2017年
「認知症「怖くないよ」 若年性の当事者が語る、働く意味」(11月5日)
「<ひと ゆめ みらい> 「若年認知症いたばしの会ポンテ」事務局・水野隆史さん(44)」(9月25日)
「若年認知症受け入れ医療機関、10年前の2倍 滋賀県の取り組み奏功」(4月1日)
「若年性認知症患者、就労継続へ 静岡県、経営者向けセミナー」(1月28日)
2016年
受療する若年期認知症の人が増加(12月28日)
「<な~るほど介護>若年性認知症支援コーディネーター 「働き続けたい」を後押し」(7月27日)
64才で死亡した伝説的コーチ―パット・サミット―から若年性アルツハイマー病を学ぶ(6月28日)
「<若年性認知症>宮城291人 施設足りず」(5月27日)

「若年性認知症コーディネーター配置へ」(5月18日)
「若年性認知症の相談件数、5年前の2倍以上- 大府センター報告書」(5月12日)
「県が“若年性認知症”ガイドブック作成 」(4月25日)
「若年性認知症の受け入れ、施設が利用呼び掛け」(4月23日)
若年期認知症の人が驚くほど増えている(2月6日)

2015年

「若年性認知症、社会に橋渡し 専門コーディネーター、熊本県、熊本市は先行配置」(11月15日)
認知症運動家は選挙で「フランク法―年齢差別撤廃―」を求める(9月25日)
「若年認知症 来年度から全国に支援員 医療や福祉連携」(9月24日)
「若年性認知症246人 県が初の実態調査 三重」(9月18日)
若年性アルツハイマー病の家族の闘いと喜び(8月9日)
若年期認知症の人の希望のひとつ(6月4日)
「静岡県「若年性認知症」初調査 相談・支援体制の構築へ」(5月25日)
「若年性認知症で8割失職 厚労省調査」(4月19日)
「【聞きたい。】南田佐智恵さん 『明日はわが身 若年性認知症の夫と生きる』 介護制度を知っていれば…」(2月8日)


過去の情報(2001~2014年)
2017年

「認知症「怖くないよ」 若年性の当事者が語る、働く意味」(11月5日/沖縄タイムス)
沖縄県内に住む若年性認知症の当事者の活動を報告する講演会がこのほど、浦添市内で開かれ、県内で初めて若年性認知症を公表し、講演や出版活動をしている豊見城市の大城勝史さん(42)(画像)のほか、当事者の男女2人が登壇した。若年性認知症の診断を受けながらも、自らに合った居場所で、働きながら生き生きと過ごしている様子を発表した。県若年性認知症支援推進事業の一環。
うるま市の新里勝則さん(58)は56歳の時に認知症の一種「前頭側頭型変性症」と診断された。基地内でフォークリフトのオペレーターをしていたが、仕事の遅さを同僚に注意されるようになって異変に気付いた。入院による休職を経て、診断を受けて退職することになった。
退職後、デイサービスに通っていたが、「仕事がしたくて嫌で嫌で仕方なく行っていた。性格も暗くなっていた」。現在はB型事業所で野菜作りに携わって賃金をもらっており、「とても楽しくやっている」と笑み。
以前の仕事をしている際は、毎月好きな本を買っていたが、退職後は図書館通いだった。期末ボーナスで「好きな本を買いたい。自分の給料で買って読めることがうれしい」。やりがいを見つけ、性格も明るくなったと話した。
ケアマネジャーとして働いていた58歳で診断された浦添市の女性(63)は「なんとなく分かっていても、はっきり(若年性認知症と)言われた時はショックだった」と漏らした。
職場の上司と相談し勧奨退職した。だが、「働きたい」との思いが強く、現在は小規模多機能型の事業所施設で週5回、食事の配膳手伝いや皿洗いなどに従事。「収入は3分の1になったが、給料をもらえ、人と会え、誰かの役に立てることが本当にうれしい」と報告した。
1人でバスに乗って映画を見に行くこともあるといい、「皆さん、認知症になっても怖くないですよ。『助けて』と言えば誰かが助けてくれる」と笑顔で話した。
大城さんは、認知症カフェで知り合った仲間らで立ち上げた就労型活動グループの一員として、野菜作りや名刺入れ作り、スポーツ大会などに参加している活動を発表した。
沖縄タイムス+プラス 2017年11月5日  原文のまま
関連情報:沖縄タイムス+プラス「若年性認知症の相談、半年で279件 「どこに行けば…」悩み」 2017年11月5日

★「<ひと ゆめ みらい> 「若年認知症いたばしの会ポンテ」事務局・水野隆史さん(44)」(9月25日/東京新聞)
台風による雨に見舞われた今月十七日。板橋区で初めて、認知症患者がたすきをつなぐイベント「RUN伴(とも)2017inいたばし」を開催した。区役所から、介護施設「クローバーのさと」までの約四キロ。五十~九十歳代の認知症患者十五人が、それぞれ三十~七百メートルずつ、かっぱ姿で走ったり歩いた。
中止も考えたが、ルートとなる商店街でチラシを配るなど、ともに準備してきた患者から「やりたい」と声が上がり、決行した。
全ルートを患者さんらと走り、沿道の人の応援やイベントを伝える商店街の放送を耳にした。「認知症の人も同じ人間として、地域で暮らしていることを感じてもらえた」と実感した。
参加した患者のうち八人は、六十四歳以下で発症した若年性認知症の人たち。区内にある地域包括支援センターに勤めていた二〇一五年に中心になって結成した「若年認知症いたばしの会ポンテ」のメンバーだ。
当時、センターに来た四十歳代の若年性認知症の男性から「生活や仕事ができなくなり、居場所がない」と相談を受けた。働き盛りで発症すれば、家計が一気に苦しくなる。会員には、「稼げなくなって、家で肩身が狭い」など、共通の悩みもあった。
会は、患者九人とその家族が交流し、主に医療や介護に従事するボランティア約三十人が支える。「三年ぶりに笑った」と話す患者もいる。「きれいごとに聞こえるかもしれないが、皆が同じ仲間なんです」
患者のお漏らしや物忘れなどもあるが、ボランティアが、それぞれの特徴を覚えケアする。「働きたい」と願う元管理職の五十歳代男性患者がいた。真面目な性格だった。必死で探し出した高齢者施設の掃除などのパートを紹介すると、無事に定着できた。
山口県の出身。中央大法学部時代にサークルで障害者と出会い「裏表がなくて大好きだな」と福祉に目覚めた。卒業後に慶応大看護医療学部に入り直した。病院で看護師として約九年勤務した経験もある。今は、埼玉県和光市で暮らして医療関係の仕事に就く。二人の子どもの父親でもある。
「ポンテ」という会の名称は、イタリア語で「懸け橋」を意味する。患者と地域住民を結びたいという願いを込めた。「地域の人も年を取り、いつか病気になる。病気になった人が暮らしやすい地域を住民とつくっていくのが大きな目標」 (増井のぞみ)
<若年認知症いたばしの会ポンテ> 患者とその家族向けに2カ月に1回、お茶会を開く。月数回、患者とボランティアが集い、ボウリングやカラオケなどを楽しんでいる。就労や病気の相談も乗る。問い合わせは水野さん=電090(9315)6490=へ。
画像説明
「RUN伴2017inいたばし」のスタート前に笑顔を見せる水野隆史さん=板橋区役所前で
TokyoWeb  2017年9月25日 原文のまま

★「若年認知症受け入れ医療機関、10年前の2倍 滋賀県の取り組み奏功」(4月1日/産経新聞)
65歳未満で発症する「若年認知症」を受け入れる県内の医療機関などが、10年前と比べて2倍近くに増えていることが県の実態調査で分かった。県は若年認知症に対する理解を深めてもらおうと、これまで県内の医療機関を対象にしたセミナーなどを行っており、県医療福祉推進課は「取り組みの成果が出てきた」としている。
調査は昨年9~10月、県内の医療機関や介護事業所など1651機関に対し郵送によるアンケート形式で実施。このうち、1077機関から回答があった。
患者を受け入れている機関は217機関で、前回調査を行った平成18年度(125機関)から2倍近く増加。患者数は415人で、こちらも18年度(317人)から増えた。
また、若年認知症を取り巻く環境について18年度と比べた記述回答では、「若年認知症が周知された、認知度が高まった」という意見が最も多く、104件。次いで、「対応サービスが充実した、(機関同士の)連携が良くなった」(67件)が多かった。一方で、「支援内容や情報提供が不十分」という意見も44件あった。
不足している支援や仕組みについては、「若年認知症に対応したサービス」や「若年認知症専用のカフェやサロンなどの居場所」「就労支援に関する支援の取り組み」などの回答が多かった。
若年認知症をめぐっては、認知症疾患医療センターに指定されている守山市梅田町の「藤本クリニック」で患者が増加したことを受け、県が18年度に実態調査を実施。以降県は同クリニックと連携し、県内の医療機関を対象にしたセミナーや企業や介護サービス事業所などに対する出前研修などを行い、周知に向けた取り組みを行ってきた。
同クリニックの藤本直規院長は「県内では医療機関や介護事業所のみならず、民間企業の間でも理解は広まっているのを感じる。引き続き啓発に取り組んでいきたい」と話している。一方、県は今回の調査結果を踏まえ、若年認知症の受け入れ機関の周知を徹底していく方針。
若年認知症 65歳未満で発症する認知症。物事を覚えられない「記憶障害」▽スムーズに物の名前が出てこない「失語」-などの症状があり、病理学的には高齢者の認知症と同じだが、働き盛りの世代が突如として発症するため、患者の就労状況や家族の生活環境に深刻な影響を及ぼす。厚生労働省の「新オレンジプラン」によると、全国の推計患者数は約3万8千人。人口比率から、県内では430人程度いるとされる。
産経ニュース 2017年4月1日 原文のまま

★「若年性認知症患者、就労継続へ 静岡県、経営者向けセミナー」(1月28日/静岡新聞)
65歳未満で発症する若年性認知症の就労支援を目的に、静岡県は2月、企業経営者向けセミナーを初開催する。静岡県が2015年に初めて行った実態調査によると、県内の罹患(りかん)者は少なくとも444人。発症段階で、仕事をしていた人の約9割が退職していた。県は現役世代の認知症に対する理解を促し、就労継続につなげたい考え。
セミナーでは若年性認知症の研究者、当事者、雇用を実践する県内企業の代表が講演し、認知症の症状や体験談、就労支援の取り組みなどを紹介する。経営者や人事労務担当者を中心に、福祉関係者の参加も呼び掛ける。
県が16年7月に専用相談窓口を開設したところ、同年12月末までに計61件の悩みが寄せられた。相談者は本人が最も多く、次いで配偶者や兄弟姉妹。当事者の年齢は50~59歳が16件と最多で、39歳以下も4件あった。就労、家事・育児への影響など、高齢期の認知症とは異なる課題があり、相談内容は多岐にわたるという。セミナーは17日午後1時半~4時、静岡市葵区のホテルアソシア静岡で。問い合わせは県長寿政策課<電054(221)2442>へ。
アットエス 2017年1月28日 原文のまま


2016年
受療する若年期認知症の人が増加(12月28日/イギリス)
過去6年間にスコットランドで受療する65才未満の認知症の人が増えています。この増加傾向によって若年期認知症の人に無料ケアの適応を拡げる新しい法律に向けた新たな要請に繋がります。
運藤する人たちは「フランク法Frank’s Law」の制定を要望しています。この法案は認知症と診断され6年後に65才で亡くなった元サッカー選手フランク・コペルFrank Kopel氏に因んで名付けられた無料ケアの適応拡大を意図したものです。スコットランドでは65才未満の若年期認知症でケアを受けている人が毎年増えています。2014~15年の間で777人だったのが2015~16年の間で808人へ増加しました。
「スコットランド医療情報局ISD Scotland」の資料でスコットランド保守党Scottish Conservativesが注目した数値ですが、2009~10年に遡ると65才未満の認知症の人は600人より少なかった。
昨夜、認知症の専門家で「認知症:ワンストップガイドDementia: The One Stop Guide」(訳注)の著者であるジュン・アンドリュスJune Andrews教授(写真)は次のように述べていました。
「この増加は、ほとんどまちなくなく認知症診断の向上によるものです。国民保健サービスNHSがこうした人々を把握し支援してきたことで称賛されるべきです。信じがたいほど不公平なことですが、若年期に発症する認知症で不幸にも対応しなければならない家族は認知症高齢者と同じ給付を受けることができません。しかし地方当局によっては既に65才以上と同じケアを提供する取り組みをしています」
2015~16年に受療した若年期認知症の人たちを年齢区分でみると、15~29才が4人、30~39才が9人、40~49才が43人、50~54才が85人、55~59才が228人、60~64才が439人です。
スコットランド保守党のマイルス・ブリッグスMiles Briggs保健担当報道官は次のように述べています。
「こうした年齢層の認知症の人たちは認知症のすべての人たちのなかでは少数派ですが、保守党は毎年、受療している何百人という人たちを話題にしてきました。患者数も増えています。フランク法の運動をする人たちは、本当に普通とはいえない若い年齢で認知症になった人達が直面している問題を確かに認知させるため熱心に活動してきました。保守党は現在このことを取り挙げ確実に法制化する必要があります。私は、スコットランド政府がそうすることを希望します」
ショーナ・ロビンソンShona Robison保健大臣は次のように述べています。
「スコットランド政府は無料の介護と看護を保護し、65才未満の人への拡大を検討しています。この行動を続けるつもりです」
the scotsman 28/12/2016 Number of younger patients given treatment for dementia on rise
訳注:わが国で訪日外国人が必要とする情報やサービスをひとつのサイトで全て提供しようとする「ワンストップガイドサービス」がある。
サイト内関連記事:「認知症運動家は選挙で「フランク法―年齢差別撤廃―」を求める」(2015年 9月25日)
編者:スコットランドでは若年期認知症の関する制度上年齢差別があるとのことだが、スコットランドアルツハイマー病協会のサイトではそうした情報が見当たらない。その背景は何かだろう。

★「<な~るほど介護>若年性認知症支援コーディネーター 「働き続けたい」を後押し」(7月27日/東京新聞)
働き盛りで発症し、経済的な苦境に陥りがちな若年性認知症の人を支援しようと、国は本年度から2年間で、若年性認知症支援コーディネーターを全都道府県に置く。相談窓口を一本化し、就労継続や社会保障制度利用のための手助けをする。 (稲田雅文)
「若年性認知症の人は、退職に追い込まれて家計が危機に陥ることがある。小さな子どもがいると、子育てと介護が配偶者にのし掛かることにもなり、家族の負担軽減も必要です」
東京都のコーディネーターを務める駒井由起子さん(55)は説明する。
もの忘れによる仕事上のミスが続き、病院を受診して認知症が発覚することが多い。病気を理由に休職や退職に追い込まれたり、働き続けることができても、残業手当カットなどで収入が減る場合がほとんどだ。
コーディネーターはまず、健康保険組合の傷病手当金や障害年金の申請など、社会保障制度の利用につなげる。症状が進み休職することになった場合は、若年性認知症の人向けのデイサービスの利用などを勧める。数カ月から半年ほどで生活を再建する支援を終え、地域の包括支援センターなどに引き継ぐ。
駒井さんが二年ほど前に支援した五十代の男性の場合、アルツハイマー型認知症を発症後、降格人事で子会社に異動になった。新しい職場に向かう電車の乗り換えを間違えて出勤できなかったことがあり、医師からは「就労は難しい」との意見を付けられた。ただ、本人は「働き続けたい」と意欲を持っており、センターに相談した。
仕事の状況を知るため駒井さんが会社を訪問したところ、通勤で電車の乗り換えが三回あり、新しい部署の営業の仕事をするのも、記憶障害のため難しかった。駒井さんが会社と交渉した結果、長年通い慣れた本社勤務に戻り、以前の部署で若い社員の助言役として働き続けられることになった。
「一人一人が仕事や生活で抱える課題は千差万別で、それぞれに合った支援をしています」と駒井さん。都内には四千人の患者がいると推計され、都は二〇一二年、若年性認知症総合支援センター(目黒区)を設置。運営はNPO法人「いきいき福祉ネットワークセンター」に委託している。コーディネーターには、作業療法士の資格を持つ駒井さんのほか、看護師と社会福祉士がいる。
一四年度にはセンターに千五百件の相談があり、現在もコーディネーター一人当たり百人を支援している。都は今秋、西部の多摩地区に二カ所目のセンターを設置する。ただ、医療機関で診断されても相談窓口に来ない人がおり、コーディネーターの存在を知ってもらうことが必要だ。
他県でも、取り組みが進んでいる。滋賀県は一一年度に、藤本クリニック(守山市)内にコールセンターを設置し、看護師を配置。産業医らと連携して就労の継続を支援している。休職や退職に至った場合は、介護保険制度の利用までの空白を埋めるため、クリニックの「仕事の場」で軽作業ができるようにした。三重県や兵庫県もコーディネーターを置いている。
<若年性認知症> 65歳未満で発症した認知症。厚生労働省の2009年の推計で国内には約3万8000人の患者がいるとされる。家庭や職場での役割が大きく、体力もある世代がなるため、高齢者の認知症とは別の支援が求められる。
写真説明:
電話相談に乗る東京都の若年性認知症支援コーディネーター。必要に応じて面談や企業訪問を行う=東京都目黒区内で
Tokyo Web 2017年7月27日 原文のまま

★64才で死亡した伝説的コーチ―パット・サミット―から若年性アルツハイマー病を学ぶ(6月28日/アメリカ)

パット・サミットPat Summitt氏(写真左上)が死亡した知らせはスポーツ界にさざ波を起こしつづけています。しかし他の分野―アルツハイマー病の人たち―へ重要な光を照らしています。
サミット氏は、テネシー大学University of Tennesseeのメジャーな大学バスケットボールの歴史で最多勝のコーチとなりましたが、彼女がアルツハイマー病の合併症で亡くなったと家族が公表しました。
悲しいことに、彼女の急速な健康悪化はアルツハイマー病の不可避な結果です。多くの医療専門職がこのことと辛抱強く戦っています。
アルツハイマー病協会Alzheimer’s Associationの地球規模の先駆的科学企画Global Science Initiatives部長のジェームス・ヘンドリックスJames Hendrix氏(写真左中)は「アルツハイマー病は本人と家族にとって計り知れない影響を及ぼします。研究がうまくいこうがいくまいが、 いずれ病気を終わらせることに関わる」と述べています。
500万人以上のアメリカ人がアルツハイマー病です、この病気は、記憶障害、混乱、不安、その他の神経系症状を呈します。アメリカの死因の第6位です。アメリカ疾患管理予防センターU.S. Centers for Disease Control and Prevention によると、2015年、死亡率はこれまでの最高で10万人あたり29.2です。
サミット氏の診断の異なること
多分、サミット氏の場合で最も驚くことはその年齢でした。伝説的コーチは64才で死亡しました。若年期認知症として知られるアルツハイマー病でした。
クリーブランドクリニック・クリーブランドルーヴォボ脳健康センターLou Ruvo Center for Brain Health at the Cleveland Clinicの所長で神経科医のジェームス・レヴェレンスJames Leverenz氏(写真左下)は次のように述べています。
「通常、65才以降に症状が出る典型的なアルツハイマー病とは異なります。病気の発症の平均年齢は80才ほどで、65才以下は多くはないが、無いわけではありあません。若年期発症の人はとりわけ苦闘します。まだ働いていることが多く、扶養する家族がいます。悲劇です」
サミット氏は、59才の2011年の時に若年性アルツハイマー病と診断されました。この時、まだ働いていました。その後しばらくしてテネシー大学の女性バスケットボールのコーチの役目を終えていったのです。
彼女は、パット・サミット財団Pat Summitt Foundationを創設し、この病気と闘う指導的な擁護団体となったのです。病気の影響について本人と介護者に情報を提供します。
若年性アルツハイマー病は、アメリカのアルツハイマー病の約10%にすぎません。若年期のアルツハイマー病の独自の原因というものは一般的に知られていません。多くの場合、若年性アルツハイマー病はもっと多いアルツハイマー病の場合と同じです。おおよそ高齢者の場合と同様に進行します。
アルツハイマー病協会によると、多くの研究者はアルツハイマー病に関連した稀な遺伝子を受け継ぐ人が若い時期に症状を呈しやすく、ときには30歳ということもあると示唆します。
アルツハイマー病で亡くなるとは?
アルツハイマー病は専門的には死因ではないという元学派がありますが、現在、専門家はアルツハイマー病の死亡への直接的な影響があると論じています。
レヴェレンス氏は次のように述べています。
「通常、病気がかなり重くなると患者は寝たきりです。ますます感染症に罹患しやすく、食べることを止めこともたびたびあります。通常、肺炎などの感染症は実際、死に至たるのですが、アルツハイマー病でなければ、とうしてことはありません」
研究者はどのように病気と戦っているのか
またにヘンドリックス氏は次のように述べています。
「常に科学者は、アルツハイマー病の進行を遅くしたり、予防する薬の臨床試験を追及しています。現在、科学者は、病気の進行の原因となる脳内の特別なアミノ酸やタンパクを減らす方法を探求しています」
また研究者は、アルツハイマー病を予防する、あるいは診断後に病気への影響を軽減する生活様式についても調べています。規則的な運動、健康的な食事、社会的刺激といった行動は記憶力を高めるのに役立ち、脳を保護して認知機能低下の防ぐのに役立ちます。
危険な兆候に注意
さらにレヴェレンス氏は次のように述べています。
「最も顕著な赤旗は記憶障害です。多くの人は思い出すのが苦手になったことを笑い飛ばしますが、神経学的には何か重大なことが起きている兆候の場合があります。各自が自分の脳機能を総合的に注意を払うべきです。アルツハイマー病が進行すると、正しく判断したり決定する能力を失います。話すことが難しくなることもあります。力が弱ったからでではなく視覚的情報を理解することが難しくなり自らの手で複雑な仕事ができにくくなるかもしれません。もし何かおかしいと疑う時はかかりつけ医の診察を受けることはよくない考えではありません。これは年齢に関係なく、自分の健康を守るためにとても重要なことです」
記者:Lindsay Holmesリンドセイ・ホームズ(写真右)はハフィントン・ポストの健康生活副編集長
HuffingtonPost 06/28/2016 What Pat Summitt’s Death Can Teach Us About Early Onset Alzheimer’s)
サイト内関連記事:ヤンキースが「世界アルツハイマー病月間」を立ち上げ―アルツハイマー病のサミット氏も応援―(2013年9月1日)

★「<若年性認知症>宮城291人 施設足りず」(5月27日/河北新報)
65歳未満で発症した若年性認知症の人は、宮城県内に少なくとも291人(2015年12月時点)いることが、県が初めて行った実態把握調査で分かった。病が原因で退職を余儀なくされたり、介護が必要となっても受け入れてもらえる施設や事業所が限られたりして、本人と家族は大きな不安や経済的負担を抱えていた。関係機関が連携し、早い段階から情報提供と支援に当たる必要性が明らかになった。
調査は15年11月~今年2月、2段階で実施。若年性認知症者が受診、利用する可能性のある医療、介護、福祉施設など2645カ所に調査票を送った(回収率53.1%)。さらに利用者がいた関係機関を通じ、調査協力を得られた本人と家族に生活課題や求める支援を尋ねた。
291人の平均年齢は60.24歳で、最年少は41歳。日常生活に支障がある人が9割で、1人暮らしが困難な状況がうかがえた。14年度は通所介護事業所、居宅介護支援事業所を中心に191カ所を利用。居宅介護支援事業所は車の運転や就労の継続など、在宅生活を送るための相談を多く受けていた。
介護保険サービスを提供する事業所約1000カ所からの回答によると、若年性認知症者を実際に受け入れたことがあるのは2割弱、受け入れ態勢が整っているのは3割だった。
受け入れる意向がある事業所は半数を超えているものの人手が足りず、高齢者より体力のある若年性認知症者への個別対応や、トイレ、入浴時の同性介護ができないジレンマに陥っていた。
2次調査には27人が答えた。発症前と同じ職場で働いていたのは1人だけで、11人は発症後に退職していた。障害基礎年金などの受給や精神保健福祉手帳取得など、経済的な支援につながる制度の利用率はいずれも5割以下だった。「制度や窓口が分からない」という回答も多かった。
認知症はうつ病などとの見分けが難しく、初診から確定診断まで平均1年半、2年以上かかった人も7人いた。その間の支援はなく、職場でのトラブルから結果的に退職へ追い込まれたケースもあった。病気が疑われた段階から、不安を受け止める支援の在り方が求められている。
厚生労働省の推計に基づき人口比で算出すると、宮城県内の若年性認知症者は600~700人で、関係機関につながっていない人は多いとみられている。
県は調査結果を基に、若年性認知症者が利用できる相談窓口や、受け入れ態勢が整っている施設、事業所の一覧を冊子にまとめた。市町村や地域包括支援センターに配布する。
河北新報 2016年5月27日 原文のまま
編者:調査報告書がネット上見つからない。

★「若年性認知症コーディネーター配置へ」(5月18日/大分合同新聞)
65歳未満の若年性認知症の人や家族を支援するため、県は6月から大分市明野東の県社会福祉介護研修センター内に専門のコーディネーターを配置する。働き盛りの現役世代で発症し、理解不足から受診が遅れたり、失職して経済的に苦しくなるケースもあり、必要とされるサポートは医療・福祉・就労と多岐にわたる。各機関につなぐワンストップ窓口として、一人一人の症状に応じた支援の構築を図る。
県の調査(2013年度)によると、県内の若年性認知症の患者は約300人。アンケートでは、就労経験のあった38人のうち74%は発症後に退職したと回答。当事者や家族からは「先行きが見えない」「収入が途絶え、経済的に不安」「コミュニケーションの取り方が分からない」などと深刻な意見が寄せられた。
コーディネーターの配置は厚生労働省が15年度、全都道府県に求めた。発症間もない場合に事業所と勤務調整に当たったり、職場復帰や再就職などを支援する。医療機関と連絡を取って症状を把握し、障害年金や医療費助成といった社会保障の情報を伝え、福祉サービスの利用を促したりする。財産管理などの相談にも応じ、生活全般をサポートする。
県はこの事業を認知症対策の普及啓発に取り組む「認知症の人と家族の会県支部」(中野孝子代表世話人)に委託。同支部が日頃から実施している電話相談に組み込む形で運営する。コーディネーターは状況に応じて当事者方を訪問したり、関係機関に同行する。
同支部は「当事者や家族の不安を和らげるには早期の対応が重要。困り事や不安を一緒に考える運営を心掛けたい」と強調。
県高齢者福祉課は「多くの人に若年性認知症への理解を深めてもらう一方、県としても総合的な対策を推進したい」と話している。
写真説明:「認知症の人と家族の会県支部」が実施している電話相談。6月から若年性認知症コーディネーターを配置する=大分市
大分合同新聞 2016年5月18日 原文のまま

★「若年性認知症の相談件数、5年前の2倍以上- 大府センター報告書」(5月12日/キャリアブレインニュース)
65歳未満で発症する若年性認知症に関する相談が、5年前に比べて2倍以上に増えたとする報告書を、社会福祉法人仁至会認知症介護研究・研修大府センター(大府センター、愛知県大府市)が公表した。【松村秀士】
厚生労働省は2008年、全国を対象に、主に若年性認知症の相談対応を行うコールセンターを1カ所設置することを決定。これを受けて、09年10月に大府センター内に「若年性認知症コールセンター」が開設された。
大府センターがまとめた報告書によると、昨年の相談件数は延べ2240件で、相談開始以来、最多となり、相談が始まった翌年の10年(1055件)と比べると倍以上に増えた。
相談を受けた延べ2240件のうち、本人からの相談件数は全体の41.6%を占め、介護者からの相談件数(37.9%)を上回った。相談件数の増加について、大府センターは「認知症に対する関心の高まりと、認知症を自分のこととして身近に感じる人の増加を示唆する」と指摘している。
□認知症や疑いのある人の4分の1が介護保険を未申請
相談を受けた件数のうち、既に若年性認知症と診断された人と、まだ確定診断されていないが、「濃い疑い」のある人を合わせた件数は939件。このうち、介護保険を認定していたのは521件(55.5%)で、申請中は27件(2.9%)、未申請は230件(24.5%)だった。
大府センターは、未申請の理由について、「診断から相談までの期間が短い人が一定数見られたことや、65歳未満は介護保険が利用できないと誤解している人がいる可能性が考えられる」としている。
CBnews 2016年5月12日 原文のまま
関連情報:若年性認知症コールセンター 2015報告書(pdf4.6M)

★「県が“若年性認知症”ガイドブック作成 」(4月25日/静岡第一テレビ)
若い人でも発症する恐れがある若年性認知症を支援しようと、県はガイドブックを作成し、25日公表した。県の調査によると、65歳未満の若年性認知症患者は県内に444人いて、このうち43%が発症時に病気の存在を知らなかった。そこで県は、若年性認知症について理解を深めてもらおうとガイドブックを作成した。若年性認知症は高齢者の認知症と比べると100分の1と少ないためなかなか理解されにくい上、患者の約9割が仕事を辞めたり休職しているのが現状。ガイドブックには若年性認知症の基礎知識のほか患者や家族の体験談、就労支援の相談窓口が掲載されている。このガイドブックは市町の担当課などに配布され、県のホームページでも見ることができる。
DaiichiTV  2016/4/25 原文のまま
関連資料:ふじのくに若年性認知症支援ガイドブック(PDF:4,086KB)

★「若年性認知症の受け入れ、施設が利用呼び掛け」(4月23日/西日本新聞)
被災した若年性認知症の本人と家族を支えようと、「認知症の人と家族の会熊本県支部」(熊本市)が、交流施設「みどりの小路inひかり野」(合志市須屋)の利用を呼び掛けている。
震災の影響でデイサービスなどの施設が利用できず、精神的ストレスを抱える家族が増えていることから、若年性認知症の本人を一時的に預かり、社会福祉士や介護福祉士の世話人が入浴の介助などの要望に可能な限り対応するという。
世話人の大久保裕子さん(66)は「被災のショックと認知症の本人の見守りで、家族は二重の疲れを感じているはず。一時的であれ休養が必要」と話す。
同支部はボランティアも募集している。同支部=096(223)5164(水曜は休み)。
西日本新聞 2016年4月23日 原文のまま

★若年期認知症の人が驚くほど増えている(2月6日/シンガポール)

「国立神経科学研究所National Neuroscience Institute (NNI) 」が昨日明らかにしたところによると、若年期認知症と診断される人は2011年と比べ2015年は4倍に増えています。
NNIの神経学部のナゲンドラン・カンディアNagaendran Kandiah医師(写真の左)によると、2011年65歳以下の認知症の人は27人でしたが、2015年には121人で、驚くほど急増しているが原因についてはよくは理解されていません。
さらに医師は「この傾向が続けば大きな混乱になります。現在、これらの人たちへの十分なサービスがないからです」と述べています。
同医師は、250人の患者について調査し、そのうち65歳以下の人はおおよそ3分の1でした。若年期に認知症になることの経済的な影響を知ったのです。
すなわち、65歳以上の認知症の人の年間経費の中央値はおおよそ1万1400ドルでしたが、若年期認知症の人はその倍近い1万1400ドルでした。
彼の調査によると若年期認知症の人の約40%は、認知症のために失職したと回答しています。これが高い経費の主な要因でした。
さらに医師は「75歳で認知症になるとしても、その人は既に退職しています。しかし50歳では、まだ働いているだろうし、一家の大黒柱かもしれない」と述べています。
認知症は典型的に70歳以上でなりますが、若年期認知症の人は40歳代や50歳代で症状を現れます。
カンディア医師は、現在シンガポールの認知症の人は4万人で、そのうち65歳以下の人は10%と推計しています。
高齢期認知症はもの忘れで始まる傾向ですが、若年期認知症の人は通常言語の問題として始まります。
若年期認知症の人たちの行動はかなり違うこともあり、ときに破壊的で、このため失業するでしょう。
また医師は次のように述べています。
「私の研究から、若年期認知症の人とその家族が病気による経済的および社会的な影響に対処することを支援すらため多くの必要なことが実施されなければなりないことが分かりました。たとえばデイケアセンターの制度は高齢者向けで、若年期認知症の人が一度行って70歳以上の人たちばかりだと知り、二度と行きたくなくなります」
彼の患者の一人はジニファー・ローJennifer Low氏(60歳)(写真の左)は、6か月前に認知症と診断されました。
しかし彼女の息子で俳優のジョシュア・リムJoshua Lim氏(30歳)(写真の中央)は次のように述べています。
「母親の症状は2年前から始まりました。いつも言葉を忘れ、同じ質問を繰り返すのです。私が答えている時でさえ繰り返すのです」
受診した最初の医師は、彼らの関心を無視するかのように「認知症になるには若すぎる」
と述べたのです。しかし家族は何か間違っているとことを知っていたのです。
現在、ロー氏は薬を服用し、運動と知的刺激を提供するプログラムに参加しています。
そしてリム氏は「それ以降、知的な退行が遅くなった」と述べています。
Straitstimes Singapore FEB 6, 2016 'Alarming rise' in younger dementia patients)
編者:シンガポールでも若年期認知症の課題があることを初めて知った記事として紹介する。「認知症の人と家族の会」が1990年頃に若年期認知症の問題を提起した頃に似ているかもしれない。シンガポールアルツハイマー病協会は2008年に初めて若年期認知症を取り上げている。記事のなかで医師は急増の理由が理解できないとしているがシンガポールで特別な若年期認知症が多発しているとは考えにくく、若年期認知症の人の受診例が増えためと私は理解する。それにしても最近、シンガポールのニュースサイトStraitstimes Singaporeは認知症をよく話題としている。

2015年
★「若年性認知症、社会に橋渡し 専門コーディネーター、熊本県、熊本市は先行配置」(11月15日/西日本新聞)
65歳未満の若年性認知症の人や家族を支援する専門のコーディネーターが、2016年度から全都道府県に順次配置されるが、熊本県と熊本市が昨年5月に九州で初めて先行配置し、1人が既に活動を始めている。働き盛りで発症し、勤務先の会社から退職を余儀なくされ、社会とのつながりを断たれて引きこもってしまうケースも多い若年性認知症。コーディネーターには、患者それぞれの症状や希望に沿った新たな「居場所」へのつなぎ役が期待されている。
62歳のときに若年性認知症と診断を受けた女性が、熊本市内の児童養護施設で週1回、ボランティアで子どもたちの保育の手伝いをしている。子どもたちと縄跳びを回したり、砂遊びをしたり…。「家にいても、一人でぼーっと一日を過ごすだけ。子どもたちは寄ってきてとてもかわいいんです」。女性に子どもたちはなつき、遊んでもらおうと列をつくることもある。
女性を保育ボランティアにつないだのは、県と市の委託を受けた若年性認知症支援コーディネーターの太田千里さんだった。
パート勤務だった女性は、発症をきっかけに同じ顧客に何度も電話をかけるなどのミスが続き、2年前に解雇された。女性の次女は「生活の中心だった仕事がなくなり、すべてのことに意欲を失っているようだった」と振り返る。
次女が「認知症ほっとコール」に相談。サポート役として引き受けた太田さんは「子どもと関わりたい」という女性の希望を聞き、児童養護施設のボランティアを見つけた。しかし、若年性認知症の人を受け入れた経験がない施設は当初、「子どもに危害を加えるのでは」と消極的だったという。
太田さんは女性の主治医や作業療法士から聞き取りをして、「絵本の読み聞かせなど、グループではなく1人で子どもたちと接する遊び方が望ましい」といった留意すべき点を施設に伝えた。その後、施設側はボランティアとしての受け入れを決めたという。
  ◇    ◇
社会福祉士などの資格を持つ太田さんは、本人の症状や趣味に合った居場所づくりを心掛けている。「働きたい」との要望があれば事業所を見つけて紹介したり、「パソコンを習いたい」という人には、地域活動支援センターのパソコン教室につないだり、発症後も働き続けている人のために、会社と交渉して配置転換を求めたこともある。
「どこにもつながっていない空白期間が長いほど症状は進んでいく。発症してもできることはたくさんある。本人の可能性を生かし、選択肢を一緒に見つけたい」と太田さん。県認知症対策・地域ケア推進課によると、県内の若年性認知症の患者数は少なくとも約900人。太田さんは「早期に診断されることは重要だが、早期絶望になってはいけない」と強調している。
認知症ほっとコールは県と市の委託を受けて「認知症の人と家族の会熊本県支部」が運営している。
西日本新聞 2015/11/15 原文のまま

★認知症運動家は選挙で「フランク法―年齢差別撤廃―」を求める(9月25日/イギリス)

スコットランドの認知症ケアの変革を求める運動家は、ダンディーのショーナ・ロビンソンHealth Secretary Shona Robison保健大臣(写真右上)に対立するスコットランド議会選挙の候補者を出します。
パトリック・ケリーPatrick Kelly氏(写真右中)が「フランク法」のグループを代表して立候補します。
アマンダ・コッペルAmanda Kopel氏(写真左中の右側)―FCダンディー・ユナイテッドDundee Unitedの元選手で昨年亡くなったフランク・コペルFrank Kopel氏(写真左中と下)の妻―は、65歳未満の認知症の人への無料のケアを求めてきました。
コペル夫人は「現在のケアの制度は年齢差別です」と述べています。
フランク氏は、スコットランドのテーサイド州のクラブDUで407回出場しましたが、2014年4月に65歳で死亡しました。この間、血管性認知症とアルツハイマー病を発病していました。
彼は、65歳にならないと無料の個別ケアを受ける資格がなかったのです。コペル夫人は
この法的盲点の撤廃を求めて運動してきました。
彼女は、ロビンソン氏のダンディー事務所の外でデモを行い、保健大臣に招かれて直接この問題で議論したことがあります。
さらにコペル夫人は次のように述べています。
「27か月間、スコットランド政府に65歳未満の人への無料の個別ケアの規則を変更するように懇願しました。これは年齢差別です。何度も言い逃れを聞いてきました。正直に言って、悲しくもあり嬉しくもありました。デモまでしなければならないことが悲しく、しかしスコットランド中の多くの人たちが支援してくれて嬉しいのです」
またコペル夫人は「2016年のスコットランド議会の選挙に私自身が立つように求められていますが、ケリー氏の支援に回る」と述べています。
元保健大臣のアレックス・ニールAlex Neil氏(写真右下)は、フランク氏が亡くなる前、スコットランドのキリミュアKirriemuirに在るコペル氏の自宅で夫婦に会っています。かれらの指摘する問題を議会に伝えると約束しました。
写真説明
左上:ダンディーのロビンソン事務所の外で活動家がデモを行う。
左中:フランク氏が2009年、認知症とアルツハイマー病と診断され、このことで妻のアマンダ氏が運動を始める。
左下:フランク氏は、DUで407回出場。2014年に死亡。
BBC 25 September 2015 'Frank's Law' dementia campaigner to seek election
編者:スコットランドは早い時期からイギリスとは別にアルツハイマー病協会Alzheimer Scotland - Action on Dementiaの活動が活発だが、若年期認知症の法的年齢差別が現存していたとは知らなかった。

★「若年認知症 来年度から全国に支援員 医療や福祉連携」(9月24日/東京新聞)

六十五歳未満の若年性認知症の人や家族を支援するため、厚生労働省は二〇一六年度から、都道府県に専門のコーディネーターを配置する。働き盛りで発症する人も多く、認知症への知識不足で受診が遅れたり、仕事を続けられずに経済的に苦しくなったりすることから、医療・福祉・就労の関係機関とのつなぎ役として生活全般をサポートする。 
厚労省推計(〇九年)によると、若年性認知症の人は全国に約三万八千人で、平均の発症年齢は五一・三歳。認知症の高齢者(一二年、四百六十二万人)に比べて少ないが、職場や家庭でさまざまな役割を担っており、支援が不十分だとの指摘があった。
コーディネーターは認知症介護の経験や専門知識がある人を想定。自治体が委託した社会福祉協議会や医療機関に常勤として少なくとも一人を配置、国が人件費などを補助する。
若年性認知症の人に対する厚労省研究班の生活実態調査(一四年)では、就労経験がある約千四百人のうち約八割が勤務先を自ら辞めたり、解雇されたりしたと回答。突然、収入源を絶たれるなど深刻な影響が出ている。
一方で、早期治療によって症状の進行を抑えられることもある。コーディネーターは発症から間もない場合に企業との勤務調整に当たったり、職場復帰や再就職を支援したりする。主治医と連絡を取りながら病状を把握し、障害年金や医療費助成といった社会保障の情報も伝える。
このほか、介護の負担が配偶者に集中することから、介護保険の利用についての助言や家族の心のケアに応じる。近隣の専門医や若年性認知症に対応したデイサービスなども紹介する。
東京都はすでに一二年からコーディネーターを配置。社会福祉士や作業療法士ら計三人が相談に応じ、介護の利用や障害者手帳の発行など行政手続きを手助けする。兵庫県も専門の相談員を置いている。
<認知症> 脳の神経細胞が死んだり働きが悪くなったりすることで、物忘れや妄想、徘徊(はいかい)などの症状が出て日常生活に支障が出る状態。厚生労働省によると、2012年に認知症高齢者は462万人で、25年には675万~730万人に増え、65歳以上の約5人に1人に上ると推計されている。高齢者はアルツハイマー病が最も多い。一方、65歳未満が発症する若年性は、脳梗塞などが原因で起こる血管性認知症が4割を占める。政府は今年1月に策定した認知症対策の国家戦略で、介護する家族らへの支援や研究開発の推進を掲げている。
TokyoWeb 2015年9月24日 原文のまま

★「若年性認知症246人 県が初の実態調査 三重」(9月18日/中日新聞)
県は十七日、六十五歳未満で発症する「若年性認知症」に関する初めての実態調査結果を発表した。調査の結果、少なくとも二百四十六人の患者がいることが分かった。
長寿介護課によると、県内には四十~六十四歳で介護保険の認定を受けている「第2号被保険者」が、二〇一四年四月時点で二千二百十二人おり、そのうち二百四十六人が若年性認知症だった。
内訳は男性百二十八人、女性百十八人。住んでいる場所は在宅が最多の百四十五人。在宅サービスの利用状況は通所介護が最多の七十一人を占めた。
どの程度の介護サービスが必要かを段階別に示す「要介護度」を見ると、患者の要介護度は、若年性認知症でない第2号被保険者と比べて「要介護1」「要介護5」が多い傾向が見られた。
同課の担当者は「要介護1の患者が多かったのは、認知機能が低下しても若くて身体能力の高い人が多いことを示している。要介護5の患者が多いのは、症状の進行が早くて重度化しやすいことを表しているのではないか」と分析している。
調査は患者とその家族の支援につなげる狙いで、一四年四~十二月に実施。地域包括支援センターなどの関係機関、市町と協力した。
県は市町の担当者や介護事業者などを対象とした研修会を十~十一月に三回開くほか、若年性認知症の患者や家族、支援者が集う「若年性認知症カフェ」を来年一月以降、二回開く予定。(相馬敬)
Chunichi Web 2015年9月18日 原文のまま
編者:介護保険で認定を受けている人だけが対象の調査を実態把握と言えるか。

★若年性アルツハイマー病の家族の闘いと喜び(8月9日/アメリカ)
若年性アルツハイマー病のためは元州地方裁判所判事のケネス・マルチネスKenneth Martinezさん(写真左上)は仕事を失いました。この病気の最後まで60歳のマルチネスから、そして家族から多くのものが盗み取られるでしょう。
アルバカーキのノースイーストハイツの自宅でマルティネスさんは「高齢化するベビーブーマーが出現するので、この問題は解決しなければなりません。希望はあります。多分、私に希望はないかもしれませんが、誰かほかに人にはある」と話します。
アルツハイマー病協会Alzheimer’s Associationによると、530万人以上のアルツハイマー病のアメリカ人はほとんどが65歳以上ですが、マルティネスさんのような65歳未満の若い人たちはこのうち約20万人、おおよそ5%です。
いくつかの薬でこの病気が一時的に進行が遅くなるかもしれません。この病気の人は、記憶、行動、思考、身体機能がますます困難になるでしょう。他の原因で死亡しなければ、アメリカで第6番目の死因のこの病気で命が奪われます。
現在のところ、予防の方法はなく、長く効く治療も治癒の方法もありません。アルツハイマー病協会によると、2050年までに画期的な研究の進歩がなければ、アルツハイマー病の人の数は3倍になると推計されています。
しばらくの間、マルティネスさんと妻のビビアンさん―結婚して26年―(写真左下、若い頃)は、できるだけ十分な生活を営むでしょう。マルティネスさんは、よくテニスを楽しみ、二人の養女―レイラニ(10歳)とケイトリン(7歳)(写真左上)―と本を読み、トリカラーの若いコリー―名前:シェバ―(写真左上)と1日数回散歩します。彼は2種類の薬をのんでいます。しばらくは病気の進行を遅くするかもしれない薬です。
マルティネス家には、ビビアンの最初の結婚のときの息子と娘がいて、二人の姉―21歳と19歳―が居て、8人の孫がいます。
マルティネスさんは「このことを隠してはしません。公にしている」と話しています。
話を共有する
アルツハイマー病協会の専門雑誌Journal of the Alzheimer’s Associationに掲載された最近の研究によると、社会的・精神的に関わりを続けること、健康な食事、活発な運動―これらはがん、糖尿病、心臓疾患と戦うのに役立つと推奨されるライフスタイル―は、認知機能の低下を遅くするのに役立つことを示しています。
58歳のビビアンさんは次ぎのように話しています。
「できるだけ元気に病気と闘っています。前向きで居るように努めています。地元のアルツハイマー病協会にも関わっています。若年性アルツハイマー病が多くの若い家族に影響を及ぼし、病気がとても破壊的であることを理解するように私たちの話を共有することがとても重要です」
またビビアンさんは、同年齢の人たちと会って、次のように話します。
「夫が覚えてない、不満になる、困惑して怒るといった時の対応の方法について介護者教室は支えになります。夫が問題を抱えている日は、それは病気のせいにして『アルツハイマー病さんが居るだけ』と言います。翌日、夫が戻ってくるのです。こうしたことを軽く考えるようにしています。それを受け容れ、共に生きるようにします」
厳しい年
ケンさんは、2014年6月にアルツハイマー病と診断されました。
彼は、2005年、裁判官に任命された後、第2司法管轄区2nd Judicial Districtの刑事部に勤務していました。1980年、ニューメキシコ大学法学部University of New Mexico School of Lawを卒業し、州内4つの郡の地区検事長の事務所で仕事をし、弁護法を関わり、裁判官に任命されるまでは個人弁護事務所で働いていました。
マルティネスさんは次のように話しています。
「診断前、約1年間、仕事がとても難しくなりました。きつい訴訟一覧表を抱えていました。このなかには二人殺人の数件の事例、子供の死亡事例、家族全員を殺し成人の犯罪とみなされる17歳の事例などがありました。厳しい仕事をこなすのに精神的に衰えてきたのです。裁判が行われている間、間違って裁判所から出てしまったことがあります」
またビビアンさんは次のように話します。
「2,3年の間で夫の変化に気づきました。彼がとても好きだった料理や釣りやゴルフをしなくなったのです。受診した医師らは、アルツハイマー病とも認知症とも診断しませんでした。その代わりストレスに違いないと言われました」
昨年は二人にとって厳しい年でした。ビビアンさんは2014年2月、乳がんと診断され、化学療法、放射線療法、外科治療を受けました。副作用のため地元の非営利団体の財務管理の仕事を辞めなければなりませんでした。1年後がんが無くなりました。
がんの時、少なくとも希望がありました。アルツハイマー病ではなにも無いのです。この病気と比べるとがんはたやすいことです」
マルティネスさんの仕事上での行動に変化が認められ、司法規格委員会Judicial Standards Commissionは彼に8時間の検査を受けるように要請しました。アルツハイマー病と診断される1年前のことです。
またマルティネスさんは「馬鹿にされていると思いました。私は59歳です。それを聞いて打ちひしがれて泣きました」と話しています。
新たに正常なこと
彼は、法廷に戻ることはありませんでした。
さらに彼は「裁判長のナン・ナシュNan Nash氏(写真右)を信頼したい。私の任期が終わる12月31日までに私の肩書を彼女に譲ります。これはある種の退職に当たるでしょう」と話しています。
ナシュさんは次のように話しています。
「自分一人ではしません。その年の残りの期間、すべての判決はマルティネス氏が協力するということで取り扱い件数を引き受けました。ケンは、これまで地方の裁判所で勤勉に勤務しました。私たち誰もが、彼の知らせを聞いたとき、とても悲しみました。彼は、私たちの誇りであり尊敬する人でした。彼とビビアンが退職で得ることがあれば必要な時間が持てるように協力しました。
裁判官の行動は言葉による以上にケンへの尊敬の気持ちを声を大にして語ります。ケンが困難な中にいたことを知っています。彼が自分がしてきたことに満足していることも知っています。彼が裁判官であることに愛着を持っていたことも知っています」(訳注)
またビビアンさんは次のように話しています。
「詳細なことや書類業務をやり遂げるのに6カ月かかりました。私は仕事に戻りませんでした。ケンの常時介護が必要だったからです。ある種の新に正常となったことをはっきりさせるのに―たとえ資産の将来性が暗いとしても―時間がかかりました。二重に不運なことでした。彼は失職しましたが、通常退職には該当しませんでした。私たちが退職計画を立てたのが7年まえのことです。ただし今のところ家族を支えるには十分であることをありがたく思います」
以前と比べ家族の収入は半分以下です。ケンは公的被雇用者退職協会Public Employees Retirement Associationの部分退職と障害に該当します。
さらにビビアンさんは次のように話しています。
「家庭に私たち二人と娘二人がいることを幸せに思います。娘たちは私たちを普通の家族にしてくれます。娘たちはお父さんが病気であることを知っていますが、とても愛しています」
Albuquerque Journal  August 9, 2015  After diagnosis of younger onset Alzheimer’s, retired judge and wife are fighting ‘as hard as we can’
訳注:本記事の趣旨と関係ないが、ナシュ判事は昨年、末期がん患者の医師自殺ほう助を合法化する判決を下している。記事:New Mexico judge rules doctors can help terminally ill patients commit suicide without prosecution Second Judicial Judge Nan Nash determined that patients have the right to request aid in dying, and New Mexico cannot prohibit them because it would deprive that person from enjoying life and liberty.(THE ASSOCIATED PRESS January 14, 2014)
編者:アメリカで比較的恵まれていると思われる若年性アルツハイマー病の人と家族の事例を紹介したが、苦闘は変わりない。

★若年期認知症の人の希望のひとつ(6月4日/カナダ)
バンクーバーの下町のホテルで18人のグループ―ほとんどがベビーブーマー―がテーブルの周りに坐って、笑ったり、おしゃべりをしています。彼らは、ジーンズやカーキ、ポロシャツやティシャツを着ています。ほとんどランチデイトの姿です。
一つのテーブルでランディ・シュープLandy Shupe氏(写真右上)は、眉をしかめて、ニュージーランドを回った最近の自転車旅行について話しています。その旅行の詳しい内容―訪れた正確な日付や場所の名前―を忘れましたが、誰もそれを批判はしません。誰もが同じようなのです。
グループの人たちは、74万7000人の認知症のカナダ人の人たちです。認知症の人数は2031年までに2倍の140万になると予測され、サービスを求める圧力は高まっています。
シュープ氏とその友人たち―若年期認知症の人たち―にとって、支援を見付けることは特に難しい。若年期認知症は65歳未満―30歳代も―の稀な病気です。すべての認知症の2から9%を占めるにすぎません。ほとんどの認知症のサービスは、若年期ではなく、退職して健康問題を持っていることが多い80~90歳代の人たちに応じたものです。若年期認知症の人たちの多くは、もっとも働き盛りの時期に退職を強いられます。身体はよく、ローンがあり、幼い子供たちもいます。こうした人たちに特別な制度がほとんど無いのです。
バンクーバーのアルツハイマー病・関連疾患クリニックClinic for Alzheimer Disease and Related Disordersのソーシャルワーカーのアミー・フリーマンAmy Freeman氏は「無視されているのは若い人たちのグループです」と述べています。
シュープ氏(59歳)とランチ仲間は、「ポールクラブPaul’s Club」の会員になれた数少ない幸運な人たちです。クラブは民間が運営する制度で、若年期認知症の人たちにとって当たり前であることと尊厳の感覚を保持できるように意図したものです。
退職看護師のニタ・レヴィNita Levy氏と退職会計士で夫のマイケルMichael氏(写真右下)は、2012年にクラブを設立しました。彼らは義理の兄弟のポールが若年期認知症で亡くなったことに触発されて年齢と能力に相応しい制度を造ったのです。
レヴィ氏は「反撃すべきことです。診断を受けただけで社会的に孤立し身体的に不活発にされるべきではないといつも思っている」と述べています。
資金は利用料、寄付、ヴァンシティクレジットユニオンVancity Credit Unionの助成を合せ、クラブは、現在、1週間3日開業し、20人以上の会員を支援しています。
バンクーバーコースタルヘルスVancouver Coastal Healthは、公的支援を受けた16カ所の大人向けデイを運営しています。認知症の人も利用できますが、ほとんどの参加者は70から90歳代の高齢者です。多くのデイは1日4~5時間、待機者リストに載せて1年間待つことができます。
ポールクラブはとても違う
参加者は会員と呼ばれ、患者とは呼ばれません。アルツハイマー病のことが語られることは稀です。シュープ氏のように、会員はみな相対的に能力があり健康です。
クラブはバンクーバーの下町のホテルで開催され、会員は高齢者センターに行くより仕事に行くような感じでいます。集いの空間は居間のようで、大きな長椅子と色とりどりのテーブルクロスで覆われた丸い机、その上には鉢植えの植物が置かれています。
決まった活動はありません。時たまヨガや音楽の時間があります。グループは、朝のコーヒーを一緒に楽しみ、新聞を読む時間をどれくらいするか、いつ散歩をするか、ホテルの
運動室を何時使うか、あるいは音楽を聴くか、映画を観るかどうかを決めます。
レヴィ氏は「かれらは楽しく過ごします。これがポールクラブの目標のすべてです。不真面目に聞こえますが、つまるところ、それだけのことなのです」と述べています。
クラブの別の支柱は長い時間―午前10時から午後4時まで活動―あることです。レヴィ氏は次のように述べています。
「これは意図的に行っています。介護家族に有意義な休みを提供するためです。認知症の人を介護する家族のためにもっと休みを提供することで、家族は在宅でより対応できるでしょう」
またフリーマン氏は「支援がないために危機に至る多くの家族を知っています。このため認知症の人の介護が時期早尚に終えてしまう」と述べています。
ポールクラブを見付ける前、シュープのパートナーのリサ・シールズLisa Shields氏は燃え尽きていました。シュープ氏は2012年に診断された時、まだ56歳でした。退職する積りでいた数年前に技術者として仕事を辞めされられました。
シールズ氏は、最近、技術会社を始めました。二人の収入をゼロにする余裕はありません。
さらにシールズ氏は次のように述べています。
「私は、収入を一緒にしようと財務面で、その他もろもろ試みていました。夫は診断を受けてからの最初1年間、自宅でテレビを観て過ごし、すごく落ち込んでいました。彼の反応を言葉で引用すると『自分の墓穴を掘っているようだ』なのです」
フリーマン氏は次のように述べています。
「孤立は珍しいことではありません。配偶者がフルタイムで働いていると若年期認知症の人は民間のケアを利用できないと自宅に置かれたままなのです」
またシールズ氏は次のように述べています。
「私は幸運にも他のサービスが利用できない日に、夫と過ごし、彼を自宅から外に出してくれる人へお金を払うことはできます」
シュープ氏は病名についてはまだ話していません。
さらにシールズ氏は次のように述べています。
「家でアルツハイマー病という言葉は口に出すことはありません。しかし、ポールクラブは夫の気持ちや態度を良くするのに役立っています。素晴らしい。奇跡です。話すべきことを私たちに教えてくれます。ところで、あなた、今日はどうだった?」
家族は利益を享受し、医療職―フリーマンのような―は、さらなるこうして資源を擁護します。
そしてフリーマン氏は次のように述べています。
「数時間利用できるポールクラブのような制度がもっと必要です。こうした制度は働いていう人たちに妥当で、受け入れられるものです。将来の若年期認知症の人たちをどのように助けるかに向けて全力で取り組む必要があります」
The Globe and Mail Jun. 04, 2015  A source of hope in early-onset dementia
関連情報:Alzheimer Society of B.C. のサイトのEarly onset dementiaの解説ページ
編者:バンクーバーの他の地域、BC州あるいはカナダの若年期認知症の制度化されたサービスは乏しいようだ。そのなかでも「ささやかな取り組み」を紹介した。診断名を語ることを避けている理由は何か?

★「静岡県「若年性認知症」初調査 相談・支援体制の構築へ」(5月25日/産経新聞)
県が初めて実施した若年性認知症に関する実態調査で、発症時に若年性認知症について知らなかった人が半数近かったことなどが分かった。調査結果を踏まえ、県は6月に開く「若年性認知症フォーラム」などを通じてこの病気に対する相談・支援体制の構築に取り組んでいく方針だ。
若年性認知症は65歳未満で発症する病気。平成21年の厚生労働省の調査では、10万人当たりの患者数は47・6人で、本県に当てはめると約1千人と推計される。
県では県内の実態と必要な施策を検討するため、昨年11月から今年1月まで調査した。調査は1次と2次の2回にわたって県内の医療機関や介護サービス事業所などを対象に行い、2615機関のうち1890機関(回収率72・3%)から回答があり、把握できた患者数は444人だった。
2次調査では患者や家族の生活実態と要望を調べ、444人のうち164人(回答率36・9%)から回答を得た。
この結果、患者444人の内訳は男性239人、女性203人、不明2人。年齢別では60~64歳が256人で最も多く、30歳未満はいなかった。原因となる疾患は「アルツハイマー型認知症」が206人で最多、次いで「脳血管性認知症」が107人だった。
2次調査では、若年性認知症に対する認識について「発症時は知らなかった」との回答が72人(43・9%)と半数近くあった。また、病気を「近所に伝えている」と答えた人は65人(39・6%)だった。相談・支援機関に関する設問では「最初の相談先」を「医療機関」とした人が97人(59・1%)で過半数だったが、「家族」「地域包括支援センター」「市役所、町役場」はいずれも1割未満だった。
本人が困っていることでは「頼れる人が近くにいない」が21人(42・9%)と最も多く、「利用できるサービスがない・少ない」も18人(36・7%)と多かった。
県は若年性認知症の理解・普及を目的に認知症サポーター養成講座を実施しており、さらに新規事業として、6月6日に静岡市内で「若年性認知症フォーラム」を開く予定だ。
産経ニュース 2015年5月25日 原文のまま

★「若年性認知症で8割失職 厚労省調査」(4月19日/中日新聞)
六十五歳未満で発症した若年性認知症の人に対する厚生労働省研究班の生活実態調査で、就労経験がある約千四百人のうち約八割が勤務先を自ら退職したり、解雇されたりしたと回答したことが、分かった。働き盛りで家計を支えていた人も含まれ、仕事を失った後の生活への不安は強い。
若年性認知症の発症年齢は平均五一・三歳。症状には個人差があるが、早期に適切な治療を始めれば、進行を遅らせることができる場合もある。労働時間の短縮や配置転換など、仕事を続けるための配慮が十分とはいえず、企業側の意識改革が求められそうだ。
調査は国や大学と認知症の共同研究をしている認知症介護研究・研修大府センター(愛知県大府市)が二〇一四年夏から年末にかけて実施。秋田、愛知、岐阜、三重、福井、大阪、香川など十五府県の医療機関や介護、障害者施設に調査票を送り、十八~六十四歳の認知症患者二千百二十九人について、施設担当者らから回答を得た。
就労経験があると確認できた千四百十一人のうち、定年前に自ら退職したのは九百九十六人、解雇されたのは百十九人で、合わせて79%に上った。定年退職したのは百三十五人だった。
さらに施設担当者とは別に、本人や家族から回答があった三百八十三人について詳細に分析。発症時に就労していたのは二百二十一人で、内訳は正社員・正職員百二十人、非常勤・パート四十人など。二百二十一人のうち、その後に退職や解雇となったのは計約74%だった。
約20%の人は労働時間の短縮や配置転換、通勤などの配慮が全くなかったと回答。中重度の要介護者が多く、現実的に就労が難しいケースがある一方、職場での配慮があれば、働き続けることができた可能性もある。
<若年性認知症> 65歳未満で発症する認知症。2009年の厚生労働省研究班の推計によると、全国に約3万8000人で、平均の発症年齢は51・3歳。女性よりも男性に多いとされる。脳卒中が原因で起こる血管性認知症とアルツハイマー病が大半を占める。働き盛りで症状が出ることが多く、経済的な影響が大きい。40歳以上であれば介護保険を利用できるが、デイサービスなどは主に高齢者向けで、使いづらいといった指摘がある。
Chunichi Web 2015年4月19日 原文のまま
編者:共同通信配信に基づくと思われるThe Japan Timesの4月18日付け記事のタイトルが"80% of workers with premature dementia get fired or quit: health ministry survey"である。"premature dementia"は統合失調症schizophreniaの古典的な医学用語である。不適切、不正確だとThe Japan Timesにメールで伝えた。返事はまだない。なお共同通信の英語版Kyodo Newsでは"80% of people with dementia under 65 lose jobs: gov't survey"と正確な用語を使っている(2015年4月19日)。その後、20日、ジャパンタイムズの報道部と電話で連絡が取れ、間違った不適切な用語を変更することを要請した。同日、午後、タイトルが"80% of workers under 65 with dementia get fired or quit: health ministry survey"と訂正された(2015年4月20日)。

★「【聞きたい。】南田佐智恵さん 『明日はわが身 若年性認知症の夫と生きる』 介護制度を知っていれば…」(2月8日/産経新聞)
「古井戸に突き落とされた感じ。もうはい上がれないと思った」
南田佐智恵さんは作家、渡辺淳一さんの秘書として多忙な生活を送っていたさなかの平成20年11月、働き盛りだった56歳の夫が若年性認知症と診断された。
ズボンのファスナーさえあげられなくなり、箸を持つのも一苦労。日を追って症状は悪化する。元気なときとは別人のように変わってしまった夫の介護をつづったのが本書だ。実話だけに引き込まれてしまう。
「泣きながら書いていました。病気が深刻化していく夫の姿ばかりでつらかったですね」
ひとりで責任を背負ってしまい、精神的に追い込まれ自殺を考えたこともあった。「早朝、近所を走り回っていたり、勤め帰りに降りる必要もない地下鉄のホームを歩いていたりしました。まったくの無意識でした。死に場所を探していたのでしょう」。過度のストレスで髪の毛が大量に抜け、不運にも介護詐欺にひっかかり、数百万円ものお金をだましとられてしまった。
行政から介護の支援を受けられることも知らず、3年近くも孤軍奮闘。「普通の人は介護制度は知らないでしょう。私の場合はそれに詳しい知人が教えてくれ、手続きを手伝ってくれたので助かりました」
仕事を共にした渡辺淳一さんの存在も大きかったという。
「(介護を)『真正面からやってはいけない』などと言っていただけたのがうれしかった。先生は最大の味方でした。体験を書くことを勧めてくれたのも先生です」
本書の巻末には介護制度や相談窓口についての情報も収録されている。
「介護をする、介護を受ける。だれでもその可能性はあります。介護制度を少しでも知っていればパニックにならずに済みます。この本が手助けになれば」(新潮社・1300円+税)渋沢和彦
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【プロフィル】南田佐智恵(写真)
みなみだ・さちえ 昭和36年、大阪生まれ。平成2年から25年末まで渡辺淳一事務所に勤務。昨年から介護・認知症ジャーナリスト兼アドバイザーとして講演活動などを続けている。
産経ニュース 2015年2月8日  原文のまま


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