認知症予防の基礎知識

三宅貴夫

今、なぜ予防か

○増える認知症
家族の会は「ぼけても安心して暮らせる社会を」をめざしています。しかし厚生労働省の推計によると2005年で65歳以上の7.8%にあたる約189万人が認知症です。これが30年後の2035年になると65歳以上の10人に1人が認知症になると推計されています。その数337万人です。しかしこれは少し古い推計値で、もっと増えるとする研究者もいます。
30年後はそれほど未来の話ではありません。これだけの人たちとその家族を私たちは「ぼけても安心して暮らせる社会」をつくり支えられるのでしょうか。
これらの推計数は、認知症の治療や予防が現状のままと仮定した場合であって、認知症の画期的な治療や予防が開発されれば当然少なくなります。

○手詰まりな薬の開発
その治療ですが、アルツハイマー病については現在効果があるとして使われている治療方法はアリセプトしかありません。
しかし、この薬が効く人は限られており、効果期間も通常2年以内です。しかも、病気そのものを治すわけではありません。
日本では未承認の、海外で使われている薬の効果も同じ程度です。
根本的な治療として、アルツハイマー病の原因物質のひとつと言われるアミロイド蛋白の産生を抑える薬の研究開発が世界的に進められていますが、根本的治療薬としていつ使われるようになるか見通しが立っていないのが現状です。

○科学的予防に関する知見が増えている
こうしたなかでこの10年の間、認知症のなかで最も多いアルツハイマー病と脳血管性認知症の危険因子、保護因子について数多くの調査研究の結果が報告されてきました。
調査は、主に地域在住の人たち数百人から数千人にボランティアで応募してもらい、食事や職歴など基本的な生活情報、健康診断、認知機能の心理テストなどを行います。この際、認知症のある人は対象としません。
その後、1年から10年ほどの間、その人たちを追跡します。この間にこの人たちのなかでアルツハイマー病など認知症になる人が出てきます。認知症になった人と認知症にならなかった人とに分けて、最初に集めた個人情報のなかで何が違うかを統計分析します。
その結果、認知症になった人たちの間で、認知症にならなかった人たちより有意に高血圧が多いとわかれば、高血圧を認知症の危険因子と疫学的に推測するわけです。このような調査は北アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、日本で行われてきました。日本では福岡県久山町が世界的に有名です。
こうした調査から「科学的に裏付けられた予防方法」が明らかになりつつあります。その予防方法は特別なものでも高価な方法でもなく日常生活のなかで活かせるものが少なくないのです。
なお、予防医学的には予防とは、1次予防(発病そのもの予防のことで、例として、禁煙による肺がんの発病予防)、2次予防(早期発見による病気の治療のことで、例として、がん検診を受けて早期がんを見つけて治すこと)、3次予防(進行乳がんで治療で完全に治すこと)をいいます。認知症の予防については、発症を遅らせることも予防のひとつとみなすことがあります。

危険因子について


アルツハイマー病と脳血管性認知症になりやすい「危険因子」については分けて考えなければならないことがあります。すなわち、私たちがコントロールできる因子とコントロールできない因子があるからです。

○コントロールできない危険因子
アルツハイマー病については、以前から年をとるほどなりやすい、女性が長生きすることを差し引いても男性より女性に多いこと、そして遺伝の3つの危険因子が挙げられています。しかしこれらの因子はコントロールできないもので予防には役立ちません。また遺伝については、ごく稀に家族性にアルツハイマー病がでることがありますが、同じ遺伝でも注目されているのがアポリポ蛋白(E4型)をもっているとアルツハイマー病になりやすいことがわかっています。しかいこの蛋白を持っているからといって必ず発病するわけではありません。アルツハイマー病は遺伝的な要因と環境要因とで決まる複合的な原因による病気と理解しておきましょう。

○コントロールできる危険因子
アルツハイマー病の環境要因としての危険因子のほとんどはコントロールできるものです。
@高血圧
フィンランドの研究者が1972年から地域住民約2300人について26年間追跡した調査によると最高血圧が160mmHg以上だった人は140mmHg以下の正常血圧の人より2.3倍アルツハイマー病になりやすいことを認めました。高血圧がアルツハイマー病の危険因子の一つであることはこのほかの調査でも明らかにされています。また脳血管性認知症についても同じような関係が認められています。

A高脂血症
ホノルル在住の日系アメリカ人3555人を1960年半ばから追跡したアメリカの研究者は高脂血症の人ほど脳血管性認知症になりやすいことを認めました。他の研究によると高脂血症はアルツハイマー病の危険因子でもある報告されています。

B糖尿病
九州大学の研究者が福岡県久山町で1985年から行った追跡調査によると、糖尿病の人はそうでない人より約3倍アルツハイマー病になりやすいことを認めました。他の欧米の調査でも同様の傾向を認めていますが、ないやすさはこれより低いとの報告です。

以前はアルツハイマー病と脳血管性認知症とは全く別の病気と考えられていましたが、アルツハイマー病と脳血管性認知症の危険因子がよく似ていることから、アルツハイマー病の発病には血管の変化が関係していることを示唆するもので、アルツハイマー病には生活習慣病的な部分もあるとみることもできます。
このほかの追跡調査で明らかにさらえている危険因子として、肥満、タバコ、頭部打撲などが挙げられています。
しかし、これらの危険因子をすべて除いても認知症の発病を完全に防げるわけではありません。これはタバコと肺がんとの関係と同じです。
さらにどのように危険因子をコントロールすれば効果的であるか調べるには認知症のない多くの地域住民を二つのグループにわけコントロールする群とコントロールしない群とに分けて長期間追跡しなければわかりません。しかしこれは膨大な費用と時間を要する調査であり、さらに人権に関わる人体実験になりかねません。こうした介入調査はできないので、これまで行われた非介入の追跡調査の結果から認知症のよりよい予防方法を作り上げてゆくのが賢明です。

保護因子について
アルツハイマー病など認知症になりにくい因子―保護因子―についても世界各地での地域住民を対象にした調査研究から多くの報告が出されています。

@適量の飲酒
オランダのエラスムス大学の研究グループによると、1990年から地域在住の55歳以上の5369人について飲酒と認知症発病の関係について追跡調査したところ、少量の飲酒をする人は飲酒しない人より42%認知症になりにくいことを認めました(2002年)。ここでいう少量の飲酒とはビールでいうと350cc程度のことです。飲酒と認知症の関係は、アメリカ、オーストラリア、デンマーク、フランスからも同様の報告があります。オランダの調査ではアルコールの種類は関係がありませんでしたが、ワインがよいという報告もあります。
少量の飲酒が認知症の予防につながるのは、アルコールが動脈硬化の予防や脳の神経伝達物質を増加させる作用があるためではないかと推測されています。

A魚
フランスのボルドー大学の研究グループは、南西フランスに在宅する68歳以上の認知症のない人1674人を対象に調査開始時に食事内容について調べ1991年から7年かけて追跡調査しました。アルツハイマー病に発病した人と発病しなかった人と比べたところ、1週間に1回以上、魚または海産物を食べる人の方が認知症になりにくいことを認めました(2002年)。同じような調査報告は、アメリカ、日本でもあります。魚の認知症予防効果は魚の脂肪酸が脳の炎症を抑える働きによるものと推測されています。

B葉酸
アメリカのカルフォルニア大学アービン校の研究グループは、メリーランド州バルチモア市で地域住民を対象に10年余りの追跡調査から、葉酸を1日400μg以上摂るとアルツハイマー病になる危険性を55%下げることを認めています(2005年)。葉酸のほかに、ビタミンE,ビタミンB6を多く摂る人ほどアルツハイマー病の発病が少ないことも認めていますが、葉酸との関係が最も強い。アルツハイマー病の原因と言われるベータアミロイド蛋白を増強し動脈硬化にも関係するホモシスチンを葉酸が低下させる作用があるとされています。葉酸の多い食品として、バナナ、オレンジ、葉もの野菜、アスパラガス、ブロッコリーなどがあります。

このほか、運動、趣味、教育、社会活動、地中海風食事、カレー、野菜や果物のジュース、緑茶、銀杏エキスなどが疫学調査から認知症の保護因子として挙げあれています。これらの保護因子をすべて守ったとしてもアルツハイマー病など認知症を完全に防ぐことができるわけではありませんが、発病を少なくする可能性はあります。