REPORT 2011. 10. 6 NMOnline
日経メディカル特別編集版連動●アルツハイマー病最前線 Vol.1
発症前診断・早期治療に向け、大規模国際研究が加速
友吉由紀子=日経メディカル別冊
アルツハイマー病の進行を食い止める「根本治療薬」の誕生が待たれる中、バイオマーカーを使った大規模な国際観察研究(WW-ADNI)が進められており、発症前の脳病態の進行過程が徐々に明らかになってきている。アルツハイマー病研究の最前線についてレポートする。
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今年7月16~21日、アルツハイマー病協会(Alzheimer's Association、米国シカゴ)が主催する国際会議(Alzheimer's Association International Conference:AAIC 2011)がフランス・パリで開かれた。同会議は、高齢化により世界的に増加しているアルツハイマー病(AD)に関する研究の発展を目的としており、最近では、もっぱら早期診断・治療に向けた脳病態の進行過程の解明に関心が集まっている。
アミロイドβ(Aβ)の蓄積がAD発症の最初の引き金であることは、ADの原因遺伝子の研究などで既に明らかになっている。しかし、その後十数年の間にどのようなメカニズムを経て神経細胞死に至り、認知機能に障害が起こるのかについては、まだ明らかになっていない。
とはいえ、神経細胞死やシナプス障害が進んでから元の状態に戻すことは難しいことから、専門家の間では発症前からの介入・予防が重要であるとの認識が明確になりつつある。より早期の段階でアプローチし、発症そのものを食い止める、あるいは遅らせる根本治療薬の開発が期待されているのだ。
AD病理の客観的指標確立を目指すWW-ADNI研究
そうした中、米国を中心に世界的に進められている大規模な観察研究がWW-ADNI(World Wide AD Neuroimaging Initiative)だ。健常者、軽度認知機能障害(MCI)患者、AD患者の3つのグループに対して、PET、MRIの画像診断、脳脊髄液検査などを駆使してAβやタウといった蛋白質などを測定(図1)。認知症が発症する前の脳病態の進行過程を客観的に捉え、発症予測や病態の進行度の指標となるマーカーを確立しようとするものだ。
図1●アミロイドPET(Pi B)画像(提供:石井賢二氏)
赤い部分はアミロイドβが蓄積している部分を示している。
2005年に米国でスタートした後(US-ADNI、800例)、日本(J-ADNI、600例)、オーストラリア(AIBL、1112例)で同目的の研究が始まっており、韓国や中国なども今後参加が予定されている。
US-ADNIは、米国立衛生研究所(NIH)および製薬企業からの巨額の資金援助を得た国家的プロジェクトであり、アルツハイマー病協会もバックアップ体制を取る。
一方、J-ADNIは厚生労働省、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の資金的サポートの下、2007年から38医療機関でスタート。製薬企業や画像診断に関連した企業なども研究に参加している。600例を対象とする予定だが、今年7月までに502例の組み入れが終了している。J-ADNIとUS-ADNIの対象者は6~12カ月ごとに検査を実施。検査項目は、構造的MRI(脳萎縮)、FDG-PET(脳の糖代謝)、アミロイドPET(Aβ蓄積)、脳脊髄液(Aβ42[アミノ酸残基が42個のAβ]、タウ)、および臨床・認知機能検査。また、発症リスクを高める感受性遺伝子APOE4(ε4アレル)などの遺伝学的検討も行う。
3カ国のADNI研究を解析、発症リスクに国間で有意差なし
AAIC 2011では、米国、日本、オーストラリアの3つの国のADNI研究の比較解析結果をまとめた東京都健康長寿医療センター研究所附属診療所所長の石井賢二氏らの発表が、学会の注目演題に選ばれた。
3カ国で測定されたデータを用い、Aβ蓄積量(11C-PiBを用いたアミロイドPETによる)と、APOE4(ε4アレル)の有無、年齢などとの関連を調べ、各国データの互換性について検討した。
表1は、3カ国の健常者群、MCI群、AD群のAβ陽性率だ。いずれの国でも健常者、MCI、ADと病態が進行するにつれ、Aβ陽性率が高くなりAD群の陽性率は9割以上となった。「健常者の陽性率が日本に比べて米国およびオーストラリアで高いのは、米国は平均年齢が高いこと、オーストラリアは遺伝的にリスクの高い人を意図的に組み入れていることの影響と考えられる。MCI群とAD群のAβ陽性率については、3カ国で同様の傾向が見られ、国による差がないことが示唆された」と石井氏は説明する。

表1●アミロイドPET(PiB)で調べたアミロイドβ陽性者の割合
(出典:AAIC2011での石井賢二氏の発表より)
また、一般線形モデルおよびロジステック回帰モデルによる解析の結果、Aβの沈着は「年齢」と「ε4アレル数」に有意に相関していたが(いずれもP<0.001)、3カ国間の差は見られなかった。

AAIC2011で注目の研究発表に選ばれ記者会見を行った東京都健康長寿医療センター研究所附属診療所所長の石井賢二氏
そこで、3カ国のデータをまとめて、健常者(182例)のAβ陽性率に対する年齢、ε4アレル数の影響を見たのが表2だ。年齢が上がるにつれ、またε4アレル数が増えるにつれ、Aβ陽性率は高くなるのが分かる。さらにε4アレルが1つあると、リスク(Aβ陽性率)が11.8歳分だけ高まる、という興味深い結果が得られた。
「世界的に行われているADNI研究の結果を比較検討したのは初めてで、発症の仕方やリスクに国間の差がないことが示唆され、各国のデータを合算して解析できることが確認できた。今後のWW-ADNI研究において意義あるステップの1つとなるはず」と石井氏は話している。

表2●健常者群におけるアミロイドPET(PiB)陽性率と年齢、ε4アレルとの関連
ε4+が1つあると、年齢11.8歳分だけAβ陽性率が高まることが分かった。
(出典:AAIC 2011における石井賢二氏の発表より)
バイオマーカーも取り入れた米国の新しい診断基準
US-ADNI研究の中間解析結果からは、以下のような結果が得られている。MCIと診断された人の中で、アミロイドPETでAβ陽性の人は陰性者よりもADへの移行率が高く(44.7%対16.7%)、健常者でAβ陽性の人は陰性の人よりもMCIへの移行率が高かった(22.2%対0%)。
また、MCIからADへの移行を予測する有用なバイオマーカーとして、脳脊髄液Aβ42(脳内にAβが蓄積すると低値になるため、脳内Aβ量と負の相関が見られる)が最も敏感だった。
こうした結果を踏まえ、米国では今春、27年ぶりに新しい診断基準(NIA/AA2011)が発表された。
大きな特徴は、「AD dementia 」、「MCI due to AD」、「Preclinical AD」(まだ症状が現れていない段階)の3つに大きく分けて診断基準が決められた点だ(図2)。ただし、「Preclinical AD」(ステージ1~3)は、研究目的のみの使用としている。

図2●ADの進展とバイオマーカー
(出典:Reisa A. Sperling, et al.Alzheimer’s & Dementia 2011; 7: 280-92.を編集部で改変)
また、「AD dementia」と「MCI due to AD」においても、日常診療では臨床症状による従来の基準を用いる。バイオマーカーによってAβや神経細胞病変が確認されれば、よりADの確信度が高くなるが、バイオマーカーの使用はあくまで研究目的に限られる。
「AD dementia」はADである確信度により「probable AD dementia」と「possible AD dementia」に分けられる。「MCI due to AD」においても、バイオマーカーを利用した場合は、ADである確信度により、3段階に分かれる。
治験実施には課題も、待たれる安全な根本治療薬
こうして、早期患者を対象とした介入研究や治験を実施するための整備は整いつつある。米国では、遺伝的リスクの極めて高い健常者などを対象に介入試験を開始しており、Aβやタウを標的とした根本治療薬で既に第2相、および第3相試験の段階のものもある。

図3●AD発症に至る進行過程
AD発症の引き金がアミロイドβの蓄積であることは明らかになっているが、どのようなメカニズムで神経細胞病変が進行するのかは明らかになっていない。
ただし、治験となると、越えるべきハードルも少なくない。最も重要な標的とされるAβは、AD発症の初期にAD病理カスケードの上流で原因因子として働くものの、その後のメカニズムがまだ不明だ(図3)。したがって、どの時点までにAβを抑制すれば進展抑制の効果が得られるのか、治療介入すべき至適時期が明確になっていないのだ。
US-ADNIの研究責任者の1人で米国California大学Berkeley校のWilliam Jagust氏は、その点に関してAAIC2011のシンポジウムで発表を行った。「PETによるAβイメージングは、抗Aβ薬の治験において有用な手法と言えるが、これまでの研究報告では、認知機能の変化とAβ量の変化との相関は、健常者やAD患者では極めて弱かった。ただし、ADNIデータを解析したところ、MCIの患者では若干関連が見られた。この点についての真偽はさらなる研究が必要だろう」。同氏はこう話し、認知機能に障害が起きてからAβを抑制しても遅すぎる可能性が高いが、MCIの段階ならば間に合うかもしれないことを示唆した。
図4は、ADNI-GO(早期のMCIを対象としたUS-ADNIの追加研究)データを解析したもので、MCIや早期MCIでは認知機能(AVLTテストによる評価)とAβ量の間で負の相関が見られる。

図4●認知機能とアミロイドβとの関係(ADNI-GOデータ)
(出典:AAIC2011でのWilliam Jagust氏の発表より)
Jagust氏は、「MCIからADへの移行が予測される患者の識別には、アミロイドPETが有用だが、加えて神経病変の進行を見る別の指標も必要かもしれない」とコメントした。
ADNI研究では、まずはMCIが治験や介入研究の対象者となることを想定し、MCI患者の病態の解明に力を入れている。さらに、より早期のMCIやPreclinical(無症候)の患者に対して介入を行おうとする流れも明確になってきた。

J-ADNIの主任研究者を務める東京大学神経病理学教授の岩坪威氏
J-ADNI主任研究者を務める東京大学神経病理学教授の岩坪威氏は、「US-ADNIのMCI患者は、MCIの後期でADに近い患者が多く含まれていたため、US-ADNI2では『早期MCI』や健常者のリクルートに力を入れている」と話す。
ADの進行を阻止する根本治療薬の開発は世界的に進められているが、今のところ成功例はない。とはいえ近い将来、心血管イベントを予防するために血圧や血糖値を測り、治療が行われているように、Aβなどを測定してADの診断・治療を行う時代がやってくるかもしれない。
認知症患者は、現在世界で約3500万人、高齢化で増加しており2030年には6500万人に達すると予想されている。「ADの発症を5年遅らせることができれば、患者を半分に減らせるという報告もある。ADの早期診断・治療の実現が早急に求められている」と石井氏も話している。