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認知症を巡るあらたな動き、取り組みをお伝えするシリーズ「認知症をみつめる」。3回目のきょうは、「ピック病」を取り上げます。脳の、感情やことばをつかさどる部分が破壊されることによって起こるピック病。若年性認知症の3割以上を占めると考える専門家もいます。
ようやく実態がわかりはじめたピック病。そのケアの最前線を追います。
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ピック病とは
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岡山県にあるグループホーム「ラーゴム」は、日本で唯一、ピック病の患者専門の施設です。現在9人の患者が暮らしており、7人の職員が交代で24時間付き添いケアを行っています。
入所者の1人、入所して3年半のぎん子さん(71歳)は、「座ってゆっくり食事をとる」というあたりまえのことが、ここに来るまではとても考えられない状況でした。
6年前、自宅で過ごしていた時に家族が録音したテープがあります。会話がまったく成り立たず、家族には理解できない行動が昼夜を問わず続いていました。
ぎん子: ギャー! 何しとるんじゃ、バカバカ! ピンポンピンポンピー!
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以前入院していた病院で撮影されたぎん子さんの映像があります。常に動き回り、周囲を顧みることはありませんでした。
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発病前のぎん子さんは料理や裁縫が得意な穏やかな女性でした。2人の子どもを育て上げ、夫と老後の計画を話し合っていたぎん子さん。家族がその異変に気づいたのは9年前、62歳の時でした。
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時々、2階に上がる時に、「上がる」というのを「降りる」と逆のことを言うんで、ちょっとおかしいなと思ったり。料理を作ってて、「作り方がわからない」と言ったことがあって、それからが始まりです。(夫)
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認知症ではないかと心配し、夫婦で病院を訪ねました。この時の診断は失語症。原因はよくわからないとのことでした。
しかし、それから1年もたたないうちにぎん子さんの行動の異変はエスカレートしていきました。
夫は脳の専門病院にぎん子さんを連れていきました。ここで、認知症の中でも前頭葉と側頭葉が冒される「前頭側頭型痴ほう」いわゆるピック病と診断されたのです。
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アルツハイマー病
- 記憶をつかさどる脳の海馬やその周辺が冒される。主な症状は、もの忘れなどの記憶障害
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ピック病
- 前頭葉の機能が低下。感情や欲求を抑えることができなくなり、自分の思うがままにふるまう行動が出る。側頭葉の機能が低下。ことばの意味がわからなくなったり、話すことができなくなるといった失語の症状が出る。
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他人のお菓子を悪びれることなく横取りするぎん子さん。これも前頭葉が冒されたことによって引き起こされる行動の1つです。また、ことばの機能が冒されることでコミュニケーションも取れなくなっていきました。
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ピック病に対して何ができるのか。認知症の専門家の間でも戸惑いと模索の日々が続いてきました。
今はこの病気について、いろいろ分類したり、疾患概念について検討が行われている段階なので、この病気がどんなものなのかはまだ霧の中なのではないかと思っています。しかし、臨床の医者としては、そういう方がいらっしゃるのですから、何らかの対処はしなければいけない。だけど、持ち駒はない……。こういう現状ではないかと思います。(精神科医 佐々木健さん)
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「ラーゴム」にたどり着くまで、ぎん子さんは7つの病院や施設を転々としてきました。ほかの患者とトラブルを起こし、退所させられたこともありました。病名を告げただけで受け入れを拒否されたこともあります。
何とかこういう人を預かってくれる施設がないかと思ってね。「何でお断りになるのかな」と思って。家族としたらほんとうに残念です。特に最後の所で、面接だけで一蹴(いっしゅう)されてしまった時は、ほんとうにね。(夫)
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7つ目の病院では、向精神薬などを使って激しい症状を抑える治療を勧められました。薬の投与が始まって2週間後。ぎん子さんは意識がもうろうとなり、立ち上がることもできなくなりました。そして病院から夫のもとに連絡が入りました。
「食事ができなくなったので、鼻から管を入れるようにしますが、よろしいでしょうか」という電話があったものですから、びっくりしましてね。薬でも何でも、治るものなら、少しでもいいほうに向かうものならいいだろう思っていたんですけれど、(そういう結果になってしまうとは)想像もしませんでした。(夫)
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| 田邉敬貴さん |
ゲスト: 愛媛大学医学教授 田邉敬貴さん
日本で初めてのピック病研究会を立ち上げる。
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−ピック病とはどのような病気なのでしょうか。
田邉: 今の方は、ピック病の典型的な形です。最初、失語症と診断をされたということですが、側頭葉が冒されると、「新聞」「メガネ」といった具体的な名詞や、「メガネって何?」ということばの意味が抜けてきます。 ほかの方のお菓子を勝手に取っていくという行動を僕は、「Going
My Way Behavior」、本能の赴くままの行動と言っていますが、抑制が利かないということで、前頭葉が冒されることによって出る症状です。
−ピック病と言うと、受け入れ先がなかったそうです。
田邉: ピック病そのものの存在が、痴ほうの専門家と言われている方にも十分把握されていないということがあります。 また、大きな声を出すということから、精神疾患のほうにまちがえられたり、問題行動が多いため、精神病院に送られ、強いお薬を使われ、へたってしまうということが現実に起きています。
−ピック病の診断は、なかなかつかないものなのでしょうか。
田邉: 以前は、患者さんの脳を調べないとはっきりしたことは言えなかったのですが、CTスキャンや、機能画像SPECT、PETが出てきて、「この病気は決してまれではない」ということがやっと最近認識されてきました。教科書的には「きわめてまれ」と書かれていますが、決してそんなことはありません。
−若年性認知症の3分の1とも言われているそうですが、治療法は?
田邉: アルツハイマー病も同じですが、残念ながら根本的に治す、あるいは進行をストップさせるという薬はありません。しかし、感情の起伏とか、同じような行動をとるといった困った行動、症状に多少効果があるという薬が最近報告されるようになってきています。
手だてが見つからず、根本的な治療法もないという厳しい現実の中、ピック病専門のグループホームでは、どのような介護の取り組みを行っているのでしょうか。続きをご覧ください。
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手探りで始まった“ピック病”のケア
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グループホーム「ラーゴム」では、まず「薬で症状を抑える」ことから脱却することを目指しました。その中心となったのが、25年間、認知症とかかわってきた精神科医、「ラーゴム」を運営する病院の院長でもある佐々木健さんです。
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主に向精神薬を使用してそういう行動をコントロールしようと今までやってきたのですけれど、このやり方は限界だと思います。この方法はもう捨てて、違う方法で何かできないかと思って、これ(ラーゴム)を始めたわけですから。(精神科医 佐々木健さん)
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佐々木さんは薬の使用を減らすと共に、患者たちの行動を規制することもやめました。自分の思うままに動いてもらい、部屋に鍵もかけません。食事も強制しません。
スタッフ: 食べたい時に、食べるという感じで。
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Q: ペースを守って?
スタッフ: 守るも守らないも、無理に座らせることは、できないんです。
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行動を抑える薬は入所直後から徐々に減らし、数か月以上かけてすべてやめます。そのかわり、7人の職員が24時間交代で患者を見守ります。
薬の影響で一時は寝たきりに近い状態だったぎん子さんですが、入居後、みるみる体力は回復しました。その一方で、落ち着きなく絶えず動き回る行動は再び激しくなっていき、やがて数分おきに外に飛び出す行動を繰り返すようになります。
外に出たいのなら、納得するまでつきあってみよう。職員たちはそう覚悟しました。気が済んだかと思っても、「ラーゴム」に帰ったとたん、再び飛び出してしまうこともしばしばでした。職員はそのたびにいっしょに歩き続けました。
そんなある日のことでした。いつものように外に出ようとしたぎん子さんですが、職員が何気なく掛けた声に反応したのです。
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『玄関から出て行こうとする時、「ぎん子さん、こっちにおって」と声をかけると、「何?」という感じで立ち止まり、戻ってくる。正直驚いた』
(職員の介護記録より)
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「ラーゴム」の職員、中野晴美さんは、初めてみたぎん子さんの反応に一筋の可能性を感じました。
何となく通じ合うことができるようになったのかな。コミュニケーションというか。どうしてかと聞かれると、またこれはわからないのですけれど、わたしたち、いつも介護していて不思議だなと思うことはすごくあるんですよ。(ラーゴム管理者 中野晴美さん)
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ただ付き添うだけでなく、職員から話しかける回数を増やしていくと、それに伴いぎん子さんの反応も少しずつ豊かになっていきました。職員にプレゼントをくれたこともありました。
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『手に持っているお菓子をじわ〜っとこちらにむける。受けとり「ありがとう」と言う。目を合わせに、こっと笑われる。まるで孫にあげるような感じがした』
(職員の介護記録より)
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『スカートのスソを直している時、ふとぎん子さんに針と糸を渡してみる。とても自然になみ縫いをする』
(職員の介護記録より)
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いつの間にか、突然飛び出してしまうことはほとんどなくなっていました。
医者として反省するんです。前頭葉がやられると、その人がその人でなくなる――医学的にはそう説明されています。だけど、この方の今のお顔や、人生歴、どういう人であったのかを見ると、「脳が障害されていても、この方はこの方を保っているのではないか」と最近は感じられるんです。病気に向かう方法として、こういう方法もあるのではないかと思うのですけれども。(精神科医 佐々木健さん)
去年12月、クリスマスが近づいたこの日、ぎん子さんは美容室に出かけました。あすは1か月ぶりに夫と長女が訪ねてくる日です。
最初来られた時、以前の写真を持ってこられました。その写真に近づけるように。今までされていたふだんの元の生活に近づけるような感じのヘアスタイルを、という感じで。(美容師)
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翌日、夫と長女が訪ねてきました。
もうそれはたいへんな荒れようでしたから、今このようになるとは誰も想像もできなかった。ここへ来て様子を見るのが楽しみなんです。(夫)
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発病から10年、再び訪れた親子そろって過ごすひとときです。患者と家族が待ち望んでいたピック病のケア。今、ようやく手がかりが見え始めています。
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−グループホームでの取り組み、いかがでしたか。
田邉: 最初と比べて、ほんとうに表情が柔和に、穏やかになって、びっくりしました。 ひとつは、強い薬で抑えるということをやめて、そのかわり、多くのスタッフでみたということ。それから、「同じ所を日に何度も回る」というようなピック病の特徴的な行動パターンをよく認識し、アルツハイマー病と違って道に迷うということはありませんから、それをうまくケアの中に生かしていました。 そして、昔取ったきねづかで、裁縫や編物などに没頭しだすと、しばらくそれを続けますので、そうすると、ケアする側もその間はほかの患者さんを見ることができる。このようにとてもよくケアをされていると思いました。
−ただ、介護している方も、「何でそれが効果があるのかわからない」とおっしゃっていました。そのあたりの検証もこれから必要ですね。
田邉: そうですね。回想療法、音楽療法など認知症のケアにはいろいろなことが試みられていますが、有効な療法が出た時には、なぜ有効なのか、専門家が考え、それを生かしていく必要があります。 それから、あのようなシーンは初めてみたのですが、美容院ではとてもゆったりされていましたね。ああいった本人が落ち着ける状況を作っていくことは大事だと思います。
−ピック病の最新情報、最新の研究成果と介護をうまく結び付けることがこれからの課題となるかと思うのですが、家族による介護はとても難しいとされるピック病専門のグループホーム、まだまだ数が少ないと思います。このあたりは?
田邉: まだ存在を知らない方が多いピック病。その患者さんにいかに対応していくか。専門家と相談しながら、また、「ラーゴム」などの取り組みを参考にしながら、施設を増やしていくことが必要です。 それから、実は患者の実態というのがわかっていません。全国にどのくらいいるのか。ケアの方法など含めて、まず実態をつかむことが今後すべきことだと思います。 まだまだ治療の専門家と言われている方でもあまり把握されていないという実態があります。ぜひ知っていただきたいと思い、研究会を立ち上げました。
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