精神科ってどんなとこ? 〜精神科 Q&A〜


経験年数○年の若手(ウソ)精神科医YASU-Qが,その

独断と偏見に基づき「精神科」についてのQ&Aを提供します

統合失調症(精神分裂病)についてのQ&Aはこちら

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Q:どうして私の病名,教えてくれないの?

A:精神科以外の診療科では,病気で何年も通っているのに自分の診断名を聞かせてもらってない,なんてことはあり得ないと思います。でも実は精神科ではよくあることです。これには主に2つの理由があります。

1つめは精神科の病気の診断の難しさです。精神科の病気は「明らかに独立した1つの病気」というよりも,「たまたま同じ症状と経過を示しているが実は様々な病態の混在したもの」つまりいわゆる「症候群」と考えられるものが少なくありません。要するに,症状から単純に診断をつけられない,ということです。それでは何らかの検査によって診断を確定できるかというと,これもあまりうまく行きません。いくつかの検査を組み合わせることによって診断を確定できる病気もありますが,そういう病気は精神科の病気のごく一部です。ですから,精神科の診断というのは「病名」ではなく「状態像」としてつけられていることが多いのです。
例えば「抑うつ状態」とか「不安状態」とか「幻覚妄想状態」なんていうのが状態像診断です。一般的に言う「うつ病」というのは,本格的な(精神病としての)うつ病ではなく,この「抑うつ状態」とほぼイコールと考えて良いでしょう。

内科で「肺炎」の診断がなされる場合を考えてみましょう。カゼがなかなか治らず,そのうちさらに高い熱が出て,セキや痰がひどく,呼吸が苦しく全身が非常にダルイ状態になりたまらずに内科を受診したとします。まずセキや全身倦怠などが「症状」ということになります。次に熱や呼吸数を測り(理学所見),胸のレントゲンを撮り,血液検査で白血球数や炎症性の物質値が上昇しているのを確認し(検査所見)ここで肺炎の診断がつきます。ただ,この時点では何による肺炎かはまだはっきり判りません。いわば「肺炎状態」ですね。たいていはここで細菌性の肺炎かそれ以外の肺炎かを推測して治療を開始することになりますが,実際の病因がはっきりするのは喀痰の細菌培養などの結果が出てからです。この時点で最終的な肺炎の原因が判り,肺炎双球菌による大葉性肺炎だとか,マイコプラズマ肺炎とか間質性肺炎だとか「診断」がつくわけです。

精神科の診断はこの2番目の段階,つまり「状態」の診断で止ってしまうことが多いのです。それは病気の原因がはっきりせず,必然的にその原因をとらえられる検査も存在しないことによります。実際に我々精神科医は,患者さんの訴える自覚「症状」や患者さんの表情や態度・言動などから分る他覚「症状」から大体の「状態像」を診断し,この診立てをもとに治療に入ることがほとんどです。理学所見や検査値は補足的な情報でしかありません。最初から自信を持って病名を診断できることは決して多くありません。
治療が始まって何年かが経過しても,この「状態像」診断から抜け出せないこともあります。もちろんそういう場合でも,強引に診断名をつけてしまうことは可能ですが。あなたの主治医が病名を口にしないのは,むしろあなたとあなたの病状に対する謙虚さの現われかもしれません。

精神科医があまり診断名を口にしないもう1つの理由は,診断名の持つ悪いイメージです。
モノには全て名前がありますし,病気にも全て名前があります。人は名前を付けることでモノをそのモノであると認識します。精神科の病気も,病気であると認知されている以上,全て病名がついています。しかし精神科の病気の場合は,病因も病態も診断基準もあいまいなままでとりあえず名前がつけられているような状態であり,精神科医の間でも定義に相違があったりすることがあります。「名前」とその「対象」がきっちり1対1対応していないわけですね。
また,たとえどのような名前が付いていようとも,精神の障害である限り人々はその病名に特殊なイメージを抱きます。肝障害や腎障害をもってその人を特別視する人はあまりいないでしょうが,精神障害と聞くとその人の存在全てを否定するような感情を持つ人は多いでしょう。誰の心の中にも異常な部分,暗い部分は存在しますが,これらを否定し抑圧・投影してしまうところに人々の「正気」が成立します。言い換えれば,自分の中の「狂気」を全て精神障害におっかぶせ自分は知らん顔することで人々は「正気」を保っているわけです。

「精神分裂病」「人格障害」「老人性痴呆」......このような診断名を聞かされて平気な人がいるでしょうか。あなたや私,患者さん本人も含め全ての人は精神科の病名に実際のその病気以外のいろいろな感情・先入観を抱いていると言っていいでしょう。そのような状態でなおかつ正直な診断名を本人に告げるのは,告知することが明らかに大きな利益を患者さんにもたらす場合に限られるでしょう。いわゆるインフォームド・コンセントの考え方が現時点で精神科領域,特に病名告知にも単純に適用できるという考え方は,安易過ぎると私は思います。
私自身の経験ではありませんが,実際に病名を告知されて自ら命を絶たれた患者さんもおられます。

私自身もあえて診断病名を告げずに「状態像」診断を告げることがよくあります。もちろん患者さん自身が強く病名告知を希望している場合や,病名告知が明らかに患者さんに利益をもたらす場合はなるべく告知するようにしていますが......。

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Q:何時間も待ったのに診察時間は5分...先生,私のことキライ?

A:どこの精神科でも外来の待ち時間は長いものです。待つ患者さんはもちろん,待たせる側の私たちにとってもこれはとてもつらいものです。私が担当していたいくつかの病院の外来は予約制でしたが,それでも,新患の患者さんに時間がかかったりすると,予約制にもかかわらず1時間遅れになってしまったりしました。こうなるともう,長時間待っている患者さんに申し訳ないし,患者さんの中には極端に機嫌が悪くなる人もいるし(当たり前だが),とてもまともな診察はできません。このような時には必然的に,調子の落ち着いている安定した患者さんは診察時間が短くなります(いつもスンマセン)。

例えば朝9時からの外来に30人の患者さんが来られ,プラス1人の新患さんで30分を要したとしましょう。1人の患者さんに15分かけると,昼飯抜きでがんばったとしても外来が終了するのは8時間後の午後5時です。受付の終了が12時として,最大で待ち時間は約5時間(!)です。1人10分としても,終わるのは5時間半後の2時半です。これでも待ち時間は最大2時間半です。実際にはもっと多くの患者さんが来られることもあります。さらに,調子の悪い不安定な患者さんの診察には絶対10分以上かかりますので,どうしてもどこかで時間の都合をつけなければなりません。調子の落ち着いている安定した患者さんの診察時間はこうやって短くなっていきます(本当にスンマセン)。

ただ,主治医が診察に長い時間をかける方が病気にいい,と一般的には信じられがちですが,実は場合によってはこの逆のこともあります。時間をかけて症状について深いレベルまで話をしていくことで,症状が顕著に悪くなってしまうこともあるのです(言い訳ではありません)。

また,場合によってはもっと積極的に診察時間を短くする(制限する)こともあります。精神科の治療というのは,長期間にわたって特定の人とプライベートな話を続けていく作業になります。患者さんによっては,主治医と過ごす時間が非常に重要な時間になり,「この時間のためだけに生きている」という状態になることもありますし,異性の主治医に対して恋愛感情を持つこともあります。このような状態が治療にプラスのこともありますが,マイナスに働く場合もあります。いずれにしても患者さんはいつかは自分の世界に戻って行かなければなりません。このような状態を予防するため,あるいは進行するのを止めるため,患者さんと話し合いの上で,診察時間を制限する,あるいは固定するということはあり得ます。まあ,患者さんをそんな状態にさせないのが上手な先生なんでしょうが。

もちろん,上記のように予約制なのにあまり意味のないおしゃべりで次の患者さんの予約を大幅に食っているような場合には,わけをお話しして,診察を早めに切り上げることはあります。いずれにせよ,単にキライということで一方的に診察時間を短くされるなんてことはありません。診察時間に関してどうしても不満がある場合は,主治医に正直にそれを伝えることを強くお勧めします。そこから新たな治療の流れが生れることがあるからです。

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Q:主治医を好きになってしまった

A:精神科の治療やカウンセリングというのは,見方を変えれば,自分の内面や自分史など非常にプライベートなことを特定の人と長い期間語り合っていく作業になるわけで,その中で主治医やカウンセラーに対して恋愛感情が生じることは珍しくありません。特に男性の主治医と女性の患者さんのケースではちょくちょくあることです。

ただ,この恋愛感情には「治療中だからこそ生じる」様々な要素が混じっており,純粋に恋愛感情と呼べるかどうか難しい場合もあります(もちろん,もともと恋愛感情には様々な不純物が混じっており,「純粋な恋愛感情」何ていうものが存在するのかどうか分かりませんが)。
この中で特に重要なものが精神分析学で言うところの「転移」という現象です。これは本来,両親や家族に向けられていたはずの乳・幼児期のもつれた感情(これが"コンプレックス"です)が,形を変えて今によみがえり,無意識のうちに治療者に向けられるものです。この幼児期のもつれた感情こそがその患者さんの病理を形成している場合が多いので,この転移の感情をそのままにしていたのでは治療は進みません。

例えば一つ例をあげてみましょう。しょーもないTVドラマの筋書きっぽいですが,ある女子高に通う過食-嘔吐タイプの摂食障害の患者さんの治療の中でこういうことが起こってきたとします。(あくまで例です。モデルはいません)

彼女は非常に男性的な母親と女性的な父親の元で一人っ娘として育ちました。彼女の父親は会社員で,社会的な問題は何もないものの,家庭では妻に依存的で自分一人では何もできず,彼女に言わせると全く「情けない」父親でした。一方で母親は資格を生かして自らが小さいオフィスを持ちそこそこの成功をおさめている,バリバリのキャリアウーマンタイプの女性でした。彼女は容貌も性格も母親に似ていることを自認し,学校でも面倒見のいい兄貴姉御的な存在でクラスメイトから人気がありました。

ところが高校2年の時,母親がオフィスを共同経営している男性と長い間不倫関係にあることが判明したとたん,彼女は調子を崩しました。極端なダイエットにのめり込む期間を経て過食-嘔吐が止められなくなり,両親に連れられて某精神科クリニックを受診しました。そこは優しい女医さんのクリニックで若い患者さんにも人気のあるところでしたが,彼女は気に入らず,数回通っただけで行くのを止めてしまい,そして今度は父親に連れられて私の外来を受診しました。

彼女は私のことは気に入ってくれたようで,真面目に外来に通うようになり,治療上の約束事もキチンと守りました。しかし困ったことに,やがて私の前に現われる彼女の目がハート型になり,治療目的で書く日記もラブレターめいた主治医に甘える内容ばかりになってきました。そして不思議なことにこれらと同時に過食-嘔吐はピタリと止まりました。

これは「女子高生に惚れられちゃったよ,おまけに過食-嘔吐もピタリと止まっちゃったよ,ラッキー!!」な状態でしょうか? 否,これは単に「父親転移」と「転移性治癒」という現象が起こっているだけで全然ラッキーではありません。むしろここからが治療の難しいところです。彼女は小さい頃から行き場を見つけられず彷徨っていた父親に向けるべき感情を主治医の上に移し(転移),またもつれた感情の行き場所を見つけられたため一時的に症状が良くなったのです(転移性治癒)。

現に私が彼女の恋愛感情に応えず,これらの感情の起源について冷静に話を進めていくと,症状は激しく再発しました。しかし彼女は治療の中で,自分が母親に過度に同一化し(母親と同じに振る舞い,同じであろうとすること),実際の父親を見下すことで「父親なんていらない」と思い込んでいたこと,万能的で真に自立しているスーパーウーマンだと思っていた母親が実際には他で不倫している「ただの女」であったこと,それを知り母親への同一化ができなくなったために過食し吐くことで心のバランスをとろうとしたのだということを徐々に理解します。
(古典的な精神分析学では"penis願望"をめぐってもっと突っ込んだ解釈をおこない得るケースですが,まあこのへんに止めておきます)

また彼女の父親は彼女の通院に毎回つきそい,彼女の状態を客観的に主治医に報告してくれました。治療にも積極的に協力してくれ,ほとんど姿を見せない母親とは対照的でした。そして娘である彼女自身も,自分の父親が決して女性的で頼りない男ではなく,イザという時にはしっかり彼女を叱り導くことのできる父親なのだということを知りました。 彼女が大学に進学すると同時に,彼女の両親は離婚することになりましたが,意外なことに彼女は父親の姓をそのまま名乗り父親と生活することを選びました。そしてその頃には主治医に向けられていた恋愛感情はすっかり過去のものとなり,一時激しくなっていた過食-嘔吐もごくたまにストレス発散のために行われるだけになりました。

おそらく彼女の両親に対する感情の問題はこれだけで終わりではないでしょう。ただ,医療の対象としてメインの問題である過食-嘔吐がほぼ治まったため,私は治療の終結を伝え,彼女もこれに同意しました。彼女は今でも数ヶ月に一回頓用の安定剤をもらいに来院し,バイト先で知り合ったかなり年上の男性との恋愛関係について語ってくれます...チャンチャン。

「転移」という現象は人々の様々な対人関係の中に見出すことができます。恋愛のようなポジティヴな感情だけではなく,転移によって治療の中で主治医に強い嫌悪感や反感,怒りなどを感じることもあり得ます。いずれにせよ,精神科の治療やカウンセリングの場は非常に特殊な場であり,これらの中で起こってくる感情は,転移などの影響を受けた特殊な感情である可能性が高いのです。

また私たち精神科医やカウンセラーは,その職業倫理上,決して患者さんの恋愛感情にそのまま応えることはできません。ですから「告白」されても(もちろんイヤな感情は持ちませんが),たとえあなたのことを決して嫌いでなくても,個人的な対応をすることは絶対に許されません。
あなたが本当に良くなった時には,主治医への恋愛感情はいつのまにか「過去のもの」になっているはずです(そう,忘れ去られるだけの人生です。ある意味,淋しい商売です)。どうか,恐れたり恥じたりすることなくそのまま治療を続けて行って下さい。あなたの「恋愛感情」は,治療が佳境に入りつつあることの証拠だと思いますよ。

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Q:カルテに何書いてるの?

A:カルテを書く手許をじっと見つめられると,つい手で隠してしまいたくなる精神科医は私だけでしょうか?

イヤ,別に大したことは書いてないです。私の場合は,

1. 患者さんとのやりとりの様子や会話の内容をおおざっぱに日本語で書き(日本語でしゃべってますから),

2. 客観的な所見(緊張してるとか,ボーっとしてるとか,イライラしてるみたいとか,血圧とか体重とか)を日本語・英語チャンポンで書き,

3. まとめとして,「まだdepressive!」とか「休職決定以降,むしろ陽性症状が悪化傾向」とか,「母親に対する接近回避葛藤が強く,今後familyへの介入必要」とか,なんだか分かったような分からんようなことを英語まじりの日本語で書き,

4. 最後に処方や,検査の指示を日本語で書く,

というような書き方をしていることが多いです。ほとんど日本語,です。ドイツ語やフランス語でカルテを書く先生を知っていますが,マネできません。私の場合,英語がまじるのは,その方が早く書くことができたり,何となくニュアンス的にその方がピッタリくる場合があるからです。格好つけてるというのはあんまりないかも。
また,しゃべりながら書くのが苦手なので,診察中は必要最小限度のことだけを走り書きし,あとで付け足しをしたり清書したりします。しゃべった内容を覚えとくのが大変ですが。

カルテは正式には「診療録」であり,あくまで「診療の記録」でさえあれば良いので,「こんなことしました」だけ客観的に書けば良い,カルテにあれこれ書き込むのは医者の自己満足であり患者さんとその病気を私物化する行為である,という意見もあります。客観的な事物だけで治療が終始する先生ならそれでも良いでしょうが,頭の良くないYASU-Qとしては,書かなければ忘れてしまうというのがありますし,書くことによって頭の中をまとめていることが多いのです。

患者さんに読まれないよう,ワザと汚い字でカルテを書いていたら本当に字が汚くなってしまったという先生の話を聞いたことがありますが,そこまではしないとしても,精神科医が患者さんに読まれたくない内容をカルテに書いていることはあります。患者さんが一生懸命訴えている内容を「妄想である」と判断しなければならない時もありますし,患者さんに今後どのような介入を行っていくのか精神療法上の戦略をカルテを書きながら練っていることもあります。これらが患者さんに全て筒抜けになってしまえば,もはや治療も信頼関係も成立しません。

最近「カルテの開示」という言葉をよく耳にします。精神科医療においても,診療に関する全ての情報を主治医と患者さんが共有しながら治療を進めて行ければもちろん言うことはありません。なるべく多くの情報を言語化・数値化して共有できるようにはするべきでしょう。しかし「患者さんのこころ」という絶対に客観化できないものを治療の対象としているだけに,肝臓や腎臓といった客観化できるものを扱っている診療科と同じ訳にはいかないでしょう。こころの問題においては客観化しない方が良いこともあるのです。
全てを白日の元に曝しながらでも精神科の治療はできるでしょうが,ずいぶんと底の浅い表面的・他人行儀なものになってしまうと思います。精神科医はカルテに多くを書けなくなるでしょうし,自分の中の知りたくない面やトラウマを言葉にされ紙面に曝される痛みに耐えられない患者さんも多いでしょう。お互いに守るべき領域をしっかり守っていてこそ「治療」という結構大変な作業を共にできるのではないでしょうか。

主治医があなたのことをどう見ているのか,どう思っているのか,とても気になるところだとは思いますが,カルテ書いてるところをのぞき込むような無粋なことはしないで(笑),言葉で話し合うようにしましょう。それも治療上,大事なやりとりになるかもしれません。

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Q:先生〜! 私の話ちゃんと聞いてくれてる〜?

A:ヘイヘイ,聞いております。とは言え診察中の精神科医の頭の中は忙しいので,確かに半分しか聞いていないこともあります。スンマセン。

精神科医が診察中に患者さんの話を聞きながら何を考えているかというと,

  1. 患者さんの現状について。良い状態か,悪い状態か
  2. それがこれまでの治療の流れの中で予想されていた状態かどうか
  3. もし流れからはずれているとしたら,その原因は何か
  4. 今回の面接で何か介入や操作をする必要があるかどうか
  5. 今後の短期的な見通し
  6. 今後の長期的な見通し
  7. 処方について
などなどです。精神分析的な治療をしていたり,行動療法的なことをやっていると,もっと色んなことを考え,判断しなければなりません。話をしながら患者さんの顔色・表情や話し方・声色,動作のようなものもさりげなく観察しています。患者さんの状態がすごく悪かったりすると,入院や家族への介入なども考えなければなりませんし,入院となると病棟のベッドの空き具合や入院形態,入院手続きなどのことまで頭の中で整理しておく必要があります。
しかも大体こういう思考作業はカルテや処方箋を書きながらになります。つまり,見る・聞く・書く・考えるをいっぺんにこなしているわけで,ボーっとしているように見えても,診察中の精神科医の頭の中は結構忙しい状態なのです。

どうしても雑念を振り払えないこともあります。予約制の外来で診察時間が遅れてくるとたいていの精神科医は時計が気になって気になって仕方なくなります。前後の順番に非常に難しい患者さんがいると,その患者さんに関する色々なことが頭から離れない場合もあります。外来診察中に病棟や他から呼び出しがかかって,それが雑念になることもあります。また精神科医も人間,自分のプライベートなことで何か問題を抱えていると,なかなか診察に集中できません。他にも,お腹減ったなあ〜,とか,トイレ行きたいなあ〜,とか考えているかもしれません。

入院中の患者さんの診察だと精神科医のペースで面接をすることができます。時間もたっぷりありますし,別に診察室でかしこまって話さなくても,デイルームでも大部屋の片隅でもどこででも話すことができます(もちろん診察室でキチンと話すこともありますが)。制約の多い外来での診察を東京や大阪の街中での車の運転に例えると,入院での診察はどこか田舎の高速道路をのんびり走っているようなもんです。

あなたが一生懸命話している時,もし主治医が何か別のことを考えているように見えたら,話の途中でピタッと話すのを止めてみましょう。たいていは「ん?どうしたの?」とか「それから?」とか耳をこちらに向けてくれると思います。それでも知らん顔してる先生は...こっちも知らん顔してやりましょうか。

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Q:心理検査で何が判るの?

A:精神科へ行くと最初に,病院によっていろいろとアンケートみたいなものを書かされることがあります。この中には「問診票」と言って,病院へ来るきっかけとなった症状のこれまでの経過や,これまでの既往歴(どんな病気をしたことがあるか)・家族歴(家族構成や家族の既往歴)・薬剤アレルギーの有無を書かされるものもありますし,簡単な「心理検査」が含まれることもあります。最近はネット上でも無料でtryできる心理検査もありますし,ここを見てるぐらいの人ならきっと一度はやったことがあるのでは?

この「心理検査(psychometry=サイコメトリーとも言う)」,一体何が判るのでしょうか。
こんなアンケートみたいなモノで本当に人のこころの中が判るのでしょうか?人の性格を見抜くことができるのでしょうか?仮病使ってるのがバレるでしょうか?

心理検査にはおおまかに分けて2種類あります。「知能検査」と「人格検査」です。さらに後者は「質問紙法」と「投影法」の2種類に大別されます。

知能検査というのは文字通り知能や知的機能の評価をするためのもので,有名なものにWAIS(ウェイス,と発音する),WISC-R(ウィスクR)などがあります。また,記銘力のみに焦点をしぼった検査もあり,年配の方専用の痴呆診断検査もあります。これらはあまり誰にでもやるというものではないので,お目にかかることは少ないかもしれません。

「人格検査」のなかの「質問紙法」というのがみなさんよくお目にかかるものです。「Y-Gテスト」「エゴグラム」「モーズレイ性格検査(MPI)」「顕在性不安検査(MAS)」「ベック抑うつ尺度(BDI)」「ミネソタ多面人格尺度(MMPI)」などなどいっぱいあります。いずれもアンケートのような質問にYES-NOや5段階評価で答える形式になっています。
これらの検査は人格の中のいくつかの尺度(不安の強さ,抑うつの度合,神経質さ,内向性/外向性,協調性/社会性の度合,主観性の強さ,などなど)の得点を質問への回答から割り出すものです。検査によっては「ウソつき尺度」なるものも含まれており,自分を良く見せようとする傾向が強い場合などはこの点数が高くなることになっています。

「人格検査」の中の「投影法」には有名な「ロールシャッハテスト」や「バウムテスト」が含まれます。他にもマンガのフキダシの中にセリフを書き込むみたいな「PFスタディ」,書きかけの文章の続きを完成させる「文章完成テスト(SCT)」,思わせぶりな絵を見てお話を考える「絵画統覚テスト(TAT)」なんてのもあります。
ロールシャッハテストでは,左右対称になったインクの染みみたいな図版を見せられて,それが何に見えるか,その中に何が見えるかを答えます。バウムテストでは白紙を1枚渡され「実のなる木の絵を描いて下さい」と求められます。これらはいずれも与えられたテーマ,対象に対して患者さんが自分の心理をどのように投影しているかを読み取ろうというものです。決して「座布団1枚!」な回答や,絵やお話の上手さを求めるものではありません。

質問紙法は誰にでも比較的安全・簡便に行えるのが特徴ですが,あらかじめ設定された人格尺度についての得点しか得られません。また,患者さんの質問に答える態度にも大きな影響を受けます。当り前ながら,いい加減な回答から正確な結果は出せませんし,質問の意図が見え見えなことが多いので,自分が主治医に「こう見られたい」というのがあれば結果は自然にそちらへ近づきます(仮病もバレないかも)。
投影法では比較的深層の心理が反映され,それだけに患者さんが結果を操作するのは困難ですが,回答の解釈を行う検査者の主観によって結果が大きく変わる可能性があります。主治医が検査を行う場合などは,結局主治医の得たい結果しか得られない傾向があります。未熟な検査者の場合は外的な要因によって結果が左右されることもあり得ます(例えば主治医や患者さんへの個人的感情など)。

また,最も大事なことはこれらの検査を作ったのは神様でも宇宙人でもなく人間自身だということです。いくら優れた心理検査を複数使っても,結局,人間に判ることしか判りません。

YASU-Qも研究活動では心理検査による数字をよく使いますし,臨床でも,主治医が気付いていなかった患者さんのある側面が心理検査によって顕われハッとさせられることは確かにあります。ただ,いずれにしても心理検査で判ることは患者さんの「ある時点」での「ある側面」についての「ある評価」にしか過ぎず,患者さんの人格の全てを把握できるわけでもありませんし,これのみに頼って診療が行われることもありません。たまに心理検査が好きで多用される先生もいますが,「サイコメトラー○○(先生の名前)」と呼ばれて同僚からはバカにされからかわれます。
患者さんの中には自分の心理検査の結果を教えてくれという方もいます(誰でも興味があるでしょう)。私の場合は,患者さんが希望する場合は当り障りのない範囲で結果をお伝えしていますが,患者さんによっては心外な結果にトラウマを受ける可能性もありますので,結果の報告をそのまま読み上げたり,ハイと手渡すことはしていません。

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Q:精神科通院してることってバレる?

A:原則的には,バレません。

原則的に精神科の外来は,たとえ誰から問い合わせがあろうと,あなたが患者として通院しているかどうかや診療の内容は第三者にはお答えしないことになってます。たとえK察の方からの問い合わせでも患者の診療にとってマイナスの場合は応えないことができる,はずです(裁判所からの書類を持ってきてカルテ差し押さえられたら抵抗できませんが)。健康保険証にも精神科と分かるような書き方はしないはずです。誰にも通院の事実を知らさないで欲しいとあらかじめ主治医にでも言っておけば,あなたのカルテはさらに注意深く扱ってもらえると思います。何かの必要があってあなたの関係者や家庭に連絡する際もまずあなた自身に知らせた上で病院の名前や科名を名乗らずに連絡するような努力をします。

32条や手帳関係の書類から足がつく,なんてことも聞いたことはありません。病院はもちろん,保健所や年金関係のお役所の職員さんにも「守秘義務」というのがあって,患者さんのことを他に洩らすことは犯罪になります。

しかしものごと何でも裏のやり方というのがあって,違法な手段を用いられれば,絶対にバレないとは言えません。
例えば,実際に知人の身に起こったケースですが,健康保険の請求内容が会社の人事に筒抜けになっているケースもあるようです。本来は違法ですが,中にはこういうことを堂々とやっている大企業もある(少ないとは思いますが...)のが日本の実情です。
ですから,絶対に勤務先に受診についてバレないようにしようと思えば,全て実費で(健康保険を使わずに)診療を受けるしかありません。しかしこれは大変に高くつきます。むしろ早めに理解のある上司にでもカミングアウトしてしまうことをお勧めします。

でも実は一番バレる可能性が高いのは,あなた自身が自傷や自殺行為を行って救急に運ばれるような状態になった時です。若い人ならばまず確実に実家の家族に連絡が行きますし,結婚している人なら配偶者に連絡します。精神科での入院は特に家族との連絡が必要になります。
だからってウソの住所やTELなんて書かないで下さいね。本当に緊急の際に連絡できなかったらヤバいですから。

もう一つは,クリニックの待合室で偶然近所のオバさんに出会ってしまったようなケースです。これはもう口止めでもしない限りバレバレでしょう。もちろんオバさんも通院を内緒にしたがっている場合は取引可能でしょうが。

他に私の知っている例では,自費で診療を受けていたのに診察券を見られて親バレした,というのを聞いたことがあります。いずれにせよあなた自身がドジを踏まなければ,よっぽどのことがない限りバレません。でも,身近な人にまで通院のことをずっと黙っているのは,それだけでもかなりのストレスになります。早めにカミングアウトしてしまう方がラクだし,その方が治療にも良いかもしれませんよ。

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Q:担当主治医がしょっちゅう変わるのですが...

A:精神科の治療の中では,患者さんは主治医と結構プライベートな話をして行くことになるので,担当の主治医がコロコロ変わるのは患者さんにとって大変迷惑な話です。主治医が変わっても何一つ変化なく治療を続けていけるような確立した治療技法があればいいのですが,現在はまだ薬物療法にせよ精神療法にせよその効果は主治医との人間的な「相性」の上に成立している面が大きいので,せっかくうまく行っていた治療が主治医の転勤によって台無しになってしまったなどという話は珍しいことではありません。なぜ医師は転勤するのでしょうか?

一般のサラリーマン社会でも(会社の規模や所属部署にもよるでしょうが)転勤や配置転換は誰もがある程度は経験することだと思います。日本の勤務医師の大半は「医局」という会社組織みたいなものに何らかの形で所属していて,この組織内で異動しています。医局というのは各大学医学部の各診療科ごとに存在し,大学を卒業して研修医になる時にどこの大学病院の何科に入るかで所属医局が決まります(これを「入局」と言います)。教授が「社長」,助教授が「副社長」とか「専務」,講師が「部長」クラスと考えれば分りやすいでしょうか。むろん研修医はヒラです。トホホ。

サラリーマンの転勤が必ずしも本人の意に添うものではないのと同様,医師の転勤も必ずしもその医師本人の希望によるものではありません。医局からの命令によってしぶしぶ,という転勤もしばしばあります。もちろん本人の強い希望による転勤も存在しますが ...。

では医局が悪者なのでしょうか? 必ずしもそうとは言えません。
医師の労働条件というのは勤務する病院によってめちゃくちゃ異なります。給与や通勤時間・病院の種類・立地条件といった純粋な労働条件から,担当患者さんの数や層,設備の充実度などによって仕事の内容そのものにも大きな相違があります。
医は仁術,労働条件のことなどつべこべ言うなゴルアという方もおられるかもしれませんが,医師本人はいいとしても家族や診療を受ける患者さんのことを考えると,やはりなるべく労働条件に不公平のないようにはすべきでしょう。
医師と病院の雇用関係が自由競争制度ではなく何らかの調停者が介在することになっている日本の現状では,医師の定期的な転勤は避けられないと考えられます。

一般に転勤は若い先生に多く,経験年数が増えるにつれて転勤の可能性は少なくなります。だいたい経験年数10年を越えるとどこかの病院に腰をすえて動かなくなることが多いようです。経験年数10年を越えてるのにいきなり外国へ行ってしまう私のようなバカ医者もいますが
また,上記のように医局との関係が近い病院の方が医師の転勤は多いと考えていいでしょう。つまり大学病院が一番多い?

自分ととても相性が良く治療もうまく行っている主治医の先生が転勤されてしまう場合,どこまでもついて行くのが良いのかどうかはケースバイケースです。治療関係が高度に依存的なものになってしまうと,今は治療がうまく行っているようでも,いつかキッツイ反動がくることもありますし,治療に終わりがなくなってしまうこともあります。その主治医の先生とよく相談した上でついて行くのかどうかを決めましょう。

うーん,何か無罰的な文章になってしまったな...

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Q:主治医の先生とどうしてもウマが合わない...主治医変えてもいい?

A:せっかく思い切って精神科に行ってみたのに,あるいはずっと通ってるけど,どうしても主治医の先生とウマが合わない,信頼できない...こういう不幸なことも絶対にないとは言えません。もうあの先生には会いたくない,何とかして主治医を変わりたい,そんな気持ちにまでなることもあるかもしれません。精神科の治療は,検査の数字やモノを介して進んでいくのではなく,まさに主治医の個性と患者さんの個性のふれ合いですから,「どうしても合わない」ということはあり得ると思います。

ただ,もしあなたがその先生にまだ数回しか会ったことがないのなら,もう少ししんぼうしてあと何回か通ってみることをお勧めします。もちろん,「それでもやっぱりダメ」ということもあり得ますが,もう何回か通ううちにお互い少しずつ理解が生じて,治療が進み始めることがよくあるからです。いくら精神科医といえども,最初から患者さんの全てを理解することは不可能です。

また,あなたが主治医に何を求めていて,何を得られないのかということを考えてみるのもいいかもしれません。時々,医者はサービス業なんだから患者が欲しいものを何でもすぐ与えてくれればいいんだ,というような人がいますが,これでは一時的に良くなっても根本的な治療にはなりません。医者が,患者さんの言いなりに何でも要求をきいて,良くならなくても「ハイそれは患者さんのせいです。それだけ病理が深いのです」と言うのだったらこれは医療ではありません。また患者さんが,最初から全てを医者に委ねてしまって自分では一切何もする気がないとしたら,これも結局なかなか良くはならないでしょう。精神科の治療は,主治医と患者さんの共同作業です。あなたが求めているものが,当然主治医から与えられるべきものだと感じたら,それを主治医に伝え話し合うべきでしょう。

また,治療の進む過程で,患者さんの心の中に主治医に対する嫌悪感,反抗心,競争心,恐怖感などが必然的にかきたてられる局面もあります。これまで主治医と良い関係だったのに,いつの頃からかこういう感情を感じるようになったのだったら,それは治療の中でブレークスルーしていくべき重要な過程にさしかかっている可能性があります。おそらくは主治医もそれに気付いて,何かあなたの感情に対して働きかけをしてくると思います。きっかけがあれば,あなたのそういう感情を言葉で表現できればベストです(言葉以外の表現もありますが...)。ここで黙ってこの主治医の前から去ってしまうのは(気持ちは良く解りますが),患者さんにとって,とてももったいないことです。また,違う先生のもとでも同じことがくり返される可能性があります。

上記のいずれでもなく,かつどうしてもその先生に我慢ができない,というのなら,思い切って主治医を変えるのも一つの手かもしれません。病気は医者のものではなく患者さんのものです。患者さんには明らかに医者を選ぶ権利があります。
ただ,患者さんの側で一方的に主治医を変わるというのは,紹介状などもなく一から初診で治療をやり直すことになるので,ある程度のリスクがあるのは覚悟しなければなりません。また,前医に紹介状をもらってから来るように言われることも多いので,これまでの治療は内緒にせざるを得ないこともあります。これらのマイナス面よりも主治医変更によるプラス面が大きいかどうかは一種の賭けになってしまいます。

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Q:クスリのこといろいろ勉強していったら先生に怒られた

A:なんてことをたまに耳にします。確かに「私よりよく知っているんじゃないだろうか」というくらいクスリについてよく勉強している患者さんもいますし,私の症状はこれこれだから,これこれとこれこれを何mg処方して下さい,なんて「処方箋」を持参してくる患者さんもおられます。

患者さんがクスリについて勉強することはとても大事なことですし,むしろ治療にとって必要なことです。それを怒る先生というのは,ちょっと狭量かな,と思います。治療者としてのプライドが非常に高く「治療は医者の患者への施しである」などと思っている先生なら,患者さんがクスリについて知識をもつのはウザいと感じて怒るかもしれません。

ただ,患者さんが自分の精神症状について自己診断し,それに基づいて特定の処方を要求しているとすれば,それにもちょっと問題があります。もちろんその自己診断が正確であれば問題はないのでしょうが,この種の自己診断は往々にして「本人の希望」が多分に含まれるからです。こういう場合,主治医が「私はそうは思わないんだけど...」と患者さんに伝えても絶対に納得してもらえません。場合によっては押し問答になって怒ってしまう患者さんや先生もいるでしょう。

もう一つ,何をソースに勉強するかの問題もあります。市販の啓蒙書の中には,古い古い学説をそのまま載せていたり,明らかに間違った記載が見られるものもあります。たとえ間違った情報であっても,出版されたものというのは信憑性がありそうに見えますので,患者さんによっては生身の医者より本の方がずっと信頼できるということもあるわけです。また,たとえ最新の有名海外ジャーナルに載っている論文であっても,そこに書いてあることがそのままその患者さんに適用できるかどうかは分かりません。動物実験で得られた結果や,文化も気質も体格も違う海外の患者さん達の統計データがそのままその患者さんにあてはまるでしょうか? ネット上の情報もまた然りです。

また,精神科の薬物療法は他の診療科ほど薬理(そのクスリがどのように効くのかのメカニズム・理論)が明らかになっていません。例えば,細菌をやっつける抗生物質や胃潰瘍のクスリなどは薬理がはっきりしており,薬理からクスリを設計して開発することができます。ところが精神科のクスリは今でも,偶然に発見されたいくつかのクスリとそれをモデルに真似て創られたクスリが主で,薬理の詳細ははっきりしていません。もちろん最新の理論や情報に精通することは大事なことですが,結局はまだ理論よりも主治医の経験がモノを言う部分が多いのです(なるべく理論化しようという努力はされていますが)。

誤解のないようにくり返しますが,患者さんがクスリについて勉強しいろいろ情報を持つことはとても大事なことです。主治医と患者さんがお互いに共通の情報を持ってこそその治療は「共同作業」になります。ただ,勉強することによって出てきた自分の処方に対する不満や疑問は,主治医に投げ返すべきです。クスリについていろいろ話し合う中から,背景にある隠れた問題点や症状が明らかになり治療が大きく進展することもあります。くれぐれも,黙って他の先生のところから別のクスリをもらってきて,その日の気分であれこれのみ比べてみたり,我流のカクテル処方を試みたりはしないで下さいね。それはあなたの治療にとって百害あって一利なしです。

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Q:クスリは自分で適当にのんでますがそれが何か?

A:確かに,毎日毎日決まった時間に決まったおクスリをキチンとのむという行為はかなりウザイです。それ,分かります。ついついのみ忘れたり,外出先に持って出るのを忘れたり,人前でのむのがイヤだったりして,のみ方がいい加減になったり,副作用がイヤでちょっと自分で加減しちゃう,ということはあり得ると思います。

普通の精神科医ならば,こういう患者さんの心情は分ってますので,「実はテキトーにのんでます」と言われても怒りはしません。中には大量のクスリを処方しておいて,「いくら面倒くさくても患者は出されたおクスリはキチンとのむべきだ」と思っているようなカタブツもいるかもしれませんが。とは言え,クスリはたいてい用法をキチンと守って服用することで最大限の効果が得られます。テキトーなのみ方ではテキトーな効果しか得られない可能性が高いのです。ですから,あなたから「テキトーにのんでまぁす」と言われたら,「ちゃんとのんでねぇ」ぐらいは必ず言います。

また,あなたが実際にどのようにおクスリをのんでくれているかが判らないと,主治医は処方上の判断を誤る可能性が非常に高くなります。あなたが何も言わなければ,主治医はたいてい,あなたが用法を守ってキチンとのんでくれている,と思い込んでいます。あなたがちゃんとのんでないだけなのに「まだ効いていない」と判断してクスリを増量するかもしれませんし,せっかく効き始めているクスリを「これは効かない」と判断して変薬してしまうかもしれません。また,何らかの副作用が出た時にその対応を大きく誤るかもしれません。これは場合によっては非常に危険なことでもあります。

あなたが自分の症状を「客観的に」自己診断して自己処方を試みているのだとすると,これも問題です。ヒトの精神は構造上,純粋な「客観」にはなり得ません。あなたは何をもって自分の精神状態を「客観的に」測っているのですか?話が哲学の領域に及んだとしても,そこには絶対の根拠はないはずです。あなたの自己診断がヘボ主治医の判断よりも正しいという証拠はありません。どうしても主治医の処方を信用できないのなら,自己処方に頼るより転医を考えるべきでしょう。
→自己診断の問題については上のQも参照

まずは,ちゃんと袋に書いてある通りにのむ努力をしてみましょう。何も絶対に100%その通りにしないとダメとは言いません。たまにのみ忘れるぐらいは仕方ないでしょう。
それでもどうしても用法通りにのめないとしたら,用法の方に無理があることもあり得ます。そのことを正直に主治医に伝えて,服用回数を減らしてもらうなり,おクスリを少し変えてもらうなりしましょう。決して黙ってそのまま テキトーにのみ続けないように。いつまで経ってもテキトーにしか良くなりません,かもよ。

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Q:先生にどうしても言えないことが...

A:どんな患者さんでも,主治医にどうしても言えないこと,言いたくないこと,あるいは言いそびれてしまったことなどいくつかあると思います。

精神科の治療というのは,どことなく患者さんに「全てを白状するように」強いる雰囲気があると思います。主治医に対して大事なことをまだ言ってなかったりすると,何かすごく後ろめたい気持ちを感じる患者さんもいると思います。でも大丈夫。精神科にかかっているからといって,主治医に全て話してしまわないといけない,なんてことは決してありません。言いたくないこと,言えなかったこと,今はそのままあなたの心の中に留めておいていいのです。

すごく言いたいけど言えないこと,治療のためには言った方がいいのかもしれないけど分らないこと,なんてのもあるでしょう。これらも同じです。「今は」あなたの心の中に留めておきましょう。治療が進むうちにきっとこれらを口にできるタイミングがあります。それが来るまでは待ちましょう。その時こそ,あなたの治療が次のステップに進む時なのです。

治療上どうしても言わなければならないことなのに,診察になると舞い上がってしまって言えない,忘れてしまう,なんていう時には,メモや手紙を持参していく方法もありますね。

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Q:ちょっと先生,私のクスリ,多すぎるんじゃない?

A: ウ... 多すぎるかもしれません ^о^;)。ただ,これには背景があります。以下は精神科医YABU−Qの言い訳です。

上の「Q:クスリのこといろいろ勉強していったら先生に怒られた」にも書きましたが,精神科の薬物治療では,クスリの効くメカニズムがまだあまりはっきりせず,現在でも,理論よりも主治医の経験によって処方されていることが多いのです。クスリを処方する際のガイドラインのようなものがちゃんと整備されていないのです(整備しようという動きはありますが,まだ確立したガイドラインはありません)。これは他の診療科とは大きく異なる点です。

また,精神科の患者さんの症状というのは,検査の数字などに表せない主観的なものです。したがってクスリの効き目もきちんと数字にして測ることはできません。これも主治医の経験と技量によって,患者さんの言葉や様子や表情などから推し量るしかありません。これらをなるべく客観化するために,精神症状の評価尺度というものも開発されてきていますが,これもまた,まだ確立したものはありません。

患者さんの方も,クスリで全てが解決すると思い込んでいて,クスリに対する期待が非常に高い人が結構います(医者にもいますが)。ちょっとした症状でも何らかのクスリを追加でもらえるのが当然,という考え方の患者さんもいます。これだとその度にクスリが増えていってしまいます。

また日本の大学病院や系列病院では医師の転勤がよくあります。若手の先生などは1〜2年毎に職場を変わることもあります。必然的に他の先生の後を引き継いだり,引き継がれたりということがよく生じます。この際に処方を全てリセットしてしまうのにはかなりの勇気が要ります。主治医の交代でただですら不安定になっている患者さんに,クスリも全部入れ替えるよ,と平気で言える精神科医はなかなかいないでしょう。したがって,前の先生の処方を引き継いだ上に,自分なりの処方を加えるということが時々生じてきます。

このようにもともとクスリの数は増えやすい環境にあります。もっともこれだけなら,何かクスリを増やすときに別のクスリを減らせばいいのですが,上記のように精神科のクスリには確たる処方の指針も効果の客観的指標もないために,減らす際になかなか思い切って減らしにくいのが実情です。また時に患者さんが不安のため減薬を拒まれることもあります。かくして処方薬は増えていくのです。

もちろんこれは望ましいことではありません。処方数が増えていけば,どのクスリがどのくらい効いているかさらに分りにくくなりますし,副作用が出てもどのクスリが悪いのかすぐに把握できません。主治医や薬剤部でのクスリの出し間違いも増えます。と言っても,欧米風の一つのクスリを大量に使うというやり方が日本人の体質や精神風土にも合うとは一概に言えないと思います。要は,程度の問題でしょう。初診でいきなり10種類近くもおクスリがジャラジャラ出る先生は.....だと私も思います(もちろんどうしてもそういう処方をする必要性がある場合がないとは言えませんが)。

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Q:入院したいのにさせてもらえない...

A:一度入院してしまうと精神科の病棟というのは居心地のいいもので,何度も「入院したい」と言ってくるリピーターの患者さんもいるぐらいです。

私たちが患者さんに入院してもらう時というのは,当然,治療上必要な時に限られます。したがって患者さんが入院を希望していても,入院の必要がなければ原則的にお断りします。ではこの入院の必要性というのはどのように判断するかというと,

  1. 生命・身体的な危険の有無(自殺や自傷行為の危険性の高さ)
  2. 状態の不安定さ
  3. 外来で治療を継続できるか(基本的に週に1〜2回の診察とおクスリで様子を見れるかどうか)
  4. きちんと服薬できるかどうか(家族が服薬させる場合も含めて)
  5. 家族や周囲の人がどのくらいもちそうか(熱意や疲労の度合いも含めて)
などが主な判断材料になるでしょう。言うまでもなく,1.が最優先です。生命・身体的に危険が高そうな状態であれば,3.4.5.の条件が良くて,患者さん本人が入院を嫌がっていても入院を考えた方が良いこともありますし,1.の危険がなければ3.4.5.の条件や本人の希望に関係なく入院の必要性は相対的に低くなります。また自傷行為であっても,生命・身体的な危険性が低い場合はそれだけでは入院の適応とはなりにくいでしょう。

これはここだけの話ですが,これら以外にも病院や病棟の都合というのもあります。例えば,満床の時には入院は物理的に不可能ですし(実際に精神科の病床はよく満床になります),閉鎖病棟も保護室もない病院で興奮のひどい男性患者さんを入院させるのは普通,難しいでしょう。また,身体的な重い病気の上に精神疾患がある場合など,普通の精神病院では治療困難です。

治療の流れ上,入院を避けるべき局面というのもあります。患者さんの社会的な逃避・回避を助長してしまうだけの場合もあるでしょうし,患者さんが主治医や周囲の誰かをより自分にひき付けたい・より思い通りにコントロールしたいという心理によって入院を希望している場合,安易にそのまま入院になってしまうと,入院が患者さんの病理を促進してしまうことにもなりかねません。

あなたがもし入院を希望して主治医に断られたのなら,自分が入院に何を求めていたのかを考えてみた上で,主治医の先生と納得のいくまで話し合うことです。どうして自分に入院治療が必要と思うのか,決して単なる逃避ではないこと,これらを,具体的な入院治療の目標なども交えて訴えればポイント高い,かも。決して,リスカしたり多量服薬して強引に入院を求めてはいけません。たいていはかえってポイント下がります。

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Q:待合室で他の患者さんがウザい!

A: そんなひどいこと言わないで下さいよ。でもこういう「私だけは別」っていう患者さんもおられれば,確かににぎやかな患者さんもいます。老若男女,色んな患者さんの集まる精神科の待合室は社会の縮図と言えるでしょう。ですから当然他の患者さんへの気配りも必要ですし,あまりにぎやかな人には「静かにしてもらえませんか」くらいは言ってもいいと思います。それが言いにくい場合は,受付のスタッフや主治医にそっとチクって下さい。何とかできる場合は何とかします。何ともできないこともありますが...。

私の外来の患者さんはお互いに仲良くなって,いろいろと裏で情報をやりとりしているみたいです。今日は先生疲れてるみたいだった,とか,奥さんとケンカしたんじゃないか,とか。ほっといてよ(笑)。でもこういう患者さん同士の情報交換というのはとても重要で,ここからクスリのこと,障害年金や32条のこと,どこのデイケア・作業所が雰囲気いいかなど貴重な情報がたくさん得られます。もちろん主治医に訊くこともできますが,主治医より同じ患者さん仲間の情報の方がずっと有用なことがあるようです。

さあ,主治医なんてほっといて患者さん同士で盛り上がりましょう.....とまでは言いません(笑)。時に患者さん同士でカウンセリングの真似事をして,共に悪くなってしまったりすることもあるからです。でも,せっかく同じ待合室に居合わせる仲間です。黙ってうつむいていないで,ぜひ話しかけてみて下さい。通院する上でとても心強い仲間が得られると思います。診察待ちの時間があっという間に感じられるようになるかもしれません。

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Q:先生もウツになることあるの?

A:あります。激しくウツになることもあります。私だけ?

精神分析家のことをトイレやゴミ箱に例える話は有名です。患者さんが自分のイヤな想いや感じたくない感情をどんどん分析家の中に投げ込んでいくわけですね。「しばしば分析家や分析セッションは患者の夢の中ではトイレとして表現される」という記載もあります。私は専門的な精神分析家ではありませんが,ちゃんとした精神分析治療でなくても,精神科の診察の中には常にこういう要素があると思います。

例えば,支配的・感情的な母親の元に育ち様々な心理的問題を抱える患者さんが,朝から母親とケンカした後で外来へやって来たとします。診察室に入って来るなり彼女は,待ち時間が長いことや,前回の処方が自分に合っていなかったこと,話を聞く態度が事務的だ,などを感情的に延べ,「最低の医者だ」と私を責めます。私が何か言おうとすると必ずそれを遮って話し出すので,私は何も言えません。だんだん私は無力感と悲しい気分に支配されます。
ただ,これはまさに彼女と母親との間に繰り返されてきた出来事の再現なのです。彼女の母親は彼女の言うことを聞かずいつも一方的に彼女を責めます。彼女が何か言おうとするとそれを遮って彼女を「最低の娘だ」となじり続けます。彼女は,「いつものことだ」と分っていても,無力感と悲しい気持ちに打ちひしがれてしまいます。彼女は,この感情を診察室に持参して,私に対して自分の母親と同じように振舞うことで,私の心の中に投げ込んだのです(こういうのを精神分析の言葉で「投影」とか「投影性同一視」といいます)。
私は,無力感と悲しい気分に支配されながらも,これこそが彼女がいつも母親から与えられている感情なんだ,ということを理解しなければなりません。なかなか大変なお仕事です。

まあこれはかなり精神分析的な精神療法の話ですので,全ての患者さんとの間にこんなに濃いやりとりが起こるわけではありません。でも一日の外来診療が終わると,患者さんが置いていった色んな感情が重なり合ってしまって,ぐったりすることは珍しくありません。ウツの患者さんが多かった日は自分もウツになりやすいかもしれません。やはり強力に頭の中をリセットしてくれる何らかの気分転換法は必要でしょう(私の場合は音楽とクルマですが)。精神科医に趣味人が多いのはそういう理由かもしれませんね。

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Q:精神保健法指定医ってエライの?

A:精神科の医療には他の診療科の医療と全く異なる局面がいくつかあります。

例えば内科や外科では,患者さんは自分で体調の不良を感じ,(しぶしぶかもしれませんが)自分の足で病院へ行きます。少々しんどい検査や治療でも,「治療のためなら仕方ないか」とあきらめて受け入れることができます。
ところが精神科の病気では,病状が悪くなるとこの「自分が病気であることを自覚する」ことができなくなる場合が多いのです。患者さんは幻覚や妄想,あるいは強い気分の変動に翻弄されながらも自分が病気であることを自覚できません。

自分の認識の誤りを客観的にとらえ訂正することは,健康な精神にとってはそう難しいことではありません。しかし実は,自分を外から眺め誤りを正すということは複数の視点の変換(自己→他者→自己→他者...)を伴うかなりエネルギーを要する作業です。病的な過程の発動した精神にはこのような視点の変換を伴う作業を繰り返すエネルギー的な余裕はありません。

ですから,こういう状態の患者さんに「あなたは病気ですよ,おクスリをのんで治療する必要がありますよ」などと言ってもたいていは受け入れてもらえません。当たり前ですよね。誰が「あなたは精神病です」と言われて素直に「ああ,そうですか」と思えるでしょうか?あなた自身,どうですか?
しかし患者さんの興奮や恐怖が激しかったり,食事が摂れなかったり,自殺に至る可能性が高い場合は,患者さんの意に反してでも治療をする必要が意義があります。
末期ガンなどでは「治療を受けない権利」も認められます。精神科領域においても「死にたい奴は死なしとけ」という考え方もあるでしょうが,治療によって死にたい気持ちが翻る可能性が少しでもある場合は治療の意味はあるとYASU-Qは考えます。身体的な病気とは違って精神科領域では,病状が悪い患者さんは自分の状態を冷静に判断できているとは言えない可能性があるからです。

しかし言うまでもなく,イヤがっている人を無理矢理に連行する監禁する服薬させる注射する点滴するなどの行為は重大な人権侵害です。たとえ「治療のため」という大義名分があっても,人権侵害であることは否定できません。それでも治療をするのか,人権を尊重しそのまま放置するのか...精神科の医療にはこのように法的にも倫理的にも難しい面があるのです。

現代の精神医学はこの内「治療が必要な場合は(ある程度)人権を侵害してでも患者さんの治療を行うべきだ」という立場に立っています。そのため精神科医には治療のために患者さんの人権を制限する権限が与えられています。もちろんこれは極めて重大な,ある意味危険な権限ですので,精神科医なら誰でもOKということにはなっていません。ある法的な資格を持った精神科医だけがこの権限を行使できることになっています。この資格が精神保健福祉法に定義された「指定医」なのです。指定医になるためには次のような条件を課せられます。

  1. 精神科の臨床経験5年*以上(勤務した病院の在職証明等を提出します)
  2. 指定医講習会を受けること(年に数回大都市であります)
  3. 自分の経験した患者さんのレポートを提出する(分裂病圏3例,躁うつ病圏1例,思春期精神障害1例,老人性精神障害1例,中毒性精神障害1例,器質性精神障害1例以上の医療保護入院/措置入院のケースレポート*を提出する)
    *ちょっと簡略化して書いてます

このレポートの審査は結構厳しくて,申請者のうち3〜4割は不合格になるようです。重大な権限ですから当り前ですけどね。ただその中で求められているのは,臨床的な知識や技術というより法的な知識であり,純粋にその先生の臨床的な腕を反映するものではありません

指定医のお仕事というのは,

などであり,治療のために人権を制限する強力な権限を与えられているといっていいでしょう。ある意味,非常にコワイです。もちろん指定医のこういう業務は常に書類の提出が義務付けられていて,精神医療審査会というところで厳密にチェックされていますし,それ以外にも定期的に監査があります。ちょっとでも書類にあいまいなことを書いていると怒られますし,カルテ記載にも細かいチェックが入ります。権限が強力であるがためかなり運営には気を配られているとは言えます。実はYASU-Qも指定医ですが,指定医の資格をとった途端にデスクワークがドッと増えた記憶があります。

このように「精神保健法指定医」というのは,状態の悪い患者さんに対して強制的な医療を行う際に必要とされる法的な資格であり,純粋に臨床的な力量を表すものでは全然ありません。精神科病棟のない総合病院やクリニックの先生では優れた先生でも指定医を持っていない先生はいっぱいおられます(仕事に必要ありませんので)。
逆に,指定医の資格を持っているからといって,患者さんの人権に配慮のない悪徳医師であるということはない...と信じたいです。そのためにも,治療行為が強制的になされたケースでは,その行為が患者さんにとって「必要だったんだ」と患者さん自身が受け入れ納得できるよう最大限の努力が払われるべきでしょう。

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Q:先生,本当に内科のこと分かるの?

A:あんまりいじめないで下さい。泣き出すかもしれませんから...

精神科医といえども,間違いなく医学部を卒業しています。今の日本では学部を卒業するまでは全部の診療科の勉強をします。国家試験もほぼ全ての科の問題が出ます(もちろん内科・外科などは"メジャー"と呼ばれ多くの問題が出ます。精神科は"マイナー"ですから問題は,出てもちょっとです。トホホ。欧米では精神科も"メジャー"扱いなのに)。ですから精神科医でも,内科どころか産婦人科も皮膚科も眼科についても「知識」はあります...あるはずです。

でも知識だけでは病気は診れません。実際にその病気の患者さんを数多く診療した経験がないとちゃんとした治療はできません。指導医の下でこの経験を積んでいるのが「研修医」の先生達です。日本の医師は通常2年間の研修を受けなきゃならないことになっています(現在はまだごく一部に例外あり)。ところが日本の医師研修のシステムにはいくつか問題が指摘されていて,その一つが専門性の問題なのです。

現在のところ日本の医者は,学部を卒業し国家試験に合格した時点で特定の診療科に入ってしまい(「入局」といいます),その診療科の中で研修をします。つまり精神科に入局すると精神科の中で研修をすることになります。しかしこれでは精神科以外は何も分からない医者になってしまいます。このため,通常は精神科の研修2年間の内の数ヶ月から半年ぐらい(人によってはもっと長く)を内科や外科で過ごし,他の科の研修を受けることができるようになっています。(ちょうど今,この医師研修制度は見直しを受け改革されつつあります。それで「現在のところ」なんです)

また勤めた先の病院の事情によっては,精神科医というより内科医として仕事をすることを求められるようなことも,あります。また,他の診療科から精神科に移ってくる先生方もよくいます。彼らは当然,元々の診療科についてはバッチリです。ですから,精神科医といえども他の科の仕事をできる先生は少なくありません。

とは言え,ずっと精神科を続けていると自分の専門以外は少しずつ腕が落ちます。知識も消えていきます。ですから,精神科の腕が良くてさらに内科も本職の先生並に腕がいいという先生は,まああんまりいないでしょう。え,私ですか?...私は精神科医ですから。さあ,次の質問行きましょう。

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Q:私も精神科医やカウンセラーになれる?

A:物理的には,なれます。医学部に行って卒業し(6年かかります。国公立ならお金は他の学部と全く同じです。私立は...知りません),医師国家試験に受かれば精神科医になれます(もうすぐ卒業後2年間の研修が義務付けられるので,精神科医になるにはさらに2年かかるようになるかもしれません)。カウンセラーには特別な資格は要りません。今すぐにでもなれます。

ただ,ちゃんとした精神科医やカウンセラーになるにはかなりの勉強が要りますし,ある種の才能というか適性は必要だと思います。相手の話を聞き共感する能力や,専門知識,また社会常識も必要でしょう。当然,単なる「心理学オタク」ではダメです。

「自分自身が精神的な問題で苦しんだ経験」というのは,あっても決して邪魔にはなりませんし,患者さんの苦しみを理解する手がかりにはなりますが,必ずしも必要ではありません。むしろ大事なのは,現在自分自身が精神的に健康だということです。自分自身が不健康だったり不安定だったりすると絶対に長続きしませんし,相手と共倒れになってしまう危険もあります。自分の精神的な健康に自信がなければ,決してお勧めできません(これはネット上でBBSやメールの形でカウンセリングを行う場合でもあてはまると思います)。

そういう意味で,精神科通院を卒業した人は,精神科医やカウンセラーにすごく向いている,とも,すごく向いていない,とも言えます。ただ,自分の健康に自信がなければ深入りしない方が無難ですヨ。「あこがれ」だけでずっと続けられる仕事ではありません。

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Q:このHPのトップにある"YASU-Q"っていう画像は「暖簾=のれん」ですか?

A:いいえ,激しく間違っています(笑)。

これは,シャーカステンにCTかMRIの画像が無造作にかかっているところをイメージした自作画像です。シャーカステンというのはよく医者がレントゲンやCTの画像をかけて見ている,あの白い,光る,ガラス窓のような物体です。ホラ,そう思って見ればそう見えるでしょ?ちゃんと電源スイッチまで描いてあるんだから。

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