経ニュース 2011年6月16日 原文のまま

「特養待機、県内で1万人超 施設整備が追い付かず」(6月15日/アットエス)
静岡県内で、特別養護老人ホーム(特養)の入所希望に施設整備が追い付いていない。今年1月1日時点の待機高齢者は1万494人。前年同期に比べ275人増え、3年連続で1万人を超えた。
県内197の特養を対象に県が調査した。調査を開始した2005年から待機高齢者は減少を続けたが、09年に増加に転じた。現在、入所希望者のうち、6カ月以内の早期入所を望んで待機する在宅の高齢者は4919人と半数近くを占める。
深刻なのは、早期入所希望者の中で「県指定介護老人福祉施設優先入所指針」に照らし、入所の必要性が高いとされる1人暮らしなどの高齢者が1539人に上ることだ。県介護保険課は「核家族化の進展や老老介護の増加で自宅介護が難しい状況も目立つ中、高齢化が待ったなしで進んでいるため」と説明する。
県は11年度、特養で1179人、介護老人保健施設で990人、認知症高齢者グループホームで207人分を新たに整備するなど、計2648人の定員増を図る。同課によると、昨年1年間で特養の退所者は3127人だった。今年の退所者を約3千人として整備分と合計すれば、6カ月以内の入所を望む在宅の高齢者を中心とした受け皿になれると想定している。
仮に1万人分の特養を一気に整備すれば待機者問題は解決するが、そうなると介護保険料は上がり、公費負担増で県や市町の財政難にも拍車がかかるジレンマがある。
入所費用が安い特養への需要は高まるばかりといい、同課の村松由隆課長は「利用料が高い特養以外の施設サービスを、低所得者でも利用しやすくするよう国に働き掛けている」と強調した。
@S 2011年6月15日 原文のまま
編者:静岡県の担当者のコメントは解決にはつながらない。在宅サービスと施設サービスを並行した強化するしかないだろう。

「被災地の介護施設、3割で定員超過」(6月9日/キャリアブレイン)
岩手、宮城の両県にある特別養護老人ホームと介護老人保健施設のうち、約3割が東日本大震災の被災者の受け入れで定員超過になっていることが、キャリアブレインの調べで分かった。介護の必要な人が震災後に増加したため、介護保険施設などでは定員を超過した受け入れで対応しているものの、介護職員の確保などの面で懸念する声も上がっている。
定員超過している特養は、岩手で29施設(全109施設)、宮城で46施設(全122施設)あり、両県では全231施設の32.5%に当たる75施設。また、定員超過の老健は、岩手で13施設(全62施設)、宮城で28施設(全80施設)あり、両県では全142施設の28.9%に当たる41施設だった。岩手は4月末現在、宮城は5月末現在で、岩手では5月中に「若干解消している様子」(同県の担当者)という。キャリアブレインでは、福島県も対象に調査したが、定員超過施設数は「把握できていない」(同県の担当者)。
定員超過の状況については、「一部の施設で定員の1割を超えているが、全体の平均で見ると1割以下」(岩手県の担当者)、「(介護の必要な被災者が多く)最低でも定員の1割を受け入れてもらうようお願いせざるを得ない」(宮城県の担当者)という。
両県は、入所者が家族から離れての生活を強いられ、介護職員の負担増にもつながる定員超過を、最終的には解消したい考え。ただ、「全壊施設の復旧に1‐2年はかかる見込み」(岩手県の担当者)だったり、「津波で地域全体が流され、インフラすらないような状態」(宮城県の担当者)だったりするため、当面はボランティアの他施設の介護職員などに頼らざるを得ない状況だ。今後の対応については、「目の前のことを一つずつ進めていくしかない」(同)としており、仮設住宅に介護サービスなどを提供するサポート拠点の整備や施設の復旧を早期に実現したいという。
こうした結果について、元立教大教授で高齢者施設「至誠ホーム」(東京都立川市)の橋本正明ホーム長(写真)は、これまで同ホームの特養で災害被災者を受け入れてきた経験も踏まえながら、「3割は大きな数字。これらの施設で定員の1割を超えて受け入れると、職員や居室の確保の面で問題が出てくるのではないか」と指摘。また、「(困っている人が多い)このような状況だからこそ、社会福祉施設とその職員が努力して対応する必要がある」と強調する一方で、中長期の受け入れも予想されることから、設備基準を緩和して新たに施設を整備するなど、国や自治体が柔軟な対応を取る必要性も訴えている。
キャリアブレイン 2011年06月09日 原文のまま

「姫島村に初の認知症対応施設が誕生」(6月7日/大分合同新聞)
これまで重度の認知症に対応できる施設のなかった姫島村に3月、「認知症対応型共同生活介護施設(グループホーム)ひだまり」がオープンした。開設した山下ヒロ子理事長(61)は「誰もが住みやすい姫島にしたい」と話している。
姫島村の認知症患者はこれまで、グループホームや精神科を設けた病院がある国東、豊後高田、別府の各市まで行かなければならず、家族が面会するのにも丸1日を要すなど負担が大きかった。
山下さんは同村の福祉施設で長年勤務しており、副所長で退職したのを機に設立を決めた。現役時代に認知症患者を村内で受け入れられない無力感を感じていたことがきっかけだが、人口減少の進む村の雇用につなげたい思いもあった。
施設開設に向けて昨年秋にNPO法人を設立。退職金をなげうち、国の緊急整備事業などの補助金を活用して総事業費約5千万円をかけて3月末に開設した。定員9人。食事や入浴などの支援を受けながら現在7人が共同生活している。
妻が入所する松原利吉さん(88)は「毎日のように面会に来ている。近くにいるので安心」と喜ぶ。山下理事長は「不安な気持ちを抱える家族を笑顔にできるよう頑張りたい」と意気込んでいる。
Oita-Press 2011年6月7日 原文のまま
編者:姫島村は人口2189人、高齢化率は33.6%(2010年)。離島、過疎地における認知症の問題は無視できない。こうした形に住み慣れたところに施設―グループホームーもできるようになったのだろう。

★「京都地域包括ケア推進機構:老後サービス一体化 府内関係機関を結集/京都」(6月2日/毎日新聞)
◇医療・介護・福祉、老後サービス一体化−−全国初の誕生
老後の医療・介護・福祉のサービスを一体的に提供するため、府や市町村、各種団体が連携する「京都地域包括ケア推進機構」が1日、設立された。“オール京都体制”で、各分野の専門家を中心に在宅療養▽認知症対策▽リハビリ▽介護予防など六つの事業を推進し、「京都式地域包括ケアシステム」の確立を目指す。都道府県単位では全国初の動きという。【太田裕之】
機構には府▽京都市▽府市長会▽府町村会の他、府内の医師会や老人福祉施設協議会、社会福祉協議会、弁護士会など計39団体が参加。山田啓二知事(写真右上)と門川大作京都市長(写真右下)ら4人が代表幹事、井端泰彦・府特別参与が理事長を務め、中京区の府医師会館内に事務局を置く。
当面は、体調不安時に入院できる地域包括ケア支援病院(仮称)を各地で指定する一方、かかりつけ医の紹介などで在宅療養できる体制を整備。認知症で別の合併症もある人に対応できる認知症疾患医療センターを府内に3カ所設置し、連携のモデル事業も行う。
また、府内六つの医療圏域ごとに設置する地域リハビリ支援センターに専門コーディネーターを置き、退院後も含めたリハビリ支援体制を強化。介護予防プログラムの開発や地域での生活支援モデルの確立にも取り組む。今年度予算として府からの補助金2900万円を計上した。
この日に同会館であった設立総会では山田知事が「他地域より飛躍的、先進的に取り組む基盤が全国に先駆けてできた。在宅で多くのお年寄りが安心して暮らせ、病気になれば医療、動けなくなれば介護をネットワークとして受けられる、安心できる地域作りにまい進したい」とあいさつ。門川市長も「京都ならではの地域力を示し、国に制度改革も迫ることができれば」と意気込んだ。
毎日jp 2011年6月2日  原文のまま
編者:厚生労働省が進める「地域包括ケアシステム」について理解が乏しい。全国国民健康保険診療施設協議会のサイトの説明がわかりやすい。「地域包括ケア推進事業」はサイト「やまだ塾」の解説で理解する。

★「焦点/高齢者ケア、受け皿パンク/再建支援に遅れ」(5月30日/河北新報)
東日本大震災で多くの高齢者福祉施設が津波被害を受けて利用者が移動したことにより、宮城県沿岸部などの施設で定員を上回る状態が続いている。厚生労働省は当面の定員超過を容認する考えだが、解消に向けた具体的な施策は示していない。各自治体の要介護認定審査は6月中に再開する見通しで、施設利用希望者は確実に増える。介護の現場からは早急な公的支援を求める声が上がっている。(門田一徳、高橋鉄男)
◎要介護認定審査、再開へ/利用希望増確実
<避難で定員超過>
宮城県で全壊、水没した高齢者福祉施設は、特別養護老人ホーム(特養)10カ所、介護老人保健施設(老健)2カ所、認知症高齢者グループホーム20カ所など計38カ所に上る。特養だけで県全体の約1割に当たる550床以上が失われた。
被災施設からの避難者を受け入れた結果、定員を上回る施設が相次いでいる。定員の1.5倍の高齢者を世話する特養や、2倍の利用者を抱えるグループホームもある。
厚労省は全国の高齢者関係施設で「3万6000人以上の受け入れが可能」と説明する。しかし、他県への避難は敬遠されがちで、宮城県で同省のあっせんを受けたのは953人(20日現在)にとどまる。
<福祉仮設は2棟>
被災自治体では、手続きが中断していたことに加え震災後体調を崩す人もいて、要介護認定の申請が増えている。5月中旬までに、石巻市で約420件、気仙沼市や名取市で150件前後に上る。認定審査が本格化すれば、施設の利用希望者の増加が見込まれる。
 一方、高齢者らが共同で住む福祉仮設住宅で建設が決まったのは、1棟に9人が入る2棟だけ。対象も認知症に限られ、受け入れ先確保に向けた動きは限定的だ。特養や老健といった定員が50人を超えるような施設は、「利用者の介護度が高いうえ、防災面でも問題がある」(厚労省老健局)として福祉仮設住宅の対象にしていない。
<行き場失う恐れ>
宮城県は2010年、特養の入所待機者が1万人を超えていることから、13年度までに2200の増床を計画した。しかし、震災によって県全体の定員の1割近くが減った状況から、受け皿不足が深刻度を増すのは確実とみられる。
宮城県老人福祉施設協議会の西沢優李子会長は「全壊した特養の再建には3年かかる。廃校校舎など公的施設の提供や特養の仮設住宅設置など、飽和状態解消のための緊急的な支援が必要だ。具体的な施策が示されないまま、定員超過の容認が打ち切りになれば、利用者は行き場を失ってしまう」と訴える。
◎6畳個室に3人生活/「大規模仮設あれば」岩沼
岩沼市山桜の認知症グループホーム朝日。震災前は個室だった6畳間のほとんどに、二つのベッドがL字形に並んでいる。空いた床に布団を敷いた3人部屋もある。
 定員18人のほぼ倍の34人が生活する。津波の被害に遭った特別養護老人ホーム「赤井江マリンホーム」(岩沼市)の利用者が身を寄せているからだ。
マリンホームは海岸から約300メートルにあり、壊滅状態となったが、利用者とスタッフは全員避難して無事だった。利用者45人は、同じ社会福祉法人「ライフケア赤井江」が運営するグループホーム朝日など、岩沼市と宮城県柴田町の3施設に分散した。
グループホーム朝日に避難したお年寄りは要介護4以上で、車いす生活か寝たきり。介護はマリンホームのスタッフ8、9人が担当する。
厚生労働省は各自治体に対し、被災施設から他の施設への利用者の移動を要請。宮城県は県内の施設に定員の1割以上の受け入れを促している。
マリンホームの小助川進園長は「利用者は特養が一つのコミュニティーになっている。被災者の2次避難や仮設住宅と同様に、分散避難はそれを崩壊させる。大規模仮設住宅のような施設があれば助かるのだが…」と訴える。同時に「入所者が分散すれば、被災した特養はスタッフを解雇せざるをえなくなる」と雇用の問題も口にする。
被災施設は、新たな施設を造る場合、建設費の公費負担割合が4分の3から6分の5に割り増しされる。今回の被災施設の多くは津波被害のない場所への移転が必要になるが、用地取得の公的支援はない。
ライフケア赤井江でも新たな場所で特養の再建を目指す。マリンホームそばに建て、受け渡し直前に被災したグループホームの建設費(約1億8000万円)が重くのしかかり、再開には3年は必要とみている。
宮城県長寿社会政策課によると、被災施設からは二重ローン問題の問い合わせが相次ぎ、特養の仮設住宅の設置支援を求める要望も上がっている。特養など高齢者福祉施設の再建支援策については「厚労省に何度も問い合わせているが全く回答がない」という。
◎避難所も負担ズシリ/要介護・要支援者37人 気仙沼
約450人が暮らす気仙沼市最大の避難所、市総合体育館のメーンアリーナの一角では、ベッドに横たわったり、車いすで移動したりするお年寄りの姿が目立つ。
体育館で生活する要介護・要支援者は、要介護度が最も重い「5」の人も含めて37人。うち身寄りのない14人がアリーナで生活し、看護師や介護福祉士らが付きっきりで支える。
介護の態勢が整う体育館では、別の避難所で体調を崩して一時入院し、退院した高齢者も受け入れている。アリーナは一般の被災者も避難生活を送っており、介護は苦労の連続だ。
看護師の女性(45)は「周囲の目がある中でやむを得ず、排せつの介助や体を拭くことがある」と明かす。生活空間を区切るのは卓球用の高さ約50センチの仕切りだけで「個人の尊厳を大切にできない」と悩みを吐露する。
気仙沼市内では今回の震災で特別養護老人ホーム(70床)と介護老人保健施設(100床)の2施設が被災した。他の施設が定員以上を受け入れ、約30人が市外施設に移った一方で、震災後に体調を崩す人もいて要介護認定の申請が増えている。
高齢者施設の受け皿が不足する中、その代替機能を避難所が担わざるを得ない現実がある。体育館の介護スタッフは他の自治体からの派遣がほとんどだ。避難所運営を担当する市職員酒井勇一さん(59)は「今はケアできても、これからずっと行政応援が続くわけではない」と継続支援の困難さを指摘する。
最も懸念しているのは、仮設住宅への入居が本格化しても、自立した生活が難しく、避難所に残るしかない高齢者が出てくることだ。
震災後に体が不自由になった60代女性は仮設住宅への入居を申し込んだが、「失敗したかも」と悩む。今は避難所にいる親族やスタッフの支えがあるが、もし入居すれば一人暮らしになるという。
「避難所なら3食もらえる。仮設住宅に入って何事も自分でやれるかどうか。自信はなくなったよ」
Kolnet 2011年05月30日 原文のまま
編者:認知症の人にももともと少ない入居施設定員で、震災になったからと急には増やせない。こうした政策の被害者が東北3県に溢れている。施設再建も困難ななかで全国に分散して住む方法はないものか。安住できる方針を早く示すべきだ。
関連情報「社説 東日本大震災 高齢者施設/救済と支援は総合力で」(6月2日/河北新報)
被災した高齢者施設に入所していたお年寄りを取り巻く状況が悪化している。高台にある特別養護老人ホーム(特養)など他の介護施設に移っているが、受け入れ先の中には定員を4割以上超え、部屋からベッドがあふれ出ている所もある。
生活環境が変わって症状が重くなる人が急増している。施設の建て直しや代替施設の確保による継続的なケアが急務だ。
ただ、施設を運営する社会福祉法人などは経済的損失を受けており、再建は容易ではない。認知症高齢者向けの仮設住宅建設、旅館の借り上げなど、行政はあらゆる方策を講じ、少しずつでも状況改善に努めてもらいたい。
宮城県では38施設が全壊、水没するなど死者・行方不明者300人を含め、入所者約1200人が被災した。
約900人は他の施設に緊急避難、このうち150人は山形県内の施設が受け入れた。
震災から2カ月半がたち、慣れない環境で体調を崩すなどして、要介護度が4から5に悪化したり、寝たきりになるなどのお年寄りが増えているという。痛ましいことだ。
体育館などで避難所生活を余儀なくされている高齢者が、運動不足などによって要介護者に認定されるケースも見られる。
施設が定員超過の状態では受け皿になれず、宮城県保健福祉部は在宅ケアであるヘルパーによる訪問介護、デイサービス、ショートステイの利用を呼び掛ける。
沿岸部では、介護サービス事業所も水浸しになる被害を受けた。在宅サービス再開を後押しする財政的な支援も、併せて進めたい。
市町村の福祉担当職員が被災地の復旧に追われ、人員不足から要介護認定の申請事務が滞るという事態まで起きている。災害は生活弱者を狙い撃ちするといわれる。介護サービス利用のスムーズな流れを早く取り戻すことが、救いの手となろう。
それには、何よりも失われた施設の再建である。特養などは市街地から離れた海沿いの平地に多く建てられ、新たな移転先探しが壁となっている。
被災した事業者に任せきりにするのは酷だ。好適地をあっせんするなど市町村は側面支援してほしい。
岩手、宮城両県は近く、仮設のグループホーム数棟の建設に着手する。1棟の定員が9人と小規模ではあるが、できるところから増やしていくべきだ。
特養など大型施設の入所再開には数年かかるとみられる。企業が所有する保養所や研修施設を一時的に提供してもらえれば、つなぎの代替施設になり得る。ここは民間からの協力、支援を期待したい。
明るい材料は、全国から介護ボランティアの応援が続いていることだ。宮城県には520人が入り、今も新たな申し出が後を絶たないという。
激務で疲労の色濃い施設職員は、どれだけ勇気づけられていることだろう。自治体、ボランティア、企業などの力を結集し、危機を乗り越えたい。
Kolnet 2011年06月02日 原文のまま

★「認知症グループホーム 被災者の食費・居住費 震災特別法で補助対象外」(5月27日/産経新聞)
家庭的なケアで認知症の人に合うとされる「グループホーム」。東日本大震災では、急な環境変化で症状が悪化した高齢者も多く、活用が期待される。ただ、特別養護老人ホーム(特養)の被災者には食費・居住費の補助があるが、グループホームの被災者は対象外。関係者からは「納得がいかない」の声がもれている。(佐藤好美)
宮城県石巻市の大山公平さん(66)=仮名=は5月半ば、千葉県南房総市のグループホーム「安房(あぼう) 穂(いなほ)」に避難してきた。おやつの空豆をむいたり、屋上から海を見たり、落ち着いた生活をしている。
大山さんは海を見ながら「石巻の海の方がいいや」とは言ったが、怖がることはなかった。グループホームを管理する中原病院の大橋恵子総務部長は「抱えている思いを整理できないと、あれほど穏やかにはいられない。ここにいることを受け入れようとしているのでしょう」と言う。
大山さんは石巻市内のデイサービス(通所介護)で被災した。建物が浸水する中でテーブルに上り、最後はテーブルの上に置いた椅子の上に立って難を逃れた。娘夫婦と孫2人の5人暮らし。家族は無事だったが、家は全壊。一家で娘婿の母親宅に身を寄せた。
震災後、大山さんの認知症は急激に悪化した。歩くのが不自由になり、会話が成り立たず、失禁が日常化した。義母も仕事があり、大山さんは日中は家に1人。娘の洋子さん(37)=同=が仕事から帰ると、トイレの床や便器の至る所に排尿の跡や足跡があった。洋子さんは「勝手の分からない場所で座っているしかなく、認知症が進んだのかもしれない」と言う。一方で、「義母に迷惑がかかる」と気がふさいだ。
しかし、大山さんが特養に入るには要介護度が低い。そんなとき、在宅の要介護高齢者を千葉県の南房総で受け入れると聞いた。問い合わせると、翌日には受け入れ先が決定。翌週には迎えが来た。
グループホームに入った大山さんは失禁もなくなり、1人でトイレに行くようになった。洋子さんは「父の様子を聞くと、『それは本当にうちの父親の話ですか』って、びっくりです。震災後、私も仕事でいっぱいいっぱいで、介護がすごく負担だった。早く動いて頂き、本当に感謝しています」と話している。
* * *
大山さんを受け入れたのは「安房医療介護福祉連携・東日本大震災の会」。被災地で在宅療養が困難になった高齢者や障害者を家族と一緒に受け入れようと、医療機関、介護事業所などが連携。千葉県南端のホテルや旅館、民宿、寺院などを滞在場所として確保した。
同会事務局の「花の谷クリニック」の伊藤真美院長は「施設で暮らしていた人の避難先は比較的確保されたが、自宅で介護や医療を受けていた人の受け入れは進んでいない。在宅の継続が難しい人を積極的に受け入れたい」と話す。
ただ、開始して納得できないこともあった。国の補助の仕組みだ。家が全半壊などした被災者は今回、震災特別法で介護保険の1割負担が免除になる。特養など施設の食費・居住費も当面は国が規定額を肩代わりする。しかし、グループホームの食費・居住費は補助対象から外れた。
大橋総務部長は「食費・居住費を含めて人件費に充てているので、持ち出しなのはつらい。しかし、食費・居住費がもらえると思って被災者を受けているわけではない。『在宅だから補助が出ない』という理屈はおかしいと思うが、今は本人がどこまで慣れてくれるか、それだけを考えたい」と話している。
◇事業主ら困惑「あるときは家、あるときは施設」
グループホームの食費・居住費への補助が震災特別法にないのは、グループホームが「施設」ではなく、「家」と見なされているためだ。平時でも施設には低所得者の負担軽減制度があるが、グループホームにはない。「認知症の人に適したケア」とされながら、入居には全国平均で約9万円強の「食費・居住費・光熱水費」が必要で、介護保険部会でも軽減制度の見直しが求められている。
日本認知症グループホーム協会の高橋義孝・震災対策本部長は「同じ介護保険事業者として取り組んでいるのに、あるときは『家だから(補助はない)』と言われ、あるときは『施設だからスプリンクラー設置を』と言われる。災害のときに民間事業者が介護を提供することを想定していないのは現状にそぐわないのではないか」と話す。これに対して、厚生労働省は「グループホームの被災者に食費・居住費の補助がない問題は認識しており、自治体などを通して補助する枠組みを検討している」と言う。
被災地のグループホームでは喫緊の課題。宮城県石巻市で「あゆかわの郷」を経営する小笠原均社長は築3年のホームが津波で流され、土台だけになった。スタッフと利用者は着の身着のままで避難。今は県が用意してくれた施設でボランティアを含む10人のスタッフが13人の認知症高齢者をケアしている。
用意された施設は「避難所」の位置付けだから、住居費も食費もかからない。介護報酬が入るから今はケアができるが、この先が不安だ。「事業を再開しても、家を流され、仕事を失ったご家族が食費や居住費を払えるはずもない。それでも、再建しないと高齢者の行き場がない。早く見通しがほしい」と話している。
産経ニュース 2011年5月27日 原文のまま


「燕市「グループホーム白ふじ」で燕市立つぼみ保育園の子どもたちがお年寄りと一緒にサツマイモの苗植え」 (5月25日/ケンオー・ドットコム)
つばめ福祉会の運営する認知症対応型共同生活介護の施設「グループホーム白ふじ」=燕市秋葉町4・池田兼一センター長=に24日、燕市立つぼみ保育園の子どもたちがボランティアに訪れ、入居者と一緒にサツマイモの苗を植えた。
同ホームは、企業の社員寮を改修して平成15年に開設、定員9人。つぼみ保育園とは同じ通り沿いの近所で、入居者が保育園で運動会や遊戯会を見学したり、桃の節句に花を生けたりといった交流はあるが、大勢の園児が施設を訪れてボランティアしたのは初めて。
午前10時ころに同保育園の4歳児と5歳児の計56人が歩いて施設を訪れ、80歳代から90歳代の入居者や同施設職員が見守るなか、施設内の畑に持参したサツマイモの苗を1人1、2本ずつ植えた。
入居者のお年寄りは、子どもたちの元気な姿に目を細め、優しく見守り、職員は「子どもたちが来てくれると表情が生き生きとして、楽しさが伝わってくる」と話していた。。
また、職員が車いすに乗った93歳のおばあさんを「みんなと90歳くらい年が離れているんだよ」と紹介すると、30人ほどの園児が一斉におばあさんのそばに集まって、顔をのぞき込んだり、手をさわったり、じっと見詰めたりしていた。
サツマイモは、施設の職員が主に管理するが、保育園の散歩の途中などで成長を見に来てもらうことにし、秋には一緒に収穫を楽しむ。
kenoh.com 2011年5月25日 原文のまま

★「東日本大震災:施設の高齢者3300人、避難生活余儀なく」(5月25日/毎日新聞)
東日本大震災で大きな被害を受けた岩手、宮城、福島3県にある高齢者入所・居住型施設1309カ所のうち、建物が全壊するなどして運営できなくなった施設が約80カ所に上り、入所していた高齢者約3300人が現在も他施設で避難生活を余儀なくされている。このうち2割程度とみられる認知症患者は、環境の変化などで症状が悪化するケースが多く、施設再建への支援を行政に求める声が上がっている。【取違剛】
3県によると、施設を利用できなくなって他施設などに移った高齢者は、岩手で約500人▽宮城で約1200人▽福島で約1600人。このうち認知症の正確な患者数は各県ともつかんでいないが、計400〜600人程度とみている。
岩手県宮古市の「グループホームたろう」は、民宿を改装した2階建ての施設が津波で流された。認知症の入所者9人は職員の誘導で避難した。現在、同じ医療法人が運営する市内の介護老人保健施設「ほほえみの里」に一時入所している。
施設には認知症患者の専門棟があるものの、認知症は知らない場所や人に対するストレスから進行することが多い。被災したグループホームで05年の開所当時から生活していた患者もおり、環境の変化に戸惑い、意思疎通が困難になり始めたケースがあるという。
この医療法人はグループホームを再建する予定だが、問題は費用。被災した建物は医療法人が約1000万円をかけてリフォームしたものだが、賃借物件なので再建に国の補助は受けられず、自治体も支援の枠組みがない。医療法人は新たに物件を借りる考えだが、リフォーム費用は改めて自己負担することになる。
一方、ほほえみの里も震災後、他施設の高齢者を受け入れたため定員の100人を14人超えている。元職員を再雇用するなどして人手を補ってきたが、人件費がかさむ。
岩手県は、大槌町など被災した3市2町の計18カ所に仮設のグループホームや通所施設22棟を建設することにしている。だが医療法人の担当者は「認知症の患者に配慮し、恒久的に受け入れられる施設の再建にも支援の手を差し伸べてほしい」と訴えている。
毎日jp 2011年5月25日 原文のまま
編者:避難者暮らしの認知症の人が400人から600人とは予期していたより少ない人数だが、避難所での工夫も限界にあるだろうし、介護者の苦労も大変だろう。施設再建はかなり先になるだろうから、分散してでも適切な施設での生活が必要と思う。

「要介護認定 有効期間1年延長」(5月21日/NHK)
東日本大震災によって多くの行政機関が甚大な被害を受け、介護保険サービスを受ける際に必要な「要介護認定」の審査作業が滞っていることから、厚生労働省は「要介護認定」の有効期間を最長で1年間延長できる特例措置を設けることを決めました。
東日本大震災では、沿岸部を中心に地震や津波によって自治体の行政機関が甚大な被害を受け、被災地の自治体からは、高齢者などが介護保険サービスを受ける際に必要な「要介護認定」の審査作業が滞っているといった声が上がっていました。これを受けて厚生労働省は自治体の審査作業の負担を軽減するために、すでに要介護認定を受けている利用者の有効期間を、市町村の判断で最長で1年間延長できる特例措置を設けることを決めました。具体的には災害救助法が適用されている青森、岩手、宮城、福島、茨城、栃木、千葉、新潟、長野の9県で今年度中に要介護認定の期間満了を迎える利用者が対象で、介護サービスを受けられる有効期間を最長で1年間延長するということです。厚生労働省は「この特例措置によって審査に当たる自治体の負担を軽減するとともに、利用者にとって必要な介護サービスを途切れることなく受けられるようにしていきたい」と話しています。
NHKニュース 2011年5月21日 原文のまま

「受給者数、費用額とも増加- 介護給付費実態調査・3月分」(5月20日/キャリアブレイン)
厚生労働省が5月20日に発表した「介護給付費実態調査月報(2011年3月審査分)」によると、介護保険サービスの受給者総数は326万6600人、サービス費用額は5650億2600万円で、前年同月に比べてそれぞれ14万5500人、260億900万円増加した。

 介護サービス受給者数をサービス種別に見ると、居宅サービスでは、訪問介護が82万5300人(前年同月比3万4200人増)、訪問看護が25万6200人(1万2400人増)、通所介護が101万7200人(7万5700人増)、短期入所生活介護が27万7700人(1万6000人増)となった。また施設サービスでは、介護老人福祉施設が44万1900人(7500人増)、介護老人保健施設が33万800人(5400人増)、介護療養型医療施設が8万4200人(6700人減)だった。地域密着型サービスでは、認知症対応型共同生活介護(短期利用以外)が15万3200人(9300人増)、小規模多機能型居宅介護が4万5600人(9100人増)。また、居宅介護支援は202万2500人(9万9400人増)だった。
 介護サービスの費用額を見ると、居宅サービスが2513億3600万円(175億5800万円増)、施設サービスが2302億4500万円(15億7800万円増)、地域密着型サービスが561億3700万円(51億7300万円増)などとなった。

 要介護状態区分別の受給者数は、要介護1が74万1300人、要介護2が80万4000人、要介護3が64万5200人、要介護4が57万5800人、要介護5が50万200人だった。

 このほか、介護予防サービスの受給者総数は88万1000人、サービス費用額は346億500万円で、前年同月に比べて5万2400人、18億5700万円増えた。要支援状態区分別の受給者数は、要支援1が39万7600人、要支援2が48万500人だった。
キャリアブレイン 2011年05月20日 原文のまま
関連情報:介護給付費実態調査月報(平成23年3月審査分)
編者:「国民医療費」が2008年1年で34兆8084億円。介護保険費用1カ月で5650億円。認知症対応型共同生活介護の利用者が15万3200人(9300人増)。

★「福祉・医療施設の2割626施設で被害」(5月19日/福島放送)
県内の社会福祉施設・医療関係施設約3000施設のうち、2割に当たる626施設が東日本大震災の被害を受けたことが県の調査で分かった。
福祉公安委で示した。
被害総額は数十億円を超える可能性があるという。
病院は139施設のうち、8割の110施設が被害に遭い、診療機能が制約されている病院もあった。
介護老人保健施設や認知症高齢者グループホームなどの高齢者施設は1571施設のうち177施設で壁に亀裂が入ったり、スプリンクラーなどが壊れたりする被害を確認した。
児童福祉関係では、児童養護施設は8施設全て、保育所などの保育施設は570施設のうち227施設、児童館などの児童厚生施設は72施設のうち7施設、放課後児童クラブは349施設のうち17施設の建物が損壊した。
障害者福祉施設は332施設のうち72施設、看護師養成施設は20施設のうち8施設が被災した。
KFB 2011年5月19日 原文のまま

「空き店舗を活用し認知症をケア 通所介護事業所「ぶらい庵」開所」(5月13日/タウンニュース)
より一層の高齢社会を迎え認知症高齢者の増加が見込まれるなか、そういった人が身近な地域で継続した生活ができるようにケアを行う、認知症対応型通所介護事業所「ぶらい庵」(鈴木光永施設長)が4月に開所した。空き店舗を活用した新しい取組みに注目が集まっている。
認知症対応型通所介護事業所「ぶらい庵」は、県内初の多機能ともしびショップカフェブルーシーズの開設や、就労意欲のある障がい者や就労困難者を対象に日中稼動していない飲食店を活用してランチ営業する三浦半島広域就労困難者等就労支援モデル事業に多年にわたって携わってきた関係者らが設立した、特定非営利活動法人(NPO)スローハンドが運営し4月に市内三崎に開所した。
開所に際しては、特に三崎下町は現在空き店舗が増えシャッター通り化している現状がある一方で、同地区は県内でも高齢化率が高い三浦市にあってさらに高い地域特性を示していることから、空き店舗の有効活用を図りつつ高齢者らの集える場所を作るという新たな試みとなっている。
認知症対応型通所介護(デイサービス)事業は、2005年に改正された介護保険法によって新規に創設された介護サービスのひとつ。
同事業所では、利用者に必要な日常生活の援助および機能訓練を行うことにより利用者の日常生活の維持、向上に努め、家族の身体的、精神的介護負担の軽減を図ることを目的としており、日課として送迎・食事・健康チェック・入浴・排泄・機能訓練(日常動作)・生活相談(相談・助言)が行われる。
対象は要支援1から要介護5で認知症状のある人および主治医の診断により認知症であると確認できる人。「本人や家族が認知症の症状が軽度の段階で気づき早期診断と治療を受けることができれば、病気の進行を遅らせたり症状の悪化を防ぐことができ、少しでも長くその人らしい生活を送ることができるとの思いから、比較的症状の軽い要支援の方も対象とさせていただきます」と同事業所では話す。
仮に認知症が重度になっても介護老人保健施設「なのはな苑」(医療法人財団青山会)と提携し、かかりつけ医によるサポートや同苑が運営するデイケアへの移行が迅速に可能な体制もとられているという。
利用料や詳細については、同事業所【電話】046(880)1507へ問合せを。
タウンニュース 2011年5月13日 原文のまま

「要介護認定の意見書、主治医以外も可- 被災地などに限り厚労省」(5月12日/キャリアブレイン)
厚生労働省は5月12日、要介護認定を行う際の主治医意見書について、東日本大震災の被災市町村などで、主治医による記載が困難な場合は、主治医ではない市町村嘱託医や避難所を巡回する医師が記載してもよいとする事務連絡を、都道府県にあてて出した。被災地での認定事務を円滑に進めることが狙い。
事務連絡によると、主治医以外による意見書記載が可能なのは、被災した市町村以外に、その近隣の市町村や、被災地から避難者を受け入れている市町村。通常通りの要介護認定事務が行えない場合に限られる。また、この場合に必要な意見書の項目については、▽傷病名▽認知症高齢者の日常生活自立度など一次判定に必要な項目▽特記事項―といった必要最小限のもので足りるとした。
□介護認定審査会の開催要件も緩和
厚労省はさらに、一次判定の結果や主治医意見書などを用いて最終的に要介護度を判定する介護認定審査会についても、開催のための要件を緩和。現行の仕組みでは、認定調査などの介護保険事務に従事している市町村職員は認定審査会の委員になれないが、被災市町村などでは特例として、保健師や社会福祉主事などの資格を持ち介護保険事務に従事している市町村職員や、市町村嘱託医らも委員になれるとした。
また、5人が標準となっている審査会の委員定数についても、確保が困難な場合は2人にできるとしたほか、審査会を合議形式でなく、資料の持ち回り形式で開催することも可能とした。
キャリアブレイン  2011年05月12日 原文のまま

★「要介護認定訴訟:「県保険審の見直し裁決不当」田辺市が県を提訴/和歌山」(5月11日/毎日新聞)
田辺市が行った要介護認定格下げについて、県介護保険審査会が見直しを命じる裁決を下したのは不当として、市が県を相手取った裁決取り消し訴訟が和歌山地裁に提訴された。介護保険制度が始まってまもなく11年。市が県を訴える異例の裁判が起きた背景には、社会の高齢化に伴い、介護認定に異議を唱える要介護者の増加もあるようだ。【岡村崇】
4月19日付で提訴された。訴状などによると、要介護者の女性は04年12月、市に「要介護2」と認定されたが、10年の更新で「1」に格下げされた。女性は10年7月、審査請求し、介護保険審査会は同年10月、女性の請求を認めた。ところが市は裁決に従わず「裁決には要介護1の判断が誤りかどうか示されていない。意味不明で不親切だ」と主張する。
要介護認定をめぐる審査請求は06、07年に急増した。県長寿社会課によると、審査請求の件数は00年〜05年は10件未満だったが、06年26件、07年48件、08年24件と膨れあがった。昨年は12件だったが、県の担当者は「介護利用者が増え、(認定内容にも)関心が高まっている」と推測する。
審査会による請求認容もかつてはゼロ続きだったが、06年から毎年1〜3件が認められている。ある市の担当者は「財政力が自治体ごとに異なる。認定基準にもばらつきがある」とも打ち明けた。
田辺市やすらぎ対策課は「基準に沿って認定している。介護保険審査会は介護保険を熟知しているのか」と強気。これに対して、県側は「基準に照らして粛々と判断している。制度がある以上、今後も変わらない」としている。
毎日jp 2011年5月11日 原文のまま

★「介護施設に避難で高額の請求」)(5月10日/NHK)
東日本大震災で被災したお年寄りには介護サービス料の支払いの減免措置が取られることになっていますが、宮城県内で介護施設に避難した高齢者が減免の対象とならない高額の介護サービス料を請求されるケースが相次いでいることが分かりました。厚生労働省も「今の介護保険制度では、こうした問題が起きる」として今後、対応を検討していくことにしています。
今回の震災で、津波で住宅が流されるなどの甚大な被害を受けたお年寄りは、介護サービスを利用した際の料金の支払いを当面の間、猶予されていて、自治体ごとに減免の措置が取られることになっています。ところが、宮城県沿岸の少なくとも6つの市と町で、▽利用者から「高額の介護サービス料を請求された」という苦情や、▽事業者から「料金を請求せざるをえない」という相談が寄せられていることが、NHKの取材で分かりました。いずれも、介護施設に避難したお年寄りが宿泊して介護を受ける「ショートステイ」を長期間利用した形になり、介護保険で受けられるサービスの限度を超えたとして請求が発生したということです。中には、津波で自宅が全壊したため、震災直後から先月中旬まで気仙沼市にある介護施設に避難していた女性が、3月分だけで16万円余りの限度超えの料金を請求された例もあります。これについて厚生労働省に取材したところ、「今の介護保険制度ではこうした問題が起きる」として、今後、復旧・復興に向けた、第1次補正予算を活用して、何らかの対応を検討するとしています。
NHKニュース 2011年5月10日 原文のまま

「ケアマネの相談支援に報酬を認めよ」と要望―認知症家族会」(5月10日/ケアマネジメント)
公益社団法人「認知症の人と家族の会」は、4月13日、細川律夫厚生労働大臣に対して、「認知症の人も家族も安心して暮らせるための要望書」を提出した。
要望書は「介護保険制度への要望」「若年期認知症・認知症と診断された本人への支援について」「若年期認知症・認知症と診断された本人への支援について」「医療の充実と制度改善について」「まちづくり・環境整備について」の5項目から成り、各項目ごとに、同会が望む要望が細かく書かれている。
「介護保険制度への要望」のなかでは、 「要介護認定と支給限度額のあり方について、廃止も含めて抜本的な検討を行うために介護の当事者を含めた検討会議を発足させること」との要望が際立つ。
一貫して要介護認定廃止を訴えてきた同会は、それがかなわないのであれば、経過的措置として、1)認知症があると認められる場合、要介護1以上と認定することを周知徹底する、2)在宅で要介護4、5の人が限度額を超えて利用する場合は、全額自己負担ではなく介護給付を認める、3)要支援1、要支援2も介護給付の対象とする、の3点を盛り込んでいる。
さらに、「介護支援専門員がケアマネジメント能力を高め、中立公正で専門性が発揮できる体制とすること。サービス利用に至るまでの相談支援にも報酬を認めること」 と、ケアマネジャーの相談支援業務が、認知症高齢者にとってどれだけ欠くべからざるものかを訴えている。
また、認知症の人が在宅や地域で安心してくらすための「まちづくり・環境整備について」には、「静岡県が制定した「介護中」表示カードを全国版として認め普及すること」、「認知症の人を同伴し外出する際のため、「男女共用介護トイレ」、「介護中自動車駐車スペース」を公共施設および地域に整備すること」などが盛り込まれている。
ケアマネジメント 2011年5月10日 原文のまま
関連情報:認知症の人も家族も安心して暮らせるための要望書(pdf700K)

「要介護申請2960件滞る 大震災で行政機能まひ」(5月9日/共同通信)
東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県で、介護保険適用に必要な「要介護認定申請」が少なくとも2960件滞っていることが9日、各自治体への取材で分かった。被災による行政機能のまひが原因で、被害が甚大な15市町村では「介護認定審査会」も開けていない。今後長期間、多くの高齢者が認定を受けられない可能性も出てきた。
被災地では避難先で衰弱し介護を求める高齢者が増加。厚生労働省は認定ができない場合、ケアマネジャーが独自に要介護度を判定する暫定ケアプランでの対応を通知しているが、専門家は「暫定プランではケアマネジャーが要介護度を低く見積もりがちで、十分なケアを受けられない懸念がある」と指摘する。
申請が滞っているのは5月4日時点の集計で岩手県6市町の580件、宮城県14市町の1816件、福島県12市町村の564件。宮城県石巻市や岩手県陸前高田市など件数を正確に把握できていない自治体もあり、実数は2960件を大幅に上回っているとみられる。
特に影響が大きいのは宮城県沿岸部で、意見書を作成する医師や審査会のメンバーも被災、気仙沼市、石巻市など6市町で審査会が再開できていない。
宮城県では通常、半年から1年ごとに行う認定更新分が申請の7割を占めている。同県は今回、更新分だけでも自動的に延長を認める特例措置を政府に要請中だ。
福島第1原発事故も重なった福島県は8町村で審査会が開けていない。警戒区域で住民が避難した大熊町は、全国に散らばった住民の避難先自治体に調査や審査を委託している。
介護保険制度に詳しい、淑徳大の結城康博(ゆうき・やすひろ)准教授(写真)は「要介護認定には煩雑な事務作業が必要で、被災自治体にやれというのは酷だ。政府は当面は無条件の介護サービスを認める特例措置をつくるべきだ」と話している。
47News 2011年5月9日 原文のまま

★「小規模特別養護老人ホーム(ミニ特養)」(5月8日/西日本新聞)
定員29人以下の小規模な介護老人福祉施設。自宅での介護が困難な高齢者が入所し、食事や入浴などの介助を受ける。介護保険法改正により、地域密着型サービスとして2006年度に始まった。平戸市長寿保険課によると、同市内でこうした居住系施設への入所を希望する待機者は2月末現在、278人に上るという。
長崎県平戸市ミニ特養問題 選定取り消し是非 法廷へ
○平戸市「地元同意が不十分」 法人「市が裁量権を乱用」
平戸市が2011年度中の整備を目指していた小規模特別養護老人ホーム(ミニ特養)で、サービス事業指定予定者の選定を約3カ月後に取り消した問題。いったん選ばれた社会福祉法人が市を相手取って提訴し、決着は法廷の場に持ち込まれた。地域にとって必要とされる福祉施設の建設計画は、なぜ暗礁に乗り上げたのか。選定取り消しという極めて異例の事態に至った経緯を追った。
市は、介護保険事業計画に基づいて人口が集中する同市北部にミニ特養をつくる計画を立て、昨年7月に事業者公募を開始した。
10月、有識者ら6人で構成する市の選定委員会が、応募した3事業者の事業計画書やプレゼンテーションを審査。法人の経営能力や住民・自治会への説明状況などの項目ごとに採点し、合計点が最も高かった社会福祉法人「愛和会」(同市)を指定予定者に選んだ。
ところが11月になって、同会が建設を予定する上大垣地区の住民が「建設には同意していない」として、周辺のインフラ整備を求める128人分の署名とともに選定の白紙撤回を市に要望。今回の騒動の発端となった。
  ◇   ◇
建設予定地近くの松浦聰さん(69)は、反対の理由として予定地が山の中腹に位置することを挙げる。一帯は現在でも大雨が降れば麓に雨水が流れ落ち、道路が冠水するという。
「中腹に舗装された敷地ができれば、さらに多くの雨水が流れてくるだろう。予定地に続く道路は狭く、交通上の支障もある」と松浦さん。愛和会が応募前に開いた住民説明会で、こうした懸念を表明。選定後に署名活動に乗りだした。
一方、同会は「雨水対策などインフラ整備を求める要望は出たが、建設そのものに反対はなかった」と主張する。
だが、128人の署名を“条件付き反対”と受け止めた市は12月、同会に対し、影響を被る周辺自治会と近隣の利害関係者の同意確認を指示した。
同会はこれに従い、約10日間で1自治会と521人から建設の同意を得た。しかし市は「521人の中には、市が想定する利害関係者180人のうち100人しか含まれておらず、同意の裏付けとはならない」として今年1月、選定を覆した。
  ◇   ◇
そもそも介護保険法では、地域住民の意向は指定の要件になっていない。しかし市は「地域密着型のミニ特養は、住民との連携が不可欠だ。愛和会には地元のおおむねの同意がなく、円滑な事業推進が見込めないと判断した」と説明する。
これに対し、同会の川渕喜代美理事長(写真右上)は「取り消しには合理的理由がない。市は反対住民との仲介の労をとろうともしなかった」と憤る。同会は2月、裁量権の乱用に当たるとして選定取り消し撤回などを求めて長崎地裁に提訴。3月に第1回口頭弁論があり、同会と市の主張は真っ向から対立している。
一方で、平戸市は今後の対応を急ぐ必要にも迫られている。県の補助金を受けるには、本年度内の施設完成が要件となっているためだ。県側は「選定はあくまで市の判断」と静観の構え。黒田成彦市長(写真右下)は「訴訟の経過を見守る」と述べるにとどめており、先行きは見通せない。
西日本新聞 2011年5月8日 原文のまま
編者:わかりにくい経過だ。「小規模特別養護老人ホーム」の正式名称は「地域密着型特別養護老人ホーム」で「認知症辞典」を参照ください。

「グループホーム:防火指導、自治体で差 改修負担で閉鎖も 本社調査」(5月4日/毎日新聞)
民家を転用した認知症高齢者らのグループホーム(GH)に対し、建築基準法の用途に従って防火対策上の改修を求めるかどうか、自治体間で方針にばらつきがあることが、全国19政令市への取材で分かった。同法を厳格に適用した場合、用途変更に伴う改修工事で多額の費用がかかるケースもあり、資金不足で閉鎖に追い込まれたGHもある。一方で多数が犠牲になるGH火災も後を絶たず、自治体は「福祉の充実」と「安全の確保」の両立に頭を悩ませる。
建築基準法で民家は「住宅」だが、GHは「寄宿舎」などに該当し、準耐火性の壁や非常用照明の設置などが義務付けられる。昨年3月に7人が死亡した札幌市のGH火災では、用途変更の申請がされていなかったことが問題化。国土交通省が緊急調査した結果、全国391カ所のGHが無届けだった。
毎日新聞が政令市に取材したところ、この時の調査で用途変更に関する違反を確認したのは14市。うち6市(札幌、川崎、新潟、名古屋、京都、北九州)は、スプリンクラーなどがあれば壁の改修までは求めないなど、費用負担などを考慮して柔軟に指導していた。札幌市は「入居者がいると大幅改修は難しい。別の設備による安全性確保を指導している」、北九州市は「非常用照明は付けてもらうが、施設の状況を見て対応する」と話す。
一方、7市(さいたま、千葉、相模原、大阪、神戸、広島、福岡)は「あくまでも法律に基づき指導する」との立場。建物の改修工事も含めた是正を求めており「悪質な場合は罰則適用もある」(さいたま市)という。残る横浜市は厳格な対応を原則に、今後の現地調査で指導内容を決めるという。
ただ、多くの事業者は資金の余裕がないのが実情で、富山市では昨年末、改修の負担に耐えられなくなったGHが閉鎖に追い込まれ、入居していた30〜60代の障害者4人が民間アパートに移った。
国交省は「速やかな是正の方向の指導を要請している」との姿勢だが、大分大の山崎栄一准教授(行政法学)(写真)は「安全性を優先しすぎると、規制についていけない施設が出て福祉サービスが行き届かなくなる。こうしたジレンマを解消するための助成制度や緩和措置が必要だ」と指摘している。【金子淳、片平知宏】
◇札幌のグループホーム火災(写真)
昨年3月13日未明、札幌市北区の認知症高齢者GH「みらい とんでん」の1階ストーブ付近から出火。木造2階建てを全焼し、入居していた65〜92歳の男女7人が死亡、当直の女性職員が重傷を負った。施設にはスプリンクラーや自動火災報知設備、火災通報装置がなかったが、いずれも設置義務はなかった。
毎日jp 2011年5月4日 原文のまま
サイト内関連記事

「東日本大震災:福島のケアマネジャー・立川さん、那須町に永住決断/栃木」(5月3日/毎日新聞)
◇介護施設に
福島第1原発事故を受け、那須町に家族で避難してきた福島県浪江町の介護ケアマネジャー、立川正恵さん(38)が、那須町での定住を決断。町内の介護福祉施設に就職が決まり、2日、新たなスタートを切った。立川さんは「那須町民の一員として役に立てるよう努め、お世話になった恩返しをしたい」と決意を語った。
立川さんは原発から7キロの福島県双葉町の福祉施設に勤めていた。自宅も12キロと、いずれも警戒区域内。原発事故で、母トクさん(80)と長男(13)の一家3人で避難した。
原発事故がいつまで続くのか分からず、勤め先の再開も見通しが立たない中、「休職状態の避難生活でなく自立しよう」と一念発起。介護福祉士やケアマネジャーの資格を生かして職を求め、那須町での定住を決めた。
住宅は町内の家主から無償提供してもらった。勤め先も町内の認知症高齢者グループホーム「ソフィア」(高橋太理事長)が受け入れてくれた。長男は黒田原中学に通い始め、自立の環境が整った。トクさんは古里へ戻りたいと願ったが、あきらめてもらったという。
新しい勤務先「ソフィア」は、新設されて1日から開所したばかり。この日午前9時前に出勤した立川さんは、打ち合わせの後、早速、入所者を見守りながらコミュニケーションを図ったり、昼食やお茶を共にして過ごした。「認知症になっても安心して暮らせる居場所となるよう努め、この地域を支えていきたい」と話していた。【柴田光二】
毎日jp 2011年5月3日 原文のまま

★「東日本大震災:避難先転々母死亡「長生きできた」長男無念」(4月28日/毎日新聞)
東日本大震災による津波で福島県いわき市の自宅が浸水後、市内の避難所などを転々とした89歳の認知症女性が、4カ所目の移動先の特別養護老人ホームで避難開始から39日後に亡くなった。「急性循環不全」という死亡診断書には震災の記載はない。だが、同居していた長男は「移動を繰り返さなければもっと長生きできた」と憤る。文部科学省の審査会には28日、福島第1原発事故の避難に伴う肉親の死亡への賠償を認める指針案が示されたが、震災発生から1カ月以上たった今も人的被害は続いている。【町田徳丈】
「さっぱりとした顔つきで元気です」
震災発生直前の3月11日昼、いわき市久之浜町の農業、新妻一男さん(67)は、母栄子さん(89)の介護日記にこう書き込んだ。栄子さんは70代で骨折してから寝たきりになり言葉を発しないが、この日は食欲があり、煮魚やイチゴなどの昼食を残さず食べた。
大きな揺れが来た。外にいた新妻さんは海辺の様子に危険を察し、慌てて家に戻って介護用ベッドの手すりをつかんだ瞬間、波が押し寄せた。海水は天井近くまで達し、新妻さんと栄子さんはベッドごと浮いた。水が引くと、新妻さんの妹玲子さん(58)が近くで倒れていた。声をかけ続けたが、ほどなく亡くなった。
栄子さんは搬送先で低体温症と診断されたが、翌日の福島第1原発の事故も重なり市内は物資不足に陥った。入院5日目に「医療品が不足し、適切な治療を受けられない可能性もある。転院したらどうか」と告げられた。だが、紹介された病院は関東地方で付き添いできない。近所の人たちが避難する中学校に相談すると「すぐに来て」と受け入れられ、学校の好意で以前進路指導室に使っていた個室も用意してくれた。
ところが、栄子さんは食事がのどを通らない。16日夜に巡回に来た医師は「今夜にも危ない」と、市内の別の病院を探してくれ、18日に入院した。そこでいったん栄子さんの体調は回復したかのように見え、病院側からも4月7日ごろ「病状が安定してきた」と説明された。
新妻さんは9日、「今度は落ち着いて滞在したい」と市内の特別養護老人ホームを選んだ。だが、入所後、栄子さんの血管は次第に細くなり、点滴の注射針が入らなくなった。18日に体調が急変、翌19日朝、亡くなった。
玲子さんの死亡診断書は「津波による水死」だったが、栄子さんにはこうした記載はない。それでも新妻さんは、災害弔慰金の適用を求める考えだ。地域で海藻やトウモロコシを売り歩き、「とうみぎ(とうもろこし)おばちゃん」と近所の人たちに慕われた母を思い、「津波さえなかったら、もう少し一緒にいることができたはず」と声を震わせた。
毎日jp 2011年4月28日 原文のまま

★「福島第1原発:特養ホームの入所者避難で議論 飯舘村」(4月27日/毎日新聞)
福島第1原発の事故で「計画的避難区域」に指定された福島県飯舘村で、唯一の特別養護老人ホームの入所者避難を巡って議論が起きている。村や施設側が入所者の負担が大きいとして避難対象から外すよう国に求めているのに対し、村民の一部からは「入所者こそ優先的に避難させるべきだ」との批判が上がる。認知症高齢者らの移動を巡っては、同県大熊町にある双葉病院の入院患者ら約440人が、原発事故直後に病院側の支援が不十分なまま避難させられ、避難中やその後に相次いで衰弱死する問題も発生。全村避難まで1カ月を切り、全面的介護が必要な弱者をどう処遇すべきかという難題に直面している。
施設は同村伊丹沢にある「いいたてホーム」。社会福祉法人「いいたて福祉会」が運営し、理事長は菅野典雄村長。入所者は男女107人で、認知症のみられる高齢者が多い。終末期にある人が2人、寝たきりの入所者も30人いる。
同村は累積放射線量の高さから、5月下旬までの全村避難を国から指示された。しかし、菅野村長は「入所者を移動させるリスクを考えると、村にとどまる方が安全」と考える。三瓶(さんぺい)政美施設長も「施設内は(屋内なので)放射線量が低いし、そもそも入所者は外に出ない」と言う。
79歳の妻を「いいたてホーム」に入所させている佐々木市郎さん(88)は「震災後、妻を連れて埼玉県の長男の家に避難したが、環境の変化で妻が体調を崩してしまい、村に戻った。妻にとっては、この施設にいる方がいいはずだ」と話す。
だが、佐藤八郎村議は「福島第1原発の事故の状況が悪化する危険性は残っている。何かあった時、すぐに避難できない弱者こそ、他の村民より優先して避難させるべきだ」と指摘する。
村と避難先などを調整する国の「原子力被災者生活支援チーム」は「入所者をどこに避難させるか、避難させないかも含め調整中」としている。【和田武士、小泉大士、桐野耕一】
◇国が最終判断
田村圭子新潟大教授(災害福祉)の話 入所者で避難できる人は、症状に応じて段階的に避難させた方が良い。もし、入所者が施設に残る場合は、介護に関わる職員の健康状態も十分注意が必要だ。難しい問題だが、医学的見地から一人一人の入所者の移動の可否を専門家がみたうえで国が最終判断するしかない。
毎日jp 2011年4月27日 原文のまま

「被災した高齢者施設は813カ所、トップは宮城県―民間調査」(4月26日/ケアマネジメント)
高齢者住宅の開設支援を手がけるタムラプランニング&オペレーティングは、東日本大震災で被害のあった高齢者施設の推計結果を発表した。
調査によると、
1)被災を受けた高齢者施設は813カ所、約3.3万戸
津波による浸水や福島原発事故による避難エリアに立地する施設は126カ所(4,707戸)が該当。建物損傷やライフライン停止エリアに立地する施設が687カ所(2万8,765カ所)だと推測される。
2)被災施設のうち、特養、老健がそれぞれ3割を占める。
被災を受けた施設のタイプの内訳は、特養、老健がそれぞれ3割、認知症高齢者グループホーム、介護付有料老人ホームが共に1割を占める。
3)津波で浸水被害のあった特養やグループホームなどは97カ所、3,169戸。
津波で浸水被害のあった高齢者施設は、特養やグループホームが多く、そのほとんどが宮城県の沿岸沿い。石巻市の「特別養護老人ホームきたかみ」では浸水により入所者100人が孤立したケースや、同市の「グループホーム きたかみ」では膝上浸水が報告されている。施設タイプ別では、老健が1,128戸と一番多く、全体の37%を占めていた。
4)被害が大きいのは宮城県で、既存施設の7割程度が被災を受けたと推測される。
都道府県で見ると、宮城県がトップで431カ所(1万6,929戸)の施設に被害が及んだ。これは、震災以前の供給戸数(2.4万戸)の約7割に相当する数値。
同社は津波で浸水被害のあった施設数について、同社が持つ高齢者施設のデータを国土地理院が公表している「浸水範囲概況図3月25日時点)」と突き合わせて算出した。対象とした高齢者施設には、特養や介護老人保健施設(老健)などの介護保険施設、グループホーム、有料老人ホーム、高齢者専用賃貸住宅などが含まれる。
ケアマネジメントオンライン 2011年4月26日 原文のまま

「東日本大震災:あふれる高齢者施設 定員1000人超過」(4月25日/毎日新聞)
東日本大震災で大きな被害を受けた宮城、岩手県内で、多数の高齢者施設が定員超過の状態での運営を強いられている。両県によると、各施設の合計で定員を約1000人上回る状態。被害を受けた施設の入所者や、自宅などを流された要介護者を受け入れる必要があるためだ。長引く避難生活が原因で新たに介護が必要となる人も増えており、介護スタッフ数と設備に限界がある中、要介護者の移住先確保が深刻な課題になっている。【宇多川はるか、湯浅聖一】
震災で入所施設や自宅が流失した高齢者が多数出たことから、宮城県は3月末、県内の高齢者施設に対し、少なくとも定員の1割を超える高齢者を受け入れるよう要請。県内258施設のうち、少なくとも100施設で定員を計800人超える状態になっている。
県と沿岸部の自治体は、要介護者の内陸部や山形県の施設への移送を進めているが、課題は継続的な受け入れ先の確保だ。
◇職員宅も全壊
沿岸部の施設では、自宅や家族を失った介護スタッフも多い。壊滅的な被害を受けた女川町の特別養護老人ホーム「おながわ」(定員50人)は建物の倒壊を免れたため、震災後に十数人を引き受けた。しかし、職員約30人の自宅が全壊し、家族が死亡・行方不明の職員は13人に上る。ベッドが足りなかったこともあり、要介護者には同町の福祉避難所などに移ってもらうしかなかった。
同ホームの高橋永郎施設長は「今後も介護が必要な人がいたら一時的にでも介護してあげたい。職員も理解してくれると思う」と話す一方で、「長期的な受け入れは難しい……」と本音を漏らす。
◇廊下にベッド
気仙沼市の特別養護老人ホーム「春圃苑(しゅんぽえん)」では、震災から約1カ月半がたった今も、定員を約30人超える約80人の要介護者を受け入れている。4人部屋に6人が入り、それでも足りずにベッドを廊下にも設置。自宅を失った職員ら約110人が施設内で寝泊まりする。ライフラインが完全復旧しない中、東京都や群馬県から介護スタッフの派遣を受けながら介護を続けるが、ぎりぎりの状況だ。
同ホームの菅原賀弥子事務長は「地域でのデイケアも再開するし、避難している人を少なくしていかざるを得ない」と話す。
◇認知症悪化も
また、一般の避難所より介護が手厚い「福祉避難所」では、長引く避難生活で認知症が進むなど、震災前より手厚い介護が必要な高齢者が増えたことが問題化している。要介護認定を申請していない高齢者も多く、施設に引き受けを拒まれるケースもあるという。
女川町の福祉避難所のスタッフは「何とか家族と連絡をとって要介護認定を申請してもらいたいのだが……。仮設住宅に入れる保証もなく、行き先のめどが立てられない」と今後の対応に苦慮する。
県は避難所にいる要介護者の人数など実態を把握していないが、高齢者施設や福祉避難所がさらに受け入れを求められることも想定される。県長寿社会政策課の担当者は「県外の施設で一時的に受け入れてもらっても、いずれは県内に戻ってくることになるので、態勢を整える必要があるのだが……。施設で受け入れられなかった要介護者をいかにフォローしていくかも課題だ」と頭を抱える。
◇実数把握まだ
岩手県内も状況は同様だ。県の調査によると3月末現在、津波による流失や火災などで使用不能になっている13施設を除く392施設(定員1万6649人)のうち、73施設が他施設の入所者など計368人を受け入れている。この中で43施設は定員超過になっており、その人数は計197人に上る。ただ、県の調査に回答したのは7割程度の施設のため、実際の受け入れ人数や定員超過はより多いとみられる。
毎日jp 2011年4月25日 原文のまま

「被災地にて 支援はこれからが本番」(4月20日/信濃毎日新聞)
自衛隊のヘリコプターの音が途切れない。河口近くの河川敷に、長い棒を手にした隊員たちがいる。仙台市の北東、太平洋に面した宮城県東松島市。懸命の捜索がいまも続いている。
市内にあるケアハウス「はまなすの里」を先週、訪ねた。特別養護老人ホームなどを運営する長野県内の三つの社会福祉法人が、計4人の介護職員を、3月下旬から1週間単位で派遣している。
東日本大震災の大津波は、この地にも深い爪痕を残した。海岸線の美しい松林はなぎ倒され、海沿いの集落はがれきと化した。死者と行方不明者は1700人を超えている。
  <「何か役に立てれば」>
「はまなすの里」施設長の伊藤寿志さんは言う。「長野からの支援がなければ、業務が継続できなかった」
3月11日。海岸から3キロ内陸の「はまなすの里」は、かろうじて浸水を免れた。直後から、近くの介護施設から避難してきた入所者や自衛隊による救助者の受け入れが始まった。定員40人の「はまなす」が、一時は137人にまで膨れあがった。
周囲の水が引かない。電気と水道が止まり、物資も入って来ない。感染症のリスクが高まり、認知症が進んだお年寄りもいた。「つらかったのは、家族の安否が分からないまま仕事を続けたこと」と職員たちは振り返る。
1週間ほどして、物資が届き始めた。深刻化したのが人手不足だ。被災して出勤できない職員のほかに、耐えられなくなったのか、突然の欠勤が相次いだ。
伊藤さんの知人が、上田市で特養ホーム「ともしび」などを運営する依田窪福祉会の常務理事、村岡裕さんに相談した。村岡さんは親交のある「ベルポートまるこ」(上田市)管理者の若林喜久雄さんと、みまき福祉会(東御市)の施設長、翠川昌博さんに声をかけた。数日後、長野から第1陣が到着した。
「はまなす」と交流はない。被災地に人を出すと、残った職員にも負担がかかる。それでも村岡さんたちは派遣を決めた。この話を現場の職員に投げかけたところ、「何か役に立てれば」と少なからず手が挙がった。誰もが被災地の状況に心を痛めていた。
大震災によって、東北の沿岸部では多くの介護拠点が失われた。被災を免れた施設は、定員を超える被災者を受け入れて過密状態になっている。職員のがんばりにも限界がある。東松島市の東隣の石巻市では、人員の支援を得られず職員が点滴を打ちながら働いている施設があるという。
   <軽いフットワークで>
厚労省は介護拠点の再建と介護職の派遣に乗り出しているが、総じてスピードときめ細かさに欠ける。事業者の求めに応じ、すぐに職員を被災地に送る態勢を取れないか。民間のネットワークと軽いフットワークを生かすときだ。
被災地はライフラインの復旧が進み、落ち着きを取り戻しつつあるようにみえる。けれども津波の被害といまも続く余震が、地域に影を落としている。
「みまき」から派遣された斎藤日出雄さんは、介護業務の合間、津波で被災した職員の自宅の片付けを手伝った。職員の言葉が忘れられない。「がんばれ東北と言われるけれど、何をどうがんばればいいのか。もう一度余震が来たら、振り出しに戻る」
震度6強の余震が起きた今月7日、「はまなす」は再び電気と水道が止まった。津波の警報が出るたびに、スタッフは総出で1階の入居者を2階へ運び上げている。
伊藤さんは東松島の将来を案じる。沿岸の地盤はおよそ1メートル沈下した。元の場所に家屋を再建できるのか。住み続けたいと願う人がどれだけいるか…。震災は地域の姿を変えてしまった。
   <十分と言われるまで>
被災地は、一面のがれきがいまだ手付かずで残されている地域が少なくない。この光景を前にして「復興」という言葉を、簡単には口にできない。
いずれがれきは撤去されるだろう。人々が安心して暮らせるようになるには、さらに長い時間がかかる。その間を支え続けること。信州はもとより、全国から力を集めたい。
「はまなす」へ派遣された長野のスタッフは、試行錯誤を続けている。物資や職員の不足は解消されつつあるなか、どんな支援が求められているのかが、逆に見えにくくなっている。
先週末。第3陣が戻っての話し合いで、今後も派遣を継続すると確認した。「続けることに意味がある」との意見も出た。信頼が築かれ、さまざまな議論が深まることを期待している。
震災からひと月余り。被災地に少しずつ日常が戻りつつある。ここで支援の手を緩めないことが、大事だ。「もう十分」と言われるまで、粘り強くかかわる。関心を寄せ続ける。試されているのは、私たちである。
信毎WEB  2011年4月20日 原文のまま

「厚労省、仮設住宅地域に介護拠点を建設」(4月19日/日本経済新聞)
厚生労働省は東日本大震災の被災地の仮設住宅地域に、高齢者向けの介護サービスなどを提供する拠点を建設する。岩手、宮城、福島など災害救助法が適用された9県で、100カ所以上となる見通し。建設や運営にかかる費用は国が負担する方針で、2011年度第1次補正予算案に70億円程度を盛り込む。
厚生労働省が各都道府県の社会福祉法人や社会福祉協議会などに運営を委託し、被災者に仮設施設でのデイサービスや、訪問介護などの在宅サービスを提供する。震災以降、自宅が全壊するなどした被災者は介護保険で通常1割支払う自己負担分を免除されており、新たに建設する拠点でも利用料がかからないようにする見込みだ。
日本経済新聞 2011年4月19日 原文のまま

「このままでいいのか:介護/下 増えるショートステイ/秋田」(4月15日/毎日新聞)
◇特養の“待機場所”に
「ショートステイ施設は、毎月のようにあちこちにできている」。秋田市内のある社会福祉法人職員はこう話す。
同市介護・高齢福祉課によると、介護保険制度が始まった00年は10事業所で定員は184人だったが、10年4月現在では41事業所の定員1102人と6倍に。県長寿社会課によると同期間で訪問介護事業者は36から74、特別養護老人ホーム(特養)は13カ所854人から16カ所1004人に増えるにとどまった。
   □    □ 
介護保険で「施設サービス」に位置づけられる特養は、設置主体が行政機関や社会福祉法人、医療法人に限られる。市町村の事業計画に基づいて県が事業者を指定し、施設整備費用も支出する仕組み。これに対しショートステイは「居宅サービス」に含まれ、民間企業の参入が可能だ。事業者は、指定基準さえ満たしていれば県の指定を受けられる。
普段自宅で介護を受ける高齢者が、家族の休息などのため一時的に入所、宿泊するのが本来のショートステイの役割。だが実際には、「ショート」にもかかわらず、1〜2年と長期にわたって入所する高齢者も少なくない。
   □    □
厚生労働省は通達で利用日数について、要介護認定期間の「おおむね半数を超えない」と定めているが、必要に応じて超過も認めている。
市介護・高齢福祉課によると、認定期間を超えた利用の届け出をするのはケアマネジャー。住宅や家族の事情などを考慮しケース・バイ・ケースで決めており「行政として是非を判断できない」としている。
ある民間企業のショートステイ事業者は「利用者の7割が長期入所で、その多くは1人暮らし。核家族化や子供夫婦の共働きなどで在宅介護ができず、特養の入所待ちの人のための、いわば待機場所になっている」と語る。
ショートステイやデイサービスなど幅広く手がける市内の社会福祉法人の生活相談員は、さらに厳しい現実を打ち明けた。
「長期入所者が特養入所を申し込んでいても、胃ろう(口から食べられない患者に、腹部の表面から胃につながる管を通して栄養を補給する)すらできないほど状態が悪かったり、健康診断でがんが見つかると入所を断られ、そのまま残ることもある。病院に入院すらできないケースもある」
    □    □
県長寿社会課によると、特養とショートステイでは建物の基準に差はほぼなく、1人あたりの面積も大差ない。特養は看護師の配置が義務でショートステイは義務ではないが「実際には看護師がいないケースはないと思う」(同課の担当者)としている。
民間企業で看護師を常駐させているショートステイ事業者は「ユニット型(10人以下を1単位として介護し、個室や2人部屋を設けてプライバシーと集団生活を両立する方式)なので入浴も1人ずつでき、特養よりも介護が行き届いている」と強調する。
ただあくまでも「短期入所」が前提。利用者が病院に長期間入院した場合、帰る部屋が確保される特養と違って他の利用者で埋まってしまう可能性がある。
さらに、社会福祉法人の生活相談員は「うちのショートステイ施設は夜間は看護師が不在。特養のようなかかりつけ医もおらず、人員でも設備でも医療面では弱い」と認めた。
   □    □
ショートステイ施設の急増は、特養の介護職員確保にも影響を与えている。
秋田市近郊で特養を運営する社会福祉法人の関係者は「利用者にとって選択肢が増えたのはよいこと」としながらも「秋田市での介護職の応募が少なく、人員が補充できない。民間の事業者に人を取られている印象」と語る。別の特養園長も「職員は経験を積み資格を取っても、結婚したり子供ができると待遇面で将来が不安になり『いいところへ移りたい』と思うようになる。ショートステイやデイサービスなど他の事業者からの引き抜きもある」と明かす。
一方で、ショートステイ施設を運営する民間事業者は施設入所を希望する高齢者は今後も増え続けると見ている。「行政は財政に余裕がなく、特養をこれ以上増やせない。制度が実態に追い付いていない。これからはショートでも看取(みと)りをするようになるのではないか」【岡田悟】
毎日jp 2011年4月15日 原文のまま
編者:ショートステイ専用の施設が増えている。介護条件が不適切なところもあるようだ。認知症の人も同じサービスを受けているだろう。1年以上、ショートステイに居るとは歪な介護体制になってきた。宿泊付きデイサービスと同じく、現在の介護保険制度が需要に応えきれず、歪み始めているのだろうか。

「このままでいいのか:介護/上「訪問」で深刻な人手不足/秋田」(4月14日/毎日新聞)
◇事業所経営に影響も
「きょうはだんなさんに会って来たんですか?」「外出して人と話すのは大事だもんね」−−。1月、秋田市の80代の女性は、自宅を訪問してきたヘルパー、藤田律子さん(39)と言葉を交わして顔をほころばせた。
女性の一番の楽しみは、ヘルパーが来てくれること。「一人でずっと家にいる時は、料理を作る気も起きず、笑うこともなかったもんね」
    □  □
女性の夫は、病弱な女性に代わって家事をこなしていた。しかし夫も心臓病などで入退院を繰り返し、介護が必要に。女性は激しく落ち込み、口数も減った。ひざが悪かったうえに耳も遠くなり、要介護認定が引き上げられた。
だが訪問介護を受けるようになり、東京都内で働いていた長男も月の3分の2を自宅で過ごすようになると女性の様子は目に見えて変わった。現在はヘルパーが交代で週4回訪れ、介護施設に入った夫に会うため施設に宿泊することもある。
利用者に歓迎される訪問介護の現場だが、深刻な人手不足に悩まされている。
藤田さんらが勤務する有限会社・秋田在宅介護サービスセンターの本田和子社長は「20年もたてば、成り手はいなくなるのではないか」と不安を語った。
    □  □
要因は複雑だ。介護を受ける側は、朝食と夕食の準備をする平日の朝と夕方の訪問を希望するケースが圧倒的に多い。同じ時間に集中しそれ以外は仕事が少ないという現状では大半のヘルパーをパートで雇うことになり、正社員となってフルタイム勤務を希望する若者のニーズに合わない。
また訪問介護は入浴介助が必要な場合などを除き、原則的にヘルパーが1人で訪問する。
感謝してもらえる相手がいる一方で、中にはコミュニケーションが取りにくかったり、料理の味付けや掃除の仕方に細かく注文をつけ「保険料を払っているんだから」などと高圧的な態度で接してくるケースもある。
こうした勤務条件や負担に耐えられず、複数の職員で「助け合える」と介護施設に移る若いヘルパーも多い。本田社長の実感は「若い世代では、よほどおじいちゃん子、おばあちゃん子として育っていないとこの仕事は難しい」。同社でヘルパーとして現場に出るのは、介護福祉士の資格を持つ本田社長を含め27人。多くが女性で、30〜40代は数人。むしろ65歳以上の女性ヘルパーが頼りになるという。
    □  □
県内の高齢化率(人口全体に占める65歳以上の割合)は10年7月現在、29・5%。国立社会保障・人口問題研究所は07年5月時点で、35年には41・0%、75歳以上の割合でも、10年の16・0%から同26・8%と全国最高の“超高齢化県”になると推計している。
県内で要支援・要介護認定を受けた人は、介護保険制度が始まった00年の3万3218人から、09年には6万559人へとほぼ倍増。特別養護老人ホームへの入所申込者数(いわゆる入所待ち)は10年4月時点で2952人に上り、05年より約900人増えた。入所待ちの高齢者が訪問介護やショートステイなどの居宅サービスにとどまっているとされる。
本田社長は「ヘルパーは増えないのに、介護が必要な人はどんどん増えている」と話す。
    □   □
人手不足は、事業者の経営にも響く。秋田市訪問介護事業者連絡協議会の沢田聡理事は「多くの事業者でヘルパーを派遣したいけど、人がいないのが現状。人が増やせれば収入が増え、ヘルパーの待遇も改善するのだが」と語る。市内では、経費の8割を人件費が占める事業所もあるという。
国からは、介護職員1人あたり平均1万5000円相当の処遇改善交付金が事業主に支給されている。ただこれは11年度までの暫定的な措置。沢田理事は「交付金がなくなれば赤字に転落する事業者も出るだろう」と危惧している。【岡田悟】
毎日jp 2011年4月14日 原文のまま

「被災地の要介護者を受け入れ/弘前豊徳会」(4月12日/陸奥新報)
東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県気仙沼市の市立病院などから要介護者5人が11日、弘前入りした。同市大川の社会福祉法人・弘前豊徳会(下山政徳理事長)が独自ルートで被災地支援に乗り出したもので、施設に到着した女性は「ありがたい。安心した」とほっとした様子をのぞかせた。
同法人は震災発生後の3月14日、研修の外部講師として招いた岩手県立大学の都築光一准教授から被災地の実情を聞いて支援の検討を始め、施設内で空いていた個室50室を被災地の要介護者に提供することにした。
現地の要介護者は身体機能の低下や病状悪化、認知症の進行などが懸念されることから、同法人は都築准教授のつてで独自に岩手、宮城両県の病院、社会福祉協議会居住介護支援事業所など十数カ所に連絡。要介護者の受け入れの要望が多く寄せられた。
このうち気仙沼市立病院からは同24日に電話連絡が入り、「要介護者を退院させたいが、地元の老人ホームが被災し、受け入れ先がない。このままだと重篤な患者を病院で受け入れられない」と窮状が寄せられた。
同法人は、要介護者を安全に移送できるかなどを検討。介護者本人と家族から了承を得た上で、県や弘前市、宮城県、気仙沼市とも協議して受け入れに至った。
今回受け入れた5人は男性3人、女性2人で、年齢は67〜82歳。うち4人は同病院の入院患者で、1人は在宅の要介護者。5人の介護保険料は宮城県、気仙沼市が9割を負担する。
移送に当たっては、同法人が運営するサンタハウスクリニックの斎藤重周院長と看護師2人を含む職員11人を現地に派遣。福祉車両3台、ワゴン車1台を使って約13時間掛けて弘前に到着した。
5人のうち、小野寺誓子さん(67)は昨年脳梗塞で倒れ、同病院に入院中に被災。自宅は津波で流されたと涙ながらに語る。
「地元を離れるのは不安だし嫌だったが、リハビリもしないといけない」。主治医にリハビリができる環境を勧められ、苦渋の決断の末、弘前市にやって来た。「同じ東北なので安心してリハビリをしたいと思う。つえがなくても歩けるようになって、また気仙沼に戻りたい」と話した。
下山理事長は「東北で同業者が困っている。(要介護者を)引き受けたいという思いがあった」と語った。
同法人は今後も被災者を受け入れる予定だが、人数が増えることで看護師不足が懸念されるため、看護師やボランティアスタッフらを募集している。また同法人は県からの要請で12〜20日まで、介護職員2人を岩手県大槌町に派遣する。
陸奥新報 2011年4月12日 原文のまま

「【東日本大震災・現地レポート】大津波に奪われた“穏やかな余生”は取り戻せるか牡鹿半島で“陸の孤島”となった「特養」の壮絶な闘い」 (4月5日/ダイアモンド)
ゴゴッ、ゴゴゴッという地鳴りに身構える…。
宮城県石巻市の牡鹿半島の取材中に何度となく体験した余震は、他で経験したのとは違う不気味なものだった。
仙台湾の北端にある牡鹿半島は、3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震の震源に向かって突き出たところにある。不気味な地鳴りは、他の地域に比べて震源域に近いせいだろうかと思ってしまう。
入居者にあわせ、津波を逃れた避難者も
定員の倍120人が暮らす「特養」
「地震の当日は、どーんと突くような衝撃だった。ここは岩盤が固いから揺れが少ないと言われるが、半端な揺れではなかった。そこからは地獄。歩けなかった。今も大きな余震が続くが、これくらいの地震の地鳴りにはもう慣れてしまった」
そう語るのは、特別養護老人ホーム「おしか清心苑」の鈴木静江施設長(写真)だ。鮎川地区の高台から三陸の海を臨む同ホームには、震災前には入居者がほぼ定員の60人ほどいた。全て、寝たきりや認知症で重度の介護を要する平均で85歳の高齢者たちだ。
そのホームで今、地元の鮎川浜のグループホームから避難してきた高齢者16人と職員6人、その家族、そして、家を失ってしまった清心苑の職員たちが加わり、定員の倍の120人ほどが暮らしている。
牡鹿半島は津波でほぼすべての集落が壊滅状態となったため、周囲の特養ホームは、施設ごと流されてしまったところも多い。
「とにかく電気とガソリンが欲しい。暗いとお年寄りが不安がります。身体を拭いてあげたいが、寒いのでそれもできない。職員が家の様子を見に行くこともできない」(鈴木施設長)
「無事」さえも伝えられない不安な日々
ライフラインの全てが寸断された“陸の孤島”
被災から2週間。石巻の市街地には物資がやっと入り、電気や水道が少しずつ復旧し始めていたが、同ホームが外界とつながっていたのはガタついた県道と、前日につながり始めたドコモの携帯電話の電波のみ。自衛隊が運んできた支援物資でやっとしのいでいた。
同ホームへたどり着くまで私が見た半島の様子は、港湾施設から住宅までのすべてを失った集落が延々と続く光景だった。遺体捜索をする警察と、わずかなメディアクルー、そして知人を探しに来た人以外にはすれ違わなかった。電柱は、ほとんどが津波になぎ倒され、電話・電気・水道・ガスのどれひとつとしてまだ復旧のめどすらたっていないと思われた。
「大きな地震が来たら、きっと陸の孤島になると思っていたら、本当に孤立してしまった。ライフラインの全てが寸断された。被災直後、入居者も職員も無事であると外部に伝えたかったが、連絡する手段がなくなった」
と鈴木施設長はいう。同ホームでは、地震や津波を想定して、日頃から備蓄の確認や防災訓練を欠かさなかった。特に、NTTの災害用伝言ダイヤル「171」に現状を知らせるシミュレーションは月に1回のペースで行っていた。ところがその「171」が本番ではつながらなかった。
「何度かけても『被災地以外の人は使えません』とアナウンスが流れたんです。そのうちに、バツンと回線ごと切れた」
とにかく入居者全員の無事を知らせ、SOSを求めたい。固定電話も携帯電話もつながらないため、メディアが飛ばすヘリコプターが来るたびに、メッセージを捉えてもらえるよう、ボードに大きくSOSを書いて振ったが、通じなかった。
ラジオからは「清心苑の○○さんが無事かどうか連絡ください」というメッセージが聞こえてくる。でも、それに答える手段が何一つなかった。ラジオでは隣の女川町と雄勝町が全滅だと言っていた。自分たちも存在を把握されていないのではないかと不安な日が続いた。
お年寄りの食料備蓄が不足
職員が食べやすく加工をするも…
被災から1週間ほど経ったころ、ようやく道路が通じ、近くのガソリンスタンドまで、まず灯油を買いに走った。「暑さ寒さも彼岸まで、というけれど、今年は寒い。3月下旬になってもまだ雪が降っているなんて信じられない」。取材したその日も、雪あられが降る寒さが続いていた。
足りないのは燃料だけではなかった。お年寄りの食料の備蓄そのものが不足していた。自衛隊に運んでもらったガスボンベで米を炊き、おかゆを作るが、バランスのよい食事ができない。物資に多いカップラーメンはお年寄りが食べられないため、実質的には備蓄は米と缶詰だけ。しかし、普段から食べる力が弱っている高齢者に、慣れない食べ物を口にしてもらうだけでもひと苦労なのだ。
「そもそも、こまかくしてミキサーで細かくしてあげないといけないのですが、電気がないからミキサーが使えない。相当な人数分を手でみじん切りにしています。また、水分をあげてもむせるのでとろみをつけるなど手間をかける必要があります」
それでもお年寄りたちは、食べたくない、と受けつけてくれない。普段なら、食欲の湧かないときには大福やそうめんなど、好きな食べ物で栄養を補給することもできるが、今はそれもかなわない。
鈴木施設長は「被災から1週間くらいはそれまで食べてきたものの蓄積が身体に残っているが、それ以上経ってしまうと、自分から食べたり飲んだりしないとしっかり栄養が摂れない」と心配する。
「災害弱者」のお年寄りを守るため
静かで落ち着いた空間を作る職員たち
「私はね、ご入居の皆さんには言ってるんです。こういう不自由な状況は長く続かないからね、今が一番ひどいからだんだんよくなるよ、って。でもね、お年寄りの方は分かってる。ひと月くらいは続くだろうって」(鈴木施設長)
牡鹿半島の高齢者は、1960年のチリ地震津波や1978年の宮城県沖地震の体験者だ。認知症で入居している人でも、「怖い出来事」として記憶している。
今回の被災後、職員が情報を得るために流していたラジオから、地震や津波の状況が耳に届いてしまって、「自分の家が流された」「家族が行方不明なのでは」と混同し、不安がる入居者もいる。チリ地震津波など、以前にあった恐ろしいこと(地震、津波)で、それがまた大きな規模で繰り返されている、という反応を示しているという。
「津波っておっかないんだどー。ざぶん、てくるけど、引いてくときには全部持って行く」
「津波くるとさらわれる」
鈴木施設長にそう語る入居者もいるそうだ。
「ここにいるお年寄りたちは、避難所には行けません。危険が身に迫っていても、察知することも、自分の身も守ることもできないからこの施設に入っています。人生の最終地点として、余生を過ごすためにここにいるのに、災害とは酷なものだなって思います」(鈴木施設長)
こういった自分の力では避難できない「災害弱者」が被災するとき、その傍らには支える人も同時に存在する。
「職員も家族を失ったり、家が流されたりしたのに、ガソリンがないので車で様子を見に行くこともできない。ずっと泊まり込みで仕事をしてストレスがかかってきています」
電気の復旧していない同ホームでは、被災後2週間経ったその時でもラジオだけが最新情報を得る手段だった。寒くて薄暗い高台の孤立施設で、周辺の詳しい状況を把握することも、施設の復旧のめども知らされることもないまま、夜明けから深夜まで勤務する暮らし。1日2回、おかゆをすすりながら高齢者の介護に働くホームの職員は、そんな状況にあっても静かで落ち着いた空間を必死に守っていた。
最低限の清潔な状態を保つために、入居者の身体を拭く清拭にも、体位を変えるためのエアマットの電気が必要となる。「今は十分に体位交換ができないので、お年寄りたちの皮膚の状態がよくない」と鈴木所長は訴える。
災害時要援護者が暮らす施設へのライフラインのいち早い復旧と、暮らしを支える職員の足となるガソリンの支援。孤立した被災者の不安や苦しみがこれ以上長引かないよう、1日1日と軽減されるように願っている。
(ライター 加藤順子)
DIAMOND online 2011年4月5日 原文のまま
編者:被災直後の特別養護老人ホームの困難な状況がよく伝わるレポートだ。

「避難の高齢者の介護にも課題」(4月3日/NHK)
今回の大震災で、福島、宮城、岩手などの被災地の介護施設から県内外の別の施設に移り介護を受けている高齢者が、少なくとも2000人余りに上ることが分かりました。中には、定員を大幅に超えるお年寄りを受け入れた結果、十分な介護が行えず、職員の負担も増しているケースもあり、被災地の高齢者だけでなく、住み慣れた地域を離れて介護を受ける高齢者をどのように支援するかも課題となっています。
NHKは、東日本の自治体に、福島、宮城、岩手などの被災地にある介護施設からの高齢者の受け入れ状況について聞きました。その結果、少なくとも2015人が住み慣れた地域を離れ、県内外の別の施設に移って介護を受けていることが分かりました。このうち、東北3県で県内の別の施設に移ったのは、▽福島で293人、▽宮城で157人、▽岩手で70人に上っています。このほか、県外の施設に移った人も少なくなく、▽茨城県で484人、▽山形県で249人、▽千葉県で245人など、1都8県で1495人のお年寄りを受け入れていました。中には、▽震災直後の混乱で受け入れたお年寄りの身元さえ分からず、適切な介護を行えないまま死亡したケースや、▽定員を大幅に超えるお年寄りを受け入れた結果、十分な介護が行えず、職員の負担も増しているケース、さらに▽移った先で認知症などの症状を悪化させるケースもあり、住み慣れた地域を離れて介護を受ける高齢者をどのように支援していくかも課題となっています。被災地の高齢者支援を行っているNPO法人、災害福祉広域支援ネットワークの小山剛代表理事は「被災したお年寄りを全国の介護施設や職員で支援する態勢を整える必要がある。避難は一時的なもので、街の復興とともにお年寄りを住み慣れた地域に戻し、ケアしていく必要がある」と話しています。
NHKニュース 2011年4月3日 原文のまま
編者:被災者の介護をどうするか、中長期的計画と体制が求められる時期に入ったようだ。地元の体制が整うまで、全国に分散するのがベターと思われる。

「東日本大震災:ヘリ搬送のお年寄り5人 行方不明に」(4月3日/毎日新聞)
宮城県南三陸町で、東日本大震災翌日から自衛隊などのヘリで避難先から運ばれた老人ホームの入所者ら5人の搬送先を施設が確認できず、家族とも連絡が取れないまま行方不明になっていることが2日分かった。このうち3人には認知症があり、自分の名前も言えない可能性があるという。搬送の際、施設側を含め記録を残していなかったことも一因とみられ、災害弱者の救護に新たな問題点が浮上した形だ。
同町志津川廻館の特別養護老人ホーム「慈恵園」は当時いた利用者68人のうち42人が亡くなった。生存者のうち健康面で問題があった16人が3月12日から数日の間に、近くの志津川高校からヘリで搬送された。しかし、同園によると、入所者の小山岩夫さん(61)▽久保田まつのさん(89)▽高橋貞二さん(87)▽田中うめ子さん(93)と、ショートステイ中だった佐々木きみ子さん(98)はその後、家族にも同園にも連絡がないままという。
佐々木さんの孫で同町に住む星昌孝さん(33)は「収容先で祖母がどこの誰だか分からないままになっていると思うとつらい」と心配している。
同園の沼倉正利事務長によると、ヘリに乗せる際にはスタッフがそばまで付き添い、医療用のテープに名前と生年月日を書き込んで腕に貼った。「搬送したのは記憶では自衛隊のヘリだった」というが、記録は取っていない。
一方、自衛隊の災統合任務部隊司令部広報室によると、被災者15人を運んだ記録は残っているが、搬送した15人中の同園関係者の有無は不明で、14日前後の他の搬送を否定した。
これについて県長寿社会政策課は「混乱していた上、現場で搬送先を決めたり施設同士で直接やりとりしたケースもあり、全員の搬送先を県で把握できているわけではない。少なくとも市町村や慈恵園は把握しているはず」としている。しかし、南三陸町は津波に直撃され、機能を事実上、失っていた。【丹野恒一、鈴木一也】
毎日jp 2011年4月3日 原文のまま

「東日本大震災:介護の手、足りない 被災職員もケア必要−岩手・陸前高田」(4月2日/毎日新聞)
◇避難者あふれる施設
東日本大震災の被災地で、避難所になった福祉施設で働く介護職員の疲労がピークに達している。家族や自宅を失い被災者となりながら入所者の介護を続け、さらに避難者の世話もするケースが少なくない。「私たちが頑張らなければ」という使命感が強いが、施設の責任者たちは「各地から専門職員を派遣して支援してほしい」と訴える。【久野華代】
定員2人の居室に、高齢者の眠るベッド4台がひしめいていた。食堂では、被災した若者が床に毛布を敷いて横になっていた。
110人が入所する岩手県陸前高田市の特別養護老人ホーム「高寿園」。市指定避難所ではなかったが、高台にあるため、津波から逃げてきた地元住民約200人を受け入れた。
震災前は入所者と介護職員のおしゃべりでにぎやかだった部屋がひっそりしている。「歩いてトイレに行けた入所者にも、断水のため尿取りパッドをつけた。その影響なのか、気力が低下したように感じます」。介護主任の佐々木衣子さん(54)は入所者の健康状態に不安を募らせる。
事務職を含め165人いた職員のうち、7人が亡くなり6人が行方不明。家を失い施設で寝泊まりしながら仕事を続ける職員は59人に上る。津波で家を失った佐々木さんもその一人だ。
震災後しばらくは入所者の介護に加え、避難者が使うトイレの清掃やゴミの分別も引き受けてきた。過労で体調を崩す職員もいたが「私たちが頑張らなければ」との思いから不満は口にしない。避難者の中には家を失い行き場のない高齢者も多いが、佐々木晃・事務主任は「このまま多くの避難者を受け入れ続ければ、職員はパンクしてしまう」と悲鳴を上げる。
陸前高田市の介護老人保健施設「松原苑」にも震災後、認知症などの入所者190人に加え、家を失った高齢者15人が身を寄せる。一方で、50人いた介護職員は2人が死亡・行方不明になるなどして5人減った。その分1人あたりの夜勤数が増えたという。
入沢美紀子看護部長は「入所者だけではなく、職員も心身ともにケアが必要。ぜひ介護の資格を持つ人が応援に来て助けてほしい」と訴えている。
毎日jp 2011年4月2日 原文のまま
編者:高齢者の超過入所、職員も被災者、損壊した施設。職員だけの熱意だけでは続かない。介護職の応援はできないのか。医師、看護師らの派遣のように。

★「介護を知らない介護事業者」(4月1日/人民新聞)
大流行の小規模デイサービス
「地図では、この辺りのはずなんですよね…」。私を担当した派遣会社社員は、地図をにらんだまま足が止まってしまった。私は年末年始のアルバイトとして、今話題の小規模デイサービス(注)での勤務を選んだ。場所は、下町情緒あふれる東京都葛飾区。派遣初日なのに、「施設」の場所がわからず道に迷ってしまっていた。
「あ、ここじゃないの?」と私が見つけたその建物は、普通の一軒家から表札を外し、デイサービスの看板を掛け替えただけ。およそ介護施設とは言い難い民家であった。
玄関で待ち構えていたのは、20才代の青年。聞くと介護経験は1年程度しかなく、ヘルパー講習で介護の一通りのことを教わったものの、「わからないことの方が多い」と語った。彼は、このデイサービスを運営するIT企業にシステムエンジニアとして入社したが、社命で介護職員に転向させられたという。このIT企業は、元々大阪市内で立ち上がったベンチャー企業だったが、不景気に耐えかねて介護事業、しかも東京への進出を選んだという。彼をはじめ、主要メンバーは関西出身者だった。
「小規模デイサービス」とはいうものの、利用者は2名しかいなかった。その日に来たのは、70才代の男性一人だけ。葛飾区のデイサービスなのに、車で片道30分も走って、隣の足立区まで迎えに行くのだ。青年に「いつもこんな営業なのか?」と尋ねると、「オープンして半年経ちましたが、未だにお客さんがこれだけしか集まらないんです」と、不安な様子で答えた。
施設=家屋内には、介護に必要な設備は何も無かった。玄関口と廊下、浴室に手すりを付けたくらいで、「家庭的な雰囲気」をそのまま残していた。しかも、暖房すらないので、冷え切った室内は、高齢者の身体負担が大きい。私も寒さに耐えかね、台所のガスレンジで身体を温めたくらいだった。
利用者の男性は私に、「毎週火曜日にここに来るんだよね。毎日いろんなデイサービスに行くけど、ここはもういい、かな」とつぶやいた。男性は、軽度の認知症を発症していた。ここで私は、小規模デイサービスが、小規模ゆえに介護に必要なものを極力持たずに営業するものであることを知った。男性の楽しみは、近くの荒川の川べりを歩く散歩くらいだった。
私は、別のデイサービス2ヵ所にも出向いた。そこには、介護サービスに必要なものが何もない空間に置き去りにされた高齢者たちがいた。一代社長の未亡人、映画制作関係者、地元の大地主…。「何もこんな場所で介護を受けなくとも…」と思われる、富裕層と呼ばれる人々が通っていた。「預かってもらえるなら、それでいい」―そんなニーズが横たわっている介護サービスの状況を認めざるを得なかった。
ピープルズニュース 2011年4月1日 原文のまま

★「避難者で定員超、損壊も 栃木県内特養ホーム運営難航」(3月31日/下野新聞)
東日本大震災の影響で、県内の特別養護老人ホームなど高齢者福祉施設が厳しい運営を迫られている。一部施設では建物が損壊し、入所者が一時避難するケースもあるほか、福島第1原発事故で避難してきた福島県の特養ホーム入所者は、定員を超えても受け入れを進めている。いずれも長期化すれば入所者の生活の質や健康への影響が懸念されるため、県老人福祉施設協議会(大山知子会長)は30日、県に早急な支援策を求めた。
震災や原発事故を受け、同協議会は県と連携して福島県の特養ホーム入所者の受け入れ策を協議。緊急特例措置として、116ある県内の特養ホームでほぼ定員を満たしているのに加え1割程度、計245人の受け入れを決めた。
30日までに特養ホーム39施設で174人、養護老人ホーム1施設で3人、ほかに介護老人保健施設5施設で19人、認知症高齢者グループホーム6施設が19人を受け入れているという。
いわき市の特養ホームから20日、10人を受け入れた宇都宮市細谷町の「ホームタウンほそや」では、広さ約120平方メートルの「地域交流スペース」にベッドやついたてを搬入して居室に変更。急きょ採用した職員5人を中心に介護に当たっている。
半田三男施設長は「施設や運営法人を挙げてできる限りの協力をしたい」と意気込む。ただ「長期化するとなると、プライバシーや生活の質確保の点で不安もある」と懸念の表情も浮かべた。
一方、同協議会の調査では、県内の特養ホーム9施設で天井崩落や給湯設備損壊などの被害が発生。けが人はなかったが、近隣施設に避難するなどの対応を余儀なくされた。
大山会長は県内施設に関して「まずは被害実態を把握し、早急に対応をお願いしたい」と要望。福島からの避難者対応については「受け入れ施設は一生懸命やっている。長期化するなら負担の平準化などの対策を検討してほしい」と述べた。
これに対して県高齢対策課は、同協議会と情報交換しながら改善策を施す姿勢をみせた。
SOON 2011年3月31日 原文のまま


「ふんばる 3.11大震災/“戦場”でも守り抜く」(3月30日/河北新報)
朝8時45分。「おはようございます。きょうも頑張りましょう」。療養課長石橋英子さん(63)の気合のこもる声で、ミーティングは始まる。
相馬市柚木の介護老人保健施設「森の都」。夜勤の職員から、容体が心配な入所者の様子が報告された。救急車で公立相馬病院に移される人も1人、2人と出ている。
「みんなの体調は大丈夫ですか」。事務長補佐佐藤義徳さん(36)が職員を見渡した。どの顔にも疲労の色は濃い。
「森の都」は7年前に開設され、入所者は60代後半から90代の100人。半数が寝たきりで、経管栄養で生きる人が5人。全員がいくつも持病を抱え、40人が認知症だ。
大震災の後、看護・介護職を中心とした職員34人のうち23人が抜けた。家を津波で失った人に加え、福島第1原発の事故で隣の南相馬市内に「屋内退避」指示が出された15日前後、家族で避難した人も多いという。
「体を動かせば命に関わる入所者が何人もいます。毎日が戦場でも、守り抜かなくては」。公立病院の看護婦長も務めた石橋さんは語る。
今月11日。石橋さんが入所者の尿パッドを換えていた時、激震は来た。抱き寄せて時を待ち、職員を集めた。4交代制で昼には10人が出ている。「自力で歩ける入所者はわずか。一斉避難は困難でした」。建物は無事。全員を安全な2階ホールに移し、電気が消えた寒い夜を過ごした。
水道が止まった10日間は、水の出る地域に住む職員が毎朝自宅から運び、日に2食のおにぎりを作った。原発事故の風評で物流は途絶え、食材、おむつ類、薬などの納入がストップ。急を要する薬は、施設長の大石富義医師(83)が外部の医療機関に応援を求めた。
石橋さんは「つらいのは、風呂に入れてあげられず、尿パッドも通常の1日6回交換から3回に減らさざるを得なかったこと」と嘆く。
2階ホールには約50のベッドが並び、何の憂いもない表情の高齢者が合宿のように集う。職員は体調を尋ね、体をふき、点滴を確かめ、何かあると一斉に介助に動く。余震に脅かされながら。
朗報が届いたのは26日昼。東京・築地の本願寺からワゴン車で物資が運ばれた。おむつ類、水、下着などが段ボール10箱分。大石医師の長女ゆい子さん(54)=NPOおひさまプロジェクト代表=らが昨年から、同寺境内の朝市に相馬や福島県飯舘村の特産物を出品している縁で、市に参加する各地の仲間たちから寄せられた支援だった。
この日午後には援軍も現れた。原発事故の後、首都圏に避難した南相馬市の病院や津波で流された宮城県山元町の高齢者施設の介護士、看護師5人が働く場を求めて「森の都」の面接に訪れ、即戦力として採用された。
「よかった。これで当面の危機はしのげます」と石橋さん。弱い人の守り手さえ奪う「風評」に怒りを覚える。「ここにとどまり続け、生きている人たちを忘れないで」
(寺島英弥)
KolNet 2011年03月30日 原文のまま

「介護施設の利用料公表 県初調査、HPで発信(3月30日/静岡新聞)
県は29日、特別養護老人ホーム(特養)など県内介護保険施設の利用者負担額を発表した。施設ごとの料金体系などを調査し、一括して県のホームページで公表した。これから入所を希望する高齢者や家族に施設選びの参考にしてもらう。
居住費や食費に加え、タオル、歯ブラシといった日常生活費、介護サービスの一割負担分を合わせた負担額をまとめた。調査対象は介護保険制度で要介護5認定を受ける利用者で、その中でも所得別で4段階に分けた。
入所者の6割以上が年収80万円以下となっている特養の負担額の全体平均が6万1260円で最も低かった。老人保健施設は9万3022円、介護療養型医療施設は10万2062円、有料老人ホームなどの特定施設は19万7568円、認知症グループホームが14万8128円だった。
ホームページでは、ユニット型個室、多床室など形態別の平均額をはじめ最高、最低額なども施設ごとに細かく示した。
調査は県内712施設に回答を依頼。76・3%の543施設から回答を得た。特養は197施設すべてが答えた。
県によると、特養の入所待機者は1万219人(2010年1月1日現在)に上る。県長寿政策局の宮城島好史局長は「高齢化が進む中、低所得者に一層配慮した整備を進めていかなければいけないのも事実。今後も継続的に調査して県民に公表していきたい」と話した。
アットエス 2011年3月30日 原文のまま
関連情報:介護保険施設等の利用料調査の結果について(静岡県3月29日)
編者:公的介護保険があるとはいえ、施設利用の自己負担は重い。お金のある人は個室、お金のない人は多床室。

「東日本大震災:津波がお年寄りをのみ込んだ/福島」(3月28日/毎日新聞)
南相馬市原町区の介護老人保健施設「ヨッシーランド」。入所者136人のうち30人が死亡し、3人が行方不明だ。津波にのまれた様子を職員が詳細に語った。
東に向かって水田が広がり、2キロ先の海岸に松林が小さく見える。その向こうに海があるが、木の陰になっている。津波後、水田も施設敷地も泥で埋まった。平屋建ての建物のガラスはすべて破れ、室内は天井近くまで汚れた。周囲には入所者の履物や食器が散らばっている。
施設を運営する医療法人慈誠会の小林敬一事務長(60)は「ここは津波ハザードマップの浸水区域に入っていなかった。こんなことになるなら、入所者を早く逃がしてあげればよかった」と振り返った。
南相馬市は震度6弱。施設の倒壊や火災の危険があったため、小林事務長ら職員約30人はベッドや車椅子に乗った入所者を玄関前付近の屋外に避難させた。携帯ラジオは大津波警報を伝えていたので、女性職員(49)は高台に逃げることも考えたが、入所者は認知症や体の不自由な人が多くためらいがあった。気付くと、普段は見えない海が松林の向こうに盛り上がって見えた。津波が迫っていた。
それから4、5分。職員らは慌てて、リフト車3台に入所者を乗せ、約800メートル離れた避難所、県立浜高等技術専門校に連れていこうとしたが、運べるのは1台6人程度。乗れない人は、残りの職員がベッドや車椅子を押して少しでも高い方へと道路を走った。女性職員は「真っ黒な波が水煙を上げながら近づいてきた」と振り返る。
逃げ切れなかった多くの入所者が流された。職員らは腰まで泥水につかって、おぼれる入所者を助けようとしたが、見つけられなかった人も多い。助かった人の中にも、その後持病が悪化するなどして死亡した人もいる。
市が09年3月に作った津波ハザードマップでは、浸水想定区域は海岸から約500メートル。施設は昨年秋にマップを入手し、浸水区域に入っていないことを確認して津波の避難訓練はしていなかった。
県は過去の地震規模を参考に、マグニチュード(M)7程度を想定して浸水地域をシミュレーションし、同市はそれを基にマップを作った。同市防災安全課は「地震と津波は想定外の規模だった」と話した。
小林事務長は変わり果てた施設を前に「いい所だったんです。これが津波の破壊力なんですね」と肩を落とした。【平川昌範】
毎日jp 2011年3月28日 原文のまま

「栄村在宅介護再開めど立たず 在宅の要介護者、大半村外へ」(3月27日/信濃毎日新聞)
県北部地震発生から2週間が過ぎた。多くの村民が避難生活を続ける下水内郡栄村では、在宅介護を受けていたお年寄り約100人(避難指示がなかった秋山地区を除く)の半数が村外の介護施設や親族宅に身を寄せ、自宅に帰るめどが立っていない。村デイサービスセンターは断水で依然使えない。住民がヘルパー資格を取って近隣住民が介護を支える「げたばきヘルパー」などで知られる村の在宅介護支援も、地震の影響で先が見通せなくなっている。
村は避難指示を出した後、認知症の症状が重かったり、寝たきりだったりで避難生活が困難なお年寄りを対象に、介護施設のショートステイサービス(短期入所)利用の意向を調査。25日までに18人が村内外の施設に短期入所し、約30人が村外の親族を頼って村を離れた。
村内の特別養護老人ホーム「フランセーズ悠さかえ」に避難していた平滝地区の上倉京子さん(54)は避難指示解除翌日の22日から、義母きよさん(77)に同ホームで短期入所してもらうことにした。
きよさんは、脳梗塞が原因で一人で立ち上がったり歩いたりすることができないうえ、認知症がある。介護認定は要介護3。
これまでは、ケアマネジャーに短期入所を勧められても「ずっとそばで見たい」と断ってきた。だが、地震前に利用していた村デイサービスセンターも利用できず、「自宅に戻っても、また余震があったら怖い。おばあちゃんを一人では連れ出せない」と、利用を決断した。
村社会福祉協議会によると、地震前は約15世帯がホームヘルパーを利用し、在宅介護をしていた。が、再開したのは3世帯のみ。村の在宅介護支援を受けながら、お年寄りたちが住み慣れた家で家族とともに暮らせるようになるには、まだ時間がかかりそうだ。
同社協の南雲恒子さん(58)は「村外に出たお年寄りが戻ってこられる日は、一体いつになるのだろうか」と心配している。
信毎WEB 2011年3月27日 原文のまま

「介護の家「戻りたいけど」 原発避難の施設、解体危機に」(3月26日/日本経済新聞)
東日本大震災に伴う福島第1原子力発電所の事故で、認知症高齢者が入る「グループホーム」が解体の危機に直面している。20キロ圏内の避難指示区域にある施設は、入居者を県外の施設に移したり、家族の元へ帰したりするなど苦渋の選択を迫られた。24時間の介護を続けてきた運営会社も、再建のメドが立たないまま、職員の解雇や廃業の瀬戸際に立たされている。
「また再開できるから、待っててね」。福島県浪江町のグループホーム「虹の家」に入居する認知症の高齢者5人を栃木県の施設に送り出した24日早朝、必死に笑顔をつくって見送った職員、柳沢美紀さん(32)の言葉は震えていた。「行きたくない」。送別会を開いた前夜、入居者の80代の女性がつぶやいた言葉が柳沢さんの脳裏から離れなかった。
虹の家は福島第1原発から約8キロにある同町唯一のグループホーム。家庭的な雰囲気の中で76〜92歳までの9人の認知症のお年寄りを8人の職員が支えてきた。
だが穏やかな生活は震災で一変。地震当日の夜、入所者と職員は施設1階のリビングに集まって何度も襲う余震に耐えた。翌12日からは避難場所を転々とし、着のみ着のまま福島市にたどり着いたのは15日未明。県認知症グループホーム協議会の森重勝会長を頼り市内の施設を間借りし、ギリギリの避難所生活を続けてきた。
だが、原発事故は長期化し、施設に戻れる見通しは一向に立たない。「こんな状態を、これ以上続けるのは無理。入居者にもその家族にも責任を果たせず申し訳ない」。栃木県の施設に入所者を送り出すつらい決断を迫られた虹の家の佐山岩雄社長(54)は顔をゆがませる。
佐山社長自身、高校1年と中学2年の2人の息子を抱える被災者。別の高齢者施設の職員の妻とは震災後離ればなれの生活が続く。職員の柳沢さんも住み慣れた町を離れ、両親が避難している山形県へ移ることを決めた。
「原発周辺のグループホームはどこも壊滅状態」。県認知症グループホーム協議会の森重勝会長(写真)は険しい表情で語る。20キロ圏内の避難指示区域の5つのグループホームのうち施設ごと移転できたのは1カ所だけ。ほかの施設は高齢者を県外の施設に移すなどの対策を迫られ、先の見えない「休業」状態に入った。20〜30キロの屋内退避区域にも連絡が取れない施設があるという。
森会長が心配するのは高齢者の体調だ。認知症の高齢者は避難所のような環境では不安が高まり、夜中に徘徊(はいかい)を繰り返すなど、症状が進行する可能性がある。安定した生活環境を確保する必要があるが、離れた地域に移動すれば家族を持つ職員が同行することは困難だ。
森会長は「多くの施設事業者は借金を抱えており、施設が運営できなければ倒産や職員の解雇を迫られる。行く末はどうなるのか。国や県は1日も早く具体的な支援策を示してほしい」と訴えている。
日本経済新聞 2011年3月26日 原文のまま

★「民間介護企業でも被災高齢者受け入れの動き」(3月23日/キャリアブレイン)
東日本大震災の発生を受け、大手の民間介護事業者の間でも、被災した高齢者を自社の有料老人ホームや住宅などに受け入れる動きが広がっている。
ワタミの介護」は、福島県いわき市の特別養護老人ホーム「パライソごしき」の入居者19人を、埼玉県と神奈川県にある同社の介護付有料老人ホーム4施設に受け入れた。ごしき側からワタミグループが支援している公益財団法人「School Aid Japan」に要請があり、いわき市災害対策本部の許可を得て実現した。
同社によると、ごしきでは被災時に、約60人の入居者が生活していた。このうち、約40人は家族の元に引き取られたり、新潟県内の認知症高齢者グループホームに移動したりした。しかし、残った入居者の食料や飲料水の確保が難しくなってきたことから、早急に移動させた方がいいと判断した。被災者のさらなる受け入れについて同社では、「被災地の自治体と連携しながら検討する」としている。
福岡県内などで介護付有料老人ホームの運営を手掛けるウチヤマホールディングスの子会社「さわやか倶楽部」も、秋田県仙北市と北海道東神楽町の介護付有料老人ホームに、被災した高齢者を受け入れることを決めた。1年程度は自己負担を求めないことを検討している。同社は2005年の福岡西方沖地震の際に、被害の大きかった玄界島の被災者7人を受け入れた実績があり、「今回も社会貢献の一環として決めた」(担当者)という。
これまでに秋田県のホームに2人、北海道のホームに1人を受け入れた。居室や会議室などの「プライバシーを保てる部屋」を確保し、最終的に秋田で5−7人、北海道で20人まで受け入れるという。現在は、現地の自治体と被災地からの移動手段などについて調整している段階で、同社の担当者は「避難所での死亡事例などもあるため、できるだけ早く本格的な受け入れを開始したい」と話している。
福岡県を中心に通所介護事業所などを展開する「シダー」も同様に、自社の介護付有料老人ホームの居室を活用し、被災者を受け入れる態勢を整えた。依頼があれば、定員に余裕のある秋田市のホームに6−9人、長野県茅野市のホームに10人まで受け入れるという。被災者が入居する場合は、一時金や家賃、管理費、食費を当面無料とし、介護保険のサービス費のみの自己負担とする方針だ。
東京都内を中心に訪問介護事業などを手掛ける「やさしい手」は、今年1月に開設した千葉県船橋市の高齢者専用賃貸住宅「センチュリーテラス船橋」に、60歳以上の一人暮らしか高齢者のみ世帯の被災者を受け入れると発表した。主に介護が必要な高齢者に向け、ワンルームタイプの居室を5部屋提供する。賃借料や生活支援サービス費、食費、共益費などを4月末まで無料とするが、5月以降継続して住む場合は有料になる。応募は、電話などで3月24日まで受け付ける。同社の担当者は、「月内にも入居できるようにしたい」と話している。
キャリアブレイン 2011年3月23日 原文のまま

「福島の介護施設が集団退避 移動後2人死亡」(3月22日/スポーツニッポン)
東日本大震災
東日本大震災に被災した福島県いわき市の介護老人保健施設「小名浜ときわ苑」から、入所者約120人と職員ら計約190人が21日、千葉県鴨川市の「かんぽの宿鴨川」に集団避難した。
断水と食料不足に加え、福島第1原発事故への不安もあり、施設丸ごとの避難に踏み切った。約6時間のバス移動中に80代と90代の女性2人が心肺停止状態となり、到着後に亡くなった。鯨岡栄一郎施設長は「2人が亡くなったのは残念だが、重度の認知症で置いてくるわけにはいかなかった。施設は瀬戸際で、命からがらたどり着いた」と話した。
スポニチ  2011年3月22日 原文のまま

「物資届けに被災地入り決断 中津の福祉施設」(3月20日/大分合同新聞)
困っている人々に一刻も早く物資を届けたい―。中津市の高齢者福祉施設が19日、東日本大震災の被災地・仙台市に向け、支援物資を満載したトラックを送り出した。燃料不足などから公的支援が行き届かず、38万人以上が厳しい避難生活を続ける中、交流のある社会福祉法人などに直接、物資を運び込む作戦。民間の力で支援の道を切り開こうと被災地入りを決断した。
物資を送るのは介護保険総合ケアセンター「いずみの園」(冨永健司施設長)。午前10時前、職員ら約40人が集まり、薬や生理用品、使い捨て食器、缶入りの豚汁や雑炊などを詰めた段ボールを、4トントラック1台に積み込んだ。
運転するのは西畑建設(同市耶馬渓町)専務の西畑修司さん(53)ら3人。「何としても加勢したい。可能なら救援活動にも加わりたい」と、21日までの到着を目指す。
震災発生後の17日、冨永施設長が仙台市のNPO法人「全国コミュニティライフサポートセンター」、社会福祉法人「東北福祉会せんだんの杜」と電話で連絡を取り、現地の状況を詳しく知った。他施設からの避難者も受け入れ、米やおむつが足りないことも判明。福祉関係のセミナーなどを通じて交流があっただけに、「確実に物資を届ける手段の一つ」(八田淳子企画課長)と支援を決めた。
施設内に備蓄していた250人・3日分の食料を拠出。市内の個人・企業などから寄せられた食材のほか、職員が近くの店を駆け回って買った品もある。現地では、周辺の避難所にも物資が融通されるという。
運搬役の3人は「現地に迷惑を掛けるわけにはいかない」と10日分の食料などを持ち、車中泊も覚悟する。トラックは緊急車両として登録。最大の課題だった燃料は、埼玉県越谷市で西畑さんの息子が働く建設会社に頼み込み、満タン分(100リットル)を確保した。
「これで400キロは走れる。帰るころには状況も改善しているはず」と西畑さん。冨永施設長は「最初に犠牲になるのはお年寄りや子ども。何としてでも届けたい」と話した。
oita-press 2011年3月20日 原文のまま

「被災者の介護サービス利用料支払いを猶予- 東日本大震災と長野県北部の地震で厚労省」(3月18日/キャリアブレイン)
厚生労働省は3月17日、続発した東北地方太平洋沖地震と長野県北部の地震の被災者のうち、著しい財産の損害や収入の減少を被った人については、介護サービスの利用料支払いを猶予できるとする事務連絡を都道府県介護保険担当主管部局あてに発出した。
今年5月までの介護サービス分について、同月末日まで支払いを猶予する。
対象は、岩手県と宮城県の全市町村のほか、青森県、福島県、茨城県、栃木県、千葉県、新潟県、長野県の一部市町村の被保険者。支払いの猶予には、▽本人か家庭の世帯主の財産に著しい損害▽世帯主の死亡、または心身の障害や長期入院による著しい収入の減少―があったことを、介護サービスを提供する施設や事業所に申し立てる必要がある。
厚労省は、損害や収入減少の判断については、各施設・事業所が被保険者らから被害状況を確認した上で、「個々に判断してほしい」としている。今後、具体的な基準も出す予定。
施設や事業所は、申し立て人が対象地域に住所があることを被保険者証などで確認し、給付費の請求書類に簡潔に記録する。被保険者証がない場合などは、氏名、住所、生年月日の申し立てで足りるとしている。
猶予した場合は、利用料を含めて10割を審査支払機関などに請求する。厚労省では、具体的な手続き方法を追って連絡するとしている。
キャリアブレイン 2011年03月18日 原文のまま

「燃料不足で看護・介護も影響深刻」(3月18日/東奥日報)
東日本大震災による燃料不足の影響で、県内の訪問看護・訪問介護サービスが縮小している。家族に点滴の取り外しなど医療的処置を緊急依頼し、訪問回数を減らす事業所が出ているほか、食事、排せつ、清掃など、日常生活のケアを縮小する介護事業所もある。一方、「デイサービス」の相次ぐ休止で、「訪問」を求める在宅高齢者が増加。事業所はニーズに十分にこたえられない状況だ。介護現場は混乱しており、高齢者の不安と負担が増している。
▽東日本大震災の関連記事を見る  
青森市の訪問看護ステーションあおい森は、週100回程度行っていた訪問回数を、震災後は3〜4割減らした。
症状が重い患者にはこれまで通りの訪問をしているが、容体が安定している患者は、毎日行っていた訪問を週3回程度に抑えている。訪問回数が減る分、点滴の取り外しなど、家族の協力を緊急避難的に依頼している。
新規の利用申し込みは受け付けていない。
所長の泉美紀子さんやスタッフは「訪問ルートを再編成し、効率的な訪問を心掛けている。ガソリン不足が続くと、重症の患者さんの訪問も厳しくなる」と危機感を表す。
おいらせ町訪問看護ステーションも訪問を制限。看護師長の上野留美子さんは「例えば、おしっこの管(尿道留置カテーテル)を使っている人が5〜6人いるが、週3回の膀胱(ぼうこう)洗浄を2回にして、後は水分を多く取るよう家族らに協力をお願いしている。また、床ずれについても、(状態を悪化させないため)家族の協力が必要」と話す。
同町ではデイサービス、デイケアを提供していた9カ所のうち6カ所がサービスを休止。その影響で在宅訪問サービスを希望する高齢者は増えているが「(ガソリン不足などにより)希望に十分に応えることができない」と上野さんは悔しがる。
看護のほか、介護の現場も状況は厳しい。青森市のある訪問介護事業所は17日、訪問介護の一時休止を決めた。ヘルパーの通勤すらできないほどガソリンが足りないという。同事業所管理者は「気になる認知症の利用者もいるのですが…」と言葉を濁した。
県内の多くの医療・福祉関係者は「デイケア中止などによって、高齢者の不安、家族の負担は増えている」と指摘。訪問事業の必要性を強調するが「燃料がないと巡回できない」とジレンマを語る。
健生訪問看護ステーションたまち(弘前市)の工藤千恵子所長は「訪問看護は命に関わること。緊急車両のように給油の優先度を高めてほしい」と訴えた。
Web 東奥 2011年3月18日 原文のまま

「東日本大震災 ガソリン不足 介護に影響」(3月16日/しんぶん赤旗)
東日本大震災の被災地のガソリン不足は市民生活のあらゆる分野に大きな影響を与えています。高齢者介護の現場も深刻です。
仙台市泉区にある長命ケ丘ヘルパーステーション。同ステーションの活動地域は地震による直接的被害は比較的軽くすんだといいます。影響が出ているのは訪問支援です。半径15キロのエリアで50人の職員が車で140人の訪問支援をしていますが、ガソリン不足でわずかしかできなくなっているといいます。
山岸澄江所長(56)(写真)によると、医療度の高い利用者が薬を飲んだかどうかのチェックが欠かせないのにそれができない▽酸素吸入、たん吸引をしている人は自宅の小さな自家発電機で作動させているが、それを動かす軽油やガソリンが不足▽認知症の人は大地震の興奮だけが残って、地震があったと理解できていない人もいる▽ヘルパー訪問中に地震にあい家の中が散乱、ライフラインがストップしたので、ヘルパーが自分の家に利用者を連れて帰った―など現場は深刻です。
ヘルパーたちは、ガソリンを入れるために朝6時から並んだり、「介護ヘルパーは緊急車両扱いで優先的に入れてほしい」とスタンドに頼んで給油してもらったり、苦労の連続です。
山岸所長はいいます。「ライフラインの復旧は3日程度で何とかなると思っていました。電気が14日に復旧してテレビで深刻さが分かりました。もっと早く正確な情報がほしかった。地震の後、利用者さんが本当はヘルパーが来ないと困るのに、『非常時だからいいよ』と我慢しているのが伝わり、つらい思いです」 (柴田善太)
しんぶん赤旗 2011年3月16日 原文のまま

「輪番停電について介護保険施設等へ対応を指示―厚労省」(3月14日/ケアマネジメント)
厚生労働省は、東京電力より発表のあった電力の需要逼迫(ひっぱく)のため、3月14日以降、関東全域(1都6県)および山梨、静岡の社会福祉施設および介護保険施設等も例外なく輪番停電の対象となるため、速やかに必要な対応を開始することを所管の都県民生主管課宛に通知した。
特に停電によって、入所者等の健康状態や生活において支障を来たすことのないよう、医療機関など関係機関との十分な連携を確保すること、また自家発電装置を有する社会福祉施設、介護保険施設等において、装置の点検や燃料の確保を行うこと、を指導するなど、輪番停電への対応を速やかに行うよう喚起している。
今後の見通しは不明確であるが、図辞しえられた情報は連絡するので、今後の事務連絡等に注意する旨、呼びかけている。
ケアマネジメントオンライン 2011年3月14日 原文のまま

★「ケアマネが利用者退院前に欲しかった情報ベスト3―会議レポート」(3月9日/ケアマネジメント)
東京都は3月7日、「東京都の地域ケアを推進する会議」を開催した。今年度最終回の会議では、3年に及ぶこれまでの同会議における検討と施行事業の結果を踏まえ、東京の地域包括ケアについて報告書案が確認された。
会議冒頭、堀田力座長(さわやか福祉財団理事長)は、400名の来場者で盛況となった3月4日開催の都地域包括ケアシンポジウムを振り返り、東京の地域包括ケア案を練り上げてきた同検討会の労をねぎらった。シンポジウムでは、都が地域包括支援センターにモデル事業として配置した「地域連携推進員」らによる取り組みが発表されたが、堀田座長は改めて専門部会からの報告として、内藤佳津雄委員(日本大学文理学部教授)(写真右)に同事業報告を求めた。
大塚地域包括支援センター、小金井にし地域包括支援センターに試行的に配置された「地域連携推進員」の具体的な活動内容について、内藤委員は、退院対象者宅や医療機関の訪問、対象者との直接面会によるアセスメント、退院元医療機関からの看護サマリーの取得など医療情報の収集活動を行い、日々の業務を毎日記録したと詳細に報告した。
また、対象者や家族に病状やサービスの必要性を説明し、書面でケアマネジャーや関係機関との医療情報を共有、医療的支援が必要な高齢者の居宅サービス計画への助言、介護保険事業者の医療的支援に関する助言などを行った地域連携推進員活動の検証結果では、「ケアマネジャーへのアンケート結果」をもとに医療的支援が特に有効だったと強調した。
【利用者の退院前に入手したかった情報・上位3位】
1.利用者の疾患・健康状態
2.退院後の治療方針
3.利用者の在宅での生活環境
【地域連携推進員から受けた支援で有効だったもの】
1.退院前医療機関との連絡・調整支援
2.利用者・家族への医療情報提供
3.医療に関する情報提供、説明
このほか、都内で設置が進んでいない小規模多機能型居宅介護に代わる新たなサービスとして「認知症デイサービス試行事業」について、北区の“あかり家”と西東京市の“年輪デイホーム”を24時間開放した試行事業も報告された。
通いなれた認知症デイサービスの夜間・早朝の時間延長は、認知症の人の混乱防止や家族にも安心を与える効果があり、ケアマネジャーからも家族のレスパイトケアとして評価されたが、24時間営業となると顔見知りの職員が夜勤も従事するため、日中の認知症対応型デイサービスのシフトに影響が出て、人員確保が事業継続の課題とされた。
東京の地域包括ケア報告書(案)(100Kpdf)」については、事務方より21の事例を盛り込んだカラー版が完成する予定であることが告げられた。閉会の挨拶に立った福祉保健局の吉岡次長は「次期法改正で国が掲げる地域包括ケアの実現化は困難とみられているが、東京都では本報告書に書かれた地域包括ケアの考え方を都民に広め、一人ひとりが都の高齢化を考える、よすがとしなければいけない」と述べた。
ケアマネジメントonline 2011年3月9日 原文のまま

★「GH見守りカメラ:入居者の人権、更に議論を 技術者、福祉専門家が研究会/石川」(3月6日/毎日新聞)
認知症高齢者が暮らすグループホーム(GH)に設置したビデオカメラを巡り、石川県内の技術者と社会福祉系の研究者が昨年、介護職員の負担軽減と入居者のプライバシーについて考える共同研究会を立ち上げた。文理の枠を超えた研究会は全国でも異例の試み。それぞれ専門知識をぶつけ合うことで、お互いに気付かなかった視点が得られたようだ。【松井豊】
北陸先端科学技術大学院大の藤波努准教授(認知科学)(写真右上)と金沢大の井上英夫教授(社会保障法)(写真右下)を中心に昨年8月から活動を始めた「社会福祉と情報技術」研究会。両大所属の教員や大学院生を中心に約15人が参加する。
藤波准教授らのグループは05年から同県能美市のGH4施設で、廊下やリビングなど、個室を除く共有スペースの天井部に「見守りカメラ」を設置。プライバシーに配慮し録画機能はない。台所では10インチのモニターで、職員が食事の準備をしながら入居者の様子をチェック。職員を支える「もう一つの目」として「カメラは相棒」と現場の反応は上々だ。
研究会のきっかけは、藤波准教授の研究室が、見守りカメラを含む認知症介護の研究で「毎日介護賞」に入賞したと報じた08年10月16日付毎日新聞石川面の記事。記事を読んだ井上教授が、入居者の人権の配慮について藤波准教授に聞いた。
藤波准教授は、NPO「全国認知症グループホーム協会」(当時)から「プライバシーの侵害」と反対に遭い、カメラの製品化中止を余儀なくされ、社会福祉系の研究者との議論の場を求めていた。井上教授は両研究室を中心とした共同研究会の立ち上げを打診し活動を始めた。
研究会では、社会福祉系研究者からは▽負担軽減というが、入居者が安心して暮らせる人員を増やすのが先▽むしろ職員の働きぶりが監視され人事考課に利用される−−と否定的意見も。また、技術に頼らず人の手によるケアを重視する社会福祉系研究者に対し、プライバシーに配慮して運用すれば「技術が人間の仕事を減らし合理的」と考える技術者との間で立場の違いも浮き彫りになった。
藤波准教授は「技術者だけでは気付かなかった新鮮な視点を得た。今後も建設的な議論を重ねたい」。井上教授は「入居者自身が『カメラをどう考えているのか』との自己決定の原則を詰めていきたい」と、来年度以降も入居者の人権に焦点をあてた議論を深めたい考えだ。
共同研究会は金沢市内で主催した市民講座の記録などを収録した報告書(B5判、158ページ)を2月にまとめた。電子版(http://hdl.handle.net/10119/9590)が無料でダウンロードできる。製本でも配布している。問い合わせは、藤波准教授(0761・51・1716)か、申し込みサイト(http://p.tl/yypm)。
毎日jp 2011年3月6日 原文のまま
サイト内関連記事

「患者や入所者 避難準備着々 新燃岳噴火で霧島市の医療福祉施設」(2月16日/西日本新聞)
霧島連山・新燃岳(しんもえだけ)噴火による避難勧告に備え、鹿児島県霧島市の病院や福祉施設で患者や入所者の避難準備が急ピッチが進んでいる。医療や介護が必要な患者、入所者は一般の避難施設では対応が難しい「災害弱者」。医師や施設職員は、受け入れ先の確保やスムーズな避難に向けた計画作りに追われている。
新燃岳火口から南西約6キロ。高齢の認知症患者約90人を含む111人が入院する同市牧園町高千穂の「霧島桜ケ丘病院」は、避難先として市内や近隣の同県伊佐市、湧水町などの計7病院から受け入れの承諾を得た。
同病院は、避難に備え患者と職員を7班に分け、1班あたり1週間分の医薬品と食料を確保。避難勧告が出た場合、運び出す医療機器は必要最小限にとどめ、寝具やおむつ、酸素ボンベなどが必要になった際は業者が避難先まで届けるよう取り決めた。
人繰りも工夫した。患者ごとに「(奇声や暴力などの)周辺症状」「車いす」「たん吸引」などの一覧表を作り、班ごとの職員負担を平準化。全班に看護師と介護士、栄養士、調理師の資格を持つ職員を配置し、避難が長期化しても通いやすいように職員の自宅と避難先との距離にも配慮した。
常勤医3人は避難班とは別に看護師長らと3班に分かれ、避難先を巡回する計画。事務長の出水毅さん(42)は「霧島市以外の医療機関も危機感を共有、快く場所を提供してもらえた」と話す。
   ◇   ◇
近くの身体障害者療護施設「霧島青葉園」は、入所者70人の避難先がおおむね、めどが付いた。一般病棟や老人ホームとは入浴施設、トイレなどの使い勝手が異なる。障害者に慣れた職員がいないと受け入れは難しい。確保した避難先は、いずれも県内の別の身障者施設という。
ただ、入所者の大半は車いすの利用者で園の福祉車両だけでは対応できない恐れがある。避難時には福祉タクシーの利用も検討しているが、寄下真平園長(53)は「規制で施設と避難先を往復できない心配もある。行政が通行証のようなものを作ってもらえたらありがたい」と望む。
  ◇   ◇
霧島市は1月28日、火口から4−7キロにある医療・福祉施設に避難準備を促した。今月3日には担当者を集めた検討会も開いた。
市保健福祉部の宮本順子部長は「施設や患者によって診療報酬や介護報酬の違いがあり、行政が最初から避難先の確保に乗り出すのは難しい。まずは施設側が自前で避難先を探してもらった上で、見つからない場合は行政が支援したい」と話している。
西日本新聞 2011/02/16 原文のまま
編者:認知症の人の避難は容易ではないだろう。文中の「奇声」は死語になりつつある。

「介護保険料滞納、自己負担1割から3割に「給付制限」県内で急増」(2月12日/徳島新聞)
介護保険制度の保険料を滞納して、通常1割の自己負担が3割に引き上げられる「給付制限」を受ける高齢者が増えている。徳島市の2009年度の対象者は43人で、4年前の05年度(24人)から倍近くに増加。高齢化の進展で要介護認定者が増えてきたことや、保険料の値上げが影響しているとみられる。12年度の制度改正では保険料が増額される可能性もあり、給付制限を受ける高齢者は今後も増えそうだ。
高齢者が支払う保険料は年金から天引きされる「特別徴収」が原則だが、年金受給額が年18万円未満の低所得者や年度途中で65歳になった人は、市役所から郵送される納付書を使って金融機関などで支払う「普通徴収」となる。徳島市の昨年6月時点の65歳以上の被保険者5万9060人中、普通徴収は6147人(10・4%)。
普通徴収で請求される保険料の支払期限は原則2年間。これを過ぎると時効が成立し、被保険者は滞納分を支払うことができない。滞納分のある高齢者がサービスを受けようとした場合、未納期間に応じて一定期間、自己負担割合が1割から3割へと引き上げられるなどの制限を受ける。
市の09年度末現在の要介護認定者は1万3809人で、05年度末から881人増。さらに、市は03、06年度の2回、保険料を値上げしており、保険料を支払えなくなった高齢者の増加につながったとみられる。
市介護ながいき課は「保険料が高くなれば給付制限を受ける高齢者が増える恐れがある。給付制限を受けないよう滞納者には繰り返し納付を呼び掛ける」としている。市は09年度に保険料を月額320円(基準額)引き下げており、現在の保険料は月額4960円。
県内の他市でも給付制限の対象者は増加傾向にある。鳴門市では05年度の5人から09年度の6人へ、阿南市では3人から7人へと増えた。
徳島新聞 2011年2月12日 原文のまま

「訪問、通所が高割合=介護保険の超過利用者−厚労省調査」(2月7日/時事通信)
厚生労働省は7日、介護保険制度で定めた在宅サービスの支給限度額を超え、その分を自己負担している利用者の実態調査結果を、社会保障審議会介護給付費分科会に示した。リハビリなど医療系サービスを受ける人が少なく、日常の見守りなどを中心とする訪問介護や通所介護の利用が多いことが分かった。
介護保険の支給限度額は、最も介護が必要な要介護度5のケースで月35万8300円。同省によると、限度額超過者はすべての介護度を合わせ、昨年3月時点で介護保険利用者全体の約3%という。限度額アップを求める介護関係者からは「オーバーするのは医療系サービスの利用料が高いから」との指摘が出ていたが、調査では必ずしもそれには沿わない結果が出た。
調査は昨年3月時点で、限度額を超えた利用者のうち4752人と、そのケアプランを作ったケアマネジャーを対象に複数回答で実施。利用状況は、通所介護(53.9%)、訪問介護(48.5%)が多く、医療系の通所リハビリは18.8%、訪問看護は8.9%、訪問リハビリは1.6%だった。
jijicom  2011/02/07 原文のまま

★「老いの未来図:介護・医療の現場で 「医療難民」も流入/千葉」(1月24日/毎日新聞)
◇東京の区、入院要請 県内の病院が受け入れ
長期の療養治療が必要な患者を受け入れる療養病床を持つ県内の病院が、東京都内の自治体の要請で高齢者を入院させるケースがあることが、医療関係者の証言で分かった。この中には生活保護受給者も含まれているという。都内で介護サービスを受けられない「介護難民」だけでなく、受け入れる病院が見つからない高齢の「医療難民」も、県境を越えて流入している実態が浮かんだ。【森有正】
◇高齢患者、行き場なく
「療養病床」は、長期にわたる療養治療を必要とする主に高齢の慢性疾患患者や要介護認定者を受け入れるベッド。速やかな治療を要する急性期患者などを受け入れる「一般病床」などと区別され、配置すべき医師数や診療報酬の算定方法も異なっている。
取材に応じた40床前後の療養病床を持つ県内の都市部の病院は、「地域密着の医療」を経営方針としている。だが病院の幹部によると、江戸川、江東、葛飾、墨田区など県に近い東京都の特別区から高齢患者の受け入れを要請され、最大で病床の約2割(8人)を受け入れている。自治体以外にも、都内の病院や福祉関係者からも受け入れを要請されるという。
要請の際には、区の担当職員などから「先生のところで受けてくださるという話だが、お願いできないか」などと電話で頼まれ、病院側は「ベッドに空きがあるので、1人なら受け入れる」などと応じる。要請される患者には、生活保護受給者も少なくないという。
療養病床を持つ病院は全国的に少なく、特に都内など大都市部で足りていない現状を踏まえ、病院幹部は「うちのような(都内から受け入れを要請される)療養病院は県内に多いはずだ」と話す。
病院長も、行き場のない東京の高齢患者が県内に流入し、病院が受け皿となっている実態を認めた上で、その背景について「都内の病院はそれだけコストがかかる。医療が必要な高齢者を誰かが診なければならない。療養病床は診療報酬が低く厳しい。昔は『医は仁術』と言ったが、今は『医は算術』だ。医療制度が悪く、今はその『算術』すら難しい」と語った。
この病院の療養病床は現在ほぼ満杯で、大部分が高齢者。脳内出血による半身不随などで寝たきりとなった患者が多く、現時点で9年間入院している患者もいるという。
入院患者のうち生活保護受給者は8人ほどで、身寄りがない場合が多く、その際には入院治療費の支払いや死亡時の対応は福祉事務所が行う。また、生活保護をもらっておらず家族がいる患者でも、家族がほとんど見舞いに来ず、病院に任せきりとなっているケースも少なくないという。
◇療養病床の争奪・玉突きも
療養病床の現状について、県北東部の病院関係者は「入院治療を必要とする高齢者の行き場がない現状が続いている。うちの療養病床でも、なるべく近くに住む患者を受け入れたいが、空きがない場合には近県の病院にお願いしなければならない」と話す。
また、身寄りのない高齢者の生活支援を行う県北西部のNPO法人の代表は「以前、医療が必要なお年寄りを受け入れてくれる県内の病院を探し、見つからないことが何度かあった。その時は茨城県内の療養型の病院にお願いした。しかし、遠方でスタッフもなかなか見舞いに行けなかった」と、厳しい現状を打ち明けた。高齢者の増加に伴い、限られた療養病床の争奪や“玉突き”が起きていることをうかがわせる。
療養病床は高齢者の長期療養のほか、脳疾患の後遺症を抱える患者にリハビリ(機能回復訓練)を施したり、地域で在宅介護を受ける高齢者の緊急受け入れ先となるなど、多様な役割を負う。県医療整備課によると県内の病院(診療所を除く)の療養病床数は05年には1万323床だったが、昨年は9902床で減少傾向にある。
療養病床は、医療保険を使って治療を行う「医療療養病床」と、介護保険を使って介護サービスを行う「介護療養病床」に大別される。医療費や介護保険給付の膨張を踏まえて国は当初、2012年3月末までに病院や診療所の介護療養病床を全廃して介護老人保健施設などに移し、医療療養病床も減らす方針だった。これを受けて県も12年度療養病床を7940床まで減らす案をまとめていた。
だが、長妻昭・前厚生労働相は昨年9月、他施設への転換が進んでいないことなどを理由に「廃止は困難」と表明。療養病床の扱いは宙に浮いた状態だ。【森有正】
………………………………………………………………………………………………………
介護や医療など高齢者を取り巻く問題について体験談や情報、意見、記事への感想、要望をお寄せください。宛先は〒260―0026千葉市中央区千葉港7の3毎日新聞千葉支局「老いの未来図」取材班。ファクス043・247・0508、電子メールchiba@mainichi.co.jp
毎日jp 2011年1月24日 原文のまま
編者:「老人福祉」が未整備で「老人医療費無料化」のなかで「老人病院」が急増し、おびただしい「寝たきり老人」が悲惨な「入院生活」を強いられていた時代を思い出す。我が国の今日の高齢者医療、高齢者介護の影の部分に置かれている高齢者にも目を向けたい。

「「24時間訪問ケア」を考える(2)―認知症―」( 1月2日/キャリアブレイン)
地域でのケアを考える時、避けては通れないテーマがある。在宅ケアを受ける認知症患者への対応だ。「24時間対応の定期巡回・随時対応サービス」は、認知症患者の在宅ケアにも応用できるのか。また、そのための課題は何か―訪問介護の現場のルポを通して考える。
□「投げ飛ばす」と怒る利用者
24時間対応の定期巡回サービスを手掛ける「やさしい手」のヘルパー・石森淳子さんは、夜、訪れた利用者の部屋の前で足を止めた。一瞬、息を殺し、わずかに部屋のドアを開け、中をのぞき込む。
その直後、石森さんは扉を閉め、廊下に戻ってしまった。
「利用者さんが起き上がって部屋を歩いている。このタイミングで入ると、怒られますよ」
利用者は認知症患者だった。その後、石森さんは廊下で息を殺し、ドアのガラス越しに部屋の様子を観察。数分後、もう一度わずかにドアを開け、利用者の様子が落ち着いたことを確認して部屋に入り、紙おむつの交換や薬の服用の介助など、一連のケアをごく順調に済ませることができた。
帰り際、利用者から「ありがとう」と声を掛けられた石森さんは、安堵したように大きく息をついた。
「きょうは本当に順調でした。ちょっとしたことで機嫌が悪くなることもあるから」
ちょっとしたこととは、例えば、少し介護の手順を間違えるなど、ごくささいなことだという。しかし、そのささいなことがもたらす結果は、相当に重い。
家中に響くような大声で暴言を投げ付けられたことがあった。
不審者扱いされ、追い出されそうになったこともあった。
「投げ飛ばしてやろうか」と言われたこともあったという。
さらに困るのは、BPSD(認知症の周辺症状)が始まってしまえば、簡単には治まらないことだ。
「どうしようもない時は、いったん退散し、後で出直すしかありません。それでも、わたしの場合はまだいい。慣れていないヘルパーが来たりすると、それだけで暴言や暴力を誘発する場合があるからです」
認知症患者に対する訪問介護は、ベテランのヘルパーにとってすら、厳しい業務だと言ってよい。
□「あり方検討会」も認めるBPSDへの対応の難しさ
それだけに認知症患者の家族の間では、「24時間対応の定期巡回・随時対応サービス」について、「短い時間だけ滞在し、ケアをする巡回型では、認知症の患者を守ることはできない」(勝田登志子・認知症の人と家族の会副代表理事)(写真)と指摘する意見が多い。
この点は、厚生労働省からの補助金を受け、「24時間対応の定期巡回・随時対応サービス」の仕組みや事業構築について検討・提案する「24時間地域巡回型訪問サービスのあり方検討会」の中間取りまとめでも認めている。「認知症高齢者でBPSDが目立つ状況などでは、本サービスで在宅生活を支えることは必ず容易ではない場面がある」「短時間の、時間帯による異なる介護職員による訪問は、『なじみの関係』の形成・維持が難しい場合もあり、BPSDの悪化を来す可能性も否定できない」としているのだ。
一方、中間取りまとめでは、適切な食事を自分で用意できなかったり、服薬、排泄後の清潔のケアなどが適切にできなかったりする単身の認知症高齢者については、「24時間対応の定期巡回・随時対応サービス」の有効性が期待できると指摘。また、専門医療機関との連携、担当の介護職員同士の情報共有や勤務シフトの工夫、諸方面の関係者を交えたカンファレンスの実施などの対策を講じれば、BPSDが目立つ状況などでも対応できる可能性があるともしている。
同検討会の委員の一人でもある淑徳大の結城康博准教授は、次のように指摘する。
「認知症にどう対応するかは、本当に難しい問題です。もちろん、ある程度は24時間訪問サービスでも対応できるはずです。ただ、BPSDとどう向き合うかは、最後まで課題になるでしょう。いずれにせよ、モデル事業をやってみた上で、可能かどうかを考える必要があるテーマではないでしょうか」
□制度導入の前に、国民への周知を
厚労省の統計によれば、2015年には在宅で生活する認知症患者が180万人に達する可能性もあるという。それを思えば、認知症ケアのための“カード”は一枚でも多い方がいい。「24時間対応の定期巡回・随時対応サービス」のモデル事業で、BPSDを有する認知症患者に対するケアのあり方を検討するのは、有意義なことだ。
ただ、モデル事業を実施する前に、把握しておかなければならない点もある。神奈川県伊勢原市の夜間ヘルパーステーション「絆」の青木潤一施設長は、次のように指摘する。
「わたしたちも、認知症の患者への対応は想定しています。もちろんBPSDがある利用者さんからの依頼も考慮に入れ、準備を進めてきました。ところが、実際にはまだ対応したことがありません。申し込みが一件もないのです」
青木施設長はその理由について、「いまだに利用者の間では、『認知症の方で、夜のケアの負担が大きいなら施設に』と考えてしまう習慣があるからではないでしょうか。さらに大きな理由として、市民側が夜間の訪問サービスの役割を周知できていないことがあります」と指摘。「24時間対応の定期巡回・随時対応サービス」にしても、「このまま導入するだけでは、夜間の訪問サービスと同じ轍を踏む可能性があります」と懸念している。
モデル事業を実施するにしても、新たなサービスを導入するにしても、利用者がいなければ、宝の持ち腐れに終わる。その存在や意義をどうやって国民に周知していくのか―。制度の内容と共に知恵を絞るべき重要な課題だ。
キャリアブレイン  2011年01月02日 原文のまま