「脳波」と「事象関連電位」


めにゅう

脳波のはなし
事象関連電位のはなし

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脳波のはなし
脳は無数の神経細胞のかたまりです。神経細胞からはこれまた無数の突起(電気のコードのようなもの)が出ていて,さまざまなかたちでつながりあっています。神経細胞はこの突起を介してお互いに微弱な電気によって連絡をとりあっています。
脳はいくつもの層が重なったような構造をしていますが,このうちのいくつかの層では特にこの突起が複雑にからみあっています。主にここでの電気活動が全体的に重なり合って頭の表面に伝わってきたのを,頭のあちこちにいくつも鋭敏な電圧計を着けて測定したのが脳波です。
脳波はいろんな周波数の波が重なり合ったような形で記録されますが,このうち細かい速い成分を速波(あるいはβ波,fast wave),遅いゆったりした成分を徐波(あるいはθ波・δ波,slow wave),中間の成分をα波と呼びます。
通常の健康な大人の脳波は,目を閉じた状態ですとα波が,目を開けると速波が中心になります。意識が下がってきて眠くなるとα波が減ってθ波が混じり始め,完全に眠ってしまうと徐波が中心になります。
脳の神経細胞があちこちで活発に作動していると,全体としての電気活動はバラけてしまってランダムな細かいものになります。逆に神経細胞があまり活動していないと,全体としての電気活動は,ある程度同期してゆったりした大きい活動になります。つまり脳波の活動の細かさが脳の活動の程度を表しているということになります。
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脳波は電気活動ですから非常に早く伝わります。というか,ほとんどリアルタイムに脳の活動の程度を表していると考えて良いでしょう。しかし,脳波が頭の表面に伝わるまでには,脳脊髄液や頭蓋骨を通ってこなければいけないので,脳波として測定されたものはそれらの影響を受けて,場所の情報はかなりおおまかなものになってしまいます。つまり脳波は脳の全体的な活動をリアルタイムに表してはいますが,脳のどこが活動しているとか活動していないとかいった場所の情報に関してはそれほど正確ではないということです。
これに関しては,最近開発された脳磁図や機能的MRIといった技術により,細かい脳の部位の活動を知ることができます。ただ,これらは脳の深いところを調べることはできなかったり,時間的に不正確だったりという欠点があります。そのためこれらの新しい技術と脳波とを組み合わせて総合的に脳を理解することが大事でしょう。
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α波がどうしたこうしたとかいう脳波の話はみなさんもよく耳にすると思います。しかし巷にあふれる脳波の話ほどいい加減なものはありません。心電図も同じ生体電気現象をとらえたものですが決してこんなことはありません。これはやはり脳波が「脳」を対象とするからでしょうか。
よくα波が多いからリラックスしているとか,β波がどうだから作業効率がどうだとか言いますが,決して巷で言われるほど脳波と精神状態の関係ははっきり決めれるものではありません。個人差も大きい上に同じ人でも時によって精神状態と脳波の関係は変化します。
α波が多いほど「落ち着いていて」「集中できて」「作業効率がいい」というバイオフィードバック関係製品の怪しげな宣伝文句をよく耳にしますが,これは必ずしもそうではありません。例えば「テトリス」とかドラゲーのような集中力を必要とするゲームでは,ゲームにはまり込んでいる際,頭の前の方にθ波が出ることがよくあります。脳全体としてのはたらきは最高度に上がっているはずなのに,活動の低いときに出るはずの徐波が現れるわけです(これを前頭中心部θ活動,frontal midline theta rhythmの略で"fmθ"と呼びます)。他にも,α波が多量に出ながら昏睡である状態(α昏睡)や,ある種の痴呆でα波が多量に見られる(diffuse α)といった現象もあります。
これはある健康な成人の安静時の脳波を,δ波の量・θ波の量・遅いα波の量・速いα波の量・遅いβ波・速いβ波の量に分けて解析したものです(解析対象は5秒間の脳波で,10回平均加算しています)。図ではδはdelta,θはtheta,αはalpha,βはbetaとなってます。これらの文字の横の数字は実際の周波数を表しています。つまりδ波は2〜4Hzの波,θ波は4〜8Hzの波ということですね。
それぞれの円形は頭を上から見下ろしたものを単純化して表しています。赤い色が量が多く,青い色が少ないことを表しています。目をつぶって記録していますので,頭の後方に速いαが大量に出ているのが分ります。これが正常なパターンです。
次にテトリスにのめり込んでいる時の脳波を同じようにして示します。
頭の真ん中,前方にθ帯域の脳波が大量に出ていています。当然目を開けているので,後方のα波は消失しています。これだけを見るとまるでうとうと眠り始めている時の脳波です。しかし脳自体のはたらきとしては極めて活発な状態ですので,β波も全体的にかなり増えています。
このように脳の全体的なはらたきとしては高いはずなのに,脳の部分によって活動の高い所と低い所が混在しています。これは脳が何かに集中する際には,全体の活動が一様に高まるだけでなく,抑制されている部分もあるということを示唆していると考えられています。
このように脳波を細かく調べることによって脳のはたらき方を調べることが可能です。
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脳波は,こういった脳の研究以外にも,精神科や脳外科で検査としてよく行われています。これは,脳波が脳の活動の程度を表していることから,症状の背景に意識の問題がないかどうか(意識レベルが下がることによって精神病と同じような症状が出ることがあります)調べたり,てんかんの診断にも有用だからです。
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...参考文献:

中村嘉男:睡眠の発現機序−生理学より−,睡眠の科学(鳥居鎮夫:編),朝倉書店,東京,1984.

Penfield W and Jasper H: Epilepsy and the Functional Anatomy of the Humen Brain. Little Brown, Boston, 1954.

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事象関連電位のはなし
こんなゲームを考えてみて下さい。「もぐらたたき」の応用です。もぐらがランダムに出現するのは同じですが,たまに出てくる「赤いもぐら」だけをたたくとします。「赤いもぐらたたき」です。
さあ,ゲームが始まりました。まず普通のもぐらが出てきます。たたきません。次も普通のもぐらが出てきます。たたきません。あ,次に赤いもぐらがヒョッコリ出てきました。力いっぱいたたきます。ポカリ。次は普通のもぐらです。あ...いや,次も普通のもぐらでした。さあ...あ,残念,次も普通のもぐらでした。さあそろそろ...出てきました。赤いもぐらです。ポカリとたたきます。
...こんな感じでしょうか。
この時にゲームと同時に脳波を記録します。特に赤いもぐらが出てきてポカリとたたくその瞬間の脳の反応を調べると,

「赤いもぐらだ」→「よしたたけ」→「よーし」

という一連の脳のはたらきを反映した脳波をつかまえることができます。ただ,この脳波は非常に弱い脳波ですので,そのままでは通常の脳波の波に埋もれてしまって観察できません。そこでこの「赤いもぐら」部分の脳波を何回も記録して後でコンピューター上で重ね合わせ,背景の通常脳波を消してしまうわけです。そうして残った脳波が「赤いもぐら」の認知に関する反応の脳波です。このような何か周囲の出来事に反応して記録される脳波のことを「事象関連電位」と呼びます。
このグラフは実際の「赤いもぐらたたき」の事象関連電位です。矢印の部分が「赤いもぐら」の認知に関する脳波成分です。赤いもぐらを何もせず見ているだけだったり,全てのもぐらをたたくようにすると。この部分が全く異なってきます。因みにこの矢印の部分の脳波成分を「(もぐらが現れてから)300ミリ秒あたりに出現するプラス方向への成分」という意味で「P300」と呼びます。
このようにゲームの内容(たたき方)を変えると脳波が異なるのは,内容によって脳のはたらき方が異なるからです。逆に言うと,脳波の波形の違いによって脳のはたらき方の違いを知ることができるわけです。
YASU-Qはこの事象関連電位を使って,精神科の病気の症状がどのように現れてくるのか,健康な人とどこが違ってしまっているのかを研究しています。これは単に患者さんと非患者の間に線引きをして両者を区別しようということではなく,両者ともにそこに立脚している「ヒトの精神の根底構造」を科学的な言葉で語ることにつながるものだと信じています。

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