4代目タイガーマスク

年譜

(このページは逐次更新しています)

1994年

8月25日:この日発売の「週刊ゴング」誌9月8日号(No.528)が佐山聡インタビューで「4代目タイガー育成計画」をスクープ、表紙とカラーグラビアで報じる。この中で、佐山は4代目について「年齢23歳、自分のコピーをさせている」と語っている。

1995年

5月20日:西日本プロレスの熊本市体育館大会で、佐山が行ったシューティングのデモンストレーションでパートナーを務める。デビュー前であり、白のマスクを被っていた。

6月11日:FSwRの釧路市厚生年金体育館大会で、佐山とシューティングのエキジビション・マッチを行う。銀のマスクを被っていた。

6月11日:FSwRの北見市立体育センター大会でも佐山とシューティング・エキジビション。デビューを控え、実際の試合会場での経験を積んだ。

6月27日:東京・渋谷で4代目タイガーのお披露目記者会見があり、「'95格闘技の祭典」でのデビュー戦が発表される。対戦相手として発表されたみちのくプロレスのT・G・サスケと佐山が同席。4代目のプロフィルは身長173センチ、体重85キロ、アマレスを経てシューティングを2年経験と公表される。

7月15日:スーパータイガー・ジム所属レスラーとして、後楽園ホールでの「'95格闘技の祭典」でデビュー戦。初代そのままの虎殺法の数々を披露するなどその素質をいかんなく発揮するも、サスケに苦杯を喫する。試合後、サスケにみちプロ入りを志願。サスケと、観戦していた佐山もこれを了承した。なお当初、佐山は当時関係のあった西日本プロに4代目を預ける構想だったが、「ゴング」誌の清水勉記者がみちプロを提案。本人や佐山、著作権保持者の真樹日佐夫氏にみちプロを観戦させ、説得したという。

7月25日:大日本プロレスの後楽園ホール大会に初出場。佐山とエキジビションで対決する。

7月31日:平成維震軍の大阪大会で、小林邦がタイガーとの対戦をブチ上げる。

8月12日:この日のみちプロ山形大会から、「覆面ワールドリーグ戦」の巡業に帯同。連日、リング上で紹介を受ける。

8月25日:この日の青森大会で、挨拶の際にT・みちのくの襲撃を受ける。27日の福島・保原町大会でも乱闘となり、正式な試合出場を前に早くも抗争の火が点いた。

9月14日:「ルチャの細道'95」開幕戦の青森大会で、みちプロでのデビュー戦。中島と組み、スティービー・J、星川組を破る。

9月22日:この日の花巻大会で、T・G・サスケとの初タッグが実現。スティービー・J、M・マヒカ組を下す。

10月21日:デビュー以来2度目のシングル戦で因縁のT・みちのくと激突し、殊勲の白星をマーク。

11月14日:T・みちのくとのシングル再戦はリングアウトで屈する。

11月23日:1勝1敗で迎えた決着戦で、T・みちのくにデビュー以来初のフォール負けを喫する。しかし試合内容は絶賛を受けた。

12月11日:この日の名古屋大会でT・みちのくに雪辱。通算対戦成績を2勝2敗の五分に戻す。

12月17日:大阪大会で再度T・みちのくを下し、勝ち越す。「名勝負数え唄」との評価も受けるようになる。

1996年

1月1日:元日の仙台大会で、かつてのS・タイガーを想起させる銀のマスクを着用。

1月10日:札幌大会で、華魅嫁是(バトラーツ・石川雄)との異色タッグが実現。T・みちのく、船木勝組を破る。

2月5日:みちプロの英国遠征(6日まで)に参加。この日のポーツマス大会では直前のカード変更で中島とのシングル初対決が実現、15分時間切れに終わる。「サミー・リー(佐山)の弟子」として、声援を浴びた。

3月2日:ヨネ原人との異色のシングル対決が実現。

4月29日:MEN’Sテイオーとのシングル初対決が実現するも、海援隊★DX勢の乱入で痛い反則勝ち。なおこの日、サスケが新日本の東京ドーム大会に出場していたこともあり、このカードがメインを飾った。

6月8日:星川と組み、T・G・サスケ、G・浜田組に敗れる。タッグながらデビュー戦以来約11ヶ月ぶりのサスケとの再戦だったが、雪辱はならなかった。

6月30日:横浜アリーナでの「メモリアル力道山」大会に出場。師・初代タイガーマスクとの夢の新旧対決が公式試合で実現した。延長戦にもつれるも決着はつかず。

7月5日:T・G・サスケのメキシコ・EMLL遠征に同行(8日まで)。この日のアレナ・メヒコ大会でのトーナメント1回戦ではフェリーノとの猫系マスクマン対決となるも、5分29秒、ラ・マヒストラルで苦杯を喫する。外国人レスラー相手のフォール負けはこれが初。

7月14日:デビューの場だった「'96格闘技の祭典」に、2年連続で出場。T・G・サスケとタッグで対戦。

7月21日:T・G・サスケ、G・浜田の欠場を受け、S・デルフィンと初タッグを組む。

8月7日:左ヒザ負傷により、この日の青森・深浦町大会から6試合を欠場する。

8月14日:鶴岡大会で、初代タイガーと6人タッグで対戦するも敗れる。

8月17日:この日の能代大会でBa・キャットの保持する大英帝国ライト級王座に挑戦する予定だったが、左ヒザが回復せず、チャンスを薬師寺に譲る。翌日より5試合を欠場。

8月25日:復帰戦でM・テイオーとの2度目の対決に臨むも、惨敗。

9月12日:レッスル夢ファクトリーの茂木の返上により空位となったUWA世界ミドル級王座の決定リーグ戦(5人参加)に出場。この日の公式戦初戦で、テイオーに連敗を喫する。

9月20日:UWA世界ミドル級王座決定リーグ戦で、S・アストロを破る金星。

9月23日:UWA世界ミドル級王座決定リーグ戦を3勝1敗で終え、同率首位のM・テイオーと決定戦。腕折りを公約した非情の攻めで雪辱しタイトル獲得、第29代王者となる。言うまでもなくデビュー以来初のタイトル獲得。また日本人としては、G・浜田、浅井(U・ドラゴン)、E・サムライ、維新力、茂木に続いて6人目の同王座奪取となる。

10月30日:愚乱・浪花とのコンビで、この日よりタッグリーグ戦「みちのくふたり旅'96」(6チーム参加)に初出場。

11月6日:G・浜田、星川組との公式戦の試合中に頚椎を損傷。以後のリーグ戦出場を断念し、4敗1引き分けで最下位に終わる。

11月12日:G・浜田プロレス生活25周年記念興行で、初代タイガーとのタッグが実現。T・みちのく、船木勝組を破る。この日は虎縞地のマスクと黄色ベースのタイツを新調し、かつアニメ風のオーバーマスクを着用する演出ぶりだった。

12月11日:この日の岡山大会で再度、左ヒザを痛めギブアップ。手術と長期欠場を決意する。

1997年

2月25日:長期欠場に伴う防衛戦期限切れにより、UWA世界ミドル級王座を返上。結局、防衛戦は1度も組まれることがなかった。

4月24日:岩手・藤沢町大会で約4ヶ月ぶりに復帰。6人タッグで白星を飾る。この頃よりアニメ風のニューマスクを着用。

5月5日:山形・中山町大会でT・みちのくの保持するインディペンデント・ワールド・ジュニアヘビー級王座に初挑戦するもフォール負けを喫し、タイトル奪取ならず。シングル通算対戦成績は3勝3敗となる。

6月22日:福島・浪江大会でT・G・サスケと組み、タッグながら新崎(パートナーはG・浜田)と初対決。極楽固めで自らギブアップ。

7月19日:青森・八戸大会で米WWF長期遠征を控えたT・G・サスケの壮行試合として2年ぶり2度目のシングル対決が実現し、フォール負け。この日よりマーシャルアーツ風のパンタロンを着用するが、かつて初代が似たデザインのものを藤原敏男引退試合で穿いたことがある。

8月31日:仙台大会でM・テイオーの保持するUWFスーパーウェルター級王座に初挑戦するも無残なフォール負け。シングル通算対戦成績も2勝3敗と負け越す。

9月23日:米WWFから一時帰国したT・みちのくと半年ぶりに対決したが惨敗。通算対戦成績も3勝4敗と負け越す。

9月24日:格闘探偵団バトラーツの東京・八王子大会に初出場。石川雄と組み、小野、臼田組に敗れる。マスクを剥がされ、小野との新たな遺恨に火が点く。

10月12日:東京・両国国技館で開かれた「'97格闘技の祭典SPECIAL」に出場。「タイガーマスク・フェスティバル」と題した夢のタッグマッチで初代と組み、2代目(金丸)、3代目(金本)組に勝つ。

10月25日:この日の郡山大会より、G・浜田とのコンビでタッグリーグ戦「みちのくふたり旅'97」(6チーム参加)に出場。

11月9日:2勝2敗1引き分けで公式リーグ戦を終了し、成績は4位となる。

12月1日:大阪・高石大会でD・カラスとの夢の対決が実現するもフォール負け。かつて2代目タイガーがM・マスカラスと対戦したことがあるが、ドスは歴代タイガーとは初対決だった。

12月7日:京都大会で新崎とのシングル初対決が実現したが、敗れる。

12月9日:博多大会で急遽S・デルフィンとのシングル初対決が組まれるもいいところなく惨敗を喫する。

12月23日:後楽園ホールでの「上田馬之助君を激励するプロレス大会」に出場し、タイガーキングとの1年4ヶ月ぶりのシングル師弟対決が実現したが完敗。

12月26日:T・G・サスケのECW遠征に帯同し、米国マットに初進出。ニューヨーク・クインズ大会でサスケとシングル対決し、フォール負け。これで初代と同様、米国・メキシコ・欧州での試合経験を積んだことになる。

1998年

1月20日:バトラーツの後楽園大会で星川と組み、小野、池田組と対戦。遺恨の小野をレフェリーストップで初めて下すが、乱闘の中でマスクを破られ、投げつける。この試合よりマスクのデザインを一新した。

2月11日:WARの後楽園大会に初出場。星川と組み、安良岡、超電戦士バトレンジャー組と対戦。バトレンジャーをレフェリーストップで下す。

3月10日:東京・大田区大会でG・浜田との初のシングル対決が組まれるもギブアップを奪われる。

3月15日:秋田大会で星川と約1年3ヶ月ぶりに対戦し、初のギブアップ負け。

3月21日:青森大会で愚乱・浪花との初のシングル対決が実現したが、フォール負けを喫する。

4月19日:バトラーツの小田原大会で田中の保持するUWA世界ミドル級王座に挑戦するも敗れ、タイトル奪還ならず。

5月4日:この日の会津若松大会から「ジュニアヤングブラッズ・みちのくプロレス公式リーグ戦」(5人参加)に出場。公式戦第1戦で星川と時間切れ引き分け。

5月22日:秋田大会でのJYBリーグ戦で浪花にフォール負けし、シングル2連敗となる。

5月30日:白石大会でのJYBリーグ戦でヨネ原人と時間切れで引き分け、1勝1敗2引き分けで公式戦を終了、3位に終わる。

7月17日:後楽園ホールでのマーシャルアーツ日本キックボクシング連盟の興行に出場、バーリトゥード・ルールでバトラーツの土方を破る。

9月24日:酒田大会でT・G・サスケと組み、敗者覆面剥ぎタッグマッチでS・T・グレート、M・タイガー組を破り、M・タイガーの正体(小野)をさらす。

10月24日:東京・両国国技館でのUFO旗揚げ戦に出場。ノールール・マッチでバトラーツの日高を下す。また、この日開幕したタッグリーグ戦「みちのくふたり旅'98」(6チーム参加)に、前年同様G・浜田とのコンビで参加。リーグ戦出場は3年連続。

11月11日:2勝1敗2引き分けで公式リーグ戦を終了し、成績は3位で終わる。

12月30日:大阪城ホールでのUFO旗揚げ第2戦で、米アマレスのJ・ブレスに快勝。

1999年

1月4日:新日本の東京ドーム大会で橋本と戦った小川のセコンドにつくが、試合後に新日本勢と乱闘。遺恨が芽生える。

1月13日:S・デルフィンがみちのく離脱を表明した後楽園ホール大会の試合後、いち早く残留を宣言。

3月14日:横浜アリーナでのUFO旗揚げ第3戦で、柔道のJ・P・デビッドを破る。

3月:T・みちのく、浪花とのトリオが「みちのく3兄弟」と命名される。C−MAXとの抗争が激化。

4月11日:浪花を伴い短期英国遠征へ。ロンドンでのUWA(Ultimate Wrestling Alliance)のイベント「British Resurrection」に出場し、英連邦ミッドヘビー級王座決定戦でJ・クロスを破り、王座復活後第14代、通算第50代の王者となる。浪花とのシングルも組まれ、10分時間切れ引き分けに終わる。

4月27日:東京・大田区大会でのみちのく・全日本混成タッグマッチで浪花、金丸と組み、G・浜田、浅子、丸藤組と対戦するも、浪花が浜田にフォールを奪われる。全日選手との対戦は「'97格闘技の祭典SPECIAL」以来であり、本格的な形では事実上の初遭遇だった。また故・梶原一騎氏の実弟、真樹日佐夫氏が来場し、「今夏の『第2回覆面ワールドリーグ戦』で優勝できなかった場合、覆面を返上してもらう」旨のアナウンスを行う。

4月29日:新潟大会で日高(バトラーツ)を下し、英連邦ミッドヘビー級王座初防衛に成功。

5月2日:東京ドームでの全日本「ジャイアント馬場『引退』記念興行」に出場。T・G・サスケ、ハヤブサ(FMW、初代)と組み小川、M・モスマン、垣原(フリー)組と対戦し、30分時間切れ引き分けに終わる。全日マットにはこれが初出場。

5月19日:この日より初のプエルトリコ遠征に出発し、IWAプエルトリコの計3大会に出場。20日にはIWA世界ジュニアヘビー級王座決定トーナメント1回戦でT・G・サスケと対戦し、時間切れ引き分けに終わる。プエルトリコへの遠征は歴代タイガーとしては初めてだった。

5月24日:米WWFのミズーリ州セントルイス大会に出場。TV枠でT・みちのく、船木と組みP・チュロ、A・ダンテス、S・ロコと対戦、勝利を収める。翌25日はイリノイ州モーリン大会で、チュロにフォール負けを喫する。

6月9日:後楽園ホールでの故・空中正三氏追悼興行に出場。田中(バトラーツ)と組み、浪花、望月(武輝道場)組に敗れる。

6月27日:北上大会で望月(武輝道場)を破り、英連邦ミッドヘビー級王座2度目の防衛。

7月11日:闘龍門の神戸大会に初出場。試合は8人タッグマッチ。

7月17日:岩手・矢巾大会での「第2回覆面ワールドリーグ戦」開幕戦の公式戦で、浪花に敗れる黒星スタート。浪花に対してはシングル通算3連敗。

7月24日:初代タイガーが設立した掣圏道旗揚げシリーズの函館大会に初出場。前川直之なる選手を下す。

8月21日:山形大会での「第2回覆面ワールドリーグ戦」決勝トーナメント準決勝戦で、T・G・サスケからレフェリーストップで初勝利を挙げ、決勝進出を決める。両者は国内外通算6回目のシングル対決で、対戦成績はタイガーの1勝3敗2引き分けとなった。

8月22日:仙台大会での「第2回覆面ワールドリーグ戦」決勝戦でD・カラスを倒し、同リーグ戦初優勝に輝く。D・カラスとのシングル対決は2年9ヶ月ぶり2度目だった。

10月17日:横浜でのバトラーツとの合同興行での「平成版S・タイガー対藤原」戦で、臼田を下す。

10月19日:東京・大田区大会でT・G・サスケと対戦し、初のフォール勝ち。通算対戦成績を2勝3敗2引き分けとし、「エース」の座を手中に収める。

10月23日:この日より開幕の「みちのくふたり旅'99〜タッグリーグ戦」に、M・TOKYO(闘龍門ジャパン)との異色コンビでエントリー。リーグ戦出場は4年連続。

11月7日:「みちのくふたり旅'99」リーグ戦を2勝1敗2分(6点)で終え、6チーム中2位でこの日の仙台大会での優勝決定戦へ進出。CIMA、SUWA組(闘龍門ジャパン)に敗れ、準優勝に終わる。

12月14日:C・マンとの3度目の防衛戦を前に、鼻骨骨折により英連邦ミッドヘビー級王座を返上。

2000年

1月9日:この日の仙台大会から、往年の初代タイガーと同じ赤のパンタロンで出場。試合後に発表された「第1回みちプロ大賞」で、最優秀選手賞を受賞。

3月11日:岩手・矢巾町大会でT・G・サスケの保持するNWA世界ミドル級王座に挑戦するも敗れ、国内外シングル通算対戦成績を3勝3敗2引き分けの五分に戻す。

3月18日:宮城・鹿島台町大会でG・浜田と組み、T・G・サスケ、藤田組と対戦。ロシアン・フックでサスケからTKOを奪う。

3月25日:秋田大会でJ・フラッシュと組み、T・G・サスケ、P・スイシーダ組と対戦。再びロシアン・フックでサスケをKO。

3月26日:青森大会でC・マンを破り、負傷により返上した英連邦ミッドヘビー級王座に3ヶ月ぶり返り咲き。通算第52代、王座復活後第16代の王者となる。

4月1日:仙台会での「Super J-CUP 3rd. Stage」1回戦で獣神T・ライガー(新日本)と初激突。好勝負を繰り広げるも惜敗する。

5月4日:岩沼大会で、つぼ原人(つぼプロ)に0分7秒、フォール勝ちを収める椿事。その場で再戦が組まれ、この日は2連戦に。

5月17日:掣圏道高崎大会で畠中(アジアン)と組み、ボリソフ・イゴリ、土方(バトラーツ)組を下す。ロシア選手との初対決。

5月26日:都城大会でアパッチェを下し、英連邦ミッドヘビー級王座の初防衛に成功。

5月30日:つぼプロモーションの東京・北沢大会に初出場。メインエベントでジュニアの大先輩である仲野(フリー)と初のタッグを組み、小坪、A・大塚(バトラーツ)組を下す。

6月14日:闘龍門ジャパンの神戸大会でT・G・サスケと組み、負け残り覆面剥ぎ/髪切りタッグマッチでCIMA、S・D・フジ二千組と対戦。快勝する。

6月17日:宮城・鹿島台町大会で、メインの6人タッグでペンタゴンにフォールを奪われる。

6月25日:福島・浪江大会でペンタゴンを下し、英連邦ミッドヘビー級王座2度目の防衛。

6月29日:みちのく・バトラーツ・アルシオン3団体共催の後楽園ホール大会で矢樹(フリー)と組み、初代「P★MIX GRAND PRIX」男女混合タッグ王座決定トーナメント準決勝に出場。G・浜田、浜田(アルシオン)組に敗れる。

7月5日:この日開幕したメキシコAAAの日本国内シリーズ「トリプレマニア8・イン・ジャパンツアー」に初参戦。

7月12日:みちのくプロレス組・後楽園大会でT・G・サスケ、T・G・S・ティガ(フリー)と組み、6チーム参加のワンナイト・6人タッグトーナメント優勝。

7月27日:札幌大会でシコシスを下し、英連邦ミッドヘビー級王座3度目の防衛。

8月5日:秋田大会で、同じくシューティング出身の平と初タッグ。

8月19日:LLPW・草加大会での男女混合タッグマッチで風間と組み、初代タイガー、神取組と対戦。初代タイガーからギブアップを奪い、初の師匠超えを果たす。

9月15日:酒田大会でJ・メイソンを破り、英連邦ミッドヘビー級王座4度目の防衛。

9月30日:バトラーツの名古屋大会で、A・ウォリアーと夢の異色タッグを結成。ウォリアーズのペイントを模したマスクで登場。

10月9日:東京・新宿大会で、シューティング時代の先輩でもある仮面S・スーパーライダー(フリー)とのヒーロー・マスクマン対決が実現。快勝する。

10月21日:この日より開幕の「みちのくふたり旅2000〜タッグリーグ戦」に、G・浜田とのチームで2年ぶり3度目のエントリー。リーグ戦出場は5年連続。初戦はペンタゴン、E・ショック組に敗れる。

11月3日:「みちのくふたり旅2000」リーグ戦を4勝1敗2分(9点)で終え、8チーム中1位でこの日の青森大会での優勝決定トーナメントへ進出。ペンタゴン、E・ショック組を破り、初優勝を飾る。

11月25日:群馬大会でアパッチェを下し、英連邦ミッドヘビー級王座5度目の防衛。

11月26日:バトラーツ・駒沢大会で佐野(高田道場)とのシングル初対決が実現し、快勝。ジュニアの大先輩から金星を奪う。

12月14日:小田原大会で小坪(つぼプロ)を退け、英連邦ミッドヘビー級王座6度目の防衛。

2001年

1月24日:宮城・鹿島台町大会での「リゲイン杯争奪トーナメント」1回戦で、つぼ原人にまさかのリングアウト負けを喫する。

2月17日:この日のオリサバ大会よりメキシコAAAを短期サーキット。翌日のモンテレイ大会ではE・テハノを倒し、英連邦ミッドヘビー級王座7度目の防衛に成功する。なおメキシコ遠征は4年7ヵ月ぶり2度目で、AAAには初登場。

3月1日:徳島大会での凱旋試合で、この日が負傷欠場の復帰戦となった新崎との3年3ヶ月ぶり2度目のシングル対決が実現したものの、敗れる。

3月10日:後楽園ホール大会で望月に敗れ、英連邦ミッドヘビー級王座8度目の防衛に失敗。1年ぶりに無冠となる。

4月14日:メビウス・後楽園ホール大会でT・G・サスケ、G・浜田と組み8チーム参加の「APEX OF TRIANGLE」6人タッグ王座決定トーナメントに優勝、初代王者組となる。タッグ王座は初獲得。

4月17日:バトラーツの仙台大会で藤原(藤原組)と初のタッグを結成、石川、C・マレンコ組を下す。

5月3日:岩手・一関大会での6人タッグマッチで、T・G・サスケのワキ固めにギブアップを喫する。

5月20日:金沢大会で、かつて遺恨を深めた小野とシングル初対決し、勝利を収める。

7月1日:闘龍門ジャパンの神戸大会でT・G・サスケ、G・浜田と組み、CIMA、SUWA、B・フジ組の保持するUWA世界6人タッグ王座に挑戦するも、敗れる。

7月15日:全日本の日本武道館大会に2年ぶり2度目の参戦。試合後、空位となっている世界ジュニアヘビー級王座争奪戦へ意欲を表明した。

7月19日:横須賀大会でT・G・サスケ、G・浜田と組み、折原、P・ブラック、風神組を下しAOT6人タッグ王座初防衛に成功。

8月11日:むつ大会でT・G・サスケ、G・浜田と組み、C・マン、P・ブラック、アパッチェ組を下しAOT6人タッグ王座2度目の防衛。

8月19日:仙台大会でT・G・サスケと組み、邪道、外道組の保持するIWGPジュニアヘビー級タッグ王座に挑戦するも敗れる。

9月22日:名古屋大会でT・G・サスケ、G・浜田と組み、折原、西田、M・バンプ組を下しAOT6人タッグ王座3度目の防衛。

10月19日:この日より開幕の「みちのくふたり旅2001〜タッグリーグ戦」に、西田との初チームでエントリー。リーグ戦出場は6年連続。初戦はパンテーラ、M・バンプ組にまさかの敗退。

11月1日:「みちのくふたり旅2001」リーグ戦は3勝2敗1分(6点)となり、7チーム中4位で終わる。

11月26日:大分大会でT・G・サスケ、G・浜田と組み、D・東郷、C・マン、T・コモ組を下しAOT6人タッグ王座4度目の防衛。

11月27日:この日の日田大会に新日本の獣神T・ライガーが来場、T・G・サスケと共に同団体の1・4東京ドーム大会への出場を要請。

12月22日:この日の後楽園大会でフリーの日高が乱入。マスクを引き裂かれ、遺恨が芽生える。

12月23日:越谷大会でT・G・サスケ、G・浜田と組み、D・東郷、外道、石井組を下しAOT6人タッグ王座5度目の防衛。

2002年

1月4日:新日本の東京ドーム大会に初参戦。獣神T・ライガー、T・G・サスケと組み、D・東郷、邪道、外道組に快勝。

1月12日:札幌大会で因縁の日高と激突するも、セコンドの湯浅が乱入、反則負けを喫する。日高にはシングル初黒星。

2月1日:この日の札幌大会で開幕した新日本シリーズにフル参戦。初戦は獣神T・ライガー、田中、成瀬と組み、金本、邪道、外道、GOKU-DO組を下す。

2月10日:新日本の岡山大会でE・サムライ、成瀬と組み、邪道、外道、GOKU-DO組と対戦中、右ヒジを完全脱臼してレフェリーストップ負け。全治2〜3ヶ月の重傷を負い、欠場へ。

3月10日:徳島大会で西田、湯浅と組み、日高、C・マン、S・ボーイ組に敗れる。前日の南国大会でのエキジビションに続き、1ヶ月ぶりに復帰を果たす。

5月2日:新日本の東京ドーム大会でワンナイト復活した3代目タイガー(金本)と組み、B・タイガー(3代目)、E・サムライ組との夢のタッグマッチに出場。快勝する。

5月6日:盛岡大会でのFECとの5対5マッチで、日高と激突。フォール勝ちし、遺恨に決着をつける。

5月23日:この日の沼津大会から新日本「ドラゴン・カップ〜ベスト・オブ・ザ・スーパージュニアIX」に合流。柴田と組み、IWGPジュニア・タッグ王者組の獣神T・ライガー、田中と対戦し、IWGPジュニア王者の田中から堂々のフォール勝ち。

5月24日:新日本の後楽園大会で「ベスト・オブ・ザ・スーパージュニアIX」公式戦に突入。初戦は遺恨の外道とシングル初対決し、勝利を収める。

5月25日:新日本の草加大会での「ベスト・オブ・ザ・スーパージュニアIX」公式戦で、E・サムライから金星を挙げる。

6月2日:新日本の松戸大会での「ベスト・オブ・ザ・スーパージュニアIX」公式戦最終戦で成瀬に敗れ、リーグ戦は3勝3敗、Bブロック7人中3位で終わる。

7月6日:メビウス埼玉大会でT・G・サスケ、G・浜田組が折原、D・東郷組に敗れたため、運営ルールに基づきAOT6人タッグ王座を喪失、1年3ヶ月ぶりに無冠となる。

7月21日:郡山大会での「鉄人〜東北ジュニアヘビー級初代王座決定リーグ戦」(16人参加)公式戦初戦でD・東郷とシングル初対決し、20分時間切れで引き分け。

8月10日:古川大会での東北ジュニアヘビー級王座決定リーグ戦公式戦でT・G・サスケと2年5ヶ月ぶりに対戦し、敗れる。両者の国内外シングル通算対戦成績はタイガーが3勝4敗2引き分けと、再び負け越した。

8月24日:山形大会での東北ジュニアヘビー級王座決定リーグ戦公式戦で浪花と3年ぶり4度目の対戦、初白星を挙げる。リーグ戦は11勝3敗1分の首位で終了。

8月25日:仙台大会での東北ジュニアヘビー級王座決定戦でD・東郷にフォール負け。リーグ戦準優勝に終わる。

8月28日:ディファ有明でのWMF旗揚げ戦に出場。T・G・サスケ、D・キッド(闘龍門ジャパン)と組みGOEMON、怨霊、D・ドラゴン(闘龍門ジャパン)組を下す。

9月22日:新日本の門真大会で金本の保持するIWGPジュニアヘビー級王座に初挑戦、敗れる。金本とはシングル初対決。

10月12日:新日本の後楽園大会で組み、獣神T・ライガー、ヒート(田中)組と対戦し、敗れる。ヒートはこの日がデビュー戦。

11月4日:新日本・幕張大会での「ジュニアトライアスロン・サバイバー」(4チーム参加)決勝戦に、獣神T・ライガー、ヒートとのヒーローマスクマン・トリオでエントリー。金本、邪道、外道組に2−1で敗れ、準優勝に終わる。

11月8日:東京・大田区体育館でのみちのく旗揚げ10周年記念興行第3弾で、ヒート(新日本)と組み、金本、外道組を撃破する。

12月16日:みちのくとの契約満了に伴い、新日本への入団を正式発表する。デビュー7年5ヶ月にしての移籍となった。

12月23日:後楽園大会でのジュニアタッグトーナメント(4チーム参加)に出場。抽選で垣原と組み、1回戦では自らヒートからの初勝利を奪うも、決勝でE・サムライ、外道組に敗退。準優勝に終わる。



評伝

国内シングル全戦績

覆面の変遷



TIGERMANIA