(昭和40年代)
栄町には,駅前からの商店街が途切れた辺りから2階建のブロック作りの住宅が立ち並んでいました。プールの横,南側は大夕張幼稚園,そして剣道の試合など行われていた武徳殿。そしてその前の遊具と花壇。また,北側には空き地が広がり,踏み切りを渡ったところに購買会の支所の小さな店がぽつんとありました。
夏,泳げない私は,よくこのプールを有刺鉄線越しにのぞいていました。中で泳ぐ人たちの気持ちよさそうなこと。ときおりかかる水しぶきがかえって気持ちよかったこと。体を伸ばして背伸びをしても,中々中をうかがうことができないほど,プールの塀が高く感じていたこと。懐かしい思い出です。このプールは手前の線路側が大人用のプール,向こうの道路側に半分くらいの深さの子ども用プールがあり,小さい頃や,学校の授業などで何回かこのプールに入った記憶があります。もちろんシャワーや更衣室もきちんとついていたはずです。
大夕張駅を出て,炭山駅に向う汽車は,ここのそばを通る時,必ず大きな汽笛をならして通り過ぎました。このそばの空き地で遊んでいた時や列車と行き違う時,耳をふさいでやり過ごしていました。
【平成9年5月18日】
閉山後は市営プールとして使われていました。私が訪ねた時には,青いビニールシートがプールにかけられていました。周囲にはられた板はかつてと同じものでした。時間の流れとともに板は外れ,支え棒が必要になっていました。かつて私が身を乗り出そうとしていた時に邪魔だった有刺鉄線はなくなっていました。向こうに見えた栄町アパートだけでなく周囲の建物はほとんどなくなっていました。